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終わりの始まり【Ⅲ】

「あーぁ始まってら」

 大怪我しながらもなんとか帰ってきた二人は、水平線の彼方に桜都を見た。激しい戦火、すでに衝突が始まっているのはハッキリと分かる。

「どーすんだ? 俺は死にたくないから逃げるぞ」

「勝手にしろ。端から当てにしてない」

「そうかよ。で、蒼月は」

「セントラ側から仕掛けさせる。ブルグント相手じゃ無駄死にするだけだ、あいつは弱すぎる」

「はぁ……それじゃ俺は隠れる、また〝次の世界〟で」

「じゃあな」

 曳航ラインを切り離した途端に消えたイチゴのことなど気にもせず、スコールは意識を戦闘モードに切り替える。

「コールサイン・スコール、エントリー。状況を教えてくれ」

 どこかの味方に届くだろうと思って発信すればどこからも応答がなく、無視されているのではなくジャマーで完全に妨害されていると判断。

 勝手に暴れよう。正面にはブルグントの空中空母、下には通常の艦隊。戦闘機と魔法士が飛び立って桜都へと侵攻していくが、どうにも本気ではないようだ。どうせセントラが展開するジャマーを恐れているのだろうが、それならば好都合。主力が残っているなら飛び立つ前に沈めてしまえばいい。

「エンゲージ」

 誰も聞いちゃいないが、音声記録として戦闘開始を宣言。

「ブルグント空中艦隊へ攻撃を開始」

 一気に加速、砲撃戦なんてするつもりはないし捕虜を取る気もない。目についた端から破壊するだけのこと。最初の艦隊へは気味が悪いほど簡単に取り付けた。護衛艦の横をすり抜け空母の魔導エンジンの外装の上で神力結晶を散布。コツンと外装にぶつかった瞬間には、障壁の魔力と反応して爆発。エンジンを吹き飛ばし連鎖的に飛び散った結晶が反応を起こし、吹き出る魔力と混ざり合ってダメージコントロールすらさせずに内側まで破壊。

 衝撃でバランスを崩し推力まで奪ってさらには火災。脱出する魔法士がちらほら見えるが相手にせず上昇、離脱する。千メートルほど上昇したところでようやく護衛艦から対空砲火、発艦していた航空魔法士が上昇してくる。

「対応が遅えんだよ」

 次の目標を決めてパワーダイブ。邀撃機が向かってくる。ミサイルと機銃で出迎えられるがデコイを散らして回避、そのまま突っ込んで風を読み、予測進路上に神力結晶を散布し降下。爆音と衝撃波で命中と判断し海上の空母艦隊へ仕掛ける。

 さすがにここまでやると抵抗が激しかった。追撃の邀撃機は離脱し、護衛艦からミサイルが飛んでくる。幻影魔法によるデコイを散らしなお突き進む。艦隊防御システムを速度で突破し、個艦防御の対空砲を海面すれすれを飛んで狙われにくくして回避しつつ取り付いて、喫水線に爆破の術札を束で貼り付けて甲板に上がる。こうなってしまうと火砲は脅威ではなく、しかもブルグント軍ならば銃弾ではなく魔法弾が飛んでくる。脅威にならない。わざと被弾して魔法をありったけ奪い、爆発で傾いた護衛艦の上で走り回って武器を奪って機関室の真上で指向性爆破魔法を発動、船底まで貫きトドメを刺して離脱。

 進行方向に背中を向け、慌てるブルグントの兵へ向け容赦なく砲撃魔法を放つ。上がってこられると脅威ではないが面倒だからと排除する。

「これくらい騒げばそろそろ飛んできそうだが……」

 奪ったアサルトライフルのコッキングレバーを引いて弾があるのを確認、マガジンを抜いて……後一発。

「チッ」

 投げ捨て奪った通信機の電源を入れる。何か聞けたらいいなと。

『――ラクラウド中尉ダメです! あの人の機嫌損ねたら戦域が消し飛びますから!』

『ええぃうるさいぞ! 俺は何があろうともミナ中尉の不正をでっち上げて降格処分を下す手伝いなどせん! 俺の胃にはストレスで穴が開いっ……痛っ、くそ……』

『しかしですね断ると』

『上に任せる。神姫隊のリオン様に連絡を取れ』

『爆破するよ?』

『なっ!? ミナ中尉、いつからそこに』

『ラクラウド中尉ーおねがいでーす。嫌なら周囲五キロくらい消失でどーでしょー? それか今から裸になって叫び声上げてラクラウド中尉におそわれたーって証言してもいいですよー』

『……お、お前はどれだけ』

『もーめんどくさーい』

『ミナ中尉やめてくだ――』

 水平線の向こう側から太陽が昇ったのかと思うほどの光が溢れ、キノコ雲が空に伸びた。

「あーぁ……」

 何やってんだ、そもそも何でそんなピンポイントで周波数拾ってしまったのか。

「おいフェンリア、暇なら手伝え」

『もーやだ帰る、寝る、二十四時間寝る』

「おい……」

 呆れていると海面に波が見え、防御態勢。ようやく爆風が届いて押し流される。

『ミナ中尉!』

『さーすがにこれだけやったら軍のお偉いさんも黙っていないでしょう』

『黙っていないどころか……あーいや、通達が来た。リオン様が直々に――』

 もう一度、大爆発。キノコ雲が吹き飛んで新たなキノコ雲が立ち上る。

 災害級魔法士とは、そう言うものだ。アカモートのメティサーナもだが、手が付けられない。下手に扱ってしまうといともたやすく災害が発生する。……というか、その直撃を受けて生きているラクラウド中尉はどういう生命力してんだ?

「はい、っという訳であとよろしくー」

「テメェ、コラ!」

 背中にタッチされ、顔面ぶん殴ってやろうとすれば空振り。もう空の彼方で点になっている。

「……何がよろしくだよ」

『リオン。洗脳されてる、でリミッターも切れてる。後ろ見て』

 振り向けば、数時間前に腹に致命傷を与えてそのまま飛び去っていったリオンが超高速で向かってくる。正直、化け物相手に戦いたくはないが魔法に頼るなら神様だろうが一対一に限っては勝てる。

「……あー嫌だよこういうの。敵姫視認、ブルグント所属リオン。エンゲージ」

 魔法なら何でも来やがれ、奪って撃ち返してやると構える。

 が、空にチカチカと赤い光が瞬いた。嫌なのが嫌なタイミングで来やがったと、やっぱり逃げようと身を翻す。災害級を二人同時に相手できるかと、戦闘放棄を決めたその瞬間。

「あっ」

 もう、遅かった。目の前に転移してきて、蹴りが直撃した。


 ---


 必死になって治癒魔法を詠唱するアイズは、無駄だと分かった上で諦められなかった。

「魔法全部砕きやがった……無理だな」

 すでに死んでいてもおかしくない状態でなお、喋ることだけは出来た。アイズに抱えられて桜都の異空間へと逃げ込んだはいいが、どうしようもなかった。

 身体は淡い燐光を纏って消失が始まっているし、こうなっては再生処理を掛けることも意味がない。

「アイズ、スコールの支援に付け」

「嫌だから」

 目の前で光の粒子になって消滅する仲間を何度も見てきた。親しい者以外の記憶には一切残らないその結末を、また繰り返すことなんて認めたくない。

「私はこのままレイジまで失いたくないから」

「やめとけ無駄に疲れるだけだ」

 やめろと言われてなお、すべての処理を治癒魔法に割り当ててありったけの魔力を込める。

「諦めない……だからレイジも諦めないで」

 〝理〟から外れたらどうなるのか。死ねば消滅以外の何もない。記憶にも、記録にも残らず最初からいなかったかのように世界から忘れ去られ、消える。

 その常識(あたりまえ)に全力で抗う。

「残機ゼロだからもうやめろ、復活出来やしないんだから」

「嫌だ」

 だからどうした。そんなルールなんて認めない、認められない。だから、ただがむしゃらに魔力を込める。

「やめろアイズ」

 詠唱キャパシティを大幅に超えた魔法を詠唱し、扱える魔力の許容量を超過した極大の魔力消費に〝魂〟が悲鳴を上げる。一瞬でも制御し損ねたら、その負荷に耐えきれずにアイズ自身が致命傷を負うにもかかわらず、限界を超えた魔法を使う。

 かつてのレイジのように、無茶しすぎた代償が魔法の演算回路が焼き切れて自由に魔法を使えなくなる程度ならいい。大抵の場合は死ぬ、そしてこの場合の死は世界から消えること。

「無駄なことをするな」

「……ごめんレイジ、みんなで決めたじゃん〝優先順位〟」

「いいのかよ。こんなところで諦めて」

「諦めたくないしレイジは〝敵〟だけど、私なんかじゃ絶対に負ける。だったら、託してもいいって思える人に全部あげたいから」

 アイズは魔法を詠唱しながら、レイジの胸元に手を入れる。

「あっ、お前それは」

 古ぼけた懐中時計を取り出して握りしめる。

「あんな女を選んだことは恨むけど、私の力は全部やる、絶対に勝ち残れ!」

 レイジの懐中時計、レイジ専用の補助具に魔力を流して魔法を発動する。アイズの詠唱キャパシティでは到底受け止めきれない大魔法。強制的に魔力を吸い込まれ、もう自分の意思で止めることなど出来ず、そしてそれを分かった上で命を燃やして魔力を注ぎ込む。

 淡い燐光が体中から溶け出て、そのすべてが懐中時計に吸い込まれていく。込められている魔法は知っている、いま時計の針が示しているのはⅩⅡの次。本来刻まれることのないⅩⅢ。

「さよならレイジ、私のことは忘れていいから」

 治癒魔法が砕け散って懐中時計に吸い込まれ、制御を完全に奪われたアイズ自身も光の粒子になって呑み込まれた。

 カチッと。

 針がⅠを示す。

 手元に落ちてきた懐中時計を握りしめたレイジは何食わぬ顔で立ち上がって、身体を確認する。スズナに破壊された部分は完全に修復されていた。

「……バカが」

 ぼそっと呟いて、愛用の棍を召喚。

「コールサイン・調停者(ミディエイター)、これより状況の制圧を開始する」

 普段使うことのないコールを名乗り、通常空間へと飛び出す。座標がかなりずれた。海の上に出て、慌てて飛行魔法を込めた術札を励起して体勢を整える。

 どこだここはと思う暇もなく、落ちてきたスコールとぶつかり服を引っ張ってキャッチ。鼻血で顔が真っ赤になっていた。

「誰にやられた」

「レイの蹴りだ。あいつ毎度だぞ」

「いい加減自力で転移くらい出来て欲しいな……。状況は」

「フェンリアが逃げた。後百二十秒くらいでリオンが襲ってくる、洗脳されてるんだとさ」

「スコール、すべて継承する。未来、任せる」

「はいよ、任された」

 レイジとスコールの姿がぼやけて重なって、分かれて再び元通りになる。見た目は変わっていないが、レイジが持っていた各種契約や兵装のほとんどがスコールに移った。

「大まかな流れは」

 術札を取り出しながらスコールが聞く。

「クロードは北極で死亡予定だがすでにフィーアが介入済み。霧崎アキトは桜都中心部で死亡確定、クローンが出てくるからサポートは要る。こっちはベインに任せる。アカモートは近場で撃墜されるのが確定しているからそれは放置、白き乙女は危ういし予想不可。理想は全員生存だが確定は睦月隊だけが生き残る。スズナ死ぬ、これ確定。他の連中も死ぬが、月姫は確定してないから介入すれば好きに出来る。後はレイズが戻ってくれば……まあなんとかなるだろ」

「オーケー」

「で、リオン相手するか桜都で大暴れするか。どっちがいい?」

「リオンの相手する。撃破して包囲網食い破って蒼月と合流、それから桜都」

「じゃあ、任せた。イリーガルからルティチェへ、後は全部スコールに任せる」

『はーい了解』

「次の〝異端者(イリーガル)〟はお前だ、スコール」

「あぁ分かってる。同じ未来には繋げない」

 パンッと手を打ち合わせて、違う空へ舞い上がる。

 雲が流れる空、風に攫われた桜の花びらがこんなところにまで流れてきていた。

 落ちるのか、それとも風に流されてどこまでも舞っていくのか。


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