空を舞う戦姫たち【Ⅷ】
敵機多数、接近中。
その日は珍しく、いや、久しぶりにセントラ軍が近づいて来た。メガフロートではスクランブルがかけられ、慌ただしく魔法士や戦姫が空に上がっていく。戦闘機部隊も大急ぎで地上部に上がり、タキシング。滑走路に着いた端から空に上がる。先に軽装備の要撃機がインターセプトするために編隊を組んで防衛線を展開、遅れて重装備の要撃機が最低限の燃料だけを積んで離陸、空で給油を受ける。
「新入り、隊長が呼んでるぞ」
「……妙なことをしたからか」
「さあな、俺たちは予備部隊だ、暖機して待機だとよ」
格納庫前で四機が並び、ラダーを下ろしてキャノピを開いたままで点検が行われている。武装のセイフティロックを解除して、異常が無いかと機体の回りをパイロットたちが歩いている。
「隊長、なんのようですか」
「何のようか、だと? あれはなんだ、お前が使うのか」
指差された場所、リジル隊に割り当てられた格納庫の中には大量の武装が置かれていた。短距離から長距離までの空対空ミサイル、ちらほらと巡航ミサイルも混じっている。その奥には対地対艦用のGPS誘導弾や無誘導弾が積まれ、木箱に数千発の砲弾とそれを撃ち出すための機関砲。相当な額になるが、何故ここにあるのか、誰が支払うのか。
「スペアの装備です」
「……あの小娘がこれだけ抱えて飛ぶというか」
そもそも戦姫は魔法主体であるため、持って出ても重機関銃かピンポイントで投下するための対地貫通弾などだ。それに、これは人が持って離陸できる重量じゃない。重装備の戦闘機でもミサイル十発、無誘導弾でも三十以下が限界だ。それも、燃料を抜いて軽くなった状態で。
「飛びますよ、昨日徹夜で調整しましたから」
と、リジル隊にもお呼びがかかり、すぐに乗り込んで四機が動き出す。しばらくして、のんびりと上がってきたスズナとスペアが格納庫に来る。戦闘中だというのに、まるで緊張感がないのはいつものこと。
「レイジ君、さっきキリエから連絡があったわ。これが終わったら、異動命令出すから支援に行きなさい」
「分かった」
「それなりに人数がいるわよ、大丈夫?」
「フェンリルから何人か連れて行く、大丈夫だ」
「だったらいいわ……それで、このミサイルは何」
「スペアに持たせる。足りるか」
聞かれて、スペアは頷く。今までとはやり方を変えて貰う、こちらの支配下になるのなら、やり方には従って貰うし使う魔法も強制する。慣れない、そんな意見は受け付けない。
「その武装は味方を守るためにあるわけじゃない。お前が自衛するためだけに使う武装、命令だ、戦場を記録して、必ず生きて帰れ、そのためなら味方を見捨てて逃げることも盾にすることも許す」
「はい」
格納庫の中で、レイジに書き換えられた戦闘方式に合わせた翼が広がる。背中に青い魔法陣を、そこから二対のウィングが伸びる。前の翼には機関砲を二基、そこから左右対称に大量のミサイルをウィングの上下に配置、後ろの翼には予備の魔力タンク、そこから左右対称にGPS誘導弾、無誘導弾を大量にぶら下げる。総数としてはミサイルが百、爆弾が六十。まず並の魔法士では到底離陸できない重量だ。
「命令権限は私にあるんだけどなーレイジ君」
「こいつは単なる道具だ」
「そういう言い方しないの。昨日だってずっといちゃいちゃして……ずるい」
「いちゃついていた訳じゃない」
膝の上に座らせて後ろから抱きしめる形だったが、その方が色々とやりやすかったから仕方が無い。傍から見ればそう見えても、こっちは作業中だったのだ。
「じゃあ今夜は私の調整、よろしくね」
「調整じゃなくで洗脳してやろうか」
他人の頭の中にある魔法、その構造を書き換える事が出きる。やりようによっては微弱な電気信号を解析して相手の頭の中の状態まで覗ける、そのまま流れる信号に干渉して記憶の改竄までやれる。……専門でないから時間がかかりすぎてしまうのが欠点だが、レイジには人に言えないことが出来るから、ある程度の取引で自由を獲得しているのだ。
「洗脳はダメよ、私はレイズのパートナーだもの」
「昔の話だろ」
「そうね」
伝令の傭兵が来た。出撃要請だ、こうも早く予備部隊を投入していては、想定外の攻撃に対応できなくなるのではないかと、不安になる。それと同時に、想定以上に戦力の消耗が激しいのかとも思う。
「スペア、戦域まで曳航しろ」
「はい」
格納庫の中で、まるで重さを感じさせずにふわりと浮かび上がって、曳航用のラインを二本。レイジとスズナがそれを掴むと、障壁が展開され、ゴォッと。気付けばもう雲の高さだ。高速で飛行、先に飛び立ったリジル隊を追い抜いて、戦域に飛び込む。管制機の指揮下にあるセントラ軍機は、統制された動きで常に攻撃側にいた。仕掛けるときはエレメント二つで、機動力のある撹乱役がメガフロートの部隊を追いかけ、わざと追われ、分散させる。そこから狙いやすい一機を見つけ、三対一の戦闘にする。必ず敵一に対して三機以上で、これが成立しない場合は防御重視に切り替える。追われ、仲間が狙いやすいように誘導して、猛然と攻撃をする。それにまんまとはまったメガフロートの部隊は、各個撃破され数を減らしていく。
「曳航解除、長距離ミサイル」
ラインが切られると同時に、スペアはあっという間に上昇して小さな点になる。
『敵機ロック、データインプット。リリース』
ロケットモーターが作動し、一瞬遅れて切り離され、無数のミサイルが飛んでいく。そこらの安物とは違う、燃焼した際の煙が視認できない。通常ならロックされたアラート、もしくはミサイルの煙を視認してからの機動能力限界の回避行動でなんとか出来るが、そんなことは許さない。魔法による敵機の捕捉と初期誘導、後はミサイル自体のシーカーが追いかける。フレアを撒こうがエンジンの熱を追うわけではないし、チャフを散布しようともレーダーに頼るわけではない。人の目のように、そしてそれ以上に正確に状況を認識、標的を追い続けて、避けられそうなら最適なコースで自爆してダメージを与える。高価な兵器を惜しみなく放つ。
「あんなに使っちゃって……もったいない」
「命中はしないだろうな」
「どうして?」
「ギアテクス隊、実験部隊だ。あの部隊の任務は敵と交戦してデータを収集、後は墜とせなくても絶対に帰れ、だから」
遠くからでも分かった。ミサイルが到達する数秒前に、戦域に黒い煙のようなものが溢れ、セントラ軍機が姿を消していく。
「光学迷彩なの」
「それだけじゃない」
あちこちで目標を見失ったミサイルが旋回、そして自爆。スペアは、空中投影されたディスプレイ上の敵シンボルが消失していくのを、悔しそうな表情で見る。位置を掴みきれない。スペアにとっては、敵は今の攻撃に対応できずに八割が撃墜、そうなると予想していたのに、全機反応ロスト。一機も墜とせていない、役に立てなかった、その事実に心が痛む。兵器の存在理由は、敵を減らすこと、なのになにも役に立っていない。役に立たないものは要らない、捨てられる、それが怖い。
「たぶん、新型を出してくるはずだ、評価試験にはいい状況のはず」
『スペアより……レイジ、ごめんなさい』
「お前が謝るな、指示したのはこっちだ。当たらないことは予測済み、お前の役目は情報収集だ。残りもリリース」
『……はい』
かなり落ち込んでいるようだが、この程度で戦闘に支障を来すようでは使い物にならない。いままでアイツはスペアを使いこなしてきたようだが、うまくコントロールしていたその方法を知りたい。……いや、むしろ期待していなかったのか、必ず出来ることだけを指示して自分で敵を墜としていたようだし。
『あっ、第二波、機数四』
「私が」
「違う、ミサイル。スペア、墜とせ! スズナ、真下に対物障壁多重展開」
高高度から予測進路上に砲撃、同時に突破された場合に備えて障壁魔法が幾重にも張り巡らされる。そのミサイル群は、どこから放たれたのか、分かることはないが、恐ろしく速い。戦域に展開する部隊がそれを捕らえたときには、もう真下を突き抜けている。砲撃の迎撃はタイミングがズレて当たらず、障壁で一発が墜ちるも残りが通過。赤い尾を引いて、まるで空から落ちて来た隕石のようだ。空気摩擦で加熱した弾頭が光って見えるほどの速度。その目指す先は――
『タワー! ミサイル、ミサイル!』
誰かが叫ぶ、その声はメガフロートの管制塔に届くが、遅い。一瞬にしてメガフロートが砕け散る。待機していた部隊は、何が起きたのかも分からずに全滅。あの速度なら、重量物を叩き込むだけでも十分なのに、炸薬付きとなれば被害は甚大なものだ。
『こちらレイア、対空ミサイル接近、タイプ不明、マジックジャマー注意』
「どっから見てんだよ」
『宇宙との境目? 転移魔法が妨害されてる、回避急いで』
スズナは、んっ? という表情を見せ、警告がいっていないと判断。手を取ってパワーダイブ。
「スペア、全部使ってでも生き残れ」
『どういう……ミサイル? 早いっ』
「えっ、え、レイジ君?」
「当てにしてない」
真後ろを何かが通過した。さっきのミサイルとは比べものにならないほど遅い、それでも人の認識速度からすれば恐ろしく速い、通常ミサイルの数倍の速度で突っ込んできた。海に突っ込む寸前で体を起こして回避行動を取る。空のあちこちで黒い煙を吐きながら墜ちていく機体が見える。
「今の、ミサイル?」
「新型だな、長居は無用だ。曳航してくれ、離脱しよう」
「まだ戦ってる人たちがいるのよ、私が逃げちゃダメでしょ」
「今から援護にいって、どうなる。あいつらじゃ探知したときには手遅れだ」
『ミサイル接近、秒速六キロ、接触まで八秒』
「スズナ、全力で飛べ!」
「しっかり掴まってなさいよ」
急加速、視界が暗くなる。内臓が潰れるような、嫌な感覚。瞬間的な横方向の加速、体が悲鳴を上げる。ミサイルが通過、回避。上昇しつつ火炎弾と幻影をばらまくが正確に追いかけてくる。
「何なのよ、このミサイルは」
引きつけて、瞬間的な加速でスライド。回避――したかに思えた直後、炸裂。姿勢が乱れ、速度が落ちる。立て直して、加速。もう遅かった。
「ダメ」
命中まで三秒、回避不能。その状況で、スペアが間に割って入ってミサイルのロックを引きつけ、離れて行く。
『ごめんなさい、使えない物は、要らないよね……』
「命令だ、こっちになすりつけろ。生きろ、生きて帰れ」
『それは、あなたがやって』
爆ぜた、爆発が水柱を上げ、スペアを消し飛ばす。
「……レイジ君、前からも来るわ」
「前? あっち側にセントラ軍はいないはずだが」
疑問は持つな、分からないなら、それは敵だ。後ろを向いて、血の雫が空中に置き去りになる。鼻血が出ていた、口の中も血の味だ。意識すると、吐き気がする。こみ上げるのは血、無理な動きで体の中は痛みすぎている。追いかけてくるミサイルは後一発。
「避けろ」
瞬間的な加速、内臓がいよいよ不味い。横をすり抜けたミサイルが、向きを変えながら近づいてくる。学習しているのか、どう動けば当たるのかを。
「ここまで、かな」
やけにゆっくりと、世界が動く。追い詰められて頭の処理速度が上がったからか、正面からもミサイルが飛んでくる。やけに小さいなと思えば、迎撃ミサイルじゃないか。そいつの狙う先は、こちらではない。横から向かってくるミサイルに、突き刺さった。そのまま景色の中に置き去りにして、遠くで爆発した。
「終わり、よね? レイジ君、これから……レイジ君?」
するりと、スズナに掴まっていたレイジが落ちる。海面に叩き付けられる寸前で追い付き、抱える。息はしているが、口から零れる血がおぞましい量だ。
「しっかりしなさい」
「……大丈夫だ」
ペッと血を吐いて、スズナに掴まる。帰る場所がない、近場のメガフロートまで飛ぶにしても距離があるし、追撃を受ける可能性も高い。このままでは、海水浴する羽目になるが、そんなことは望まない。セントラ軍のIFFシグナルを発して、スズナを捕虜にしてセントラに行くか、それともアカモートに助けを求めるか、生きるためには、とは言え、どちらもしたくない。
「一機、近づいてくるわ」
「どこの……」
戦闘機にしてはやけに遅い、デカい、そいつが目視できる距離まで近づいて来て横に並ぶ。バイザーに編隊飛行用のデータリンクが表示される。例の機体だ、青い迷彩柄でマークは妖精。着いてこいとメッセージを送ってきて、姿勢を変えずにゆっくりと上昇していく。
「スズナ、ついて行け」
「分かったわ、それでこれはどこの所属なのかしら」
「分からん」