ブルグント北部戦線【Ⅳ】
十二月二十二日、午前二時。
夜の帳が覆う森の中を進む部隊があった。闇に紛れ進むのは神姫として配置換えされたリオンを隊長とする、新設部隊。隊の名はリオン隊として再登録、人員は以前と少し違うが随伴する通常戦力は若い兵ばかりだ。
「まあ、訓練にはちょうどいいな」
完全に隠れて行動していたのにもかかわらず、不意にすぐ隣から声がした。
「なぜあなたまで居るのですか」
呼ばれてもないのに、出撃準備の音を聞きつけて蒼月を叩き起こしてついてきた。ちょうどいいから一緒に訓練させろと。気付かせてから遮音障壁を解除する。
「新兵の訓練」
「……仕方ないですね」
「損耗率の許容は」
「装備の消耗以外は掠り傷までです。全員が生きて帰る、これ以外の結果は認めません」
「無茶な目標だな。機械兵のスペックは知ってるか」
「ある程度は」
「だったらいい」
全員合わせても二十人程度。たったそれだけで予定より早い敵陣への強襲を開始すべく目的地へ向け足を進める。
「ね、スコール」
「なんだ。あとここじゃ〝ミナ〟と呼べ」
「うん。あのさ、私の髪……」
「色が変わったのは神力の影響だ。ときどき補給で上限突き破って拡張ってことがあるし、バランスが魔力から神力に傾いたんだろ」
「魔法って使えるのかな」
「大丈夫なはずだ。ただし補助具で神術は使えないからな」
「ん、分かった」
ダブルブレードを分割してロングソードとして持つ蒼月は、雰囲気が変わっていた。見た目としては、自分の足で踏んでしまうほどに長い黒髪が白くなり、先の方は少し青みがあるようになったのが大きな違いか。
「ミナ上等兵、あなたはどう言う立場なのですか」
「見ての通り一般的な男性兵士」
「戦姫に対して恐れもせずにその態度では信じられません」
「じゃあ、言えない。探ろうとするなら排除だ」
「でしたら後ほど手合わせしていただけますか」
「終わってから条件を決めよう、見つかったぞ」
「はいっ?」
すぐにリオンが停止の合図を出してその場に伏せる。どこに敵が居るのかと思えば、ミナ上等兵は空を見ていた。
「照明弾」
「どこにです? 見えませんが」
暗視スコープ越しに見える光景では、一人機械兵の猛攻から逃げ回っている誰かが見える。あと、こっちに向かってくる重装機械兵と地上を滑る飛行兵も。空を見れば煌々と輝くIR照明弾が幾つもパラシュートを広げ滞空している。肉眼で捉えることが出来ないが、赤外線を感知出来るデバイスがあれば闇の中でも問題ない程度の視界を確保できる。
「リオン、情報共有」
「分かりました」
手を重ね、視界を共有すると顔をしかめる。
「数が多いですね。それにあのタイプは見たことがないです」
「近接戦闘用の重装備型、そこらの魔法士じゃ無理だ。重砲レベルの直撃ならやれるが、持ってきてない以上は連中潰してから戦闘訓練した方がいい。パッと見た感じ、ダメージより貫通力増したライフル積んでるし」
定率減衰の障壁で受け止めれば大ダメージ、通常障壁なら受け止めきれずに弾が突き抜ける。当たり所が悪ければ即死もありえるが、いいところを貫通すれば治癒魔法ですぐにふさげる程度にしかならない。
「蹴散らすか」
「あなたに出来ますか」
「やれる。もう気付かれてるし射程内、仕掛けるなら早い方がいい」
「では見せて下さい、新兵の手本として」
「手本にはならんが……」
大量の術札を取り出して次々と励起していく。
「蒼月、飛行兵にトドメを刺せ。人殺しになれろ」
「……うぅぅ、分かった」
嫌な顔をしているが、慣れてくれないと無駄死にする結果が待っている。
「行くぞ」
ぶわっと風が吹き荒れ、姿が消える。どこに行ったのかと探せば、空から大量の魔法弾が降り注ぎ地上から対空迎撃が始まる。一発一発は対空砲弾ではないが、通常の魔法士では逸らすことも出来ないほどに貫通力が高い弾だ。
「蒼月さん、彼の詠唱キャパシティはどれほどですか。あれはどう見ても戦術クラスです」
「あの……す……ミナ上等兵は魔法ほとんど使えないよ? 評価試験でも前線配置は厳しいって言われたらしいし」
「あの実力で? 評価試験の意味がありませんね」
ネットワークから月姫の権限でスコールの評価試験のデータをダウンロード、一部情報を消して魔法で空中投影してリオンにこそっと見せる。
「こんな感じ」
「…………。」
「ほんとだよ?」
「桜都の三大勢力が採用する基準では、あれだけやれて凡人以下だと。そう言うことですか」
「そうじゃなくって……古式魔法? って言うんだっけ、魔法陣とか書いて使う魔法しか使えないから評価不能だって」
「確かに旧式の魔法などは評価対象外ですが、あれでは……」
雲を突き破って光の球が地上を蹂躙、どう見ても隕石で禁術指定に掛かる〝メテオ〟、〝ミーティア〟、〝シューティングスター〟だ。地上に展開する部隊はもちろんのこと、空中に飛び上がった飛行兵までも爆散して降ってくる破片と地上から巻き上げられた土砂に襲われて堕ちていく。
『何やってる蒼月、地上に落ちた敵兵を排除しろ』
「あ、ごめん。機械兵は?」
『制御権限取った。緑のランプはスタンバイモードで止めてある、青は設定変更して味方。それ以外は敵だ、順次制御を奪うから破壊する必要はない』
「分かった、行くよ」
「ではこちらも。総員、ウェポンズフリー、戦闘開始」
リオンが個別に障壁を展開し、完全に防御にリソースを割り振って空に飛び上がる。蒼月は地面すれすれを飛んで、共有される敵情報を頼りに壊れたエンブレイスを外しているセントラ兵に襲いかかる。明らかに能力が向上している、何より、人を斬ったのに躊躇いがなかった自分が怖い。
書き換えられて拡張されたことを実感し、割り当てられた仕事に集中する。
『リオン隊のアーティレリィ、こちらから座標を連続指示する。撃てるか』
『出来ますが……隊長』
『許可します、観測手は空に上がらないように。まだ動いている対空砲が見えます』
『了解』
一分もしないうちに片付け終わった蒼月は、一度着陸して身体を確認する。戦闘中は小さな怪我だと気付かないことがよくある。更に言えば本気の空戦をすれば気付かないうちに装備を落としたり、たまに漏らしていたりも。
『合格、それだけやれたらいい』
「次は?」
『スナイパーを排除するまではその場で待機、たぶん防げない』
「やってみなくちゃ分かんないよ」
『それで頭撃ち抜かれたら?』
「……やだなぁ」
『だから待機』
「はーい」
座り込んで、連続した爆発音を聞いて待っているとモーターの駆動音が聞こえた。機械兵だと判断して、ダブルブレードに手を掛ける。強化魔法を使えば装甲は切断できるし、電撃で破壊してもいい。
「射撃位置に着いた……あー見えるよ、スコールを狙えばいいって訳」
そっと近づいて見ると、エンブレイスを装備した女だった。生身で携行出来る対物ライフルよりも更に大きい大型の対物ライフルで、アウトリガを広げ照準補助の兵装を展開して砲口を空へ、スコールが飛んでいる場所へ向ける。
「させない!」
飛び出して斬りかかるが、刃が届く前に発射された。緑色の光が闇を切り裂いて飛ぶ。
「えい」
そして届く直前で誰かに蹴り飛ばされた。すぐに起き上がろうとすれば、ぞわりと背筋に嫌な感じがする。
「フリーズ」
「……うそ」
7.62ミリのミスリル弾が込められたハンドガンを頭に突き付けられ、身動きが取れなくなる。蒼月にはどんな弾が入っているかなんて分からないが、至近距離で銃を突き付けられると障壁ではどうしようもないことがあると知っているから、動けない。防げないと思ってしまうから障壁で、とも思えない。
『アーティレリィ、今マーカーをセットした地点撃てるか』
使用している迫撃砲の射程は三キロほどで、マーカーをセットしたのは構えている場所から五キロ。
『射程の端です。確実な打撃は与えられません』
それでも武装強化が出来るならその関連で増幅系の魔法も使えるはずだと見込んでみれば、思った通り。
『構わん数発撃ち込んで脅かしてやれ。狙撃されちゃこっちもやりづらい』
『こちらリオン。スーパーチャージと赤外線誘導弾の使用を許可します。ミナ上等兵、レーザー目標指示は可能ですね』
『指示器は持ってる、そっちで適当に撃て』
不穏な通信が聞こえた。まさかこっちを狙っているのか、そんなことを思うがこの状況がどうしようもない。
『スコールからBtD、蒼月に手を出したら成層圏まで打ち上げてやるからそのつもりで』
別チャンネルの通信が聞こえた。なんで拾えているのか疑問に思えば、勝手に設定変更が掛かっている。
「はいはーい文句はトーリかアリツィアに言ってねー。ていうか弾着は」
『問題ない、そのまま撃て。弾の落下地点には上陸艇が来るようにしてるから。それからアリツィア、蒼月の照準補助してやれ』
「えーめんどっちぃー」
『やれ。それからBtD、射撃継続』
「りょーかーい。ていうかそっちに当たっても文句なしね?」
『正面からも見えるようなトレーサー弾に当たるか。で、蒼月』
「は、はい?」
『マーカーをセットする、砲撃してみろ』
「ほうげき……」
『補助具の基本セットに基礎的な魔法は全部入れてある』
「入ってたっけ?」
『専用機は支給品の補助具と違ってほぼ全部入れてあるからな。使いやすい砲撃魔法を使え、それか自分で詠唱してもいい。防御の蒼なら近づかれる前に蹴散らすことも出来ないとな』
「……やって、みる」
『よろしい』
遠くで炎が上がる。敵陣に砲弾が落ちたのではなく、地上から空への砲火だ。
「スコール!」
「ほっときゃ大丈夫、魔法通信で座標もらってさっさと撃ちなよ」
「う、うん」
いくつかの魔法がセットになった砲撃用魔法を発動する。視界に重ねて空中投影のウィンドウが開き、砲撃魔法の予測弾道が可視化され上空からの視点とマーカーのセットされた地図が開く。後は蒼月が自分で狙いを定めて発射すればいいだけだ。
「普通見えない情報が見えるんだから、外したらよっぽどの下手くそだよー」
「は、外さないもん」
『一応言っとく、当たらない前提で威嚇用の座標指示してる』
「……私、そこまでダメ?」
『実力が分からない以上は出来るかどうか分からないことより、確実に成功することをやって欲しい』
「……分かった」
『不満なら』
地図に太線が引かれた。セントラが制圧したブルグント軍の塹壕だ。重戦車にドーザーブレードを付けて埋め立て作業をしている。
『威力はバラバラでいい、連射しろ』
どうみても後方支援の、戦闘要員ではない部隊がいる。だからどうしたと。陸戦法規で禁止されているからどうしたんだと、次々にセントラの陣地にマーカーがセットされていく。
「これ、って」
『セントラ軍の医療班。それと輜重隊、潰したところで諦めはしないだろうが継戦能力を削ぐことが出来る、やれ』
リオン隊の砲手へ向けたマーカーは次々に書き換えられて、ポイントを潰しているようだし急かされる蒼月は撃つべきか悩んで結局撃てずに状況が動いていく。
『リオン、民間人の扱いはどうなってる。そっちの指揮下だから軍の決まりに従う』
『戦闘に巻き込まないことが大前提です。巻き込まれているなら保護して下さい』
『撃たれてる、見たところ戦地派遣の学生部隊もいるようだが……扱いとしてはどうなる』
『救出をお願いします』
『了解。蒼月、マーカーをセットする。誤差は二十メートルまで許す全部撃て!』
夜空に煌めく射撃魔法が展開され、光の嵐を連れて地上に襲いかかる。戦姫に比べれば規模は遙かに劣るが、男性魔法士にしては強力なものだ。
「はーい撃つ撃つー」
「え、あれ、なんで勝手に」
「魔法詠唱よーい……はいそこ」
アリツィアに言われるがままに撃てば、青い光を放ちながら飛んだ魔法弾は指示されたポイントに直撃。歩兵部隊を吹き飛ばした。
「めいちゅーつぎー」
魔法の照準が勝手に動く。蒼月はただ魔法の処理をしつつ発射のトリガーを引くだけで、遠くの見えないところで人が死んでいく。
『……やけに精度がいいが』
「いーじゃん?」
『ま、問題はないからいいか』
流されるままに撃ち続け、夜明け前には掃討戦が終わっていた。