ブルグント北部戦線【Ⅲ】
喧嘩を売られて数秒。
「やるってんなら手加減しないが、死ぬ覚悟はあるんだろうな」
ビクビクと痙攣するバカを踏みつけながらバチバチと絶縁破壊の音を鳴らす。
持っててよかった魔改造スタンガン。
「お、おい? ミナ、その人は」
「リオン隊の戦姫様だろ、それがどうした」
「殺されるぞお前」
「大丈夫だ何回か撃墜したことあるから」
「……いやバカ言ってんじゃねえよ、真面目な話だよ」
「そんじゃお前がやったことにしとくから殺されてこい」
スタンガンを渡されて押し返そうとするが、ちょうど出てきたリオンが現場を現認する。証拠は揃った。
「やっ違うんすよ! 俺じゃない!」
「……懲罰房行きでいいですね」
汚物を見るような目に怯んだ相棒は、スタンガンを落としてへたり込む。
「いやっ違う、俺じゃないミナが」
男が女に手を出した? そんな事があれば問答無用で死が待っている……のだが、リオンが痙攣するバカを魔法で拘束して浮かばせると、呼び寄せた憲兵隊に引き渡してしまう。
「うちのバカがご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「で、もう一人のバカを今から捕まえに行くと」
「そうなりますね。よろしくお願いします」
神姫がただの傭兵に頭を下げるという、あり得ない光景に相棒は固まっていた。
「交換条件、いいか」
「なんでしょうか」
「こいつ、白き乙女なんだが実戦訓練しろと命令されてる。少し塹壕戦をしてもいいか」
「構いません。私たちがこれから向かうエリアは戦場です、戦闘行為は私の責任の下で許可します」
昼前に押し返したエリアから東。
ブルグント軍が受け持つエリアはかなり攻め込まれていた。すでに敵の地上戦力は機械兵と戦車に加え、その更に後方には塹壕を埋めるため、ドーザーブレードを装備した重戦車が控え歩兵部隊も進軍してきている。幸いまだ制空権は奪われていないらしく、ガンシップやヘリなどは仕事をしていた。
遠くの空を見れば航空魔法士隊と飛行兵団が空戦を繰り広げ、地上では砲撃戦だ。銃や射撃魔法を使った戦闘もちらほら見えるが、まだ距離ある。
「なんか一箇所だけやけに早いな」
塹壕から五百メートルほど内側を障壁を張り巡らせて歩いていた。
「あぁ、あれは若い新人です。彼は急速射撃でしたら分間二十五発は撃ちますよ」
「普通は急いでも冷却考えて十発だろ。砲身がダメになる」
「武装強化型の魔法士です。評価試験では見つけづらいのですが、今年は二人ほどいまして私がもらい受けました」
「へぇ。もう一人は」
「それは……五月に北極での任務で戦死しまして」
「もしかして、カルロ二等兵か」
「そうです。知っているのですか」
「まあ、少しな。あのタイプは閉鎖空間、とくに基地の攻略じゃ役に立っただろうに」
「私もその考えで引っ張ったのですが、どうにも作戦指揮官とは意見が合わず……悪いことをしました」
「何があるか分からないのが――発煙、来るぞ!」
遠くで煙が見えた。砲の煙、すぐさまリオンが障壁を展開する。
「蒼月、弾道を予測して着弾前に受け止めろ」
「えっそんなこと無理」
「防御専門が出来なくてどうする」
「でも」
「失敗してもリオンの障壁がある。やってみろ」
「えぅ」
「やれ!」
背中に触れ、腕を空へと向けさせる。
空に魔法の干渉が始まり、障壁が広がる。目測での魔法展開はズレて当たり前、よくて一割程度を受け止めたらいいだろうと思っていると三割程度が空中で衝突して炸裂。残りが降ってくるがリオンの障壁が受け止める。
「やりますね、訓練すればいい盾になれますよ」
「でも、止めきれなかったし」
「その辺は感覚のズレを矯正するか、魔法の改良だな」
話している間にも一箇所だけすぐに撃ち返している。
「早いな、観測手は」
「彼には専属で一人ついています。ただ座標指示はせずに視覚共有ですけど」
その割には、精度がよすぎる。撃たれていて、弾着に備えて防御態勢を取らず怯えるでもなく敵の位置に狙いを定めすぐさま撃ち返しほとんどが直撃。脅威だ。
「優秀なペアだ」
「もし、敵として戦場で会ったときは見逃してくれるとありがたいのですが、ダメですか」
「気分次第だな。セントラで一人やった時は、追撃命令無視しただけだからリオン隊は生き延びただけだ」
「なぜそれだけの実力がありながら傭兵などしているのですか。あなたならすぐにでも戦姫クラスと」
「前例がないし、今はまだこの常識は崩せない。白い悪魔と霧の魔術師だけ十分だ」
ガンシップが位置について、火力支援を始めると塹壕から飛び出して進軍していく。戦線を押し返して、セントラが撤退すればここでの戦闘は終わるが今回のそれは長引いている。セントラの投入する戦力が機械兵と無人機部隊に変わっているからだ。人的損失が減っている分、運んできた戦力で粘れば後続部隊の追加がある。
「しかし、居ないな」
「どこまで逃げたのかは知りませんが、捕まえたら人事部と話し合いです」
案外、塹壕の中に横穴掘って隠れていたりとか思うがその程度ならすぐに見つかるからやらないだろうと否定する。
「ラクラウド中尉の下に付けるのが手っ取り早い気がするが」
「先日打診しましたが拒否するとの一言だけ返事が来ました」
「胃に穴が、とか言ってなかったか」
「言ってましたね。男性で中尉まで上がってくるのは珍しいことですし、女性ばかりの上層部に食い込んでくれるといいのですが……」
「その前にストレスでダメになるぞあれは」
「そうですね」
と、不意にリオンが敵陣の方を向いて障壁を展開する。
「なんだ」
「嫌な感じがしたので」
「嫌な感じ……このノイズ、魔導エンジンか」
目をこらせば本当に嫌なものが見えた。ミサイル、それも――
「伏せろ!」
直撃寸前でリオンを突き飛ばし、魔力と神力を散らして大爆発を起こす。
衝撃で目と耳がやられ、破片が掠めたのか地面に叩き付けられた。
「くそっ」
すぐさま術札を使い回復、砂埃の中で蒼月の叫ぶ声が聞こえた。被弾したダメージで叫ぶなんてみっともないと思いつつ、寄っていくと血と肉片を浴びて赤く染まった蒼月がパニック状態になっていた。
「ったくこの程度で」
「ヤアァァァッ! アアァッ!!」
暴れる蒼月を押さえつけ、額に触れて術式を展開。〝調整用〟だが意識の強制シャットダウンや洗脳、各種の書き込みにも使える。
やむなしと判断して人格構成の部分から一通り干渉、書き換えを始める。スズナやレイア相手にやり慣れていることもあるし、刷り込みの浅い〝人形〟程度なら抵抗も弱いからとほんの数秒で最低限の設定変更が終了する。
砂埃が晴れないうちに終わって、放すと口元を押さえてうずくまって吐いた。新兵にはよく見られる光景だが、戦姫クラスがこれでは……。
「そちらは、無事ですか」
「これから確認する」
空気を操って砂埃を吹き飛ばし、怪我がないことを確認して死体を一つと泥塗れのリオンを確認。近くには青い魔力結晶がいくつか突き刺さっていた。
「一人死んだ、怪我はない」
「死ん――うっ……」
頭に直撃したのか、首から上は砕け散って蒼月にぶちまけられ片腕もなくなっている。血が噴き出しているが、すぐに生きていた名残はなくなる。
「どうした? 頭のない死体は初めてか」
血など気にせずタグを取る。
「い、いえ……その、残念です」
「どうでもいい、男は消耗品だろ。サイト18ミナからCP、バディ死亡、タグは確保した」
『サイト18、任務を継続せよ』
「了解。……それじゃ、行こうか。蒼月、立て」
無様に吐き戻して泣いているのを分かった上で無理矢理立たせ、水弾を叩き付ける。
「使えないやつは要らない。ついてこい、殺すことを躊躇うな。躊躇えば、その時は自分が死ぬだけだ」
「やりすぎでは」
「嫌になって逃げるならそれでいい。そもそもこいつは戦闘向きじゃない」
「でしたらなぜ連れてきたのですか」
「いつも守ってやれるわけじゃない。だから自衛の力くらいは付けてもらわないと困る」
「だからと言っていきなり戦場はやり過ぎです。訓練課程は修了しているのですか」
「新兵同然、もしくはそれ未満。それでいて……セントラの死神を知っているか」
「はい、すべてを分かっているかのような動きで攻撃を躱しナイフ一本で襲ってくる若い兵のことですね」
「そいつ相手に何度もぶつかってるが生きてる。戦えないわけじゃない、ただ、躊躇いがある。人として超えてはいけない一線、しかし戦場に立つ以上は超えなければいけない一線をまだ超えることが出来てないんだ」
「それがあなたのやり方ですか」
「そうだな、他に回せって言ったら押しつけられた」
「あなたの初めては……無理矢理体験したから他人にも酷なことをさせるということですか。人を殺めると言うことは」
「最初は空中投下で砲撃戦の中に落とされた、装備なし武器なし魔法なし味方なしでだ。無敵になれとは言えないが、理不尽をねじ伏せるだけの力は持って欲しい。無理なら戦場から遠ざける、そのための〝評価試験〟でもあるんだよ、これ。使えないから辞めさせろ、戦場に近づけるなって、な」
「……分かりました、そちらのことには口出ししません。それで、どうです、居ますか」
「反応なし。飛行制限は」
「ありません、飛びますか」
「その方がいいかもしれない」
そうして、探し回って暗くなる頃には諦めて撤収した。どういう隠れ方をしているのか、索敵魔法には一切反応がないし塹壕から先の足取りはまったく不明。とりあえず今日の所は解散と言うことで終わったが、明日はどうなることやら。
「蒼月、お前はあっちだ」
前線基地に戻って分かれようとしたら、後ろから服を引っ張られた。酷い臭いだし泥と血の汚れがこびり付いている。
「一緒にいたい」
「こっちにはシャワーもベッドもねえ、野宿だぞ」
「いい」
「……はぁ」
まあ、真横で人が死んでその中身をぶちまけられたら相当なショックだろう。少しぐらいは我慢しようと思う……凄まじい悪臭。恐らく本人は臭いになれてしまって気付いていないが、片腕にしがみつかれるとむわっとした生温い腐臭が感じられる。嫌な臭いではあるが、作戦中にイノシシやらシカを仕留めて捌くことがあるから慣れている。
指揮所を兼ねるテントに顔を出すと、すでに指揮官の机にはかなりの数のタグが並んでいた。
「これで二十三人目だ」
「次の補充はあるのでしょうか」
「確認中だ。引き続きブルグント軍の任務に当たれ、ミナ上等兵」
新しいタグを差し出される。
「昇格ですか」
「昼の戦果が認められた。兵長まで上がるはずだったが、飛ばしすぎはよくないとのことでな」
旧いタグを返し、新しいタグを首から下げる。
「してミナ上等兵、その女は」
「端金で引っかけた娼婦です」
「ベッドもシャワーもない、やるなら物陰で励め」
「了解」
明らかに違うよな? という目で見られたが、そう言うことにしておかないと面倒くさい。それにそう言うことにしておけば覗きに来る連中はいなくなるだろうという希望的観測もある。
テントを出ると補給物資を受け取って昼と同じ場所に腰を下ろす。コンテナの置き具合で、こちらからは見えるが人通りがある方からは見えづらい。
よくあることだ、朝一緒にいて、夜にはもういない。死体の山に積み上げられた一つになって、焼却待ちだ。セントラなら、場合によっては食料になってしまうが。
「食え」
「いらない」
「その身体はすでに人間と同じだ。神力では動かず魔力だけでは維持が出来ない。食べ物という燃料がなければやがて動かなくなる」
「……スコールは」
「不必要だ」
「私も、いらない」
「だったら寝ろ。明日は側面から強襲して戦線を押し返す」
バックパックをまくら代わりに地面に寝転がって、目を閉じる。
今日のあの状態では夜の間に攻め入られてしまうだろう。人が居ないのなら、休息の必要がない機械に任せてしまえばいい。
「神力、ちょっと分けて」
「こんなところでやると探知される」
「……していい」
「あ?」
「せ、性交渉……していい、から」
「直なら確かに探知はされにくいが……」
「初めてじゃないから、でも、うまく出来ないから、その」
「分けてやるのはいいが、何する気だ」
「天使の力、使う」
「……一応言うが、第八位でも下手な使い方したら半球焦土になる」
スズナですら制御して災害が起こせるのにあれでなお戦略級。制御出来もしない力を暴走させたら星が砕ける。
「だから、私にやり方教えて」
あれこれ考えて、書き換えすぎたかとも思いつつやってみるかと考え直す。
「来い」
血と汗と泥と。汚れたまま抱き合って、蒼月に干渉を始めた。