空を舞う戦姫たち【Ⅶ】
『リジル隊、離陸を許可する』
『了解、リジル隊、編隊離陸』
滑走路で加速して、空に飛び上がっていくリジル隊の四機を、スズナは見送った。続いてスコールが滑走して飛び上がり、スペアがその場でふわりと浮き上がると、急加速して衝撃波を散らし高高度に消えていく。
「さぁて、次は私たちね」
後ろを見れば、やる気のないレイジがいる。
『魔法式再展開、準備オーケー、クレスティア様、どうぞ』
「おっけー、レイジ君、行くわよ」
「へーい……」
完全にやる気がなかった。ブリーフィングの時点でおかしかった、なんで今まで後部座席に座ってたフライトオフィサがパイロット繰り上げで、手の空いた整備士が後部座席に割り当てられているのか。ちょうど八人、何故だ、と思えば隊長から「クレスティア殿の護衛だ、光栄に思え」とか言われ、実際は飛行訓練だ。
「やる気がないの」
「さらさら無いな」
スズナにしても、汎用補助具を使った飛行は久しぶりだ。レイジとしても補助具を使った飛行は不慣れ。初心者同然の二人が、補助具に飛行魔法をインプットして、加速する。なめらかに加速して手本のような離陸をしたスズナに続いて、ぎこちない加速をして、放り出された砲弾のような離陸をしたレイジ。滑走路の軌道修正範囲からでると、途端にふらついて落ちそうになる。
「なんで飛べないのよ」
「制御式が悪い」
危険な動きや急な動作をしようとすると、自動的に処理が中断、置き換えられるのが原因だ。飛行魔法の制御方式が、レイジに合わないと言うよりは、レイジが危ない飛び方や魔法の処理を命じるのがいけない。
『タワーより各方面、対空兵器オンライン、タクティカルデータリンクで指定してくれれば支援可能だ』
『スペアより管制下各員へ。敵影多数、接近中。魔法士十六、敵機五、戦姫一、識別不能一。リジル隊は魔法士のインターセプト。スコールは敵機、クレスティア隊は戦姫を迎撃、終わり次第リジル隊の援護』
『スコールよりスペア、識別不能は、なんだ』
『不明、私が相手する』
『気を付けろよ』
先行してリジル隊が飛んでいく。フル装備だ、長距離ミサイル二発、中距離二発、短距離四発、機銃弾も満載しないのが普通の所、容量一杯に積んでいる。例の機体は、あの後格納エリアに鎮座したまま沈黙、下手な手出しは危険と判断されて、そのまま放置だ。
「あの機体、桜都の余りか」
「そうよ。途中まで曳航したけど、さすがに重かったわ」
「四機もよく引っ張ったな」
「それくらいやれないと、やっぱり隊長だもの。でも嫌になるわ、やれるからって上に上に行くときついばっかりよ」
「アカモートに移れ、あっちなら基本的には遊べる」
「絶対に嫌よ、あの女がいるところは」
「だったら当面は白き乙女だな」
いつの間にか補助具から術札を使った飛行に切り替えていたレイジは、指の間に札を挟んでいる。持ち出したライフルは背中に回したままで、装填していない。戦姫相手なら、アサルトライフル程度では意味が無い。重機関銃の二丁持ちで、それも通常弾ではなく魔法弾を込めておかないと有効打にはならない。
「そーねー……飛んだ、来るわ」
「転移か」
背中合わせで全周警戒。空中にいきなり、人が出現した。
『クレスティア隊、後方に戦姫、撃墜してください』
「分かってる」
レイジが誘導弾を放つ。数は十五、高速タイプ。魔法士では迎撃しなければ、逃げ切れる速度ではないが、戦姫なら振り切る。
「一人でやってみる?」
「いいだろう、間に合わないようなら頼む」
さっきまでと代わり、スズナを後ろにしてレイジが戦闘出力で高速飛行。
「速すぎよ」
「後ろで見てろ」
スズナとの距離が開く。スペアは一時的な管制だ、戦闘情報をメガフロートへ提出することがない、これなら見られたところで大丈夫だ、大人数に見られない限りはいい。ただの魔法士が、戦姫より強いなどという証拠は残してはならない。後が面倒くさいから。
「はいはい……って、あら」
魔法通信を適当に切り替えていたら、敵の通信に当たった。暗号化パターンはさほど難しいものでもなく、すぐに解析が終わる。わざと漏らすためやっているんじゃないかと思うほど、暗号が簡単すぎる。
『――隊と洋上基地の部隊は交戦に入った。リオン2が敵基地沈めるまで持ちこたえろ』
『アタシに頼りきんな。つーかなーんか一人追いかけてくる、戦姫じゃない……速い、こいつ』
目で追う、オーバーシュートさせられた……いや、わざと追い抜いたレイジが逃げる側に入れ替わる。
『認識、通常魔法士だ。墜とせ、苦戦する相手じゃない』
『あははっ、こいつ、すごいよ、男のくせにっ』
乱発される誘導魔法を急旋回で躱し、重機関銃の弾幕からも逃れる。
『リオン2なにしてる、墜とせ、目標は敵の基地だ』
『リオン3に任せた、アタシはこいつと遊ぶ』
『ふざけるな。命令だ、すぐにそいつを墜として基地への攻撃を始めろ』
あのままでも大丈夫だろうと、スズナは別方面に意識をむける。強い魔力が他に五つ、六方向からの同時攻撃で戦姫を六人も投入。いままでさんざん仕掛けて来たくせに攻略できず、損失ばかり出しているのに何故仕掛けてくる。理解できなかった。潰すメリットが無い、こちらはやられない限りはやり返さない前線の警戒係なのに。
『スコールよりリジル隊、これより支援に向かう。そっちはどうだ』
『残り二人、被害もない。敵姫をやれ』
『リジル隊はその空域に留まり警戒、スコールはこっちきて、余裕がない』
「私も行きましょうか」
『二人でなんとかする、クレスティア隊は戦姫の相手をして』
そう言われても、レイジが遊んでいるようにしか見えない。わざとロックされて、撃たせて躱してひやっとする反撃を仕掛けてわざと外す。オーバーシュートの掛け合いでだんだんと速度が落ちて、訓練兵の追いかけっこよりも酷い軌道を描いて飛んでいる。
『クハハッ、少し話しようぜ』
『オープンチャンネルとは……聞かれるぞ』
『かまやしねえ。こーでもしねーと話せねえだろ』
『だろうな。ここまでバカな相手はうんざりするほど相手してきてる、自分が何を狙っているのか、それすら理解できてないバカは、長生きできねえぞ』
急制動、宙返り、オーバーシュート。戦姫が突き抜けて、真後ろにレイジが張り付く。途端に、気配が変わった。使用する魔法をお遊びから真面目な物に切り替える。遊び気分の戦姫が、何を感じたかいきなり逃げ始めた。
『リオン2、状況報告』
通信に流れるのは、荒い息遣い、逃げることに必死だ。
『リオン2、格闘戦をするな、引き離せ、下がれ!』
転移してきた別の戦姫がレイジをロック。追いつけない。
『クッ――チィッ、こいつぁやべぇ』
『どうした、ただの魔法士だろう? お前を追いかけるのは。そう判断して、嬲り殺しにしようとしたのが実は狩る側だったとか、どういう気分だ』
悪趣味、だと言われたところで否定できない。ピッタリと張り付いて、ロックし続けてなお撃たない。撃てば、その瞬間に終わるから。
『ヒッ、ィィ、フ――』
『リオン2焦るな、援護する』
『何だ、そっちはどうなっている』
『敵魔法士に追いかけられてる、男のくせに速い』
『こわい……こわいっ、たすけて』
『落ち着け、加速しろ』
『だれか、えんごを』
『邪魔が、レイジよりスズナ――』
ゴゥッ! と、音が。水柱が上がる。
『スペア! 返事しろ!』
『こちらリジル隊、正体不明の物体が飛行中、レーダーには映らない』
何が起きた? 今落ちたのは、なんだ。
敵も、味方も、水柱を眺め、そして空を見た。青い光が炸裂して、空を賑わす。逃げ惑う黒い点はスコール、だが、その攻撃をしているのは少女だった。青い髪の女の子、スペアと瓜二つ。背中に青い魔法陣を、そこから三対の妖精の翅、その筋に沿って走る光が荒れている。抱えるのは体に不釣り合いな長大なアンチマテリアルライフルの形をした補助具。光がスコールを貫いて、爆発した。死体も、肉片も、何も残さずに吹き飛ばす。
「あらら……」
じゃぼんと、海原から飛び出たレイジが隣に並ぶ。さっと魔法で乾かしてやるが、術札が濡れて機能不全を起こしているようで、スズナに掴まる。
「死ぬかと思った」
「死なないでしょうに」
巻き添えをくらったリオン2も、飛んで来た敵に回収されて離脱していく。想定外、ではなくスペアが相手していたアンノウンだ。
「あれは、レイアか。広域管制が前線に出てくるか」
「レイアちゃんね。でもおかしいわね、こっち側に来るなんて事は聞いてないの」
「……邪魔だから、わざわざ殺しに来たとか」
「あり得るわ」
アカモートの広域警戒管制隊は人数こそ少ないが、一人あたりの索敵能力がずば抜けて高く、飛行高度にもよるが水平線の向こう側まで平気で探知するような者も居て、まず警戒網をかいくぐって近づくことが出来ない。逆に偽装能力も高く、敵のレーダーサイトに小鳥ほどの影も映さない。近づけさせず、近づくときには見つけさせず。敢えて姿を見せて注意をひくときは、わざわざ本気を出すまでもない相手だからというとき。レイアの場合は、広域警戒をしつつ、見つけたら撃ち落としに行く事が出来る。単なる管制ではない、狙われるだけの支援係ではない、管制と同時に自らも戦闘に参加して、敵の脅威になることが出来る。
「アカモートは今は……」
「南極あたりふらふらしてるんじゃないの? 北極側まで行ったらセントラの艦隊に仕掛けるとかいう話は聞いてるけど」
『こちら、アカモート、シード部隊所属レイア。挑発行為をまだ続けるのであれば、こちらには戦争をする用意がある』
「怒ってるな」
「そうね……」
そっと、ステルスモードに移行して空域から離脱を始める。レイア相手には敵わない、アカモート最強の戦姫だ。中学生くらいの女の子と、侮ってかかると接近する前に撃墜される。戦闘兵器みたいに扱えば怒るし、甘やかせば好きかってするし。扱いが難しい年頃の女の子のようで、目の前に好物をちらつかせれば簡単に釣れたりする。
『なに? やる気?』
どこかのバカが仕掛けた。見える範囲にはいない、しかしレイアはアンチマテリアルライフルを片手で持ち自分の右方向へ、狙いをつけるような動作もなく発射。青い軌跡を残して空の彼方に消えたそれは、十キロほど離れた場所で一機貫いた。それが分かったのは、リジル隊だけだ。スズナやレイジにはそこまでサーチする能力が無い。
「スズナ、右三度転換、海面すれすれ」
「バレるわよ」
「レイアも通常サーチモードだろ、海の中でシェルターに籠もっても見られる」
「怖いわねえ、通常サーチが私たちの全力の索敵能力の遥か上なんて」
レイジが海に手を突っ込んで、浮かんでいたスペアを引っかける。ドンッと負荷が掛かって減速するが、すぐに上昇しながら加速する。
「痛いな」
「いくら水でもコンクリートにぶつかるのと一緒よ、この速度」
「だろうな、たぶん折れた」
「何やってるのよ」
「ま、修復可能な損傷で収穫ありだ。損じゃない」
メガフロートへと帰還する。割り当てられた任務は、該当空域から敵を追い出すことだ。レイアが出てきた以上は、無闇な接近は死を意味する。ブルグントは引き下がるだろうし、黒妖精は撃墜される。ここに留まる理由がない。それにしても、と。シード部隊、SEAD、敵の防空網に先行して突入、それを構築するレーダー設備及び対空兵器を破壊することが目的の部隊である訳だが、アカモートのそれは違う。敵防空網の制圧後、後続の爆撃機を待つとか、そういうのではなく後続部隊の安全な通過の為に、戦闘域自体の制圧を任務にしている。もはやシードの仕事ではないが、防空網の制圧という建前があるからシードであるのだろう。
「それどうするのよ」
「出所を探る」
「なら、私も少し探りを入れるわ」
基地に着く頃には、掬い上げたスペアが乾いてカピカピになっていた。まだ他の部隊は交戦中で、警戒状態の滑走路に着陸して、すぐに格納庫に移る。入れ替わりで次々と予備部隊が空に上がって、支援に飛んでいき、ボロボロになった戦闘機や魔法士が帰ってくる。黒煙を吹きながら着陸して、減速中にランディングギアが折れて胴体を滑走路に叩き付け、爆発。すぐに消火班が動く。
「スズナ、お前なら消せるか」
「燃えなくなる温度まで下げて消火、出来るわよ。しないけど」
したら次も次も頼られる。そうなると面倒くさいからやらないし、そのための消火班だ。仕事を奪う訳にはいかない。
「さてと」
ベンチに寝かせたスペアが目を覚ましたのを見計らって、格納庫の隅っこからホースを引っ張る。水栓などなく、手元のグリップを握るだけで常に供給される水が吹き出る。それで体に着いた塩を洗い流して、スペアにも容赦なく浴びせてわしゃわしゃと洗う。嫌な顔をされたがたいした抵抗はされなかった。エアホースを引っ張って、痛いほどの空気で水気を吹き飛ばす。
「……スコールは」
「死んだ」
「じゃあ、次はあなたが私のパートナー。私は、あなたとリンクする、あなたの望む私になる、おねがい、私を使って、あなたの色に染めて」
「嫌だ、と言ったら」
スペアは、迷わずレイジの腰に、鞘に収まるナイフに手を伸ばして、止められた。
「捨てるくらいなら使ってやる」
その物言いに、スズナは怪訝な表情をするがスペアは笑みを浮かべて受け入れる。
「レイジ君、ものみたいな扱いは良くないわよ」
「こいつがそれを望んでいる。お前、名前は」
「個体識別名、スペア63」
「他に呼び名は」
「ない」
スペアと呼び続けるか、それとも味気ないその名前を上書きしてやるか。妙な繋がりが感じられる、相手の思いが伝わってくるような感覚。目の前の、青い髪の女の子は、人として、女の子としてではなく所有物として扱われる感覚でいる。
「一方的に感覚を押しつけるか、気に食わんな」
嘘くさい感覚。こいつは63ではない、64がアキトのパートナーとして活動していて、正式なナンバリングでは最終個体だ。それより後は造られていないはずなのに、こいつは、その後だ。
「違う私は」
「スズナ、解体、データをサルベージしろ」
「嫌よ。いくら違法なクローンだからって、その子には何も罪はないの。罰するなら造ったやつらよ」
「そのためにこいつをバラせ、何か分かるだろ」
スペアは震えていた。怖がっていた。このまま殺されることではなく、拒絶されることを。元になった存在のことも受け継いでいるから、そのどこかが濃く出ているのかも知れない。
「やだ、あなたの望み通りになるから、なにしたっていいからパートナーになって」
「使われない道具に価値はないか」
頷いて、スペアが縋り付く。そういうふうにプログラムされているのではないだろうか、信じることをよしとしないレイジには、可能性がいくつも考えられた。否定材料も肯定材料もない。ならば現状維持だ。
「なら、使ってやる。お前の、本当の識別番号は」
「そんなもの、ない」