ブルグント北部戦線【Ⅰ】
十二月二十一日。
「あーあー楽な任務かと思えば捨て駒上等の照準器代わりとは、生きて帰れんのかこれ」
「喜べ昼には白き乙女の部隊が派遣されてくる。それまで生き残りゃ、後はベースに帰って不味いレーションが食える」
砂色の迷彩服とハンドガンタイプの補助具が二丁。そして弾丸なんか余裕で貫通してきそうなくらいに薄いヘルメットとおもちゃかこれ、と思える暗視ゴーグルと照準器。
航空魔法士向けの装備じゃねえよと、不満はあるが我慢して飛んでいたスコール……現在はファラスメーネ所属で〝ミナ〟と言う名を使っている彼はスズナから嫌な仕事を押しつけられていた。
「見えた」
相方が進行してくる敵地上部隊を捉え、照準器にその位置を映す。曇り空の下、雷に打たれないか少しビクビクしつつの任務
セントラ軍。地上の主力は機械兵で空中には武装の組み合わせ次第で様々な任務に転用できるエアリアルフレームとエンブレイスを装備した飛行兵。戦車がちらほら見えるが、先行してくるのは囮の張りぼてだろう。
「サイト18からカノン02、サイト18からカノン02。座標送信、確認せよ」
すぐさま受け取ったと信号が帰って来る。
「空から敵をマーキングしてればいいって言われたけどよ……」
「見つかったら対空砲で吹き飛ぶのが落ちだが、幸いなことにすぐ上には雲が」
ゴロゴロと。
「訂正、雷雲がある。逃げ込んで黒焦げか降下して蜂の巣か」
「どっちも嫌だぜ」
砲弾が飛来して敵部隊を吹き飛ばす。
『サイト18、状況報告』
「命中、命中。続けてマークする」
担当エリアの敵の動きを予測して、次々とマーカーをセットする。ジャマーが効いていて空には雲、衛星の目がないのにどうやって照準しているのか。勘で撃ってきているとそんなことを考える敵は少ないだろう。
「おいあれ」
「対空戦車か」
「雷雲があるつっても見つかるぞ」
「サイト18からCP、サイト18からCP。こちらの担当エリアは間もなくクリア、指示を請う」
頼むから待機とか言ってくれるなよ。こんな寒空でしかも地上には対空戦車、しばらくしたら敵の航空戦力が来る。さらにオマケで雷雲の真下とかいつ死んでもおかしくない。
『第二ラインまで後退し空中待機、指示を待て』
「だとさチクショウめ」
「撃たれる前に下がるぞ。アレだけやればこっちの楽な任務は終了だ」
身を翻し下がっていくが、そう甘くもない。
「通信にノイズが」
「雷の影響だろ、或いは――」
雷雲から飛行兵が飛び出してきた。
「散れ!」
相棒を突き飛ばし雷雲に飛び込む。銃弾が掠めるが、雷雲の中では飛行兵のレーダーは通らないし、直接目で捉えることはまず不可能。
「サイト18からCP、敵飛行兵コンタクト規模不明」
『交戦し足止めせよ』
「二人で足止めしろと? 増援を寄こせ」
さっき飛び出してきただけでも六機。見えた兵装はライフルだが、対魔法士用に貫通力が高くしてあるものだろう。隠れる場所があっても遮蔽物が何もない空では分が悪い。
雷の音を聞きながら雲の上に出るが、返事は来なかった。
「あーまったく」
追いかけて飛び出してきた敵機は二十。たかが一人を、ではない。敵の目を潰してしまえば脅威がなくなるし、今ここにいる飛行兵の役目は地上制圧ではなく観測手を落とすことだ。
「よかったなぁお前ら、周りに目があるから本気は出さないでやる」
敵を確認して雲に潜り姿勢を反転。数秒して再び雲の上に出て射撃魔法を乱射する。下に逃げたと思って追いかけた連中を背後から撃つ。この程度で墜ちてくれるほどの敵ではないだろうと、待ち構え、そして一人目。飛び出してきたそいつに突撃して、顔面目掛けて手を伸ばす。殴るのではなく、バイザーを破壊してその両目に指を突き立て、アーマーの上からでも十分に通用する急所に、股間に蹴りを入れてライフルを奪って蹴り飛ばす。
ただ撃墜するよりも、叫び散らしながらパニックになって予測の出来ない動きをする方が邪魔だろう? 甚大な後遺症が残る攻撃は禁止されているが、そんなもの守るやつの方が少ない。レーザー兵器で目を焼くのはダメ、だからなんだと平気で人の目を焼きに行くし、潰しに行く。
「そーら直撃だ」
向かってきた飛行兵に向けて魔法弾を放ち、脳天に直撃させヘルメットが弾け飛ぶ。
「次は」
回避機動に移ったそいつから意識を放してライフルのセレクターをバーストへ。向かってくる別の敵機へ撃ちながら距離を詰め、ある程度まで近づくと瞬間的な加速で取り付いて膝で顎を蹴り上げる。通信機を奪い、マガジンとライフルを奪って、スロットルをマックス位置で固定して、肩に銃口を突き付け斜めに、肺を撃ち抜いて離脱。
「何をしている、捨て駒だろう。人間は資源、そして能力的に劣る男は使い捨てが基本。恐れるな、味方ごと撃てよ」
通信機を投げ捨て、動きが分かれた敵の背中に向けてフルオートで放つ。当たらなくていい、威嚇だ。逆に近づいてくる輩は、ワザと射線上に飛び込んで自らの姿でその先にある物を隠し、撃った瞬間に加速して躱し同士討ちを誘う。
男性魔法士なんて飛んで射撃すればそれで手一杯というのが常識で、それに加えて幻影や追加の加速魔法なんて使えないと思っているセントラ兵が多い。使えても長続きはしない、息切れを狙えと攻撃してくるならそれはそれで結構、こちらの手数が増えるだけだ。
ヘイトを引きつけ躱すだけで敵が減っていく。
「あぁ、楽な仕事だ。退路確保のためだけに待機ってのは」
「聞こえてるーほんと人使いの荒い人だよこいつ」
距離を取っていた飛行兵を蹴散らして竜人族の一団が飛んでいく。その中から一人が近づいて来た。
「ごめん、逃げられた」
竜人族の元王女様だ。
「追い払えただけで上等だ。あの巫女とは相性が悪い」
「こっちも大変だけど、向こうも向こうで大変だし……ちょっと休暇申請したい」
「休暇はいいが、何があった」
「別にースコールに頼るほどのことじゃないから。あっ別問題なんだけど、アキトのクローン叩き潰していい?」
「却下だ」
「ケッ」
「そっちはなにがあった」
「やらしい目で見てくるからさー」
裸エプロンみたいなあんたの格好が原因だろ、とは言えない。
「……ほどほどにな」
「やっていいの? マジで?」
「殺すなよ」
「あーそこは大丈夫。確かリナが敵の振りして潜り込むって言ってたよね」
「そうだな」
「よぉし……筋書きは出来た」
「あまりやり過ぎるなよ」
「だいじょぶだって。ちょっと暗いところで斧で脅かすだけだから」
「…………。」
その斧が、片手で持っているハルベルトなら脅かし程度で終わるのだろうか。戦闘機をすれ違いざまに切断する馬鹿力で挽肉にするんじゃないだろうか。
雷雲の中に飛び込んで姿を消していく竜人族を見送って、さて指定ポイントまで行くかと降下する。雷雲を抜けると何やら興奮気味の相棒がすぐに隣に並ぶ。
「生きてたか」
「すっげーよ竜人だぜ、俺初めて見た。さっき飛んで来てセントラの連中あっという間に蹴散らしてよ」
「よかったな」
「お前も見たのか? すごかったよなー。で、そのライフルは?」
「てめーが遊んでる間に上で戦ってんだがな……監視の目がないからスコアに計上できねえし」
「衛星があり……っても雲もあっただろうし、あーぁ残念。何機落としたんだよ」
「十数機。まあ戦利品があるだけよしとするか」
「嘘だろ?」
「ライフル二丁も奪ってるんだが」
「え、二機じゃないのか」
「どうでもいい」
「おーいおいおい、マジでやったのか」
証拠はないし無用な言い合いをして疲れるのは嫌だしと、指示された場所までさっさと飛ぶ。その後は援軍要請に備えての暇な空中待機。寒いし退屈だし無駄に疲れる。
昼前には戦闘が収束してRTBのコールが掛かった。