終わりの始まり【Ⅱ】
桜都の晴れ空に空襲警報が鳴り響く。
訓練などではないと誰もが分かっている、いつか来ることだと皆が知っていた。
始まったのだと。
ついに、ブルグントとセントラの戦争の波がここまで来たのだと。
宣戦布告と同時に動き出したブルグント、セントラの両軍は桜都の防空識別圏を東西から挟む形で進軍を開始。二つの大国を相手取った不利にも見える戦線はいともたやすく膠着状態へと導かれた。
桜都の主力は傭兵、だが金でどうとでもなる……と言うことはない。三大勢力が健在である以上、桜都を裏切ればその後の居場所がなくなってしまう。負ける可能性が低い、そして三大勢力が押し返せば、桜都を出て行った連中は仕事にありつけなくなる可能性が高い。どうするのが最も生き残る可能性が高いのか、そこを間違う輩は多くはなかった。
三大勢力が主軸となって戦線を展開。
魔法士を主力とするブルグントはマジックジャマーによって戦力の大半を無力化され、残った戦姫と通常戦力による消耗戦へと持ち込まれる。
対するセントラも通常のジャマーによる通信妨害を受け仮想空間から仕掛ける仮想化戦闘部隊の動きを阻害され、なんとか桜都の管轄エリアに到達した部隊もDMZの突破と同時に撃破。無人機部隊はAIのスタンドアロンモードでの戦闘を継続するも戦姫の動きに対応できず、大艦隊も少し前の大打撃を回復し切れておらず海に浮かぶ棺桶と空を飛ぶ棺桶と成り果てていた。
桜都から攻めてしまえば崩せる。しかしそれはしない、いや、出来なかった。いくら力はあっても数がない。戦力でみれば凄まじいが、一部の個人に依存したそれでは全周を警戒し確実な迎撃をするには数がなかった。連続した戦闘、戦線の維持、そのための補給を考えると攻めて防衛ラインの厚みを薄くすることは、出来ない。
何より、いくら警戒していても対策の出来ない真上。空の果て、宇宙からの攻撃を警戒している。セントラの〝槍〟を警戒して戦姫クラスの中でも高位の者は本土で待機し、ブルグントの戦姫の直接転移、月の勢力の攻撃をも警戒している。防ぐことが前提ではなく、やられた後の立て直しを早めるための待機だ。
結果として膠着状態。どちらも手出しをしたいが、してしまうと次のフェーズへと進んでしまう。下手に桜都を攻めると、守るべきものという枷を失った傭兵達が攻勢に移って全滅する可能性を捨てきれない大国は攻めあぐね、桜都の防衛にあたる傭兵は守る為に動けない。
だがいつまでも膠着状態を維持することは出来ない。補給がある大国側と違って桜都は周囲全ての輸送ラインを封鎖されてしまっている。このまま待っていれば消耗して押し切られるだけだと分かっている。
だからこそ。
「リジル隊、特殊任務だ。ラグナロク、アカモートの航空部隊と共同で桜都北方の包囲を破壊しろ」
四回目の補給で基地へと帰ってきたリジル隊は束の間の休憩で基地司令からそう言われた。
「プランは。連携も何も出来やしないぞ」
「必要ないかも知れんな。ただ割り当てグリッドに友軍が増えるだけだ」
「気にせずやれ、か」
疲れ切った顔をしたリジルリーダーは振り返って仲間の顔を見る。他の連中も同じで疲れた顔をしていたが、呑気に休憩なんかしていたら押し込まれる。
「北を食い破って、その後は」
「状況を見て桜都国から指示があるはずだ。南側はアウトサイドガーディアンと葛原鋼機が担当すると聞いている」
「一度崩して抜けやすい方から回り込んで挟み撃ち……電撃戦はこの戦力じゃ無理だ。司令、あんたがよく分かってるはずだ。無駄に部下を死なせるビジネスなら拒否だ」
「すまんリジルリーダー、命令だ、やってくれ」
舌打ちして、しかし承諾するほかなかった。誰かがやらねば全体が終わる。
「聞いての通りだ。俺から言うことは一つ、生きて帰れ」
パイロットもフライトオフィサも俯いたままで頷いて、補給の終わった整備員からの合図で機体へと向かっていく。
無理矢理にでも状況を動かさないとじわじわと締め上げられるだけだ。
無人機を連れて空に上がっていったリジル隊を見送る二人。未だに植物状態。生きているとも死んでいるとも言えない眠りの中に沈み込んだままのリジルを車椅子に座らせ、それを押しているのはリデル。
「まだ飛べるよね、そろそろ起きてよ。じゃないと……」
格納庫からリデルの機体が運び出されてくる。そろそろ出撃の時間が近い。もう、一人で飛ぶのが怖い。心を持ったAIでは、感情の処理にリソースを割きすぎてしまったからか普通の戦闘用AIに勝てなくなっていた。
「……お別れ、かもよ。ずっと」
いくら機体が破壊されようとも、失われるのはその一瞬の記憶だけだ。本体を破壊されない限りはいくらでも戻ってこられる。だが、その本体が壊されるのは、今のままなら時間の問題だ。
桜都の仮想空間は現状桜都所属のAIたちが防衛し、その中から僅かな処理能力を割いて仮想化戦闘部隊が侵入を試みる敵部隊を排除している。いつまでも防ぐことは出来ないし、かといって回線を切断することは桜都の指揮系統を放棄するのと同じ。出来ないのだ。
そして、現状維持をしたくないのは他も同じ。セントラ軍は別働隊による桜都本土の直上、宇宙空間から突入する奇襲を敢行。陽動としての〝槍〟による連続射撃、艦隊の消耗を前提とした無理な前進。
「白月、帰ってきてそうそう悪いが出撃だ。東側のセントラ艦隊を排除しろ、桜都からは押し返せばいいって言われてる」
「沈めてくる」
裁判沙汰になってクロードからの和解条件として周囲十キロに近づくなと言うことで追い出され、包囲網を外側から食い破って基地に帰還してすぐの出撃。つい先ほどボロボロにした艦隊にトドメを刺してこいと命令を受け空に上がる。ショートソードにバックラー、ひらひらした服を着て戦争に飛び込む格好じゃないと言われるその装備で戦闘機を追い回し、アフターバーナーを浴びながら距離を詰めて真っ二つに切断。恐れをなした敵機が離れていく。
「空は私が」
いつもにもまして重装備の紅月がふわりと浮かび上がる。総重量は五十トンを超え、槍の迎撃を主に、終わった後は対空迎撃用に長距離ミサイルをありったけと空で戦う友軍への補給も兼ねる。
地上に待機していた他のPMSCsの戦姫達も上がってくる。待ち構えていたからこそ、一発も第一防衛ラインへの到達すら許さない。
「今はまだ余裕がありますね」
地上から魔法で迎え撃つ戦姫の真上に陣取って障壁を展開する。撃ち漏らしが障壁に直撃しヒビが入るが、それだけだ。破壊の紅ではあるが、前任の蒼月に次いで表向きの防御力は第二位。ただの質量物を宇宙から落としてきただけでは受け止めることが出来てしまう。
「上は余裕だな」
「シワス、ぼやく暇があるなら一緒に来て」
「ミナヅキお前んとこの消耗は」
「もう一割ってとこ。ヤな感じ、報告が上がってこないけどこれたぶん、味方同士でやりあってる」
「例の離反者かねぇ……」
「東側にセントラが上陸した。追い出すよ」
「了解だ。スズナ! そっちはどうする」
「私はまだ待機するわ」
次々と出撃していく仲間達を見送りながら、スズナは焦っていた。もうこの時点で何人かいなくなっている。とくにレイジのことは誰もが口を揃えて知らないと言う。そんなやつは最初からいなかった、人員管理のシステムにも登録がない。
「スコール君とイチゴ君の情報はないのかしら」
呼びかけると不意にオペレーターの一人が。
「観測隊から。ブルグントでリオンに殺されたってよ」
そう言い捨てた。
「そんな」
「キサラギ。あんた今まで何してた? ふらっと帰ってきたけど行動履歴が一切ないのはどういうことか」
「それは……」
とてもいえなかった。穴があったら今すぐにでも飛び込んで叫びたい。
「神無月だ。今戻った。かなりの人員が応答しないがどういう状況だ」
「裏切り者よ。レイジ君が言ってたの」
「まあ聞いてはいたがやけに多いじゃないか。それにレイジとは誰だ」
「誰も覚えてないのよ。私の部隊にいたのに」
「怪しいなそいつは」
『こちらスカイリーク。リジル隊から報告、超低空を進行する不明機多数。ブロッサムセキュリティが迎撃に回ったが間に合いそうにない』
「だそうだが、出るか」
「それを決めるのは司令よ。最適な割り振りは向こうに任せて私たちは割り当てられた任務の部隊指揮が大事よ」
「睦月隊はどこ行った! あいつらが裏切り者じゃないのか!」
「うるさいぞヤヨイ。そもそもお前のとこが一番疑いが濃いのだが。言えたことか?」
「くっ……」
「仲間割れしてる場合じゃないわよ」
「そうだ」
司令が後ろから話しかけてきた。隊長クラスも出ろと言うことか。
「カンナ、空戦部隊でインターセプト。ヤヨイはワヅキの撤退支援だ」
二人が出て行くとスズナの横に司令が座る。
「……悪いが、やってくれるか」
パサッと書類が置かれる。
「汚れ仕事は結局、私なのね……いいわ」
「すまんな」
スズナが嫌そうな顔で基地から出て行くタイミングで、嫌な報告が届く。
「司令! セントラ軍が港湾部に転移してきました!」
「転移だと? やつらまたアレを繰り返そうというのか」
「次元兵器ではありません。現状別世界の接続は確認できずとのこと――学生?」
「どうした」
「観測隊より、セントラ軍の進路上に避難中の学生達がいると報告が」
「不味いな。すぐに動ける部隊を回せ」
司令部が慌て始めていた頃。試験段階から最終確認段階へと移った転移装置の試運転で送られてきた先発隊は隠れていた。確かに避難中の学生とおぼしき集団と接触したところまではハッキリとしている。だがなぜ、目視された瞬間に次々と仲間が倒れたのか理解が出来ない。倒れた仲間を引きずって物陰に運ぶ。何をされたのか分からず、ヘルメットを脱がせて意識を確認しようとするとべちゃっと嫌な感触、生臭い。
頭が弾けて脳が焼けていた。
一瞬で、なぜ? 思い当たるのは目視されたその一瞬でマインドハックを受け、インターセプトする間もなくブレインチップを掌握され破壊されたか。ただの学生にそんなことが出来るのか?
「アリツィア、視界に重ねて敵をハイライト。ムロイは見えた端から焼いていけ。プロトサード相手に時代遅れのセカンドが勝てるわけねえんだ」
「トウリもなかなか危ないと思う」
「俺はいいんだよ。それと、トウリじゃなくてトーリな、みんなそう呼ぶ」
学生相手に何も出来ず、怯えて隠れる兵士達。敵に銃口を向ければ勝手に攻撃してくれる、視界に捉えればヘルメットについたセンサーが情報を捉え即座に共有される。だからどうした。見られた時点で終わりなのだから隠れるしかない。
「さーて、まあ状況は出来はじめたな。膠着状態から切り崩そうと主力がじわじわ離れて……そろそろ本戦が始まるか」
主戦力の衝突が始まるまでに邪魔者をかたづけてなるべく桜都の中心地から離れておきたい。予想される主戦場は中心部、聞いている限りは霧崎アキトが禁忌魔法でまとめて焼き尽くすらしい。桜都は滅びる、大国も巻き込まれて戦力の大半を失って継戦不能に陥ってしばらく休戦状態に持ち込めたらなお良し。