ブルグント北部戦線【Ⅴ】
リオン隊が撤収する中、スコールはこそっと抜け出して待ち伏せをしていた。地下に爆破の魔法……地雷を埋め、空中には機雷を。泥沼の中に潜んで、近づいてくるそいつを見ていた。
機械兵の猛攻から逃げ切って、砲撃の嵐も耐えきり戦場から離脱しようとする白き乙女の兵長。
距離が十メートルほどまで縮まったところで、起き上がる。
「止まれ」
「おっと……居たのか」
「イチゴ、こんなところで何やってる」
「俺が知りてぇけどとりあえず通常空間に出たってことは分かった」
「何があった」
「原因不明の幻影魔法の調査にさ、仮想化戦闘部隊暇だろ? ちょっと行ってこいって十二使徒の司令から言われてさぁ……しぶしぶ調べてたらなんかレイジそっくりなやつに襲われて異空間に引き摺り込まれて、脱出してみりゃいきなり機械が襲ってくるしもう嫌になるぞこれ」
「で、どうする」
「とりあえず桜都に帰りたいが、ここセントラか?」
「ブルグント。しかも北部の激戦区」
「死ねるなぁ……ついて行ってもいいか」
「返答次第だ。周りのはなんだ」
「周りの?」
表情や、目の動き、仕草からイチゴが仕掛けたものではないと判断して、
「オーケー。……走る、同じ場所を踏め」
空間が揺らいで魔物が姿を見せる。どれもこれもこんなところに生息するものではないし、なにより手持ちの火力では倒せない。
「うわーおヤバいな」
「地雷と機雷がある。踏み外したら死ぬぞ」
「優しいな」
いつもなら踏んだら確実に片足吹き飛ばしたり、真上に砲弾が飛び上がって当たったところで重傷確定の箇所を狙うのに。
「今回は対軍仕様じゃないからな」
言ったそばから後ろから爆音が響いて土砂が降ってくる。あの程度じゃ魔物は死なないし、大した怪我にもならない。
「で、どうすんだ」
「化け物には化け物だろ」
振り返って座標を確認、マーカーをセット。数秒のうちに一キロほど離れたところで煙が上がり、そこそこ大きな砲弾が飛んでくる。
「シェル?」
「ただのショット」
ゼロ距離で重砲撃ち込んでも弾かれたことあるし、効かないだろうと思っていれば見事に脳天突き破って地面に叩き付けた。
「……あの種類って鱗固すぎて徹甲弾効かないやつだよな」
「そのはず。アーティレリィ、直撃だ。続いてマーカーをセットする、撃て」
『今のが最後です、もう弾がありません』
「……了解」
「なんだって」
「弾切れだと」
「ターミナルで潰せないか。中身鉄屑詰めて三トンくらいで」
「やめとけ効かなかったから」
「やったのかよ」
走って逃げてはいるが、話をするだけの余裕はある。地雷と機雷の空間防御が効いている。ダメージは微々たるものでも動きをかなり邪魔できている。
「夜明け前にやってターミナル一つ壊した」
「……なんでそんな魔物がここに出る」
「さあ――」
と、不意に移動魔法に捕らわれ空に打ち上げられ、曳航ラインを引っかけられリオンに拾われる。感知したがスティールを発動する時間がなかった。ほんの一瞬で物理現象として定着してしまった。
「あれはなんですか。魔物のようですがライブラリには載っていない種ですね」
「あれは別世界のだ。ほっとけばいい、環境が合わないからそう長くは活動できない」
「そうですか。とりあえずこれは報告するとして、そちらは」
「あ、俺? 白き乙女の下っ端」
「ミナ上等兵、本当ですか」
「白き乙女、第二連隊の指揮官だ。ただ、こんなところに放り込まれるあたり下っ端だな」
「放り込まれたって言うか、放り出されたって言うか……」
どっちにしろよろしくない状況に変わりはない。
「失礼しました。連隊長とは知らず」
「珍しいだろ、男でしかも魔法が使えないのに連隊長って」
「珍しいというか、ありえないと言いたいところですよ」
「俺は今すぐにでも辞めたいけどな……つか、俺はどういう扱いになる? 捕虜か」
「そこはリオンに任せようか」
「なんとかしてくれねえのかよ!」
「下っ端だし、権限ないし。どうするリオン」
「帰ってから白き乙女に引き渡します。あちらに戦姫が居るようですし、後は任せてもいいかと思いますので」
その戦姫は新人同然なんだがなぁと思いながら、地上を歩く部隊を見つけた。こちらに手を振っているのは、持っている装備からして砲兵だ。何事かと通信をしようかとスイッチに手を伸ばすと、なにやら上を示している。
ロールして真上。
「リオン敵機!」
セントラの新型機だ。報告はいくつも上がっているが、アリスやリデルですらも被弾してしまうほどの性能を持っている。人の身では障壁と酸素維持に加え慣性制御といくつかの魔法がなければ運動性能についていけない。最低限必要な魔法が増える時点でも負担なのに、さらに瞬間的な判断と高速運動時の空間把握と攻撃魔法への座標入力まで、補助具を使ったとしても処理能力の限界が近くなる。
「私が相手をします、離れて下さい」
「一人じゃ厳しいだろ。蒼月、空戦用意」
曳航ラインを切って急降下、イチゴを投下して上昇。すでにリオンが防戦一方で押し込まれていた。戦闘機の動きじゃねえぞと。鋭角機動で速度ゼロから瞬間的に音速を超えて向きを変え停止、攻撃、移動。
どういう性能してんだよと、そう口にしてふと思い出した。設計したなぁと。レイアと一緒に設計して機体性能優先の設計思想で無人機として作ったのと、それの有人機仕様でもう一機作って封印した覚えがある。アリスやゴーストのある程度は人を乗せて運用することを考えてなお、乗ったら死ねるのにアレはもうパイロット殺すことしか考えてないとしか思えない。
「……潰すか、ギアテクス隊」
『ごめーん墜とし損ねたのがそっち行ったー』
「今リオンが押されてる。で、フェンリアお前はどこに居る」
『北極。召喚ゲート潰してる』
「誰が開いた」
『不明、だから片っ端から潰してる』
「……まあいいとして、やりあった感想は」
『AMPギアとグラビティギアと慣性制御ギアは確認。魔法防御貫通して移動魔法で海に叩き付けたから雑魚。魔力結晶のミサイルはリオンには無理、防げない。あと機銃、若干ミスリル入ってるかも』
「逃げる以外に選択肢ねえな」
加速を維持しつつ術札をばらまいて大量の誘導魔法弾を放ち射撃魔法を展開する。狙ったところで避けられる、だったら面制圧で嫌がらせしてやろうと。
「リオン、真下に落ちろ」
誘導魔法弾への座標入力を変更、ロックした敵機とそれを基準に全方向にランダムにずらした座標を入れ近接、時限、着発もランダムに再設定。
『無茶をしては』
「気にするな、回避専念」
射撃魔法の展開が終わったところで頭痛に襲われる。魔力切れが近い。ここから先の無茶は、寿命を削る。そんなことはしたくないし、しないために魔石は常備している。口に入れ噛み砕いて、手を向けて補助照準しつつ撃ち始めようと思えば耳鳴り。
術札が燃えて魔法が霧散し、リオンが落ちていく。上がってきていた蒼月も重力に捕らわれて地上へと落ちていく。
「っ……風よ、我に集え」
呼び掛けると大気が暴れ制御を受け付けない。魔法はダメだと、頭の中の処理を切り替える。神力を用いた術式を展開し、大気の中を突き進む。蒼月を受け止め、リオンを受け止め、地上に降ろすまで十秒もかからず。
『こちらアカモート所属、広域警戒管制部隊のアイズ。ブルグント森林地帯に巨大な龍型召喚獣を確認。召喚の余波で周辺の魔力が乱れている。飛行中の部隊は注意されたし』
降りてから対空射撃を準備すると声が聞こえた。
「……遅い」
狙いを付けようとすると敵機は空の彼方へと消えていく。なぜ退いたのかは分からないが、好都合だ。
『アイズからスコールへ警告。ブレス攻撃の予備動作を確認、予測範囲を転送する』
「あぁこれ、間違った方のバハムートか」
『鯨ではない、回避推奨』
予測範囲がブルグントの大陸から海まで数百キロ、横幅は二キロ程度で到達予測時間までにはどう頑張っても無理だ。しかもこれは接近中のセントラ艦隊が消し飛ぶ範囲でもある。
「どうやって避けろと?」
『そちらでなんとか……アルカンシエルの展開を確認』
「レイズか」
地平線の向こうで凄まじい光が溢れ、破壊の光が向かってくる。
『見えた。召還兵約六千、ブルグントの戦略級も見える。リオン隊か?』
「死んでなお呼び戻されて使役されるか……契約で呼ばれる召喚よりたちが悪い」
「どうします、あちらから何か来ますが」
「何かっつうか災害だがな」
地平線の向こうで凄まじい光が溢れ、大地が揺れる。
「まったく……撃ったらチャージが間に合わんが、仕方ない。……コラプス」
短い詠唱。その瞬間に小さな太陽とも思えるほどの輝きが出現し、射出方向を示して腕を振るう。迫り来る破壊の嵐、押し流された大地の奔流に正面からぶつかって僅かにその軌道を逸らした。
「あっ」
振り返る。その方角はブルグントの都市部がある方向で……。失敗した、そう思ったのも束の間、ブレス攻撃は何かに弾かれて空に向かってそのエネルギーを拡散させて消えた。
「大丈夫です。あの都市には最も強い戦姫が駐留していますから」
「……ミナ中尉が子守とか言ってた若いやつか」
「そうですね。少々難がありますが、グングニルを受け止めましたから防御では安心です」
「槍を受け止めるか。っと、来たな」
遙か遠くで巻き上げられた土砂の雨が降り始めた。
「アイズ、こっちに障壁展開」
『無茶言わないで。そこまで近づけない』
「ダメか」
さぁてどうしようか。
手札がないぞと振り返って、岩が直撃した。