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冬【Ⅸ】

「あー寮長泣かせたー」

「スコール兄さん容赦ないねー」

 結局、スズナは隅っこで足を抱えて座り込んでしくしく泣くことになった。なんだか借金漬けにされ始めているが、このままだといつ借りを返せと言われるか怖くて仕方ない。

「見た目変えてないのによく分かるな」

「だって雰囲気全然違うじゃん。レイジ兄さんよりトゲトゲしてるって言うかー、なんか違うんだよねー」

「そんなもんか」

「そんなもんだねー。あ、晩ご飯マカロニグラタンチーズ大盛りきぼー」

「掲示板に書いとけ、後で買い出し行ってくる」

「やったぜいえぃ!」

 さーて、二人逃げたがどこ行きやがったと探し始める。

「イリーガル、そっちは」

『バインド受けて生き埋めだな。しかもリオンと抱き合わせで。そっちは』

「とりあえず借金漬けにして泣かせた」

『……なんでそうなったかは聞かない。と、して、紅龍隊はどこだ。合図は』

「セントラ機相手にやりあってたはずだが」

『見当たらなかったぞ』

「離れすぎたんだろう、なんとかしてくれ」

『フェンリアのバインドって解けるか』

「時間経過で解けるの待つしかない。固すぎる」

『……しばらくリオンと二人きりか、嫌だな。通信終了』

 スワップしろと言わない当たり、しばらく帰りたくないんだろう。

「仕方ない、か。ヴァルゴ、カスミとノインを〝敵〟としてタグ付け、位置を出せ」

 端末のマップに表示されたのは半径五十メートルで寮の裏手にカスミ、二キロでノインが沿岸部、走っている。

 スコールは、()()()の部屋に入ってライフル型の補助具を手に取った。インストールされているのはレイア専用の分解魔法だが、プログラムを入れ換えればセミオートの魔装銃として使える。

 神力を流してセキュリティを破壊、頭の中に記憶しているプログラムを魔力の信号に変換して書き換える。

 窓を開けて下を見れば、霜焼け……ではなく凍傷を治しているカスミが見えた。寮の中でやればいいのに。

「うわっ!?」

 カスミの目の前に飛び降りたスコールは、喉元に銃口を突き付けた。ゼロ距離なら魔力の壁は意味を成さず、障壁魔法も展開しづらい。

「な、なにっ?」

「今殺されるか、後でイリーガルに殺されるか、好きに選ばせてやる」

「何のこと言ってるの、私は言われたとおりに〝敵〟の中に潜り込んで」

 グッと、銃口を押しつける。

「隷属の鎖で二重に縛ってたはずだがな、誰が解いた」

「うっ………それは」

 焦っているのが見て取れた。黄昏の領域でイリーガルがかなり強めに制約を打ち込んだはずだが、それが綺麗になくなっている。ついさっきのことで、もうなくなっている。一体いつ、誰が、どうやって解除した? 

「でも私は」

「あの弾で撃てと、そう命じたはずだが」

「……やっぱり、無理だよ。撃てない」

「情が移ったとかそういうのならもうお前は不要だ」

 銃口を離すとその場に崩れ落ちて泣き始めた。なぜ泣くのか、まったく理解できない。

「一緒じゃなかったら撃てたよ、でも一緒にいたから、撃てないよ」

「そうか」

 ザクッと嫌な音がした。

「あっ……」

「不要だ」

 カスミの胸を刃が貫いていた。

「ヴァルゴ、ノインの位置を出せ」

 確認して、木の洞に飛び込む。イリーガルは甘すぎる、後になって邪魔になるようなら早い段階で処分してしまう方が良い。数打ちゃ当たる、あたればいいが、やはりまだ人としての当たり前を捨てきれないやつにまで仕掛けるのはダメだ。味方の振りして近づいて殺せ。それが出来ればと思っていたがカスミには無理そうで、情が移ったとかそういうのなら今度はそいつが〝敵〟になる。戦姫クラス、それも超長距離砲撃が出来るともなれば凄まじく厄介だ。警戒ラインの向こうから撃たれたらどうしようもない。

 転移して、桜都で一番大きな桜の樹の上に放り出された。

「あぶっ――」

 枝が目に突き刺さるすんでのところで回避して、幹に捕まる。あちこち擦りむいたが致命傷は避けた。下らないミスで再生不可能な臓器を失うとかバカすぎる。ビビったのか心臓の鼓動が激しくなるが、深く呼吸して大丈夫だと身体に言い聞かせる。

 ふと、心臓刺した程度じゃ治癒魔法で助かる可能性がある、首落とせばよかったなと思う。

 だが今更帰ろうにも自前の転移魔法はない、飛べない。

 さっさとノインを〝始末〟して北極に遊びに行こうかと思えば、分かりやすい悲鳴が聞こえた。

「ちょっ、ちょ待――」

 大型トラックの衝突事故と聞き間違えるほどの音が轟いて、樹が揺れる。見下ろせば叩き付けられたアマギがドサリと落ちた。

「ちょっと面貸せや強姦魔」

「殴ってから言――」

 またも樹が揺れた。ミシッと、嫌な、樹の悲鳴が。

「おいおいおいとーじょーさーん? なんかマジギレしてないっすかー」

「アマギ、お前今日ここで死ね、殺してやるから消滅してくれ」

 おかしい、ノインの近くに飛んだはずが怪物二匹の殴り合いの現場に出たらしい。トウジョウが拳を振りかぶって、スコールは割って入った。

 飛び降りてトウジョウを蹴り飛ばし、ついでにナイフでアマギの喉を刺す。じたばたと暴れてナイフを抜こうと抵抗するが、捻って横に振り抜く。

「何だよいきなり」

「アマギを殺すのには賛成だが、桜に手を出すのはいただけないな」

「そうか、悪かった。首、へし折るつもりで殴り飛ばしたらたまたま当たっただけだ」

「……飛ばす先くらいしっかり確認しろ」

 雰囲気がレイジとは違う。それにはトウジョウもすぐに気付いて、警戒を露わにする。

「お前、誰だ。ミナガワじゃねえな」

 血を撒き散らすアマギを蹴り飛ばし、樹に触れる。ふわっとした、暖かい波動が伝わって桜が花開く。周りの芝生も白くなって枯れていたはずが、芽吹き、その波が周囲の桜にも伝わって本来この時期に咲くことがないはずの桜が開花していく。

「なんで十二月の二十五日なんだろうな」

「俺が知るかよ。ただ、その日に一斉に動くから、変なのまで寄ってくるんじゃないのか」

「それが、だ。なんで二十五日に動くのか謎なんだ」

「俺は知らない、それが答えだ。それよりお前は誰だ」

「忘れてくれたならそれで結構、教えない」

「教えろよ」

「じゃあな、あんたらに用事はない」

「あんたらって、俺一人しか……」

 振り返ればアンジョウとミヤケが向かってきていた。

 そう言えば、ついトウジョウを殺そうと思ったのは女の子が襲われていたからだ。……首に致命傷を入れられたはずだが、血痕だけ残っていて肝心の死体がない。逃げやがった、生きてるあの化け物。

「あっ、おい待て」

「なんだ」

「この子のこと知らないか。アマギに襲われてたから助けた――」

 刃の形をした魔法弾が煌めいて、瞬間的にトウジョウは障壁を広げて立ちふさがって――片腕が飛んだ。

「どけ」

「ちょぉっと待て、この子が何した? お前はなんで殺そうとする?」

「敵の可能性有り、だから殺す。以上だ……って、どこに消えた。ヴァルゴ、追跡は」

 ピーピーとスマホから音が鳴る。邪魔が入ったらしい。

「アリス、サポートしろ」

『ごっめーん忙しい。つーかちょっと生意気なトカゲどもとやりあってるから後にしてくんない?』

「…………。」

 あれ、おかしいな。戦闘空域の飛龍は三頭だけで全部脳天にミサイル突き刺して落としたはずだ。……だったら紅龍隊か。アリスが撃墜される未来しか思い描けない。

「あんた、どこの勢力だよ」

「レイズ側だ」

 サイレンが響く。到着が遅いのはヴァルゴが妨害してくれたからだろう。捕まるのは嫌だし見つかってしまうのも不味いと、さっさと逃げた。

 片腕切り飛ばしたが敵だし仕留めて置いた方がよかったかと、途中振り返って見ると魔法でくっつけている様子が見えた。綺麗に切断したことだし、癒着に問題はないだろう。

 で、そんなことよりどう探したものかと海岸沿いを考えながら歩いていて、ふとバカらしくなった。なんで探そうと思ってんだよ、と。ノインのお腹にはレイジとの子供が居るらしい。だったらそれを〝縁〟として辿ることが出来る。

 ソナーを打つ。

 そんなに離れていないだろうと思って、センサーに引っかからない程度に出力を押さえて放ち、数秒待つと反射波があった。

 大して離れていないが、嫌な反応が多い。

 足音を消して走って行くと閉じる黒いゲートが見えた。周りに残っているのは〝ヴィランズ〟所属の男たち、〝敵勢力〟だが雑魚に変わりはなく襲いかかった。

「ちょっと待ったー!」

 一人目を切断しようと刀を召喚した途端、見えない壁に遮られてぶつかる。

「うぉっ!? スコールか、逃げるぞっ!」

 男たちは一斉に転移魔法を発動して黒いゲートを開けて逃げていく。そっちはまあいいとして、邪魔してきた()()使()()を見上げる。今時珍しい、杖に乗って飛ぶ魔法使い。

「何のつもりだネーベル」

「ベインの頼みだから今回は堪えて」

「ノインをどうするつもりだ」

「へぇあの女の子ノインっていうだ」

「場合によっちゃ殴り込みだが」

「僕は聞いてないから知らないけど、ベインの事だし酷いことはしないはずだよ」

「そうか……じゃあ、殴り込みだな」

「なんでそうなるの?」


 ---


「ようやく抜け出せましたね」

「まったく、あのバカは……」

 下手に暴れてクレバスに落ちて、ようやくバインドが解けてなんとか這い上がった二人は雪山の上を飛行していた。

「先ほどのことは内密にお願いします」

「思い切り軍規違反だろうし、こっちも面倒なことになるから言わない」

「それと、あの、接吻も」

「事故だった、そう言うことで」

 向かい合わせの状態で縛られていたこともあり、あれこれ当たったが全部不可抗力の事故だ。

「そうして貰えると助かります」

 二人ともそう言うことにして、逃げたミナ中尉を探す。レイジにとっては紅月と同じような堅物委員長タイプかと思っていたリオンがあの程度で恥じらうとは思ってなかったものだから、後で少しストレス発散がてらからかって遊んでやろうかとも考えている。紅月だったら裸見られたくらいなら一切動じないが、こいつはどうだろうか。

『フェンリアからイリーガルへ救援要請』

 いきなり通信が入れば、座標が送りつけられてくる。四十キロほど離れた高空。

「リオン、音速飛行は出来るか」

「出来ますが、何です?」

「あのバカ見つけた。ついてこい」

 障壁展開、酸素維持、温度維持。加速、数秒で音の壁を越え、一直線に飛ぶ。到着まで約一分。

『え、曳航ラインを』

「なんだ、ついてこられないのか」

『マッハ2は無理です!』

「…………。」

 ブルグントの戦姫クラスってこんなものなのか? 脅威として少し盛って評価していたが、低めに見積もっていいかもしれない。減速して曳航ラインを伸ばし、リオンが掴んだのを確認して加速。

 出来ることなら月の勢力相手にやり合える性能が欲しい。問題は断熱圧縮による障壁魔法の耐熱限界速度。戦闘機なら熱に耐える複合材とその速度域で動くエンジンが必要だ。地球側で届きつつあるのは無人機部隊だが、月の勢力、RFFはとっくに届いている。航空機単体で宇宙まで行ってしまえるし逆も出来る。

「見えた……って、何やってんだ」

「誰ですかあれは」

 何やら空間の歪みが見えるが、転移魔法に割り込んで引き摺り出しでもしたのか。

「あー……あぁ、ベインか」

 魔法の糸で編まれた網に引っかかってじたばた暴れているが、ミナ中尉の作る魔法の糸は切れやしない。バインドですら時間経過で解けるのを待ったのだ、糸なら無理だ。

「獲った」

「獲った、じゃない」

 バシッと頭にチョップを入れる。

「でぇ、なんでノインまで」

「俺はまだ何もしてねえよ! つか到着早いなスコール」

「中身、どっちだと思う?」

「……最悪だ」

「ま、後は引き受けた、お前は帰れ」

 カチッと。

「あれ?」

「帰りますよミナ中尉」

「やだ」

「ダメです」

 手錠を掛けて引っ張っていく。抵抗すれば逃げられるだろうに、さすがに手首で引っ張るのは痛いからか大人しく引っ張られていった。

「つー訳で俺も帰――」

「逃がすと思うか」

「…………。」

 そんなことをしていれば転移魔法でスコールとネーベルが飛んで来た。

「ごめーんベイン。僕まだ死にたくないからさー」

 喉元に銃口を突き付けられたネーベルは両手を挙げたまま震えていた。

「さーて尋問といこうか。答えないなら殺す、言えば後はベイン任せだ。全部吐けノイン」



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