終わりへのカウントダウン【Ⅳ】
十二月二十二日。
高高度・アカモート周辺。
「教導員から訓練生各員へ通信状況確認」
今の時代では絶滅したというのが常識である杖に跨がって飛ぶ魔法使い。その一団が空を飛んでいた。
三人の教導員と二十四人の訓練生で構成されるその内訳は女性、と言ってもまだ少女と呼んだ方がいい彼女ら二十六人と時々訓練の手伝いをしている仙崎霧夜がただ一人の男。しかもただ一人、杖の上に立って、まるでサーフボードのように乗りこなして飛び回るまず見ることがないタイプの魔法使いだ。
「なんでこんな時代に古くさい魔女なんか育成する必要が……」
「そうは言うがいつも飛行訓練につきあってくれるじゃないか」
「暇つぶしだからねぇ」
管制用の魔法セットを補助具で自動詠唱し、空中投影したディスプレイに監督下に入る訓練生の状態が表示される。全員から通信状況良好と返ってきて、バイタルは少し緊張気味か。
「今日はどうするの」
「時速五百キロで飛ばせる。もちろん帽子と最低限の装備をつけた上で一切落とすことなく飛んでもらう」
「なかなか難しいよそれ?」
振り返って少女たちを見ると、時代錯誤だが昔で言うところの魔女のイメージをそのまま持ってきた形で、派手な帽子にひらひらしたドレスのような服。すでに今の状態で風を受けて服がばたついて、帽子は片手で押さえている子が数人いる。
「ノルマは」
「全員に決まっている」
「鬼教官……せめて三百キロで飛べたらいい方だと思うよ。僕だって頑張って音速が限界なんだからまだあの子たちには」
「やってもらわねば、もう近いだろ」
「戦場に出さないっていう選択肢はないんだね」
「むしろ、戦場にならない場所がどこにあるというのか」
「それもそうか……それじゃやろう。番号割り当ては」
「ウィッチウォッチ1から3、キリヤには3を割り当てる。ウィッチはウィッチウォッチ1の下で11から、2なら21から」
「オッケー」
班分けはいつも通り、訓練生に選ばせる。溢れるようなら実力を見て振り分ける。
「そういえば、キリヤは弟子を取らないのか」
「うーん……まあ、いたんだけど死んじゃったし。もうそれっきり」
「そうなのか」
「いっつもししょーししょーって言ってたけど、まああの子はちょっとねー……」
不意にピーピーと音が鳴る。広域警戒管制から着信だ。
『リッジから当方の通信が届いている全ての者へ。直ちに該当空域から離脱せよ、黒妖精接近。繰り返す――』
「ウィッチ各員、聞いたな。すぐに反転しアカモートの防御エリアに入れ」
「ちょっと不味いかもよ。敵が近すぎる」
どう頑張っても足止めしないとウィッチたちが襲われる。彼女たちはまだフレアやチャフ、デコイの系統の魔法は使いこなせない。ロックされたら終わりだ。
「私が足止めする、ウィッチたちを生還させろ」
『そこの魔法士隊、さっさと離脱に移れ。敵機は百機以上だ食われるぞ』
警告を受け、すぐさま障壁魔法を詠唱しウィッチたちに個別の障壁を付与し連れ帰ろうと動く。
『アイズから対応中の者へ。リッジワッジ、第一ラインを超える敵機を排除、第二以降は防空隊に任せ。ジッタリンダは迎撃隊の管制、指揮。ネーベル、邀撃に付き合え』
「僕はこの子たちを連れ帰るからパス」
『ウィッチウォッチ、二人で護衛しろ。ネーベルはこちらで借り受ける』
すぐ近くにゲートアウトの反応を捉え、目を向けると重装備のアイズが転移してきた。備えていないと出来ない装備、対応速度。知っていたのか、それともただ警戒待機中だったのか。
「行くぞネーベル」
「りょーかーい……」
反転して岩を生成、移動魔法を重ね掛けして随伴させる。
「アイズからムニン、フギンへ。現在位置は……了解した。ルートを指示する、威嚇しろ。ミンクス、リンクス……帰投ルートを変更し指定位置に付け」
「どんだけいんのさ」
「ブルグントの部隊が妙な位置に展開している」
転送された衛星からの映像はかなりの大部隊が桜都に向けて移動する様子を映していた。ズームアウトしていくと反対側にはセントラの大部隊。桜都を挟んで決戦でもしようというかと考えたくなる状況だ。
「セントラもじゃん」
「で、なぜかリベラルとフリーダムとマーチラビットワークショップとアーサーシステムズまで」
マークされた四つの光点。浮遊都市があった。
「桜都狙ってる可能性が高いのは高いが、アカモートの進路的にこっちを包囲殲滅するというのも否定できない」
「どうするの? 霧の領域展開して片付けることは出来るけど、やろうか」
「ダメだ。これが私たちを誘き寄せる為だけの陽動と言うこともあり得る。そうなった場合、主力の到着が間に合わない場所がやられる」
「ふーん。まあとりあえずは黒妖精の撃破かな」
遙か遠くに黒い点が見え始め、攻撃の準備をするが少し様子が違う。
「進路が……変わった?」
「僕らを避けるっていうか、何かから逃げてるね」
一機、虚空から溶け出るようにステルス状態を解除しながら姿を見せた黒妖精の機体はボロボロ。すでにエンジンがやられているようで、緩やかに高度を落としながら海へ落ちていく。
「アイズ、もしかして」
「……感知できなかった。新型だ」
『黒妖精が進路変更、どうする』
「新型だ。どうにも様子がおかしい、攻撃してこないなら手出しするな」
大量の黒妖精が低空を通り抜け、人型をしたのが近づいてきてどこで手に入れたのか流木にぼろきれを結びつけて白旗として振っている。黒妖精が相手では通信よりも原始的な手段の方がコミュニケーションを取りやすいのかもしれない。アイズもFCSの照準を解除し受け入れた返事としてフレアを打ち上げる。
「初めてじゃない? こんなこと」
「だろう。アイズから各員、アカモートに近づくようなら威嚇射撃の後に撃墜、それ以外は見逃せ」
「いいの?」
「得体の知れん相手に貸しを作っておくのもいいかもって」
「なんか蟻の引っ越しみたいな……」
「攻撃は禁止だ」
「分かってるって」
警戒しながら見下ろすとみたことがない機影が多く、普段遭遇することが少ない人や動物などを真似た姿も多い。
「……なるほど」
「何か分かったの」
「衛星経由で辿った、見てみろ」
仮想ディスプレイを投げられ、覗いてみると黒妖精のネストに対してブルグントの大部隊が苛烈な攻撃を仕掛けていた。つまりこいつらは逃げてきたというわけだ。普通なら最後の一体になってまで抵抗するというのに。
「なんかさー……大災害の前に動物が変な行動するのに似てない?」
「可能性は否定できない」
「かも知れない、そればっかだねー」
「確定じゃない以上は確実に安全な選択以外はしたくない」
「んーまあそうだよね。利害の一致で一緒にいるだけだし、自分第一だもんね」
「ゲートアウト、直上!」
反射的に回避行動を取り障壁を追加展開。
「何が来る」
「不明、だがデカいぞ」
チカッと瞬き、青い閃光が迸る。
「よっしゃ来たぁっ! って落ちる……?」
威勢よく飛び出して、そして重力に捕らわれて遙か眼下の大海原へと真っ逆さま。青い髪の少女は……レイアクローンは落ちていった。
「今のは?」
「レイアクローンに違いはないが、知らないな」
「えっと、助ける?」
「放っておけ……了解、騎士団が到着次第RTB」
「もう終わりなの」
「終わりだな。ブルグントを警戒した押さえとして騎士団が配置される。入れ替わりで帰るぞ」
「はいはい」
そこそこの戦闘になるかと思っていたが、たいしたことにならずに終わりそうだ。戦いがないのはいいのだが、少し落ち着かない。
「なんか拍子抜けだよね」
「終わりとは限らない、帰投するまでは警戒を維持しろ」
「分かってるって。探知できなあぁぁぁっ!?」
いきなり真下に引っ張られ、バランスを崩して落ちて慌てて杖を掴む。
「なっ、えぇ? 誰、この曳航ライン」
青い一本のラインが遥か下、海から伸びてきている。魔力の糸で絡め取って思い切り引き上げると、十数秒ほどでレイアクローンが釣れた。びしょ濡れで小さな海竜が靴に食いついたままひっついて上がってきた。
「いっやぁ死ぬかと思った。何ここ? ドラゴンの巣?」
「…………えっとぉ、四番?」
「はい正解。フィーアちゃんでっす」
「なにやってんの君」
「ずれたとっから出ようとしたらなんか座標ずれちゃってぇ」
「……あっそう」
さらっと。曳航ラインを切断して杖から振り落とす。構ってやる暇はない。すぐに曳航ラインが飛んでくるが障壁で受け止め突き刺さると即座に魔法を破棄、寄せ付けない。
この高さから落ちて着水して龍に襲われても平気で上がってくるのだから、落としたところで死なないだろう。
「さーて、騎士団来たし帰ろ」
杖の上に立って加速しようとした瞬間、障壁の僅かな隙間から再び撃ち込まれた。今度は切断しようにも器用に分解魔法で包み込んである。
「…………。」
「引っ張って帰れ」