終わりの始まり【Ⅳ】
派手な爆音とノイズに振り返ったレイジは、さっきまでスコールがいた場所に光が舞っているのを見た。光……のように見えるが、その全ては触れるだけで魔力を消し飛ばす羽。最初の一手が最終手段の広域制圧魔法である〝フリューゲルブリッツ〟ともなると、かなり厳しい戦闘になるだろう。
「飛ばしすぎると後がきついぞ……」
神力結晶を使って爆発まで起こしたようだし、弱い魔法は詠唱出来なくなる。刻印魔法には一切影響がない程度だが、リオンの妨害は出来ないだろう。せいぜいが邪魔しに近寄ってくる雑魚を寄せ付けないためのフィールド形成か。
派手なことをしてくれたおかげか、周辺のブルグント軍へ退避命令が出たようで楽に桜都へと飛んでいける。これといった抵抗はなく、桜都の傭兵が制空権を取っているエリアまで来ると回復担当と補給担当のPMCが寄ってきた。
「ボロボロじゃないか、怪我は」
「何を……」
言われて気づいた。スズナの攻撃を受けてから回復したのは身体だけで服はそのまま破れたままなのだ。
「……あぁ、一発もらったが治癒魔法で塞いでる。一旦帰還する」
「了解した。グリッドW、サポートからHQ。負傷者一名をエスコートする」
「いらねえよ一人で帰れる」
「もしもの為だ大人しく受け入れろ……登録情報がないな、端末は白き乙女だが」
自分でやっておきながらこういう事態を考えていなかった。苦しい言い訳になるが。
「男がこんな大怪我したら普通そのままKIA扱いで登録がすぐに消えるよ。とくに大手なんかAIで常にバイタル見てるから処理が早い」
「そんなもんかぁ?」
「そんなもんだよ」
沿岸部が見えてくる。対空砲やミサイルキャリアが並び、長距離射撃が出来る魔法士達も一定間隔で待機している。その後ろには指向性マジックジャマー、これでは魔法士は近づけないし、通常戦力も近づけない。
「ここまでで十分だ」
「いちおーこっちも仕事なんで、きっちり引き継ぎまでさせてもらう」
エスコートを鬱陶しく思いながら着陸し、救護隊に引き渡された。テントを張って折りたたみベッドやらで作られた即席の医療室に放り込まれ、気配を消してすっと抜け出した。所属の確認もなにもあったもんじゃない、死にかけの傭兵連中が一緒くたにされて放り込まれるその場所は血の臭いが濃い。男は治癒が厳しいようならそのまま放置されて、女は多少無理してでも怪我を治しているようだった。
裏手に出て、そこにも収容しきれない怪我人が並べられていた。いずれも男性ばかり、治癒するコストに見合わないから後回しにされている。
結果を知っている側からすると、何しても無駄としか言えないが今を乗り越える側からすると必死だろう。個人の生存より全体の存続を考えた上での切り捨ては必要なのだから。
沿岸部から市街地までやってくるとがらっとしていた。人通りはなく攻め込まれたときに即座にバリケードを展開できるように資材を置いて誰もいない。シェルターに避難しているのだろう、至るところに魔法で避難経路が投影されている。
「へいっ! そこのおにーさん蜂蜜パン食ってけー!」
ふと、横合いから飛びかかってきたリコを受け止めると紙袋を叩き付けられた。
「こんなときまでパン屋やってんのか」
「やってるよー。非常時だから無料で配ってまーす、好きなだけ食ってけ!」
「本音は」
「全然売れないから余ってんだよー廃棄したくないよー」
紙袋を開けるとまだほんのり温かいパンが入っていた。
「まったくお前というやつは……」
「いやー食べてくれそうな人がいて良かったよー。今回コンバインの整備費用で二百万かかってさーもう赤字ばっかで」
「やめちまえ」
「やりたいからやってんの。まだやめないよ」
「へぇ……それはそうとして、ここまで誰かに会ったか」
「白き乙女のシワスだっけ? あっちの方でそいつとは会ったよ。あ、もしかして連絡取りたかった? ごめんねさっきセントラ軍とやりあって端末壊れてさー」
「そうか、じゃあちょうどよかった」
さっとリコを抱き寄せると。
「えっ、おにーさんちょっと」
その胸にナイフを突き立て、心臓を貫いた。
「なんで……」
髪を鷲づかみにして、抜いたナイフを首に突き立て振り抜く。
激しく咳き込みながら倒れ血を吐くリコ。二十秒ほどで意識を失ったのか、動かなくなって血溜まりが広がる。
確実に死んだことを確認して、シワスが居るであろう方向へと走る。後はスコールに任せるが、なるべく邪魔者は排除しておかないと〝失敗〟するのは分かっている。失敗したから自分がこの〝世界〟のこの〝時間〟に存在している。
最大の障害はフェンリア、その次にはレイズ、フェンリルのユキと考えればどんどん挙がってくるがそのすべてに対処するのは不可能。時間がないし目的は全員の無力化であって殺害ではない。一人ずつ排除するよりは、なんとか誘導して纏めて。
「止まれ」
不意に槍を持った少女が立ちふさがった。水無月隊の隊長だ。怪我をしているし汚れと血が目立つ。
「何者か、そちら側は避難命令が出ているはずだ」
「シワスはどこ行った。これ、差し入れ」
リコからもらった蜂蜜パンの入った袋を出す。
「そこに置いて下がれ」
言われたとおりにして下がると、ちょうどシワスがやってきた。ミナヅキ同様に戦闘後らしく汚れていた。
「おいおいおいミナヅキ何してんだ。レイジも何やった? なんで武器向けられてる」
「なに? 知り合いなのこいつ」
「知り合いだよ。つーかキサラギんとこの臨時だ」
「そっ。じゃあ後任せた……って、登録がないけど」
「レイジほんとにクビになったか」
「今月で解雇って通知はもらってたな」
「……おいおい」
「シワス、帰投命令。なるべく早くね」
「おうよ」
ミナヅキが飛び上がって基地の方へと飛んでいくのを見送って、シワスに向き直る。
「で、何のようだよ」
「スズナの居場所知らないか。まあ、アレだ、ネットワーク使えないから探せなくてな」
「あいつなら反対の……確かこの辺に」
スマホに地図を出してきて見せてくる。内部ネットワークから提供される情報は確かなものだろう。白月と紅月も一緒に動いているし、二キロ離れた場所に霞月もいる。
「中心部か、不味いな」
「また何かやったのか」
「激戦区になる場所だからな、できる限り近づかないで欲しい」
「やべぇとこか……俺、帰って司令に言っとくわ」
「出来るならすぐに桜都を放棄してアカモートに避難しろって伝えてくれ。アカモートもメインランド切り離して飛行してるし、住民のことは考えなくていい状態だ」
「分かった。ちなみに情報源は」
「いつも通り秘密」
「……なるべく説得は頑張ってみる」
シワスが飛び去って視界から消えるのを待って動き出した。蜂蜜パンの入った袋のことは完全に忘れて置き去りで。
どこの部隊と交戦したのかはどうでもいい、使える武器を回収して少し武装を増やさないとナイフと棍だけでは不安がある。出来ればアサルトライフルとフラググレネードが欲しいところ。少し歩けばセントラ兵の死体が道路に並べられていた。胸に深い刺し傷、ミナヅキの槍かシワスのレイピアか。戦闘終了後の確実なトドメだ。銃があれば一発ずつ撃っていけばいいが、あの二人なら刺すだろう。
死体から装備を剥ぎ取っていると不意に声が掛けられた。
「何やってんだお前はー」
「そういうイチゴこそ」
「ちょっとくらい手伝ってやろうかと思ってな」
「じゃあリナの支援してやれ」
「それならさっきシワスが全滅させたぞ」
「はっ? あいつの実力じゃエンブレイス隊に勝てないはずだ」
「俺もそう思ってたけどなぁ……って、それよりあいつ、お前の仕掛けが効いてねえぞ。それと知ってやがる」
「仕掛けが効いてないのは分かってる。記憶残ってる時点でなにかしら対策してるからだろうし」
「なんなら俺がやってもいい。あいつ相手ならなんとかやれる」
「ほっとけ。それよりリナは」
「応急処置して別部隊に連絡は入れといた」
「あっちは失敗して欲しくないからな。手伝ってくれるなら合流までリナの支援、頼めるか」
「任せとけ……あ、マガジン一本くれ」
「ほら」
空マガジンを投げ渡す。弾は抜いて詰め替えた。
「弾は」
「自分で探して詰めろ、そんじゃ先行くぞ」
マガジン八本とアタッチメントをレールシステムにありったけ、バッテリーも二本追加でくくりつけてかなり重たいアサルトライフルを作り上げた。今時銃剣まで付けるようなやつがいるんだなと思いながらそれも奪った。結果としてこんな重量物持って走り回りたくないという状態だが、今時セントラの通常部隊はパワードスーツでアシストして動き回るのが当たり前だしこれくらいないと火力で負ける。
警戒しつつ小走りで進む。サポートがいないだけでかなり移動効率が落ちるし疲れる。近距離なら索敵魔法か魔力を使ったソナーでいいが、離れた場所の敵の位置が分からないのは痛い。大通りはなるべく壁沿い、遮蔽物の近くを動いて交差点や開けた場所では都度立ち止まって確認してから動く。狙撃も考えてできる限り移動のペースは乱して二秒以上同じペースを維持しない。
結果としてコンタクトですんでエンカウントはなかった。一人で多数相手の銃撃戦なんて初手で壊滅的なダメージを与えられるほど有利でない限りしたくない。
入り込んだセントラ軍をやり過ごして進んで二時間。物陰に隠れているセントラ軍の後方に出た。向こう側にはトーリとムロイが堂々と歩きながら、セントラ兵に殺戮を振りまいていた。
「フリーズ!」
気付いていない連中を驚かせてやろうと叫ぶと、ビクッと震えながらこちらに振り向いて、しかし銃口は向けてこなかった。
「ゲイル工作兵! 貴様こんなところで何をしとるか!」
「……あぁ、今そう見えるか」
掴みかかってこようとした隊長だが、レイジがトーリを指さすとさっと隠れ場所に背中を押しつけ別の仲間がレイジを物陰に引きずり込む。
「見られたらやべえ、頭が爆発する」
「つーかお前どうやってここに来た。出発の時はいなかっただろ」
「そういやゲイルいなかったな。ってその装備は精鋭だけで編成されたアルファ隊のじゃ……」
「あぁ奪ってきた。今って編成どうなってる」
「転送機の試験運用でアルファからラムダまでの臨時編成。中身はあっちこっちの部隊を丸ごとだ」
「隊長、作戦目標はなんですか」
「最新型のジャマーが送り込まれるまでの攪乱、設置終わり次第掃討戦に移行予定だ。ジャマー程度で桜都の傭兵が黙るとは思えんがな」
ひょいと物陰から顔を出したらアリツィアが容赦なく撃ってきて引っ込む。ちょっと遅れていたら脳天に直撃していた。……まあ距離があるし九ミリなら骨で受ければ痛いですむ。ようはおでこに真っ正面からなら全力で殴られたくらいですむ。
「撃ちやがったよ」
「撃ち返せよお前ら」
「だから見られたら頭が爆発するって言ってるだろ!」
「はぁ……」
ため息をついて、すっと息を吸って飛び出す。位置はさっきので分かっているし、反動が少ないアサルトライフルだ。きちんと構えなくても問題なく撃てる。大雑把な狙いでバースト射撃。
「ほら避けてみろ」
あっちこっち飛び回るアリツィアの動きを予測して回避した後の硬直と予備動作を狙って当てていく。効いていないようだが、足首を撃って身体を構成するナノマシンの配置を乱してやると倒れ、トーリがすかさず耳を引っつかむ。
「痛い! やめて! 痛い、痛いっ千切れる!!」
「お前は何してんだよなんでレイジを撃った下手したら殺されるんだぞ俺が!」
「トーリ、足と手、どっちがいい」
レーザーサイトの光を当てながら聞く。管理責任だろう? 撃ったなら撃たれろ。
「どっちも嫌だがこいつなら撃っていい」
引き金を引いた。バーストで三発撃ち込まれアリツィアの頭部が霧散してすぐに元通りになる。肉体ではなく微少機械の塊だからこそ電撃なり電磁波なりで攻撃しなければ効果が薄い。
「トーリーこっちは終わったよー……あっ、レイジ」
「なんだ、万年引き籠もりはやめたのか」
「私だって戦える」
久しぶりにムロイの姿を見たような気がする。仮想空間ではたまに見かけることもあったが。
「隊長、このまま帰ったらどうなりますかね」
「懲罰部隊行きだ」
「つー訳でトーリ、撃たない代わりにこいつら全員捕虜にしとけ」
「なんでそんな面倒なこと」
「撃つぞ」
「わーった撃つな。そこのセントラ軍、抵抗するようならマインドハックで焼き切る、武装解除し整列しろ」
「つー訳で隊長、後はよろしくしてください」
後ろから罵声が聞こえるが、そんなこと気にせずにレイジは走り去った。時間的な余裕があまりない、この場に不必要な戦力には退場してもらわないと予定が狂う。