終わりへのカウントダウン【Ⅷ】
「やっと外っ! さすがイリーガル、正解じゃん」
「液化魔力の圧送ライン覚えてなかったら死んでた……」
「いや普通あんなのに飛び込んだら体が崩壊するからさ」
「まあ、生きて出られたから今は、休憩」
メインランドの下層部から脱出した三人は、外縁部まで出てくると月明かり照らされる壁に寄りかかって座り込む。
「はぁーまだ心臓がバックバクだよ」
「ていうか、スズナよかったの? ほったらかしで」
「いいんだよあんなサキュバスは閉じ込めておけば」
異空間に閉じ込めたはずが脱出してきて鉢合わせで。分断されて危うく強姦されそうなところでもう一度異空間に放り込んで。もうあれ完全に天使成分がなくなって堕天使から悪魔側になってるぞ、と。
「……お前、魔法薬の……あれ、惚れ薬作れたよな」
「僕はもうそういう系の魔法薬は作らないことにしてるから」
「蒼幻花と引き替えなら」
幻花と呼ばれる魔法生物の一種だ。近づくものを幻に捉えてしまう危険な花で、すでに最後の生息地であったブルグントの湿地帯からも駆逐されてしまっている。僅かな流通量しかなく、様々な魔法薬の材料になりとにかく凄まじく高い。
「あ、やります」
「じゃあこれが前払い分だ。残りは現物と交換」
ウェポンターミナルを召喚して中から乾燥した幻花の入った袋を渡す。これだけでもレイジの給料三ヶ月ほどが吹き飛ぶ。
「ちなみに誰に使うの」
「スズナに決まってるだろ。他の誰かに押しつけてやる、あんなやつの相手してられるか」
「……やっぱやめ、返す」
「チッ」
「わざとらしー」
笑い混じりに言い合いをしつつ、それぞれ治癒魔法で傷を塞いでいた。キリヤとアイズは凍傷、レイジは絶対に遭遇したくなかったヒュドラと遭遇して脇腹に噛みつかれ、その毒で爛れていた。一撃もらって首を落として勝ったが、血清なり治癒魔法なりがなければ死ぬ。
「それ、酷いね」
「ヒュドラの毒は知ってる限り血清は作られてないし、解毒用の魔法もない」
「そう言う割には治癒してるじゃん?」
「分解魔法で細胞ごと破壊して再構築だ……結構痛いな」
「え、イリーガルって使えたっけ。それ処理負荷が高いからレイア専用じゃ」
「あれは魔法と言うよりは情報構造に対する直接干渉だからな……魔法だって現象を改変してるだろ」
「まあ、そうだね。エネルギー状態とか変えてるし」
「それ、詠唱かプログラムかで制御して形にしてるけど、そこの処理を好き勝手するのが直接干渉で、組み立てるよりバラす方が簡単だからそればっかりしてたらいつの間にか分解魔法って呼ばれてただけだ」
「そういうことならレイアは全部の魔法を使える……ってことにはならないか、魔力が少ないし魔法の強度も弱いから」
「リミッター解除したら勝てるのは誰もいねえよ、いつっ」
「僕が治癒魔法使おうか?」
「やめとけ、無駄だ」
毒への耐性は他の生物よりは高い方だと思っていたが、やはり限度というやつがある。焼ける痛みをこらえながら一気に毒に冒された細胞を崩壊させ再構築する。
「くっ……斬った方がマシだった」
「いや斬るってその方が痛いでしょ」
「キリヤー知らない? こいつ致命傷負わせたらオートリカバリーで一瞬で回復するから」
「知ってるけどさぁ……なんか、寒くない?」
「まさかもう出てきたとか?」
「さすがにそこまでやわじゃねえぞ」
厄介な化け物クラスの連中を閉じ込めるために作ったトラップだ。レイア以外にはそう簡単に抜けることが出来ないようになっているし、抜けられたら困るからこそバックドアも用意していない。
「力ずくで突破とか、あり得るんじゃない」
「……レイなら突破できるがスズナに出来るか?」
「んー、それで考えると魔法は僕の方が強いから無理かな」
「じゃあなんで寒い訳?」
何でだろうか、と。空を見上げると爆発が見えた。戦闘中、それでアカモートを包み込む障壁に穴が空いたか。よく見れば所々、星が見えない。ラビリンスモードによる防御状態に移行しつつあるほど押されていると言うことだ。
「これ不味いんじゃないかな」
「だろうな。休憩終わり、アイズ」
「分かってる、オペレーティングシステムの起動を……あっ、完全にシャットダウンしてたから一分待って」
「まあいい飛ぶぞ、準備」
「了解」
戦闘用魔法の準備を始めるとキリヤが先に手すりに飛び乗る。
「僕は先に行くよ、ウィッチ達が逃げ遅れたみたいだから」
「ほーい気をつけて」
戦闘中、にしてはまったく通信を傍受できず味方の通信チャンネルも静まりかえっている。嫌な感じだ、静かすぎる戦闘は一方的にやられて終わることが多い。
「状況の取得は」
「どっこも応答なし、ヤバいかもよ今回」
「嫌だな……」
「まあでも、時期的に始まってもおかしくないし」
「そうだな。ただ、途中で離脱するから全体の指揮は任せる」
「分かった。……ねえイリーガル、本当にやるの」
「今更聞くなよ、やるに決まってる」
「……そっか。オペレーティングシステム起動完了、行ける」
「よし始めようか」
術札を指に挟み、励起。まずは状況の把握から始めようと真上に向かって飛び上がって、二人とも足を捕まれ引きずり下ろされる。
「おっ?」
「わっ何!?」
通路に叩き付けられ、振り向くとスズナが拘束用の魔法を発動していた。
「うわぁイリーガルマジでヤバいよー……てか冷た過ぎて痛い」
ブレイクが効かず逃げようともがくが魔力の糸に絡め取られ動きを封じられていく。
「風俗街にでも行ってろ露出狂が」
「どうしてそんなこというのレイジ君」
言われて当然の格好だった。首輪と尻尾はそのままにどこで入手したのか、シャツは下胸が見えるほどに丈が短く、スカートもミニスカートを通り越してマイクロミニとでも呼ぶか、白い下着が正面からでも見える。
……と、一つ思い当たった。
「なあスズナ、お前は何のために存在している」
「どうしてそんな当たり前のこと聞くの? 私はレイジ君の奴隷よ? 私はあなたの所有物で私はあなたのために――」
「もういい」
「――どんなことだってするわ。それに女は男に奉仕するのが当たり前なのよ? どうしてアイズちゃんはそんな格好してるのよ、脱ぎなさいよ」
確定だ。レイアと同じ。
「アイズに近づくな」
「どうしてよ。女は裸か誘惑するためのものしか身につけちゃいけないのよ」
アイズの服にスズナが手を掛ける。
「イリーガルどうにかして!」
「ああもう、全力で防御しろ!」
やりたくないけどやるしかないと、神力結晶と魔力結晶を作り出し握りしめる。何もかも消し飛べ。自棄になっていつぞや調整間違えてブルグントの海洋基地付近を吹き飛ばしてステイシスの魔法で押さえ込んだ自爆技を躊躇いなく発動。
音も景色もすべてが光に押し流され、アカモートの防御機構を内側から崩壊させメインランドの動力炉が唸り始める。
「――そっ、やったか」
ほんの一瞬意識が途切れ、再び世界を認識したときにはアカモートが遙か彼方に。アイズはどこに行っただろうかと探すと、背中が痛い。振り向けばアイズがしがみついていた。食い込んだ爪のあたりから血がにじむ。
「い、や……来る、まだ……じゃない、全然効いてない」
「残念。アカモートが動くほどのエネルギーしか出ないように押さえたが、この程度じゃ無理か。アイズ、再起動急げ」
フェンリアならまだやれるだろうが、レイジはこの程度に抑えないと自分が怪我する。
「管制システムはあと十秒で終わる。スズナ射程接触まで二分と六秒」
少し余裕があるなと、術札を励起させ待機状態にして備え望遠魔法でアカモートを見る。戦闘機が複数。ブルグント、RFF、BFF、セントラ、アカモート。複数勢力の入り交じった戦闘だがどうにもおかしい、なぜ魔法士がいない? 騎士団も迎撃には出ていないしそもそも防空隊どころか広域警戒管制が誰もいない。しかもアカモートとBFFが協力しているようにも見える。
「アイズ、どう思うこの戦闘」
「デコイじゃないの。よく出来てるけどありえないしあんな状況……あっ、黒いレイアクローンが」
「なんか取引したな」
『あのー君たちー? 今の爆発何かなー? 僕、死にかけたんだけど、ってか誰もいないんだけど』
「さっさと離脱しとけ、もしかしたらグングニルぶっ放すかも知れんから」
『それはさすがに痛いじゃすまないね……逃げよ。それじゃ』
離脱していくキリヤを注視すると、背後から三機、RFFの戦闘機が追いかけBFFの三機編隊三つが妨害にかかる。RFFの最新型が旧型のBFF機に特攻を仕掛けられ回避に移る。
「イリーガル……スズナに勝てる?」
「この状態じゃ正直なとこ厳しい」
「だったら私が足止めするから一旦体勢を」
「却下だ。お前は使い捨てに出来るほど安くはない」
「分かった」
飛行魔法の再起動を終えたアイズがふわりと正面に回って、額を合わせる。魔力供給のリンクが作られ、演算リソースの一時的な共有も行う。
「それじゃ全力で露払いはしたげるから、死ぬなよイリーガル!」
「そっちもな、アイズ」
くるっと回って離れたアイズの背中には三重の魔方陣と翅が十枚、補助具はブースト状態でかなりの熱を発し始める。
「さぁて戦略級相手の真面目な戦闘と行きますかねぇ」
『演算リソースはガンガン使っていい、こっちの負荷は気にするな』
「魔力が必要ならシグナルを送れ。いくらでも供給してやる」
ソナーを打って周辺状況を探ろうとするがそれより早くアイズから感覚共有で情報が来る。ライブラリに登録のない戦闘機が近づいてくる。ミサイル警告、これもライブラリに登録はなく、速い。肉眼で補足なんて不可能、かすかに白煙の尾を引くということもない。かと思えばさらに警告、赤い光……空気との摩擦で赤く焼けた弾頭が光っているのだと気付いた瞬間、真上から魔法が貫いた。
他にも脅威は接近するが、そのことごとくをアイズが迎撃する。
こっちも全力でやるか、と。スズナに視線を向ける。
向こうはやる気なのか知らないが、こちらは脅威として認識して敵としてマークしている。近づいてくるのなら撃破するまでのこと。
「本当に、お別れだ」
シャドウモード。詠唱と同時に急激な加速で高度を上げてすべての魔法を破棄して姿を消す。通常なら探知されないし目視されたところですぐに認識から抜け落ちる。
さて、どう対策されているのやらと思えば姿を消した場所を起点にして半径一キロに及ぶ巨大な〝檻〟が現れた。細い魔力の糸で編まれた巨大な檻、おそらくは接触を条件にした捕縛魔法が設置されていることだろう。しかも徐々に狭まってくる。有効な手段だ、見えないのなら居るであろう空間を閉じてしまえばいい。
嫌な対策だなぁと……。どうしようと考える間もなく、一気に包囲が近づいてきて魔法弾をぶち込んで穴を開けて飛び出した。
「レイジ君、つっかまっえた」
「はっ……?」
スズナに抱きつかれて魔法が砕け散ってアイズとのリンクも切断されてしまう。いま、どうやって近づいた? 幾重にも障壁を張り巡らせ向かってくる魔法は反射するようにしていたはず……いや、だからか。引っ張られたのを反射してスズナを引き寄せたのか。
まあいい、と。
「アイズ、後頼んだ」
それだけ言うと〝隷属の鎖〟を召喚して辺り一帯に飛ばし空間を封鎖。
「さぁて、本気の洗脳やってみようか」