終わりへのカウントダウン【Ⅲ】
「いやんなるぞ、っと」
たった一人で白き乙女の航空魔法士隊、その新兵の攻撃から逃げ回っていた。五分ごとに一分間だけ制限が解除される、それまでは逃げ回るしかない。
下を見れば対空射撃の準備をする連中が見えるし、装填しているのは模擬魔法弾ではなく実弾だし。本来そこはAIの処理で命中判定を出すところだろうがと思いつつ、照準波を感知して回避機動を取るが直撃。
撃墜判定八十七回目。
まだ飛行部隊の攻撃は当たってもちょっと痛い程度の魔法弾だからいい、しかも自動的にスティールで無効化するからレイジには効果がない。だが下で準備しているのは当たったら即死だ。こんな制限受けた状態で掠りでもしたら体のどこかが千切れ飛ぶ。
「三、二、一、リミッターリリース」
ピピッと音が鳴って制限解除の時間を知らせる。飛行魔法の変数を書き換え加速、同時に風を操って新兵たちの飛行を阻害。さすがに射撃魔法を使ってしまうと一分もあれば全員に撃墜判定をとれてしまう。それでは面白くないと、急接近して背後からパシッと叩く。触れてしまえば、スティールで現在発動中の魔法、飛行と障壁を封じてしまえる。そうなると後は助けがなければ墜落死するのみ。だから触れた時点で撃墜判定。次の五分間は低空域のエリア外で待機だ。
「あーぁほんっと面白くねえ」
こんなことして実戦で何の役にたつってんだか。そう思いつつも、これは単なる空を飛ぶということへの馴らしだと考える。
『はーい空のみんなは一旦降りてらっしゃい。レイジ君はそのまま待機よ、合図したら撃つから全力で避けなさい。反撃は禁止よ』
「……バカ言うなよ」
魔法弾なら全くとはいえないがほぼ問題がない。だが実弾だと? どうやって防げと?
「あのー、万が一の時は」
隣に珍しく橙月がいた。最後の報告を見る限りはセントラに派遣されてからは桜都で医療従事だったか。
「盾にするぞ」
「やめてください、私、回復専門ですから」
「まっ、ほんとなんかあったら頼む」
スズナが照明魔法弾を打ち上げて照らし出される地上の様子は、それはもう本気で戦闘機の大部隊を空から引きずり下ろすための陣形で……対空レーダーまでわざわざ引っ張り出しているし。
「おいスズナ、迎撃はしてもいいだろ。トラップ使った待ち伏せ専門にこんなこと――」
『黙りなさい。新兵の訓練もだけど、あなたの訓練でもあるのよ。さっき通達あったけど、次の評価試験千点満点だから九百点以上取りなさい』
「……試験いつだよ」
日程表なんか受ける気がないから見てないし。
「二十三日の朝六時からお昼までですよ」
「…………。」
試験日前にして死ぬ気がするのだが、どうしたらいいのだろうか。
「フレア確認、来ますよ」
「合図って……」
赤い閃光が飛来する。どの弾使ってるか知らないが、リード射撃されながらリップル射撃までやられると回避が出来なくなるし絶対仕掛けてくる。
発砲確認、パワーダイブしデコイを散らす。
『攻撃しなければ何してもいいわ。エリアから出ないことは前提だけど』
閃光弾を撒き散らして目眩まし、さらにチャフとフレアも散らしてレーダーを欺いて幻影魔法でデコイまで散らした上でステルス状態になって上昇気流に乗る。大人げない? そんなことは知らない、自分の命が最優先。
『レイジ君、ステルス禁止』
だったらどうするか。
攻撃しなけりゃ何してもいい?
対空砲弾全部たたき落とすか。
「よーし総員出撃、全部落とせ!」
ありったけの武器を召喚し迎え撃つ。アナリシスとシンセシスがある限りは大抵の攻撃は防げる、なにより数に任せた壁がある。
散らしたデコイはすべて撃ち抜かれ霧散し、派手に姿を見せたレイジに攻撃が集中する。直撃を狙った高威力の十連バースト、マジックヒューズを使った炸裂砲弾の百連バースト、回避した場合に備えての集弾率の低い砲撃。脅威度の設定は完全に任せてレイジは回避の軌道を描く。十秒数えるまではよかった。そこからは二秒同じ動きをすれば当たる、何人か偏差予測が早いのがいる。
致命の一撃に見せかけて脅威度を誤認させ、防御為に動いた武装の隙間を狙って撃ち込まれる。
『レイジ君、それ禁止。あなただけの力で回避なさい』
「ムチャクチャ言いやがる」
召還、そして丸腰になったレイジは遊び気分をやめて回避に専念する。二人、単発だが超高速の魔法弾を撃ち込んでくるのがいた。他の連中に比べてかなり至近弾になっている。ランダム回避の途中で当たるかもしれない一撃を撃ってくる。
急加速、上昇。その途中でベクトルを反転させ急降下、短距離転移を連続し二発着弾。撃墜判定。
『レイジ君、撃墜判定百回になったら追加入れるわよ』
「何を」
『最新型のマルチロールよ。リデルちゃん乗ってるから』
「……撃ち落とすぞ」
言った瞬間に躱した魔法弾が反転して戻ってきて命中、撃墜判定。実戦ならまったく脅威にならないが訓練ではダメだ。ランダム回避に加えてデコイを乱発するが、さすがに数が多すぎて数十ほど逸らしたところで余裕が生まれない。
日頃魔法は脅威にならないから警戒しない。そのクセが邪魔をする。
「ったく、スコールにやらせろよこういうのは」
最適な回避コースを算出することは出来なかった。新兵とはいえ射撃予測の支援を受けている以上、あり得るのは操作に不慣れでタイムラグが出る程度。その程度で弾幕の穴を抜けていけることはない。下手でも数が多すぎるし、それすら予測に入れた支援があるはずなのだ。
実戦なら、そんな言い訳はさせてくれない。実戦だったら、ではなく今の状況でどうやって切り抜けるか。
……無理。
あれこれ思いつくが全部禁止にされるだろう方法しかない。
爆破の魔法で水柱を上げスティールしておいた冷却魔法をぶつけ壁を作るが、一瞬で爆破されてしまう。
『ダメよそういうの』
崩れ落ちる氷塊の中から複数の魔法弾が飛来し、命中。撃墜判定が百を超えた。
「あぁくそ、ほんとに撃墜してやろうか」
『追加行くわよーリデルちゃん本気でやっちゃいなさい。オールウェポンズフリー、エンゲージ』
「ふざけたことを……」
時間を見れば日付が変わっているし、ストレス溜まるし。
「潰すか」
黒い点が見えた。
少しすると月明かりに照らされた機体が見える。
「最新型か……」
ロールアウトどころか試験運用すらしていないはずの機体だ。まだデータを取れていないはずだし、当たり前の戦闘機動が出来れば十分、機体特性を活かした動きはまだ出来ないだろうと。楽観的に考えていて背面に装着したユニットに目が行った。
無数のドローンを格納した追加ユニット。レイアが設計した兵器の共通規格で採用されている取り付けだが、今装着されているのはスコールの設計した兵器だ。
アリスを主軸とした無人機部隊の小規模バージョンとでも言うか。多数のドローンを自立稼働させ、攻撃と防御に使い捨てる前提だ。回収も出来るが、前提は使い捨て。弾除けか突っ込ませるか、一基だけ装備したレーザーユニットで攻撃するか。
「撃ち落とすぞリデル」
『やってもやらなくても後が怖いからごめんなさいってことで』
「…………。」
魔力波を照射、ロックオン。術札の束をばらまいて大量の誘導魔法弾を放ち上昇。リデル機はドローンを射出し、レイジを追って上昇する。魔法弾の嵐で粉々になってしまえと思い、しかしそれはドローンの群れが放つレーザーに撃ち落とされ何機かが妙な陣形を作りマジックジャマーを展開、完全に阻まれる。
そして次の一手をとラミネート加工したカードに手を伸ばすと体中に赤い点が灯った。レーザーの予備照準。
『防ぎきれますか、これだけのエネルギー量』
「実戦ならともかく、今は無理だな」
『レイジ君、今回レーザー攻撃は封じてあるから模擬戦相手として戦いなさい。データ収集よ』
「断る」
『ダメよやりなさい。しばらくしたらこの子たちも空に上げるから、共同でリデルちゃんとやりあいなさい』
「結果が見えてるっつーの」
『結果じゃないわよ、データ収集とこの子たちの慣しよ』
これ、いつまで続くのだろうかと不安になりながら眠気を吹き飛ばす夜風に乗って高高度へと上がっていく。制限エリアの境界を知らせる警告文が空中投影される。これ以上先に行くと桜都から怒られる。
「さーて空気の薄い高高度ならレーザーがよく通るだろ」
反射して集束。ドローンのカメラを焼き切ってやろうとせめてもの無駄なあがきを――