セントラ南部戦線【Ⅴ】
『フリーダム01からアイギス01へ。状況報告』
「海水浴」
海に浮かんで見上げる空は戦闘機の残骸が降ってくる戦場。隣には久しぶりに顔を見た風月が浮かんでいる。飛行専門で風使い。空を飛ぶ相手にはほぼ必殺の天候操作魔法であるマイクロバーストの直撃をくらって、同時にマクロバーストで道連れを狙った結果が仲良く海水浴という今だ。
『まだ動けるか』
「あぁ大丈夫だ。怪我はしてない」
『ならばいい。先行したうちの部隊が召喚ゲートを破壊したが術者が逃げた、その追跡を頼みたい。リベラルはすでに追跡を始めている』
「了解。それと簡単でいいが召喚のタイプは」
『生贄を捧げる禁忌魔法だ。……使われたのは、最近ニュースに出てたスクールバスごと拉致された女子生徒たちだ。生存者はなしと報告を』
『割り込み失礼ヴァンガード確認三体。すぐにインターセプトしろ、こちらも終わり次第支援に行く』
「アイズ、予想される標的は」
『進路上のセントラ艦隊にクレスティアがいる。可能性は高い』
「あー……」
追跡目標の逃げていく先もそこだし。
「分かった急ぐ」
通信を切って隣に顔を向ける。
「そういう訳で手伝え」
「敵の範囲」
「今から共有する。一時的に指揮下に入れ」
「嫌だけど仕方ない、入ってあげる」
空に飛びあがり障壁を展開、未だ続く戦闘の中を突っ切って、すべてを振り切って飛んでいく。音速を超え衝撃波を散らして三千メートルまで上昇。なんの目印もない海原に浮かぶ艦船など豆粒程度にか見えないが見逃すほどではない。
「ビジュアルコンタクト」
レーダー情報に小さな船が表示される。
「目がいいな」
「健康診断でコンマ二だったっけ?」
「まだ下だ。普通の表のでも見えなくて別にデカいの用意されてそれもぼやけて見えた」
「両目が?」
「左だけだ。さて、やるか」
斜め下へ視線をやるとリベラルの部隊が見えた。攻撃機が二機、重攻撃機が二機、戦闘機が八機。後ろには輸送ヘリ。
「アイギス01からリベラル、予定は」
『セントラの艦隊に合流される前に術者が乗った船を制圧する』
「撃沈したらダメなのか」
『ラバナディアの政府関係者が乗っている、沈めてしまうと後の処理が厄介だ』
「了解した。そうなるとそちらでは手出しできまい」
『機関砲で吹き飛ばしたくはないからな、任せた』
「かわりに飛んでくる敵機は墜とせよ。行くぞ風月」
「了解」
降下して速度を稼ぎ、風月の後ろについて目標へ距離を詰める。どんな迎撃を受けるかと思っていれば、アサルトライフルのフルオート射撃が飛んできた。ただでさえ距離があってあたりもしない精度なのに、風月が展開する風の障壁でさらに遠くへと弾が流れて脅威にならない。
そもそもそんなものしか飛んでこないのは戦闘用の船ではなく単なるクルーザーで、しかも乗っているのはこれまた戦闘慣れしていない連中ときた。
あっという間に船に乗り込むと風月の薙ぎ払いで前に出た護衛らしい男どもは胴体真っ二つで海に落とされる。
「あの女、変な感じ」
残った護衛の奥に一人、二十歳程度のおびえている女。
「だろうな怨霊が纏わりついてるような状態だし、生贄召喚したな。アイギスからリベラル、殺したらダメな奴の特徴は」
『そのまま状態を維持しろ、制圧用の人員を下ろす』
「了解した。風月、抵抗するようなら打ち上げろ」
「あんたがやれば? 五十メートル投げって変な名前つけられてる技があるでしょ」
「あれは脅しつつ殺すための技だ。下手に殺すな」
「はいはい」
と、上空を戦闘機が飛びぬけ遅れて輸送ヘリが真上で止まる。
「随分と早いな」
『降下する、気をつけろよ味方に踏まれて首が折れたとかシャレにならんぞ』
ロープが下りてくるのはいいが、数人飛び降りてクルーザーを揺らす。
「なんの為のロープ……」
「引き揚げる為だろ」
「アイギス、ここは我々が引き受ける。空の方を頼む」
「空ねぇ……対艦戦か、行けるな?」
「いっそ沈める? 嵐の姫なんて呼ばれてる臨時オペレーターさんよ」
「ダメだ味方まで海の底に沈めることになる」
逆回転する二つの竜巻で辺り一面吹き飛ばすのは最終手段だ。複数勢力入り乱れてめんどくさくなった時に全部まとめて破壊するくらいでしか使いたくない。
「はーい了解でーす」
空に飛びあがり先行する攻撃機へと通信を入れる。
『低空で接近、向かってくるフリゲートをやる』
「コピー。クルーザーの迎えか」
『だろうな盛大に歓迎してやるぞ』
かなり先で攻撃機が高度を上げ、レーダーにフリゲートを捉え対艦ミサイルにデータインプット、リリースして旋回、高度を下げていく。
「相変わらずだな対艦は」
「汎用使えばいいのに。あれなら基本なんにでも使える」
「射程が短すぎるんだよ、攻撃機なら離脱前に穴だらけだ」
加速し海原を切り裂いてフリゲートを狙う。対艦ミサイルへ向けて発射されたミサイルが外れ、近接防空方が火を吹くがすぐに懐へ。俯角が追跡限界を迎え射界の内側。二発が命中し艦が傾くがまだ動く。
「右任せた、引き付ける」
「了解」
射撃魔法を無数に展開して風月が右へ旋回、進路そのままに体勢を変えフリゲートに魔法弾の嵐をぶつける。一発一発が凄まじい音を出すが、ただの圧縮した空気塊だ。装甲を凹ませても数発で穴をあける威力はない。
「さぁてと」
フリゲートを挟んで反対側。対空砲火は飛んでこない安全な側から一発が重たい砲撃魔法を六連詠唱。艦首の兵装から順に使えなくしていく。
「主砲破壊、対空砲、CIWS破壊、ランチャー破壊」
と、次にブリッジを吹き飛ばしてやろうと狙えば中から出てきた兵士がライフルで応戦してくる。邪魔だと、二発ほど至近弾を撃ち込み海へと落とす。
『あーなだらけー、結構沈まないもんだねー』
「外側の空間障壁破壊したところで意味ない」
ブリッジへ砲撃し、ガラスを砕いて内部で炸裂させればヒビだらけのガラスが内側から真っ赤に染まった。用は済んだと、後ろ側へ回り込みながら残りの兵装と脱出用のボートを破壊して離脱する。
「あーあかわいそー」
「次行くぞ。アイギス01からリベラル、フリゲート無力化」
「なんかスズナから着信」
「ほっとけ」
『制圧部隊がやられた。クルーザーのエンジンを破壊できないか』
「何やってんだリベラル」
「あーららやっとくから向こうの空母沈めてくれば」
「空母?」
「長距離レーダーにすごい数の艦が映ってる。空母が三艦、護衛もすごいよ主力艦隊じゃない」
「嫌だな」
「あ、なんか動き始めた」
「……合流されたらめんどくさい。先にクルーザーをやる」
「殺さなきゃいいんでしょ?」
「ひっくり返すか」
「うん」
空気を圧縮しかなり熱を発するほどにまで圧を上げた空気塊をクルーザーへと発射。解放条件は海面への接触。数十秒して通信が入った。
『フリーダム01からアイギス01殺すなと言ったはずだ!』
「ひっくり返しただけだ。沈めちゃないし、この程度で溺れるようなら事故だ事故」
『……こちらリベラル、確認した。溺れている、沈む前に回収する』
『フリーダム02から01。長距離レーダーに多数のセントラ艦を確認、戦闘機が向かってくる』
『だそうだアイギス、悪いが迎撃してくれ。終わり次第追いつく』
「断るそっちでやれ。アイギス01から02、03へ。ターゲットをマーク、優先攻撃目標は空母だ」
了解と、シグナルが返ってくる。この人数なら余裕だろう、リベラルの航空部隊もそれなりにはできるようだし負けはしない。
進路を変え上昇、加速。二人で先行する気でいるとルティチェがようやく追いついてきて、その遥か後ろにはリベラルの重攻撃機隊がいる。邪魔にならないといいのだが。
「疲れたー」
と言いつつ近づいてきて腕を掴んで飛行魔法を解除。途端に負荷が増える。
「お前なぁ」
「いーじゃん少しくらい。きゅーけいでーす」
「びんじょー」
反対側に風月が飛びついてきて、振りほどこうとするが余計に強く掴んできて効果なし。
「やめろ」
「のーんびりいこー……接触まで予測約十分二十秒」
「んー三百五十キロで行くとそんなもんかな」
「音速超えで飛んでやろうか」
「やめて休憩時間なくなる」
「そうそうやめて」
戦場でふざけるなと。そう思うが最大速度で突っ込んで疲れた状態で交戦に入ってもケガが増えるかもしれないしと。
「まったくこいつらは」
「そーいやさー白き乙女やめようと思うんだけどどっかいいとこない?」
「MMCにでも行ってろ」
「あそこってホントの何でも屋じゃん。嫌だよ」
「だったら一般企業に応募するかだな。元傭兵なんて採用するとこは少ないが」
「引き込めばーいい戦力になりそうだし黄昏の領域に」
「これ以上部外者増やす気はねえ」
ただでさえフェンリルが無断侵入している黄昏の領域にこれ以上人を増やすと情報漏洩や侵略者どもの取っ掛かりを作ってしまいそうで怖い。
「じゃお嫁さんでもいーよ。レイジが専業主夫ならゴロゴロできるし」
「ニートを飼う余裕はうちにはありませんよってことで却下」
「黄昏の領域って部外者は名前の上書きと鎖で支配するんでしょ? 風月だしシルフィードがいいなぁ、本当の名前思い出せないしいーよ」
「却下」
「テンペストのアリエルでもいいかな。あ、対価がいるなら体で払うよ? 空戦得意だし防空は任せて」
「ルティチェ、こいつマリアナ海溝に沈めてこい」
「あんな深いとこに潜れって?」
「嫌ならラグランジュポイントに放り出せ」
「無理だから」
『アイズからイリーガル。いちゃついているところ悪いがアンノウンがヴァンガードとエンゲージ、別方向から新手、接触まで五百秒』
「いちゃついてねえよ……もう状況放棄していいか、面倒ごとは全部任せた」
『断る。こっちは久しぶりに本気出してるから――』
「切れた……?」
ジャミングを受けたかと思ったが、どうにも違うようだ。
「なんか来た」
「この感じ、アレか。アイズ、そっちに妙なもんは行ってないか」
『今確認した。クロードが機神の装甲を引き剥がしたら中身は青い魔力結晶――ジャミングじゃない、何だこれは――』
また通信が切れ、今度は再接続できない。
「イリーガル、来る」
「低空に避難しろ、全部引き受ける」
「そんな無茶な」
「行け!」
二人を振り落とすと旋回しつつピッチアップ。数秒で音速を超え高度を一気に上げ、盛大に索敵魔法を放つ。こちらから探るわけではない。ここにいるぞと騒ぎ立てて、同時に相手のレーダーを掻き乱してやる嫌がらせだ。
「イリーガルからステイシス、空間封鎖は可能か」
『ダメだ無力化される』
「ウォルラス、誘導システムへ割り込みは可能か」
『完全スタンドアロン。不可』
「やりたかないが、やるか」
召喚術式を書き込んだカードに魔力を通し、一本の槍を呼び出す。折った木の枝に鉄のかけらをつけただけのぼろっちい槍。
「アイギス01から各部隊へ警告。これよりグングニルを使用する、射線上に入るな」
飛んでくるミサイル群を目視。逃げつつ照準を合わせるが、認識してから接触までは十秒ほどしかない。引き付けてから回避なんてのは、今回は通用しそうにない。見渡す限り、複数方向から飛来しているのなら回避後の硬直を狙われて終わりだ。
「第一射、射線はセントラ大型空母とこちらとを結ぶ線」
投げた。こいつに精密照準なんてのは必要ない、意識して目標を定めてやれば槍が当たりに行く。高速移動する目標には効果が薄いが、外れても衝撃波で吹き飛ばせるしシールド艦でもない限り、空母程度の装甲なら貫通できる。どうなろうが何かしらの見返りはある。