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冬【Ⅷ】

 正座して並んだ四人に容赦なく拳を振り下ろした。

 結果として、回数順で言えばスズナ、カスミ、ノインで窃盗複数回のヒサメについては別で事情聴取ということで大広間から追い出した。

「ちょ、レイジ……血ぃ出てない?」

「内出血ですむように加減してるから心配するな」

 外で聞き耳立てているいつもの連中には後で寮の雑用全般押しつけてやろう、言いふらすようなら追加で面倒な仕事を回そう。

「さてお前ら、吸い取った魔力はきっちり返してもらうからな」

 きょとんとしている三人に対して、まずやることがないから忘れている前提を一つ突き付ける。魔力補給の手段として男性から女性への一方向の魔力供給としての性行為があるということを説明した上で、概算で取られたであろう魔力分ほど吸い取る。

 スズナとカスミからは問題なく回収、で、ノインからは取ってしまうとほぼ空っぽになってしまう訳で少し手加減して回収。圧縮して黒い結晶にしてターミナルに放り込む。

「あなた魔石まで作れたのね」

「定期的に放出したいけど出来ないからこういうことが出来るようになるんだよ。で、だ。ノインは妊娠した、カスミ、お前は」

「わ、私は出来てないよ。だってエッチしても絶対に子供が出来るわけじゃないし」

「検査は」

「してない」

「検査してこいすぐにだ」

「うぅっ……も、もしさ、妊娠してたら」

「お前の好きにしろよ、ただし一切認知しないからな。ノインもだ」

 視線を向けると涙を零していたが、意識のない間に勝手にやって出来ました責任取って下さい。セントラではよく聞くパターンだ。男性から金を取るだけ取って子供は売り飛ばしてさようならなんて女性が結構いるらしいが、たまにニュースで桜都でもそう言うことあったというのはやっている。逆もまた然りだが……レイジは酷いとか言われようが一切聞き入れる気は無い。

 そもそも、スズナはいいとしてもカスミやノインの場合は大問題だ。年齢的、身体的に命の危険がある。それに産むよりもその後が大変だ。子育てが出来るのか、と。人工子宮サロゲートが一般的で自然妊娠なんてほとんどないこの桜都ではまずサポート自体が存在しない。

 大人になって結婚して子供が出来て――当たり前のようなそれでも、子育てはつらいものだ。まともに寝ることすら出来ずに世話をして、すこし大きくなればそこら中をはいはいで動き回るから片時も目を離すことが出来なくなって、二年も耐えれば今度はあれもこれもイヤ、イヤイヤ期の到来で。

 細かい事を言わなくても大変なのは当たり前で、それにこの二人が耐えられるとは到底思えない。しかも傭兵なんていう戦いという非日常で非常識な世界に沈み込みすぎている彼女たちではなおさら。

 始めから終わりまでベリーハードだ。

 無責任と言われようが知ったことかと、レイジは見切りをつけている。

「ねぇレイジ君」

「……嫌なこと言われる気がするんだが」

「言うわよ? 正妻は私として、もうこの子たち妾にしちゃいなさい。桜都の法律上は問題ないじゃないの」

「…………。」

 とんでもないこと言いやがった、と。確かに現在の桜都の法で言えば問題はないが一夫一妻が当たり前で、だいたい経済的にも立場的にも弱い男性に魅力がないからこういうことになることはあり得ないから前例もない。

「あのなぁスズナ――」

 さっとカスミが距離を取ったのに気付いて、隣を見ればノインが腕にしがみついていた。どうやらまだ感覚が正常化していないようだ。

「いや、です」

「ノイン?」

「妾は、スズナ隊長、です」

 反射的に、スティールではなくブレイクを選択。大広間が一瞬にして氷晶が煌めく凍獄に変貌する。破壊しきれなかった。カスミは大丈夫だろうかと視線を向けると、障壁を多重展開して凌いでいた。

「中古品は、正妻に相応しくない、です」

「誰が中古品ですって」

 レイズとの関係のことを言っているのだろうか? しかしノインにそれを話した覚えはないし、寮の中でそれを言うやつもいないはずだ。どこからその情報が伝わった? 可能性の一つして思考の片隅に保存して、状況の打開を演算する。本格的に爆発させたら桜都周辺の海域が凍てついてしまう。それに、ノインはそういう言い方するような子か? わざと挑発するような、殺されてもおかしくない状況を自ら誘発するか?

「ノイン、もうそれ以上は言うな」

 口を塞ごうとすると指を噛まれた。

「レイジたいちょ、に、ふさわ、しく、ない」

 バキッと音が響いた。どこかが凍てついて割れたな、水道管じゃないといいが。

「少し教育が必要なようねノインちゃん」

 ノインが涙をぽろぽろと落としながらレイジの後ろに隠れる。酷く震えているが、寒さより恐怖だろう。立っていることすら難しいのか体重をほぼレイジに掛けて、それでも目を背けることはしない。

 レイジはと言うと、あーあスズナがキレた、と。もう他人事のように思いながら、額縁の向こう側で起きている災害だと認識して意識を引っ込めた。どうやって打開しようかなーっと考え始める。

 ノインが何か言って、スズナが言い返して。災害に発展しそうな喧嘩が始まっているが一切認識せずに最良の行動を演算する。下手したらこれは死ぬ。正直戦場に出るよりスズナの相手をする方が怖い。

 殺すならともかく、制圧となるとレイジには無理だ。敵を排除すると言うことに関してはいくらでも戦闘方式の構築が出来るが、それ以外は能がない。

 一人ではどうしようもないと判断して、魔法通信を起動。

『スコール、ちょっと助けろ』

『こっちも助けて欲しいんだがな――クソッ墜ちる』

『スワップしろ。スズナ相手ならどうにか出来るだろ』

『こっちは紅龍隊連れてドッグファイトだ』

『逆撫でする事言うなよ、爆発寸前だ』

『分かってる、こっちは墜落寸前だ』

『んじゃ任せた』

 意識を手放す。観測されて縛られていても関係がない、存在を溶かして解放し、呼び込む。外見をそのままに中身だけ入れ換えることはあまりしないが、

「だ、れ?」

 ノインが尻餅をついていた。なんで気付いた、こいつ? スコールは露骨に警戒心を出して、敵意を向ける。それで気付いたのか、スズナも別の方向に機嫌が悪くなった。

「逃げ、た……! スコール君! なんで邪魔するの!」

「いやー危機的状況だったから押しつけたらたまたま」

「わ・ざ・と、でしょ!!」

 パァンッと平手打ちのいい音が響く。

「一つ言っとく。水道管、弾いたぞ」

「うっ…………」

「それに――」

 スズナの顔が青ざめていく。この前やらかした分の負債はまだ残っている。一年経たないうちにまたやってしまうと始末書じゃすまない。しかも隊長クラスなのに臨時雇用の若い男と出来て戦闘任務には妊娠を理由に一切出ない。配置換えか降格処分か……。レイジが相手でなければそう言うことはなかっただろうに、と。

 状況は打開しないが先送りにはしてやる。思いつく限りの脅しを次々に口にしてスズナを追い詰めていく。

「――つー可能性があるが、借金、増やすか?」

「うぐぅ……」

 命令違反とか契約違反とか、仕事せずに遊び歩いていることで反撃されても、こちらにはまだ手札がある。物理的に相手を排除するのがレイジなら、周りからじわじわ締め上げて行くのがスコールだ。

 情報握ってりゃ大抵勝てる、そう言う訳で。

 容赦なく口撃で畳み掛けて、立場と権限で脅されても理論武装で攻撃を押し返す用意は周到にしてある。脅しには握っている弱みとブラフで切り返し、押し込む。


 ---


「……マジかよ」

 入れ替わった瞬間見えたのは地上。キャノピの内側は炎と煙、コントロールパネルの表示は三発のエンジンすべての停止と再始動不可、操縦系も死んで周りのスイッチ類や各種レバーの説明書きはなく、このインターフェースは知らない。実機はおろかシミュレータでも操縦したことがない。

 ベイルアウトの為のスイッチかレバーか、それすら分からず高度計の数字はぐんぐん減っていく。

「いやいや墜落寸前ってこれは――」

『ファラスメーネ! 応答しろ!』

 なるほど、ブルグントのPMCで仕事中だった訳か。登録名は紛らわしいことに〝ミナ〟だ。

「こちらファラスメーネ、ミナ。再起不能だ」

『聞こえないのかファラスメーネ!』

 通信系統までダメか、と。

 ボッと音がして炎の勢いが増す。ヘルメット越しに熱が伝わる。これならどうせ脱出用のシステムもダメだろう。

「風よ、我に集え」

 圧縮して負圧に。気圧調整も効いていない。ベルトを外し、限界まで圧縮して解放、キャノピを内側から破壊して飛び出す。途端に爆散、ギリギリ死ななかった。

「……寒いな」

 氷点下二十数度くらいか。

 さて紅龍隊はどこだ。探してみるが目視範囲には見当たらない。地上は地上で砲撃戦になっているし、下手に飛んでいたら航空魔法士隊と思われて対空砲火に晒される。真下は山、深い雪。このままほとぼりが冷めるまで潜って隠れるか。

 そのまま降下して、雪の中にズボッと、そしてゴツンと。

「テメェはここでなにやってんだ」

「サボり」

 フェンリアが……ミナ少尉がいた。なんでこうも低い確率を引き当てるのか。

「はぁ……なにか情報は」

「中尉に昇格ぅ、もうやだ辞めたい。無理ならラクラウドの下に戻りたいぃ面倒くさい遊びたい」

「ラクラウド中尉の胃に穴が空くからやめてやれ」

「後ねー戦姫部隊が再編で、実力トップだけ集めて神姫部隊が編成されるってぇー」

「お前真っ先に引き抜かれるぞ」

「うんもう決まってるからその試験中にバッくれたー……ふみゃぁぁぁ!」

 ほっぺ引っ張って、

「アホか!」

 それ多分、白き乙女の戦姫クラスでも脅威になるから動きが分からないと困る。そしてそんな部隊ならまずスパイ潜り込ませても情報がほぼ掴めない。

「やーめーてー」

 雪の中から引き摺り出して空にフレアを打ち上げる。十秒を数えきる前にリオンが飛んで来た。

「あなたがファラスメーネの格好でここにいたことは見なかったことにします。そして協力に感謝します」

 で、ミナ中尉の胸ぐら掴んで。

「ミナ中尉、私とあなたはすでに神姫部隊への編入が決まっているんです。何をしても変わりません」

 空に飛び立とうとするが。

「いやだーもうブルグント軍辞めるー」

 ミナ中尉が全力で駄々をこねる。曳航ライン用の魔法を即席で改変して雪の中にアンカーを打ち込む。

「無駄なあがきはやめて早く帰りますよ中尉」

「嫌だ帰らな――」

 真下から風を吹き上げて、尻を蹴って空に打ち上げる。

「ほら、行くぞ」

「ヤーだーもう帰る。この世界どうなっても知らない」

「リオン、キャンプはどこだ」

「山二つ超えた先です」

「引き摺って帰るぞ。二人ならやれる」

「あなたもあなたで規格外ですね。どうですか、私の直属にでも」

「お断りだ」

 嫌がって抵抗するミナ中尉に二人で曳航ラインを打ち込んで空に引き摺り上げる。

「使えたんですね」

「あぁ、最近系統外魔法なら使えるようになった」

「今まで使えなかったんですか」

「いや、昔な、無茶しすぎて頭ん中の魔法回路がぶっ壊れてんだ」

「それほどの戦争を経験したと言うことですか」

「ま、そんなとこだ。こら、いつまでそうしてる気だこのバカ!」

「やぁだぁってばーー!!」

「ミナ中尉!」

「いい加減にしろよ」

 アンカーラインを引き千切って飛翔。二人でグッと引っ張っても時速百キロが限界。こいつ、クローンボディ使うクセして力が強すぎる。

「お前なぁ!」

「行きますよ中尉!」

「もうやだー三等兵でいぃー自由に動きたいぃー最前線の方が遊べるー」

「バカ言ってないで大人しく来い!」

「そうです、よ!」

 力込めて引いた瞬間、逆に引っ張られて曳航ラインの解除が遅れて二人が衝突。

「バインド!」

 向かい合わせで縛り上げられ、

「待ておまっ」

「解けない」

 二人がかりでも解除できずに、

「ブレイク!」

 魔法を砕かれ詠唱妨害まで。

「やめっ――」

「中尉!?」

 落ちた。さすがにこの高度からだと下がふわふわの分厚い雪でもタダじゃすまないが――

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