冬【Ⅹ】
十五時過ぎ。
買い物を終えて帰って来たレイジはすぐにキッチンに立った。掲示板に目を通せば好き勝手書いてくれているが、どれもこれも十分に用意できるメニューだ。
「もうご飯の準備ですかー」
「そうだ、手伝え」
「はいー」
食材を広げる横で、エプロン姿に早変わりするヒサメ。雑用全般任せて、不満は出たらしいが問題はないだろう。少しくらい自分らでやって欲しいと思いつつ、まずはパスタの生地から作っていく。
「パンでも焼くんですか」
「パスタだ。ヒサメは……そのメニューのこっからここまでの下準備頼む」
「了解です」
せめて系統揃えてくれ、そう言いたくはあるが料理は嫌いではないしやればやっただけ上達する。国を跨いで全方面、多岐に亘って書かれているが手の込んだものは作らない。混ぜるだけ、和えるだけとかカレーとただ一言書いてある場合は小鍋に材料放り込んでカレールーを入れるだけでいい。
「あっ、エビの殻は使うからくれ」
「殻でスープですか、それとも炒ってカリカリにして食べますか」
「パスタソースに使う」
「食べづらくないですか?」
「殻ごと食う方向で考えんな、出汁取り……で、それは?」
タマネギの皮とか人参のヘタとか皮、他にも可食部位以外を鍋に放り込んでいた。
「なんちゃってブイヨンですよー。ゴミ漁ってるとけっこー作れるんですよねーこういうのーふふー」
「……なるほど、それはありか」
一緒にやってると、固定されていた考えが壊されてそう言う方法もあったのかと思いつくからいい。戦闘時は別だが、こういう所ではいい。
そんなこんなで生地を作って、小さく切って菜箸に巻き付けて自家製マカロニを作る。パスタマシンがあれば楽だが、手作りもコレはコレでいい。
「へぇーそうやって作るんですね」
ヒサメが横から覗き込んで来た。自家製パスタなんて作る人はもうこのご時世ほとんどいないから珍しいだろう。
「基本だけ出来れば後は思いつく限り何でもだ」
と、不意に足元に凄まじい冷気が流れ込んだ。
「仲がいいわねーお二人さん」
その声にビクゥッと震え、すぐに距離を取って手元に集中する。
「ねぇレイジ君、カスミちゃんとノインちゃんがいないんだけど」
「…………。」
「言いなさい」
「カスミはスコールが刺した。ノインは敵だった、スズナを怒らせて内部的に壊そうとしてたみたいだな」
「詳しく言いなさい。また省いてるでしょ」
「……はぁ。ノイン含む新人どもはあのまとまりでほぼ敵側の工作部隊。紅月が交戦中、説得しながら遅滞防御してるが……」
時計に目をやって。
「あと六分くらいでアカモートの広域が」
「レイジ君ちょっと来なさい」
「晩の準備が」
「いいから来なさい」
ぐいぐい引っ張られて寮の裏手に連れて行かれる。
「ヒサメ後は頼んだー」
「はーい」
まさかいまから転移して制圧してこいと言うことだろうか。そんな面倒なことしたくない、敵なんだから撃墜すればいいと思う。
「行くわよレイジ君、目標は全員連れて帰ること、いいわね」
「殺さなけりゃ怪我させてもいいんだな」
「構わないわ」
「ってちょっと待て」
血溜まりと、木の洞まで点々と続く血の跡。寮の壁にはカスミを貫通した刃の痕。
「それは」
「スコールが言うにはここでカスミを刺したらしいが……逃げたか、誰か運んだか」
「私にアラートは来てないし、ネットワークにはまだ登録されたままよ。生きてるわ」
「……蒼月は待機中だったな」
「そうね」
「蒼月! 出撃準備、二分で支度しろ!」
二階向かって言うと、ドタバタ音がして三十秒で出てきた。私服にダブルブレードと補助具だけの装備だ。
「じゅ、準備できました」
「よろしい。これより桜都防空ラインで哨戒中の紅月隊へ対し攻撃を仕掛ける。攻撃目標は紅月を除く隊員すべて、ただし殺害は許可しない。これの制圧が終わり次第、緑月の捕獲へ移行する。内容は以上だ」
「了解です」
「レイジ君? 指揮権私にあるんだけどー」
「それが?」
「……もういいわよ、好きにしなさい」
魔法を準備して木の洞に飛び込んで、冷たい風が吹き荒れる空に出た。前方一キロで戦闘が行われているのが見える。新兵にしては……と言うより、あれは訓練された兵士の動きだ。囲んで常に攻撃して休ませない。訓練飛行という形で何度も飛んで紅月を観察していたのだろう、飛行のクセを突かれてかなり押されている。
「何やってるのよ紅ちゃん」
「スズナはあまり前に出るなよ、身体に障る」
上を見上げ、敵味方の管制が目視範囲にいないことを確認。
「さぁて始めようか」
レイジから白い光が溢れ、光弾が形成される。射出と同時に敵の動きが変わる。気付くには早いが、反応を示してくるには遅い。管制役がいる、囲むように動いているが常に上を飛ぶ者が入れ替わりで管制か。
「なかなかいいパックだが、経験が浅い、若すぎるな」
最高速で紅月へ衝突コースで接近し、曳航ラインに引っかけて離脱、上昇。遅れて光弾が到着し、敵の追尾を妨害する。三人ほど後ろに着いたが、神力を散らしてやるとすぐに魔法を使えなくなって落ちていく。
「この程度に何やってる」
「さすがに死なせてしまうのは不味いと思いまして」
「スズナから命令、全員連れて帰ること、だとさ」
「分かりました」
「とりあえず神力で魔力を中和して落とす、拾って回れるか」
「その程度でしたら余裕です」
「じゃあ頼んだ」
曳航ラインを切って加速しつつ光弾を創り出す。風を操って飛びつつ、神力を用いた攻撃術式を詠唱する。普通なら出来ないし、下手すれば大爆発を起こして大怪我だ。
振り返れば紅月はパワーダイブして落ちていった連中を回収に、その向こうを見れば立て直してフォーメーションを組む連中、蒼月の姿が見えないが。
『レイジ君戻ってきて!』
「どうした」
『蒼ちゃんがピンチ』
「何やってんだ新兵相手に」
このまま距離を取って再び仕掛けようとしていたが、キャンセルしてマークされた場所に向かって加速。かなり低空に追い込まれている。背後に三人、上に三人、それぞれから射撃魔法を受けて障壁で弾きながらも回避機動を続けている。
「バイタルは」
『パニック状態よ、ショートしかけてるわ』
「あんの……!」
役立たずが、とまでは口にしなかったが本当に月姫に選ばれた理由が分からないほどに弱い。障壁で受け止めるのではなく弾いて逸らして、狙われて撃たれていると状況下で怖がって撃ち返せないのは男性魔法士ではよくあることだし、レイジにとっての戦場の当たり前だが月姫が、戦姫がそれでは困る。
クロード相手に戦闘訓練させればそこそこやれるというのに、なんであの死神より程度低い連中にやられてしまうのか。一対一ならやれるけど、相手が増えた途端に追跡しきれなくてパニックになるのか。
「フブキ」
名を呼べば手に凍てついた手裏剣が姿を現す。
追い抜いてその進路上、海に叩き付けて急上昇。海中で光ったかと思えば炸裂し、巻き上げられた海水が蒼月たちを包み込んで瞬時に凍結。
『アイズからイリーガルへ、目視範囲に捉えた』
「呼びつけといて悪いが緑月を探してくれ」
『それについては報告がある。トキカワが連れ去った、追撃に回したムニン、フギン両隊は全滅』
「やっぱりか、そっちは放っておけ。データリンク」
『……リンク確認。作戦内容、紅月隊、隊員の捕獲』
「それでいい、頼むぞ」
ロールして上を見ると射撃魔法を構え急降下してくる影が見えた。
「直線軌道は読まれやすいぞ、と」
いつの気分で射撃魔法を三連詠唱して勘で偏差射撃しようとして、
『殺しちゃダメよ!』
あぁそうだったと、一度キャンセルして威力を控えめにして再詠唱。二連、魔法弾は回転弾、時限式で途中で子弾を放つ。単装砲のCIWSを真似たタイプでコストの割に威力が低く、命中率は高いがそこそこやれる魔法士には障壁で確実に防がれるから採用されない。
勘で変数入力して発射、回避軌道を取られるが関係がない。数秒で単発発射の魔法弾が弾幕に変わって様々な角度から襲いかかる。
『進路姿勢そのまま、四、三、二、一、今』
言われた通りに撃つとアイズに追い込まれた五人に直撃して落ちていった。
「ほんと、優秀なサポートがいれば楽だな」
『だからといって任せないで。イリーガルの方が広い視野で指揮できる』
「戦域で見ればアイズの方が個別指示が出来るだろう」
『得意分野の違い』
上空をアイズが通り抜け、落ちていく連中を回収する。
『これで全員』
「オーケー、紅月、曳航して帰れ」
指示を飛ばして、旋回。いい加減、氷を砕いて脱出しているだろうと思えばまだ脱出できていない。砕きに行くかと思った矢先、曳航ラインが打ち込まれて氷塊ごと紅月が持ち上げて引っ張っていく。
「RTB、でいいな」
『そうね。珍しくすんなり終わったわね』
「アイズ、周辺に敵影は」
『桜都所属のPMC以外は確認できず。それとクレスティア、白月がクロードに対する強姦で起訴されたがそちらとしてはどうする』
『……そちらにお任せします』
『了解した。RTB』
飛び去って行くアイズを見送って、スズナを先頭とする編隊に追い付く。
新兵相手の戦闘でスコアゼロの蒼月は実戦投入出来ない。こんな実力で放り込めば男性魔法士との撃ち合いで死ぬ可能性すらある。
「スズナ、相談なんだが……」
「何かしら」
少々荒っぽいが、危険で安全な戦闘に放り込んでやろう。二日か三日でそこそこ仕上がるはずだ。