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終わりへのカウントダウン【Ⅱ】

 完全凍結した天城を次元の狭間に廃棄したレイジは嫌々大広間に向かった。逃げたところで後が酷い。

 そろそろ記憶干渉用の魔法が効果を出してきても良さそうなのだが、もっと強めにしておくべきだったかと今更後悔する。

「で」

 引き戸を開けると凄まじい冷気が――なんて言うことはなかった。

「で、じゃないの。レイジ君には正規採用の試験を受けてもらいます、強制よ」

「断る」

 適当に座って部屋を眺めると、他には火炎弾でジャグリングしている霧崎がいた。いくら暇だからって火事になりそうなことはやめて欲しい。……火事になったところでスズナがすぐに消すし本人も消火できるから問題はないが。

「はぁ……もう。それから風ちゃんは解雇よ、理由は分かるわね」

「分かってまーす。そゆわけで」

 なにやら期待の眼差しを向けてくるが言わんとすることは予想できる。

「却下」

「まだ何も言ってないよ」

「グレートブルーホールに沈めてやろうか」

「なーんでそう沈めようとするかな」

「風ちゃん、荷物をまとめておきなさい。明日の夜二十時までに出て行ってもらいます」

「はいはいっと」

 部屋から出て行く風月に続いてレイジも立ち上がる。流れで逃げ――

「あなたは待ちなさい。まだよ」

 ――られなかった。

「何だよ……いい加減眠い」

「今日のセントラでのことよ」

「あーめんどくさかった。以上」

 ふざけたことを言って脳天に氷弾が飛んできた。もちろん当たった時点でスティールするからダメージはない。

「あなたはどうして予定を言ってくれないのかしら」

「予定も何も嫌なことはあっちから来る。捕まって無理矢理放り込まれた」

「誰に」

「ルティチェに」

「誰よ」

「トワイライト所属の管制」

「ねえレイジ君、あなた本当の所属はどこなのよ」

「それは秘密だな」

 するとジャグリングをする霧崎にスズナが目を向けた。

「え? 何ですか」

 上に投げた火炎弾が氷の塊になって落ちてくる。

「吐きなさい、嫌なら氷漬けよ」

「喋ったら苛性ソーダに沈めるぞ」

「どっち選んでも地獄じゃないですか……そもそも俺が知ってるっていう保証はないですし、言ったら解放される保証もないんですよねぇ」

 すぅっと霧崎の姿が薄れた瞬間、何かにはじき飛ばされるように跳ねて壁にぶつかる。

「諦めなさい、異空間に逃げ込むなんてことはさせないから」

「あの、レイジさん? 俺まだ死にたくないんですけど、どうしたらいいんですかね」

「レイジ君、変なこと吹き込んだら今夜は寝かせないわよ」

「だそうなんで自分でなんとかしてくれ」

 一晩中夜間訓練の名目で射撃魔法の的にでもされるだろう。当たったところで壊れない的に。

「えぇっとぉ……」

 チラッと窓に視線を投げ、そこから逃げようという風に見せてスズナの気を引いて、その一瞬で廊下側の壁に向かって短距離転移魔法を発動し、氷の壁に激突した。

「……なんですかこの魔力強度は、貫通できないなんて」

「だから諦めなさいって言ったじゃないの」

「うわぁ……スペアボディ用意しとけばよかったぁ」

「レイアならいいが、お前なら意識の完全転送に時間がかかりすぎるからあっても無理だな」

「…………。詰み、ですかね? あの、どっち選んだ方がマシな地獄でしょうか」

 そんなこんなで結局のところ、偽情報を吐き散らかした霧崎は無事解放されることもなく倉庫部屋に押し込まれた。そして隙を突いて逃げようとしたレイジも術札を奪われスティールし損ねてトレーサーを打ち込まれ行動を封じられた。

 外を見れば重武装の紅月が仁王立ちで待ち構え、寮の屋根の上には素で身体能力が高く、多数のジャマーを装備した夜間戦闘の得意な黒月。逃げようがない。

「あぁなんでこんなことになるんだかなぁ」

 着替えを持って風呂場に向かえばこんな時間に先客がいるようで。海に落ちるわ泥まみれになるわセントラの機械兵を下手に壊してオイルを浴びるわで捨てた方がいい状態になった服を洗濯機に放り込んでシャワーブースへ。

 綺麗な金髪が見えた。

 なんでここにいるのやら、投げ飛ばして海に落としたはずだが。

「おー傷だらけだねー」

 そんなことを言うリコの体にはレイジがつけた傷がかさぶたになって残っている。

「出て行け部外者」

「許可はもらってるよー。誰かさんにぶん投げられて海水浴してたら親切なおねーさんが桜都まで送ってくれてさー……んで帰ったら家が爆破されてるわけですよ。仕事失敗でMMCから契約切られるし怖ーいお兄さんたちに捕まって危うく風俗にーってとこで白き乙女の親切なおねーさんに助けてもらってさー……聞いてる? ねえおにーさん聞いてる? おーい」

「うるせえ」

 誰だ余計な事しやがったのは。分からない誰かに苛立ちを募らせながら、シャワーヘッドをリコの顔に向け混合水栓の水を全開に。少し前に水圧を上げておいたおかげか、冷水が痛いくらいに噴き出す。

「べぶっ、つべたぁっ!!」

「しばらく黙ってろ」

 オマケでストックしておいた冷却魔法をリリースして凍らせてやる。ギャーギャー騒ぎながら湯を浴び、体に張り付いた氷を払い落とすリコは仕返しのつもりか混合水栓の水を閉じて熱湯を全開にしてこちらに――

「ほれ石鹸」

 ――向けられる前に足下に石鹸を投げ、つるっと滑ってひっくり返ったところに熱湯の大雨が降る。

「いぎゃあぁぁぁぁぁぁーーー」

 転がって逃げたところへ追撃で冷水をぶっかけていると騒ぎすぎたのかスズナが入ってきた。

「何やってるのよ」

「嫌がらせ」

「やめなさいレイジ君」

「気に食わねえんだよこいつは」

「だからってそんなことはダメよ」

「誰だよ連れてきたの」

「私よ? 葛原鋼機の連中に絡まれてたし、まだ契約は生きてるからいいじゃないの」

 面白くねえと舌打ちしてシャワーを浴びる。

「リコちゃん、大丈夫かしら」

「火傷と霜焼けがちょー痛いんですけど……」

「自業自得だろバカめ」

「んだとぉ!」

 リコが背中に飛びつくが、レイジはわざと後ろに倒れて体重で潰す。ゴッと嫌な音がして、離れたリコは後頭部を押さえて泣いていた。

「レイジ君、やりすぎよ」

 泣きながら逃げていったリコを追いかけスズナも出て行く。ふとを足下を見れば、血の跡が点々と残っていた。

 シャワーを浴びてさっぱりして出て見ると、スズナがリコの髪を乾かしていた。魔法でやればいいのにと思いながら、しかしドライヤーもそういう魔法を使えない側には必需品な訳でまだまだ使われている。

 体を拭いて着替えて出て行こうとすると、氷の壁にぶつかった。

「何だよ……」

「レイジ君、ちょっと来なさい」

 スティールすれば僅か一ミリの厚さで、しかもそれが一センチ四方で隙間なく、何十層も張られているものだから諦めた。

「何をしろと」

「いいから来なさい」

 鏡に映るふて腐れたリコの顔を見て、仕返しがありそうだなと警戒する。

「で?」

「これ見なさいよ。毛先荒れ放題だしパサパサの髪だし、ケアしなさい。命令よ」

「断る」

「じゃあ今日は一晩中射撃訓練の的かしら。寝かせないわよ」

「……やりゃあいいんだろ、ったく」

 疲れた状態でそんなことしたらたぶん無意識が勝手に反撃してしまう。撃つ側に死傷者が出てしまってはそれはそれで後が凄まじく面倒くさい。

 戸棚からヘアカット用の道具を出して、イスを引っ張って後ろに座るとてきぱきと手を入れていく。切ってしまうのがもったいないとかそんなことは思わない。スプレーで一度しっとりさせてパサついて荒れ放題の毛先を二センチほど一気に切り落とし、それから作業に取りかかる。

「凄まじい荒れ具合だし、会うときいつも跳ねてたな。乾かす順番ちゃんとしてんのか、リンスなりオイルなりは」

「何もしてないし、シャンプーだけ」

「ふーん」

「ていうかなんでおにーさんそんなこと出来るの」

「……何でだろーな」

 ここの連中に雑用係として使われている間にヘアカットに行く時間がないだのとかでたまにやってたのが原因だろうけど。やり始めると道具を一式揃えてしまいたくなるしであれこれ買い揃えているし。

「うちの生命線よねぇ、あなたとスコール君は」

「むしろなんで男二人がいないだけで一瞬にしてゴミ屋敷になってしまうのか謎な訳だが」

 如月寮を離れると何かしら起こる。認識阻害なのか常識改変なのか情報改変なのか当たり前が変わっていることもあるし困ることだらけだ。

「で、今までカットはどうしてた」

「特にしてないよ? 戦闘中にデコイ代わりに切って散らすことはあったけど」

「なるほどだから不揃いで荒れ放題なのか」

 十分ほどでさっとカットをして、仕上げにオイルを馴染ませて髪型を整える。

「こんなもんか」

 大きな丸鏡で後ろ側を見せる。

「おぉいーじゃん、おにーさんお店できるよこれ」

「プロ並みには出来ないからやらないし、金取る技量じゃねえ」

「いつもそう言うわよねあなたは」

「依頼が来りゃ金取る。抑止力だからな、ただでやるって言ったらあれこれよってくるし」

「それじゃ私も頼もうかしら」

「代わりに夜の相手はしない」

「むぅ……」

「あれ、お二人さんそんな関係?」

「こう見えても私、妊娠してるのよ」

「えーそうなんだー。太ってるのかと思っ……」

 首に鋭い氷剣が添えられ、リコが黙る。

「ごめんなさーい……」

「そのまま斬れよ」

「ちょっとおにーさん!?」

「そこまではしないわよ」

 魔法を破棄して。

「それじゃレイジ君、二十三時三十分、第三基地に集合。リコちゃんは空いてる部屋好きに使っていいから、それじゃ」

 転移魔法で姿を消したスズナに苛立ちを覚えるが。

「…………。」

 何も言う気にならない。

 今日は寝られそうにない。

「……八つ当たりしていいか」

「お断りでっす!」

 拳を躱してひらりと飛び上がって、天井を蹴ったリコはさっさと逃げていった。

「あーくそっ、面倒だな」

 無視して寝るかと思えば、スマホに正規の命令が送られてくる。新兵の夜間訓練だと。

「……少しは休ませろよ」

 あー嫌になると思いながらも、戦闘用の装備に着替えて寮を出た。



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