終わりへのカウントダウン【Ⅴ】
「うーん……需要あるのこれ?」
報告を済ませ解放されたキリヤはいつものルーチンでコンビニに足を運び、いつもゲテモノが並ぶ商品棚を見ていた。と言っても、そんなものに手を出すことはない。美味しくないと知っているから。
「ないでしょー」
隣にしゃがむアイズは、ニンニクがこれでもかと山盛りにされたラーメンとチャーハンにするか、チーズたっぷりなハンバーガーと山盛りポテトにするかで悩んでいた。
「ねえアイズ、君ってオンオフの差がすごいよね」
「そう?」
「……仕事の時は厳しい上司で平常時は普通の女の子? じゃん?」
「いやいや私らを〝普通〟って言うのは違うっしょ」
「まあそーだけど……」
「それよかさどっちがいいと思う?」
「全部でしょ」
「ムリムリ食べきれないから」
「じゃあスタミナつけるためにニンニクかな」
「でも食べたら臭いきつそう」
「だったらポテトとバーガー?」
「ジャンキーなフードは太りそう……迷うー」
「太るって、この前の健康診断で基準から見れば痩せてるって言われてなかったっけ?」
「痩せてますよーでも体重増えたら飛行が……」
「あー……そういう。っていうか炭水化物と塩分か脂肪と塩分かじゃん。どっちも太るよ」
「ぐぬぬ、体重五十キロ以下にしとかないと重武装したときに影響出るし」
「あのさ? 何トンもぶら下げるんだから一キロ二キロくらい誤差じゃないの」
「初期加速と慣性に響く。ぶら下げてる兵装はいいけど自分の体重分の慣性は受けるし」
「いいじゃん好きなの食べれば。逆にストレスだよー」
「んー……」
悩んだあげく、選んだのはサラダとスープという……。
「我慢我慢でストレス溜めるのはよくないと思うよ」
「だからって、それ嫌がらせ?」
近くのベンチで食べようと腰掛けると、キリヤは高カロリーの甘いものばかりを広げて。
「糖分は頭の栄養ですよって」
「……甘党? いや糖尿病患者?」
「食べた分はきっちり消費するからね僕。体重ほぼ変わってないんだよ」
ケーキ、アイス、プリン、ミルクティー、エトセトラエトセトラ。
もの欲しそうにちらちらと視線を投げてくるアイズは気にせずに頬張る。
「んーいいねーこの甘さ」
「一口……」
「ダメ、これは僕の」
「ケチッ。虫歯になってしまえ」
「なったことないんだよねー」
チッと舌打ちが聞こえた。
「食べたいなら買ってくればいいじゃん」
ちびちびとサラダの豆を一粒ずつ食べているが、足りないのは分かっている。
「……体重増えたらキリヤのせいだから」
「なんでさ」
「甘いもので誘惑するキリヤが悪いんだから」
サラダを一気にかき込んでスープを飲み干し、コンビニに走って行った。ふと思えばアイズは広域警戒管制所属なんだからメインタワー一階の食堂に行けばいいのにと思う。あそこならある程度のわがままは聞いてもらえるから好きなものが注文できる。
とか考えているとアイズが慌てて戻ってきた。
「ちょ、ちょっ、やば、やばいのが」
「何があったの」
「いいから、ちょっと、ちょっと来て」
引っ張られ、そのままついて行く。どんどん人気のない方へと足を進めているのだが。
「なになに」
「百十メートル先のあの路地の奥。人払いの刻印魔法」
「刻印魔法? 誰がこんなとこに」
「じゃない、その奥、奥にすごいのが」
念のため空に小鳥の形をしたリコンを召喚し放つ。あたりに人影はない。
「で、すごいのっていったい……」
二人で路地の奥を覗き込むと素っ裸のスズナが四つん這いで首輪を付けられ、リードで引っ張られていた。リードを引いているのはレイジで、視線を向けるとすぐに気付かれて魔法通信が飛んでくる。
『どーにかしてくれ』
声で出さず、頭の中で返す。
『君がやってるんじゃないの』
『拒否したら殺されるからやってんだよ。このド変態の要求だくそったれが』
『……ご愁傷様です、僕も氷漬けとか嫌なんでこれで失礼しま――』
振り返って現場から離れようとしたら目の前に半透明な剣が突き刺さった。
『どうにかしやがれ』
『えぇぇ……』
再び振り返ると、スズナが片足を上げて壁に――
「見ちゃダメ」
「うん、分かってる。で、どうしようか」
逃げようにもいつの間にか半透明な剣に囲まれてしまっているし、どうにかするしかない。
「ラビリンスモードの起動権限あるけど」
「……よし、僕が霧の領域広げるからラビリンスモードでスズナだけ閉じ込めてとりあえずイリーガルと話し合い、どう?」
「どうっていうかそれしかないんじゃ?」
「だよねぇ」
あたりに人がいないのをもう一度確認し、通信を入れる。
『聞いてたよね、どうかな』
『いますぐにやれ』
『オッケー』
虚空を掴み杖を召喚、使い慣れた魔法を思い描く。水を召喚し爆破で散らし空間に対して冷却。連続して発動した魔法は数秒のうちにあたりを霧に呑み込み、キリヤの制圧下になる。こうなると霧の領域の中では思うように魔法が使えず、またキリヤが次々と召喚魔法で使い魔を呼び出すものだから対抗策を持ち合わせていない者には勝ち目がない。
レイジやスコールでも魔法と物理現象の合わせ技では分が悪く、本気で展開されたら半径数キロ以上は当たり前になってくる。スティールとかいう話ではなく制圧下から逃げ出す前に消耗して負ける。
「よし! ラビリ――」
「ダメ離れて!」
凄まじい冷気が放たれ、霧が凍てついて氷晶となって吹き飛ばされる。失敗した、殺されると思考が停止してしまう。スズナから逃げ切れる自信がない。
しかしクリアになった視界に映るのは真っ黒なゲートと体中に氷がくっついているレイジの姿だ。
『一瞬……かなりシビアだったぞ』
『やっちゃった、それ?』
『いや多分だけど異界送りでしょ』
『そうだ異空間に閉じ込めた。しばらくは大丈夫だ、完全閉鎖型だから壊すにしても何時間かかかる』
張り付いた氷をはたき落としながらレイジがふらふらとした足取りで近づいてくる。
「大丈夫?」
「動きに支障が出るレベルの低体温……今は問題ない」
「ならいいけど。とりあえず向こうで話さない」
「あぁそうだな……朝から大変だった」
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午前四時。
ようやく解放されたレイジは転移魔法で寮まで帰り、そのまま部屋に戻ってベッドにどんっと身を投げ。
「ふぎゃっ!?」
固い壁掛けベッドではなく誰かの上に倒れ込んだ。
誰だよ勝手に部屋に入ってしかもベッド使っているのは、と。苛立ちながら剥ぎ取ればリコだった。
「テメェ空き部屋使えって言われたよなぁ、あぁ!」
「えっ、ここ空き部屋じゃないの。表札なかったよ」
「…………。」
一度廊下に出てまともに見ることがなかった自室(元倉庫部屋)のドアを見ると確かに何もなかった。表札はどこに? と、廊下に散らばるゴミを足で避けると埋もれていた。誰が外したのやらと元に戻して部屋からリコを蹴り出す。
「ったぁ! ちょっと蹴るとかな――」
バンッとドアを閉めて鍵をかけピンを差し込み座標固定の魔法で壁とくっつけて、さらにスズナの侵入対策をして今度こそベッドに身を投げる。ようやく休める……。
と、目を閉じたその十分後。カチャカチャとドアノブを触る音がして、ピッキングを試みているのか音がするがそもそも構造自体に止めピンを差し込んでロックしているから開けられることはない。そうして無視していると今度は廊下をうろうろする気配を警戒して眠れない。
窓から逃げ出して木の洞の転移魔法で黄昏の領域に逃げようと思い、ちょっと目を開くと窓の外にケルビム……スズナの使うリコンが浮いていた。下手は出来ない。
「あの、レイジさん」
ベッドの下から声がした。
「勝手に入ったことは見逃してやる、異空間に引きずり込め」
「いやそれがですね、俺はじき出されてしまいましてなんでか潜れないんですよ」
「使えねえ」
「仮想もアクセス制限かかって潜れませんし」
「知るかよ」
再び目を閉じるが眠れやしない。五分ほどして我慢に限界が来て廊下に出た。踏み出してヌルッとした液体を踏んで、人の気配に目を向けるとスズナがいた。
猫耳をつけ、リードのついた首輪を付け、裸で、尻尾が垂れていて。どこに付けているのか、角度的には付けるというか……挿せる穴は決まっているか。
「ねえレイジ君お散歩に――」
すぐに部屋に戻って鍵をかけ、予備の靴を履いて窓から飛び出した。
「相手してられるか」
二階くらいなら飛び降りても痛いですむ。
「ちょっとレイジさん待ってくださいよ」
「よーし逃げるぞー」
びびりながら窓枠に手をかけて落ちてきた霧崎を待って、一緒に木の洞に飛び込む。どこでもいいから離れたところに出たかった。適当に座標を入力し、飛ばされた先は桜都で一番の大きな桜の樹の下。
「おっ、やっと潜れる」
「さーて今日はここで寝るか」
「レイジさん凍死しますって。今の気温三度ですよ」
「来週あたりから氷点下行くな」
「ですからこんなとこで野宿なんかしたら危ないですから」
「マイナス五度くらいまでなら平気だ」
「えぇ……ま、風邪引かないようにしてくださいね。俺は逃げますんで」
「あぁ」
「では、クリスマスにまた」
「また」
静かになって、一人夜風に当たりながら桜の木に歩み寄っていくと足音が聞こえた。
「……なあスズナ」
振り返って、レイジの目は、もはやそれは仲間としてではなく、自らの価値を何もかも捨て快楽に堕落した女を見る目だった。
「一度精神科に行こうか」
確実に性依存症なのは分かっているし、精神干渉系の魔法でも受けていれば〝書き換え〟が必要だ。真っ新にフォーマットしてゼロから書き込みをするだけの余裕はないし、やるなら、記憶の破壊でなんとかする。それが一番早い。
近づいてくるスズナはさっき見たままの姿だ。外で全裸、しかも猫耳のカチューシャと首輪。極めつけは猫の尻尾を模した毛房。もう誰が見てもお尻に嵌めていることが分かる。如月隊の隊長であり、すでに降格の話が出ていて、氷結の魔女とも呼ばれる有名人が、こんな恥知らずな格好で夜中に外を出歩いている。
見られたら確実に、いろんな意味で終わる。
「どうして? 私はただレイジ君と気持ちよくなりたいだけなのよ」
にも関わらず、スズナの足取りは堂々としていて体を隠そうともせず颯爽と向かってくる。誰かに見られるかも知れないと言う恥じらい、見つかったら本当にいろんな意味で終わってしまう恐怖は捨て去ってしまったのか、それてもそんなものは存在しなかったのか。
「ねえレイジ君……いいえ」
目の前でひざまずいて見上げてくる。
「ご主人様、私にお情けをください」
言い切ると仰向けになって――
もうレイジは考えることをやめていた。
どうしようか、ではない。アカモートの実験室に強制的に隔離して記憶の部分破壊をしようと、行動を決めていた。