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空を舞う戦姫たち【Ⅵ】

 夜中。リジル隊の部屋がある一角は、暖房が全力で稼働しながらも凍てついていた。

「死んでこい、リジル4」

「俺はこれから、お前の居ないフライトプランを組むことにしたよ」

 凍えるリジル3と隊長にそんなことを言われ、後ろで見送る整備士とオフィサが死人を見送るような表情で……。

「部屋に入らなければいいだけのことでは?」

 わざわざお説教を受けるために帰る必要はない。逃げてしまえ。代わりに後で氷付けか、余所に転属かだろうが。

「リジル4、いい機会だ。これを機に態度を改めろ」

「拒否します」

「隊長命令だ」

「…………。」

 リジル4がIDカードを翳して、ドアノブに手を掛ける。皆が一斉に、吹雪を恐れて逃げた。誰も居ない、凍てついた廊下。

 ため息を一つ。

 リジル4はドアを開け、自室に入った。

「何のようでここに来た」

 開口一番は、勝手に椅子に座って菓子を頬張る戦姫クレスティア……如月隊の隊長である如月鈴那に向けた苛立ちの籠もった声。

「用事も何も、上からの命令よ」

 固定具を外し、ベッドを下ろして腰掛ける。態度? 知ったことか。スズナもスズナで、チップスの封を切って一本取り、どぉ? と中身を向けてくる。

「要らん」

「美味しいのに」

 そう言われても、この前一口食べて捨てたのを覚えている。味付けが濃い。あんな物を食べていては味の感覚が麻痺する。

「それで? いきなり居なくなったかと思えば、こんな辺境の島で遊んでるの、なんで」

「暇のない暇つぶし」

 戦闘服を脱いで、ベッドに横になる。話を続けたくないが為に、アピール。

「北極が退屈過ぎたかしら」

「退屈だったな。暇すぎてブルグントのお姫様に水ぶっかけたくらいだ」

「魔砲使いが何してるのよ」

「魔法使えないから魔砲だ。観測隊に便乗して行ったはいいが、セントラの艦隊に砲撃して、偵察に来たブルグントのお姫様に水かけて、それくらいだ」

「ふぅん、ここはどうなの」

「来る日も来る日も空だな。補助具使ってるように誤魔化すのが大変だ」

「相変わらず刻印魔法なの? あんな絶滅した古い魔法よく使うわね」

「普通の魔法が使えないんだ、仕方ない」

「だったら」

 枕元に腰掛けてくる。手には氷が浮かぶ。

「明日から練習よ」

「必要性を感じない」

「今の主流は補助具を用いた高速で精密な魔法よ。古いものばっかりじゃ、置いて行かれるわ」

「それがどうした。古い技術じゃ新しいものに勝てないわけじゃない。お前の調整だって出来ない」

「だからって、データベース改竄して北極行きを別の物にしていいわけじゃないのよ」

「…………。」

「レイジ君」

 リジル4ことレイジは……無言で対応した。それに対する反撃は嫌な物だった。

「そうそう私、この部屋で寝ることにしたから、しばらくよろしくね」

 飛び起きて、部屋から逃げた。廊下は全力で頑張ってくれた暖房のおかげか、真夏の炎天下並に暑かった。溜まり場には隊長たちが居てくれた、ちょうど良かった。

「隊長一つ聞きます」

「なんだ、生きていたか」

「なんであいつと同じ部屋なんですか」

「ありがたいことだリジル4。魔法が苦手なお前のために夜の座学と小規模魔法の練習のためにと――」

「寝るなと?」

 へとへとになって帰って来て、休みがないのか。ソーティーの後の約束された休暇が潰されるのか。

「寝る間も惜しんで訓練だ、リジル4」

 隊長ではスズナに逆らえない、遠回りして案内している間に何を言われた。

「同室なら、間違いがあるかも知れませんよ」

 ナイフに手を掛けながら言うが、意味ない。隊長にしてみれば、若い新参者と最強の戦姫様とで間違いが起こるとすれば、リジル4が戦姫様の機嫌を損ねて殺されるパターンくらいしか思いつかないだろう。逆なら一般兵でも戦姫に勝てる、そんな実例が出来て現行の序列が崩れ去るが、まずないだろうと。

「そんなことしたらお前が死ぬだけだ。なぁにしばらくの間だ、戦姫様の護衛か訓練と思え」

「…………。」

 部屋に戻った。援軍はいない。勝手に人様のベッドでくつろぐスズナを見下ろす。ここを使っているリジル4ですらも臭いと思うのに、よく平気な顔で寝るなと思う。

「一つ疑問なのだけれど」

「何が」

「あなた、なんでリジル4なの」

 そんなもの、リジル隊の四番目だからリジル4なのだ、としか言えないが、少々事情を知っているスズナからすれば謎だろう。誰かの下について行動するということをしないのがレイジなのだから。

 それに何せ――

「ブルグント軍で兵長、セントラ軍で工作兵なのに、なんでそんなに好き勝手できるのか。どうしてなの」

「まあ、立ち回りか」

 イチゴにはいろいろ聞かれて、答えはしなかったがスズナには知られているから答える。そもそも最初から、如月寮はどこにあるのか知っていた、その前から如月隊所属だった。更に言えば、白き乙女創設時のメンバーだ。ただ、創りました、じゃあ後は頼むねで丸投げしてこっそり逃亡したら、セントラとやりあう戦場でとっ捕まって逆戻り。

「全く、レイジ君はそういう所がダメなのよ。浮気しすぎよ」

「まあ……セントラのゾディアック、ブルグントのPMC何社か、セントラ南部のラバナディアでも偉いさんの近衛、後はアカモートとか騎士団とかフェンリルとか」

 続々と名前が挙がる。掛け持ちしすぎだ。

「どれだけ……もう、あなたは」

「別にいいだろ、白き乙女の主力には手を出してないし」

 だからといって、末端の部隊との戦闘で壊滅というのも許せることではない。味方だから手加減……とかいうのは一切無いのだ。むしろ目撃者を減らすために積極的に殺しに掛かる。

「コールサイン、スコール」

「今更だな」

「そんなんだから、他の人にあなたのコールを取られるのよ。さっきもスコールっていう人が見当違いな文句を言ってきたし」

「あれはあいつの本名だろ」

「あなただってスコールが通称じゃない」

「当面の間は、スコールとしては大人しくするつもりだ」

「それも作戦の内?」

「だな」

「まったく、もうちょっと上手にやりなさいよ」

 暴れすぎて目をつけられて、今度は隠れると。

「面倒くさい」

 シャワー浴びて寝るか、と。浴室に入って、戸棚に押し込んだ着替えを出す。バスタブ、洗面台、トイレの三点セット。仕切りは安っぽいビニールのカーテンだ。水栓を捻る、出ない。もしかして、と思ってシャワーホースを触ると固い、冷たかった。凍っている。

「……スズナ」

「ごめん、やりすぎた」

「すぐに溶かせ」

 水道管の破裂はないだろうが、ホースが劣化して弾いた時が怖い。で、なぜかスズナが脱ぎながら入ってくる。

「一緒につかりましょ」

 空中に水球が発生し、湯気を出し始めるとざばぁと崩れて湯船からお湯が溢れる。これだから魔法が使えるやつは……。

「一人で入れ、狭い」

 一人部屋、その為の小さなバスタブは膝を抱えて向かい合って座れば入れるが、窮屈なのは変わりない。一人でも脚を伸ばせないというのに。

「いいじゃないの、久しぶりに」

「…………、」

 舌打ちして、渋々従った。下手に断ってシャワー中に氷付けなんてのはごめんだ。その辺、水回りのことだけは機嫌を損ねると後が怖い。正面から向かい合って、二人で窮屈な湯船につかる。

「あら、また傷が増えたの」

「増えるばっかりだ」

 スズナの白い柔肌と違って、レイジは全身傷痕だらけだ。原因は分かりきっている、手こずる相手に一発貰って撃破できるなら、躊躇いなくやるからだ。肉を切らせて、骨ではなく敵の命を絶つ。それでも、そんな傷ばかりではない。全部ひっくるめれば、自己犠牲、それでも仲間を庇って出来た物も多い。致命傷になるものもあった、それで戦いを怖がるようになるかと言えば、逆だ。これくらいじゃ死なない、戦闘行為に支障がないと分かると、更なる無茶をした。そのたびに怒られた。

「そんな傷だらけじゃ、女の子にひかれるわよ」

「よってこなくていい」

 そう言い返すと、わざとらしく女性的な部分を見せつけてくる。手を取って、柔らかい胸に。

「心臓の動作は、正常だ」

「そうじゃないでしょ」

 だったらなんだ? 触れた胸から、自分の魔力波を送り込んで、跳ね返りでスキャンする。

「異常は見受けられない」

「違う」

「だったら?」

「……しばらく同じ部屋で二人きりよ、浮気、してもいいわよね」

「尻軽女め」

「もう、してるのは……あなたとだけよ」

「バレたらどうなると思ってる」

「殺されるわね、あなた」

 悪戯っぽく、そう言って口づけをしてきた。

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