セントラ南部戦線【Ⅵ】
「やっとついたー」
極寒の白銀世界を突破してようやく白き乙女の採掘基地に侵入した霧崎は、警備の穴を探して少しズレた空間から通常空間へ戻ろうと穴を作って踏み込む。
「あれ?」
肌を切り裂く冷気を覚悟してみれば、潮風が肌を撫でた。ただにおいは鼻に突き刺さる酷いものだが。
「座標指定間違えた?」
海、そして甲板。振り向けばレイジが紅月の首を突き刺して、スズナに刀を振り下ろし二人が光の粒子になって消えるところ。
「あのー」
通信魔法で問いかけると、通じているようでレイジが耳に手を当てて声が返ってくる。
『なんだ』
「ここどこですか? 俺、確かに白き乙女の北極基地にゲートアウトしたと思ったんですけど」
ネットにアクセスしつつ位置情報を取得すればかなり離れたところ。しかも時刻情報が狂っている。
『セントラの空母艦隊のど真ん中。ちょうどいい、手伝え。終わったらそっちの仕事も手伝う』
「了解でーす」
ミサイルと砲弾の降り注ぐ中を駆け抜け、レイジの横につく。
「これ、何があったんですか」
「八つ当たり」
「……えぇ」
「とりあえず向こうに空母が二隻、片方はリベラルの重攻撃機が正面から爆撃してもう半分沈んでる。でぇ……あの辺の水平線超えて三キロにもう一隻がまだ無駄な抵抗してるはずだから、とりあえず砲撃」
「OTHレーダーなしに砲撃は無理です。なんで艦橋吹き飛ばしたんですか、あのレーダーとリンク出来れば」
「適当に撃て。三百ほど数撃ちゃ当たる」
「当たるでしょうけど……あぁいいですよ、やりますよ照準補助なしでOTH砲撃」
見上げる空に赤い魔方陣が描かれ、砲撃が始まる。射程十キロ程度分間二十発の砲撃魔法を同時に八連。発射音は遮音障壁で完全にカットして静かで、しかし苛烈な砲撃が行われる。
「アイギス01からフリーダム。空母周辺へ無差別砲撃をする、弾着観測頼む」
『こちらフリーダム09。上空に赤く発光する飛翔体多数を目視確認。これか』
「それだ。着弾座標を転送してくれ。霧崎、修正射用意」
『了解です。と、そこの……女の子? はどうして動かないんですか』
「リコか。ちょっと魔法で動き封じてる」
「いやそれ何もかかってないですよ」
霧崎がそう言った瞬間、その場に伏せてヒュッと風を切る音がした。
「あーあ三十億のチャンス邪魔しやがってい」
「そーいやそうだった。神力使いには魔法が効きづらいんだったよ」
「いやいやおにーさんの魔法けっこー聞いたよー。ほんと動けなかったもん」
「そうか、じゃあ」
手を取り。
「え」
胸倉掴んで。
「何を」
持ち上げつつ空気を圧縮。
「待ってそれ」
投げのモーションの途中で手を放し、圧縮した空気を解放。叫び声は爆音にかき消され、一瞬で空の彼方に消えた。
「飛びますね、二千メートル……?」
「最大出力でこれだ。弱いだろ」
「いやー十分強いですよ」
「お前ならどれほど飛ばせる」
「うーん……条件次第で三キロですかね」
「な、弱いだろ」
「戦闘用なら十メートルも打ち上げられれば十分です」
『直撃確認。キンキンに冷やしといたから割れたぞ』
「オーケー、霧崎終わりだ」
「冷やしたらなんで割れるんですか。空母ですよ?」
「鉄は普通に叩くと曲がるが冷やすと割れやすくなるんだよ」
「へぇー俺なら焼き切りますね」
「……いつぞや強襲揚陸艦真っ二つに切られたってのが」
「俺ですね。しつこかったんで正面から溶断して、障壁で隔離して海を沸騰させてやりました。あ、もちろん電磁バーストで通信系は完全に殺してからですよ?」
「だから状況証拠しかないのか」
「でしょうねぇ……」
「でだ。これからセントラ内陸部を強襲、治安維持部隊を排除して住民の避難を支援する」
「どういうことです? また内政干渉ですか」
「そんなとこ。アイギス01から02、指揮を継承する。ルティチェもそっちにつけ」
『何する気だ』
「救援要請受けて飛んできたんだ、本来の仕事に戻る。通信終了」
白き乙女のネットワークを覗いて、如月隊の全滅を確認。如月寮所属のメンバーは怪我はしたが全員強制転移で桜都へと飛ばされているし、それ以外は八割が死亡。残りは自力で離脱。
フリーダムに撤退する部隊の座標を転送し、セントラ大陸を見る。一人で防空ラインを突破しようかと思っていたが、霧崎がいるならズレた場所からこっそりと侵入するとしよう。
「俺の方は夜までに現地で細工できればいいんで」
「一時間以内には終わらせる。長引いても途中で離脱しろ」
「分かりました。俺のやることは」
「とりあえず異位相空間へ」
「ズレた場所にですねー」
静かな魔法が景色を歪ませて、ズレた空間へと沈み込む。海の上に出るはずだからと、飛行魔法を準備していれば背中に重量物がのしかかってきた。
「はっ?」
支えきれずにそのまま海にざぶんと。
二度目の海水浴。
「レイジさん大丈夫ですか」
「……風月、お前なあ」
「いーじゃん別にさー。月末でクビだしもう有給で埋めてるし―」
「霧崎、予定変更。こいつキラウェアに投げ込んでからだ」
「なにキラウェアって」
「火山ですよ。昔は有名でしたけど今は海の中です」
「ちょっとなんでそう沈めようと……あれ? デコイ?」
ふと気づけばレイジの姿をした幻影が浮いているだけで、当の本人はマッハで空気を切り裂いて遥か遠くへ。
「嫌われてますね」
「んー、もう。黄昏の領域に行くのかと思って突っ込んだんだけどなー」
「殺されますって。あそこは簡単に入っていい場所じゃないんですから」
「そっ。で、なんで万年引きこもりの霧崎アキトがこんなところに?」
「俺はオリジナルです。あっちが戦闘用のクローンですし、表向きは失敗作になってまして……詳しくは言えませんけど」
「ふーん」
飛び上がった風月は、体についた海水を吹き飛ばして加速。数秒で音速を超えレイジを追いかけていく。
「置いてけぼりですか」
仕方ないか、と。靴裏に障壁と爆破の魔法を発動、海面を蹴って爆発を起こし飛び跳ねながら高速移動をする。同時にしばらくは暇だろうと、ネットからダウンロードしておいた情報に目を通していく。大きな動きがあるはずなのだ。
今までのブルグントとセントラの戦争が、このままの形で続いていくはずがない。どちらも限界が近いはずで、月の勢力の介入もあり得る。地上から飛び立っていった連中は、仮想世界に別の可能性を見出した彼らのように、地球など必死になって、命をかけてまで守るべき生存域ではないのだ。奪われるくらいなら破壊してしまえ。場所がないから月というエリアを開拓したのだ、土台になったとはいえ守る価値は薄く壊すことの忌避感も地球の人類に比べれば少ない。
あるとすれば、セントラは桜都かラバナディアの併合、ブルグントは桜都の併合を狙うだろう。
「あぁ大艦隊はブルグントも……となると主戦場は」
楽して取りに行けるとこを狙うのか、それとも敵の邪魔をするか。そうなると次の動きは予想できる。早いとこ終わらせて自分のやるべきことをやりに行こうと、そう思えば途端に視界の隅にエラーメッセージ。時刻情報がおかしい。
最後に時計合わせをしたのは通常空間へ戻る直前。照らし合わせ、あきらかにおかしいと認識する。
現在時刻が十四時を過ぎているが、霧崎が記録している時間は十五時。地域での時差は考えず、ただ自分にとっての基準時間だけで見て一時間もずれている。
時間を超える魔法は使った覚えがないしそもそも使えない。
「レイジさん、何かおかしいことはありませんか」
『何について』
「何でもです。俺の記録した時間がずれてます」
『事象干渉とかなら如月寮の部屋割りがいつの間にか変わってたとか、そのへんか』
「何か、そういう魔法ってありますか」
『あるぞ。たまに使うが認識がおかしくなるし事象の整合性が取れなくなって破綻のしわ寄せで何かが狂うこともある』
「使いました?」
「いいや?」
不意に、隣から声が聞こえ。
「えっ」
一瞬の疑問で意識が逸れた瞬間、戦場に立っていた。気が付くと、そこにいた。
「いま、何が。時間圧縮?」
自分でここまで来たという記憶がないが、疲労は確かに残っている。
「追体験になるだろうな。いいか、誰も助けられないから敵の排除に集中しろ。結果は決まっている、どうあがいても変わることがない」
「すでに起きた事象を……嫌ですね」
何かがおかしくなったのか、それとも世界を認識する方法に干渉されて正しく認識して不正な処理で感じることができななったが故のズレなのか。
「魔族の見分けはつくか」
「可能です」
「獣人に一人混じってる、そいつは〝理〟から外れている仲間だ。支援しろ」
「了解」
エンゲージと、レイジがコールした瞬間に戦場の音がはっきりと聞こえた。単なる虐殺と言ったほうがいい現場だ。セントラの治安維持部隊が獣人へ向け発砲し、火炎放射器で火の海を広げる。
「イリーガルからフィーアへ、申請を確認。介入を許可する」
「誰です、それ」
「気にするな。正面、火炎放射器の射程は三百メートルあるからな」
「そんなに?」
せいぜい飛ばしても百メートルくらいかと考えていた。
「始める、間に合いそうになければマーカーをセットしろ。支援がある」
「マーカーのシグナルはいつものでいいんですか」
「それでいい」
レイジが飛び出して、途端に姿がぼやけ黒い靄を散らし、そして認識できなくなった。
「レイジさん……ほんと、やりすぎるとあなた消えますよ。……霧崎アキト、エンゲージ」
逃げる獣人の流れに逆らって駆け抜けると、治安維持部隊と獣人たちの戦闘がよく見えた。横並びでアサルトライフルや火炎放射器で攻撃し、後方からは重火器による支援まである状態でなおも獣人側は接近し、とりついて近接戦闘に持ち込んでいた。
誰も助けられない。そう言われても、無駄でもあがいてみたくなる。
小さな火炎弾を作り出し、セントラ兵を狙い撃ち込もうとした。その刹那でマーカーがセットされ、青い光が突き刺さったかと思えば爆発。砕け散った破片が飛び散って、ピシャっと顔に血が付いた。
「レイジさん!」
『変えられないからな、無駄な時間を使うな』
「だからってこんなこと」
『正面注意、まだ壊れてない』
照準波を感知して反射的に障壁を展開。土煙の中で発砲炎が煌めく。軽装甲なら簡単に貫く二十ミリ、ガトリング砲から撃ちだされる破壊の嵐は霧崎にとっては脅威ではなかった。
「あぁもう、どうしてこれだけ戦力があって助けられないんですか!」
見えないなら狙わず領域ごと溶かしてやれと、土煙に覆われたエリアを灼熱地獄に変え焼き払う。赤く焼け、白く、そしてプラズマ化した物質が激しい閃光を散らす。
『警告、機械兵接近』
「レイアさん?」
上を見れば遥か上空に輝く青い光。レイジがマーカーをセットした場所に容赦なく魔法を撃ち込んでいるそれは。
『誰あんた』
声は確かにレイアなのだが、使っているプロトコルがかなり古く話し方も少し違う。
「霧崎ですけど」
『イリーガルからフィーア。この場所で機械兵と交戦した覚えはない、付近にその部隊もいなかった。干渉元を探れ』
『はいはーい』
「レイアさんのクローンですか」
「そんなとこだ」
「うわっ、いつの間に」
「さっき気づかれたから消し方変えてみた」
「対策早いですねー」
「さーて予定外のタスクを割り当てるが、いいか」
「どうせ俺に拒否権はないんですよね」
「まっ、そうだな。アイズから連絡があった、機神が来る。クロードと連携して仮想から仕掛けろ」
「マインドハックくらって頭焼き切られそうな気がしますけど」
「ヴァルゴよりは処理能力が劣る。やれる」
「分かりましたやりますよ。ちなみに神格級なんて相手するの久しぶりですし、怖いんですがサポートは?」
「シルファがつく」
「逆に要らないんですがあのAIは」
レイジのサポートではあるが、混沌とした戦場を掃除するためのサポートで無差別に仮想空間を破壊する厄介者だ。下手すれば足場を解体されて奈落に落ちそうな気がしなくもない。
「まともにやり合ったところで自己修復が強すぎるから必要だ」
「俺のルージュマッドドガーと同じようなものですか」
「火力と機動力以外は並ぶかもな」
「厄介な……まあいいでしょう、やりますよ。俺の可能性を潰すかもしれない存在は破壊します」