終わりの始まり【Ⅵ】
「長距離レーダーに感あり敵艦……いや、速い」
後部座席のフライトオフィサが忙しく操作をしつつ、レーダー情報を口にする。リジルリーダーはミサイルの動きを予測して回避するのに手一杯、当たり前の方法に、AIとフライトオフィサに火器管制を任せせわしなく周囲を確認しては生き残るための動きを選んでハイGに身をさらす。
「空中空母か」
「違う、だがこれは……」
高高度まで逃げて追尾を諦めた敵機が反転して離れていく。ようやく鳴りっぱなしだった警報が止まって少し余裕が出来る。
『3からリーダー、未確認機を視認。カラーリングは白き乙女ですがIFFの応答がありません』
「その近くに動きの速い大型機はいるか」
『目視確認、機体カメラも捉えました。例の大型機です』
HUDに表示されたのはセントラの新兵器。現状では有効な攻撃方法がなく、戦うことは不可能だ。すぐさま管制機に情報を渡し、十数秒で担当するグリッド全域に撤退の指示が出た。無理に戦力をぶつけたところで足止めにすらならないままに落とされるだけだ。
「スカイリーク、これからどうする。このままだと突破される」
『上の連中はこれから協議するだとさ。スカイリークからアカモート騎士団、高脅威目標への対処は可能か……』
化け物には化け物を、ということだろう。彼らなら多少の足止めにはなるだろう。
「リジル各機、ウェイポイントを設定する。合流しろ」
各機から了解のシグナルが返ってくるが、どうにもまだ休めないようだ。
「後方から敵機」
「ミサイルは後一発か……撃ったら離脱だ」
「了解」
旋回し目標を捉え、ミサイルをリリースしてすぐさま逃げる。機銃だけでドッグファイトに持ち込むと後が不安だ。敵が一機だけとは限らない。
「ラグナロクの戦闘機が来ます」
「リジル1からラグナロク、そちらの状況は」
『当機以外は全機ロスト。空中空母も墜とされた。もう弾も燃料もない、帰る前に墜ちる』
「救助ヘリを呼んでおけ。桜都でまた会お――」
カッと閃光が弾け、ラグナロクの機体が溶けて爆発。
「なんだ今の」
「レーダーは」
「……やつです! 大型機がっ、なんだこれ、ひゃ、百機? た、隊長不味いです敵の大部隊が高高度に多数」
凄まじい速度で大型機が追い抜いていって、風圧に機体がバランスを崩して揺れる。その後を追いかけるように、空からかなりの数の戦闘機が降りてくる。その中から一機、白き乙女のカラーリングをした機体が近づいてきた。
「コンタクトを取れ」
「やってますが……つながった」
『リジル隊、邪魔をするな』
「その声はアリスか。何をしに来た」
『見ての通りセントラ軍を墜としに来た。デカくて最強の機体だ? そんなもんがどうした、もう補給はないしエネルギー供給用の衛星も艦も全部破壊した。後は消耗させて墜とすだけなんで離れてろ雑魚どもが』
羽虫の大群に襲われる鳥……のよう。近づけば衝撃波とレーザーに焼かれ離れたところでアリス達の攻撃は偏向シールドに弾かれ届かない。だが、効いていない訳では無いようだ。補給が無い以上は消耗していくだけでいつかは限界が来る。
「スカイリークに今の通信を送れ、まずは合流だ」
あっという間に遙か彼方にまで飛んでいった大群は青い空に爆発と黒煙を散らしながら数を減らしていく。敵に回せば恐ろしい無人機部隊だが、それでもなお仕留めきれないあの大型機。一機だけではないはずだ、報告では複数。他の戦線に現れたら、防衛ラインを一気に抜かれる。
---
リジル隊が後退を開始していた頃。
ちょうど真反対側でもう一機の大型機が暴れていた。たった一機を相手にブルグント軍の艦隊は空母艦隊を三つ失い、桜都の防衛部隊もその方面に展開していた八割をロスト、撤退し入れ替わりでアウトサイドガーディアンの部隊が緊急展開。
「酷い戦場だことで……」
リオンを撃破し抱えて飛んでいたスコールは近寄ってくる連中を無差別に撃墜していた。追いかけてくるブルグント軍はリオンを取り戻そう……ではなく、証拠を消すために殺そうとする特務隊。桜都の部隊は単純に識別不能、だったらそれは敵だということで接近してくる。
そんなこんなで桜都の主力を吹き飛ばし、神力散布でブルグントの追っ手は勝手に落ちてくれるし、大型機に対しては岩の塊という質量物を召喚して叩き付け追い払って。あちこちから危険視され攻撃を受けている。
大型機は偏向シールドで何もかも弾くとはいえ、そもそも地面に向かって激突すれば当たり前に大破、山に向かって突っ込めば山が崩れるが無事では済まない。そう考えられるレベルでの大質量物。そのまま落とせば津波と地震で大騒ぎになるレベルの、岩の塊。
「やりすぎでは?」
「やり過ぎくらいがちょうどいいんだよ、ほら」
海に落ちる前に戦姫クラスが数人集まって岩を受け止め砕いて落としていく。一手で相手の動きを同時に封じることが出来る。落ちたところで周辺に甚大な被害が出るだけでスコールにはなんの痛みも無い。
「で、一応確認だがリオン」
「何でしょうか」
「お前、さっきのまでの事は覚えてるな」
「すべて記憶しています。あなたが魔力障壁を吹き飛ばし損ねて私を裸にしたことまで……後で殴りますよ」
「それでだリオン。まだブルグントの味方でいるか、それともこっち側につくか」
「あなたの下に付きましょう。もはやブルグント軍は私を戦力としては見ていないでしょうし、今の状態では殺されるか、最悪は繁殖場送りでしょうから」
「オーケー。それじゃあ始めよう。これより現行世界、管理番号256の終了を開始する」
スコールから神力が放たれ、リオンの魔力障壁が消し飛びようやく回復しかけていた僅かな魔力が空っぽになる。
「スコールからトワイライトへ。予定時刻だ、管理領域へは誰も近づけるな。世界の再生成をさせるな」
「……どういうことですか?」
「こっちは多数のシミュレーションのうちの一つ、偽物の世界。だが物質は持ち出せるしやりようによっては現実世界を上書きできる。この世界の管理権限を取ってしまえば思うとおりに世界を変えられる。だから外の連中や気付いてしまった連中が争う」
「シミュレーション仮説の……」
「そういうことだな。一気に突破する、しばらく我慢しろ」
加速、衝撃波を散らして桜都の防衛ラインを突き抜け迎撃に上がってきた白き乙女の部隊めがけスティールを発動。発動されていた飛行魔法と障壁と、射撃用の魔法を奪い取ってそのまま突っ切る。高度的には落ちたらほぼ確実に死ぬ。だからといって助けはしない。
『ルティチェからスコールへー。蒼月がけっこーヤバいよー支援行ったげてー』
「役立たずが……」
愚痴を零しながら、飛んできた対空ミサイルへ射撃魔法を放って撃ち落とす。どっから飛んできたのやら、新しいタイプは煙が出ないから見つけづらい。
「味方ではないのですか」
「敵だよ。IFFはもう捨てた」
再び飛んできて位置を把握。高度を上げて射撃魔法をすべてリリース。苛烈な対地射撃で制圧しつつ神力結晶を散布。陣地が爆散して静かになる。
「ミナ中尉も使っていましたが、それは何ですか?」
「生き残ったら教えてやるよ」
着陸して使えそうな装備を物色して剥ぎ取っていく。
「リオン、周辺は警戒しておく。適当に着替えろ、裸は不味い」
「分かっています! もとを言えばあなたが私の服を」
「悪かったな普段使わないから照準狂ったんだよ」
『ルティチェからスコールへー。ガードオブオナー所属を確認ー……っと、九界の勢力も確認ー』
「中心部は」
『一番乗りはトウジョウ達でー、アトリと一緒にアマギをぼこぼこにしてるねー』
「スコールからアトリへ、状況報告」
『今忙しいから後にして』
「アマギ相手なら〝浄火〟の使用を許可する。焼き払え」
『え、マジで? やった』
本格的な戦闘が始まれば桜都は沈むだろう。ちっぽけな島国が耐えられるような小規模魔法の撃ち合いで終わるはずが無い。
使えそうな装備をかき集め、マガジンに弾を込めて歩兵の通常装備で整える。
「リオン、汎用でいいか」
「何がです」
「補助具」
「それしかないでしょう。構いません」
「得意な系統は。未公開の魔法でも何でもインストールしてやる」
「汎用戦闘セットでお願いします。これと言った得意なものはありませんから」
「オーケー使え」
着替え終え歩いてきたリオンに二つ補助具を投げ渡す。白き乙女の通常戦力に支給される汎用品だが、そこらのPMCのものよりはワンランク上の補助具だ。
「二つ? 予備ですか」
「だったらそれでいい」
「……と、言うと?」
普通は同時に複数の補助具なんて使わない。武装一体型なら別だが魔法の詠唱補助としては複数使えば干渉して魔法が誤動作を起こす。
「うちの連中、一部のおかしいやつは同時に使うから」
奪い取った補助具を初期化して手持ちの端末でシステムをハック、強制的に魔法のプログラムを書き込んで使ってみるが、射撃魔法は狙ったところに飛んでいくとかの前に魔法弾としての形を作ることすら出来ないし、飛行魔法は軽く地面を蹴って飛び上がった途端に右へ左へふらふらして使い物にならない。
「っ、やっぱダメか」
足下に落として踏み砕く。
「専用品でなければ使えないのですか」
「いいや、補助具自体使えない。補助具使って魔法を撃てって言われたら訓練兵に負ける」
「あの、ファラスメーネではどういう立場で……」
「あぁ記録の通りだよ。戦闘機で戦えば墜とされるけど生身で空戦なら戦闘機だろうが竜人族だろうが勝てるけどほぼ観測外でやってるからただの照準器代わりだ。長距離砲撃する連中にマーカーで指示出すだけの下っ端」
「評価がおかしいとしか思えないのですが」
「まったくもっておかしくないが? このエリアで何をすればプラス評価って前提で、エリア外で敵を排除してるから戦域からの離脱だのなんだのでマイナス評価食らってるだけだ」
転送されてくる戦場の状況を見るが、戦力不足としか言えない。三大勢力にしろ桜都のPMCにしろ、なぜか主力の一部が居ない。それに加えてセントラ側の投入する戦力の世代が古いのも謎だ。ブルグント軍との戦闘に備えて出し惜しみをしていると言われたらそれまでだが、こんなことをしなくてもエクルヴィス隊に任せてミスリル詰めた砲弾の雨でも降らせたら桜都なんてすぐに制圧できるだろうに。
最適解を考えるとなんでこんな無駄な事をするのか分からない。……いや、分からないのではなく前提を間違えていないか? 月の連中がどさくさ紛れで……と、考えると本土の防衛に主力を残すのが正解か。
「これからどうしますか」
リオンの声に、意識が呼び戻される。
「とりあえずは基地に」
『フィーアからスコール、クリティカル。人型兵器急速接近』
聞き終えた直後に空を何かが切り裂いて爆音が木々をなぎ払う。
「何ですか今のは」
「……予定変更、先にあれを潰すぞ」
突き抜けたそれは、桜都の中心部上空で攻撃を受け急上昇。離脱を図ったのだろうが空中で爆発し青い粒子が飛び散る。
撃破……一瞬、そう思えてしまったが爆煙の中から飛び出したソレにすぐ思い直す。
「ヴェセル……ですか。仮想ではよく見ますが現実でも配備されているとは思いませんでした」
「結構前からありはするが適正のあるやつしか使えない関係上実戦投入は海上の大型機だけだったからな」
墜落というか、着地というか。地面に落ちてさらに爆発、青い衝撃波が散って電子機器と魔法が破壊される。
「アレはどういう兵器ですか」
「予定じゃ被弾面積のデカい置物……だったがなぁ、いろいろ積んでみたら機動性はあるわシールドはあるわ武装の取り付けもどうでもよかったから汎用規格採用したらなんとまあ、電撃戦が出来るもんが出来てしまったわけで」
「出来てしまった? あなたが設計したのですか」
「そーだよ」
他にもあれこれやってるけど、大半はギアテクス隊が勝手に持ち出して実戦投入しやがるから困ったものだ。
「今の見ただけなら使い捨ての大型ブースターパックで突っ込ませて後はジャマーで敵を封じつつ自衛用の兵装で後続の部隊を待つんだろうけど、十分に危険なんでな。撃破する」
どうやって? そんな質問は受け付ける気は無いし、出来る出来ないじゃ無くてやらないとやられる。