空を舞う戦姫たち【Ⅴ】
戦闘機が五機、四機は現役の機体で知られているが、一機は見たことがない。機首の妖精のマークは、どこの所属だろうか。知らないマークだ。
「リジル4、説明しろ」
と、言われたところでリジル4もついさっき接触しただけで、何も知らない。桜都からも白き乙女からも、補給を送るなんて言うのは聞いていない。停止した機体は、リジル隊に割り当てられた地上部の格納庫で沈黙している。パイロットは乗っていない、無人機だ。それでも、キャノピの中には座席がある。一機、妖精のマークの機体はキャノピの中が見えないが。
「知りません。追いかけられて、逃げていたらこの四機が飛んで来ました」
「あの機体は襲ってきたやつだろう、なぜお前と一緒に帰って来た」
「知りません」
あっちに聞いてくれ。戦闘ログを読めば、AIの判断も全部分かることだ。現に、整備班はタブレット端末片手にそれぞれの機体と通信していた。味方であることの認証程度なら出来るが、戦闘ログは格納エリアに運んでからだ。問いただされ、のらりくらり躱している間に牽引車に牽かれて、戦闘機がエレベーターに乗せられて、地下に消えていく。
最後、妖精のマークの機体の前にいた整備士の手元、認証を掛けていたタブレット端末が火を吹いた。
「うぉっ!?」
咄嗟に投げ捨て、機体から距離を取る。
「どうした」
「こいつ! 隊長、こいつ――」
整備士が急に倒れ、もがき苦しむ。近距離でのレーダー照射、体表面の分子を振動、加熱させて痛みを与える。無傷での制圧に使われる兵器があるが、レーダー出力を調整すれば今時の戦闘機にも可能らしい。普通は、人体への悪影響を考えて、地上でのレーダー照射は禁止されているから、試そうにも出来ず実際に見たことがある人も居ない。障壁を展開しながら整備士を引きずって、機体から離す。強引に、牽引車で近づくとエンジンルームから煙が出て、エンジンが止まる。
「全員離れろ!」
機体が、姿勢を変える。まるで今にも飛びかからんとする捕食者のように、前屈みのような姿勢に。それはちょうど機銃の射線が人の高さに来る。リジル隊が逃げていく、その中でリジル4は向き合っていた。構えもせず、視線を機体のカメラ――キャノピの内側にあるそれに向ける。肌にチリチリした感じがする、緊張ではない、至近距離での電磁波、レーダー照射だ。向こうも、カメラとレーダー、センサーすべてでロックしてきている。この場所は、機銃の射線上だ。撃たれたら、たった一秒で百発近くの砲弾を叩き込まれて消し飛ぶ。
「リジル4!」
機銃が、吠えた。誤差を計算して、着弾予測円から逸らされた砲火が、路面を削り吹き飛ばす。轟音が、邪魔するなと言う、警告のようにも聞こえる。この機体に搭載されているAIは、かなり自由なやつらしい。三原則、人間への安全性、命令への服従、自己防衛は考えないようだ。
攻撃にビビった連中が、黙って離れていく。
「面白いな、お前」
リジル4は、ただそう言って近づいていく。攻撃姿勢を解除した機体が、まるで迎えるように静かになる。機体を見る。双発エンジンの間に取り付けられた、小型機のようなレーダーユニット、そのレーダーブレードには覚えがあった。月姫小隊の、風月と呼ばれる速度重視のお姫様が使う魔法剣。それによく似ていた、超高速で風を切って、同時にその表面に異物を混ぜ込んで、加速、加熱、投げつけるという攻撃に使われるそれ。付け根を見ると、何かを撃ち出すための装置もあった、電磁波を出すためのものではない。エンジンは二次元ノズル採用で、エアインテークも四基あって可変型だ。覗き込むと熱がすごかった。まだ冷め切っていない。
「こら! 危ないでしょ!」
女性の声に、振り返ると敬礼したリジル隊の面々と、髪の長い女性。青いシャツ、胸元には迷彩柄の上に五枚花弁の桜。桜都配属の白き乙女だ。
お姫様、戦姫。確か、TACネームはクレスティアだったか。氷結の魔女なんていう呼び名もあるが、大規模な冷却魔法で広範囲を一気に黙らせる事が出来る戦略級魔法士だ。空で戦えば、急冷却をくらったエンジンは黙り、落ちるしかない。海で戦えば、凍てついた海原で艦船は身動きが取れなくなる。人の身では、展開できる防御障壁の強さを圧倒的に超える魔法で、氷の彫像にされるのが落ちだ。
「まだ完全に停止していないのよ、その子。いきなり吸気口から吸い込まれたらどうするの」
「そんなことはしないと思うが」
この機体のAIは、兵器であることを自覚したうえで行動している。さすがに、自分が飛べなくなるような真似はしないだろうと、楽観的だが確実な考えだ。たった一人を殺すためにエンジンをダメにするなど、やる必要がない。この距離ならレーダ波で十分だ。
「万が一があるでしょう」
「その時は、その時」
舐めた口利きながら、敬礼する列に加わると、隊長にぶん殴られた。血が飛ぶ。
「リジル4、クレスティア殿の御前だぞ」
「それが何ですか、地上で階級は意味なしでしょう」
「それは俺ら一般兵だけだ」
突き放されて、しょうがなくラフな敬礼をする。真面目にやっても、似合わない。
「楽にしなさい。今日付で私もここに配属よ、ブルグントから離れるまでの間は同僚としてよろしくね」
休めの姿勢で並ぶ男たちの前を、クレスティアが端から見ていく。隊長よりも遥かに若い、オバサンなどと呼べば殺される、お姉さん、いやお嬢さんと呼んだ方がいいかもしれない。見た目の年は、まだ二十かそれ以下ほどなのだ。で、隊長の次に並ぶリジル4の前で止まった。
「後でお説教よ、部屋番号を教えなさい」
逃げるにしてもなあ……と、素直に伝えた。どうせ嘘を言ったところで、すぐに誰かが言うのだから何もしない方がいい。階級とか関係がない、戦姫にはそもそも階級なんてなくて、月姫のようになんとか月という称号が与えられる。だがその称号があるだけ、階級なんて無視できる。力こそがすべてだ。逆らえば、氷付けだろう。
頭の奥がサァーッと冷める。言い訳どうしよう、ではなくどうやって逃げようか、その方向で高速の打算を始める。前にもあった、いつだったか戦姫の部隊に配属されて戦った時に、生意気な事言って危うく殺されかけた。そしてまた、戦姫の配下。通常戦力ばかりなら、階級なんて無いもので、ふざけた話やちょっとの悪事は見て見ぬ振りで通るが、これでは……。
「えーっと、誰かここの案内してくれないかしら。大急ぎで来たから何も知らないのよ」
その言葉に、隊長が前に出る。
「それでは、私が」
「よろしく頼むわ。隊長さん」
「はい、承知致しました」
クレスティアが離れて行き、すぐには追いかけず、声が届かない距離になったところで隊長が口を開く。
「リジル4、遠回りして案内してくる。お前はその間に言い訳を考えておけ、下手なことを言えば……明日からはお前のいないフライトプランを組むことになる。俺にはそれはできんからな」
「……了解」
苦い顔の隊長に苦い顔で返すと、ほかの連中にも呆れられた表情で見られて、気付けば勝手に動き出した妖精のマークの機体がエレベーターに乗って降りて行く。それに気付いた整備班が大慌てで走って行き、残りも散っていく。
静かだ。風の音と波の音。残されたリジル4は、言い訳よりもどうやって逃げるかを考え始めた。考えて、考えて、ふと気付けばもう一歩で海に落ちるところだった。
「海水浴はやめた方がいいぞ」
そんな声が海から聞こえた。懐中電灯で照らしてやると、スコールが浮かんでいる。上がれないのだろう、フロッグマン対策で海から侵入できないように、ネズミ返し構造に加えてカミソリよりも鋭い刃を焼き付けた鉄線が張られている。
「何やってんだ」
「煽られて落ちた。なあ、妖精のマークの機体ってどこのだ。ちょっと文句言いにいってやる」
やめておいた方がいいぞ、なんてことは言わない。ちょうどいい、こいつをぶつけてそれでうやむやにしてもらおう。スケープゴートだ。
「もうちょっと浮かんでろ、ロープ取ってくる」
「早くしてくれ、なんか魚が群がってくるし、なんかクラゲも痛っ!」
こんな時のためのスペアはどこにで何してるのやら。小走りで近くの格納庫からロープを取ってくると、輪っかを作り投げる。引き上げたスコールには、クラゲやらタコやら毒針を持った魚やらと、色々とオマケがひっついてきた。
「スペアはどうした、いつもひっついてるじゃないか」
「まだ戦ってるだろう。あいつなら一人でも心配ない。それよか、あの機体のこと知らないか」
「リジル隊の隊長と一緒に女がいるはずだ、そいつの機体だ」
「今度なにか奢ってやるよ。あんがとな」
走り去っていく濡れ鼠を見送り、今日は静かに寝れそうだなと、気が軽くなる。悪いことをした、なんて思わない。このまま氷付けにされてしまえ、あいつのことは気にくわない。
部屋へ戻る途中、格納エリアを見る。しばらくぶりに機体があった。四機は機体腹部から下がる外部電源の太いコード、そしてシールドされた通信ケーブルを通じて、整備班に調整されていた。点検はすでに終えたらしい、汚れを拭き取ったウエスや交換済みの部品がペール缶に放り込まれている。で、一番奥。誰も寄り付かない場所に例の機体が鎮座していた。二人ほどなんとかしようと、あれこれやっているが何もできないらしい。
リジル4は引き返して、格納エリアに向かう。自分に割り当てられるのはどれだろうかと思って。パイロットは三人、機体は五機。うち一機はわがまま野郎で言うこと聞かない。そうなれば使えるのは四機なのだが、余る。予備機だろうか。
「リジル4、なんとかしてくれあのきかん坊を。何も受け付けやしない」
整備士がタブレット端末片手によってくる。最上位命令も強制命令もなに受け付けないらしい。
「機体は、あんたたちの専門だ。こっちは飛ばす専門、分野違いだ」
「んな事言うな。お前平気でアイツの前に立ってたじゃないか、お前ならなんとかなる。いや、なんとかしろ。整備班長命令だ」
「あんたに命令権はない」
言い捨て、機体に近づく。なんとかしようとしていた二人も離れ、リジル4にパスする。どうやってこいつの相手をしろというのか、AIの認識と人の認識は違うし考え方も違う。騙すことは通用しない、では?
「…………。」
無言で、見続ける。一分、痺れを切らした整備班長が向かってくる。
「打つ手無しか」
「端末、貸せ」
明るいところではよく分かった、カラーリングは白き乙女の桜都国仕様だが、検索を掛けてもマークはやはり不明。データベースに登録がない。他の四機はRCFF-5Nが二機、見た目は全く同じでRCSF-5TS。派生型式の意味は分からないが、同じ姿で用途も中身も違うらしい。
「プログラムと通信ユニットが違うだけだ。後は同じ、TSなんて派生型式は俺たちも知らない」
「それで、こいつは」
「登録自体がない。試験機でも試作機でもないし、分からない」
「ならあれか、勝手に入ってきた不明機か」
「そうなる」
よりによって何故ここを選んだ? ちょうど着陸した機体があったから、着いてきただけか?
「解体しろよ」
「それが……」
視線を送ると、整備士が吊り下げられたモニターに情報を出す。
「構造スキャンはすべて弾かれた。こいつの整備は魔工士の仕事だ、外からじゃ繋ぎ目はあってもボルトもナットもリベットもねえ、ばらせない。魔法で内側から外すか、もしかしたら操縦席に整備モードでもあるのかも知れない」
「操縦席、ね」
黒いヘックス状のシールドに完全に覆われ、内部が見えない。そこに操縦席があるのか、それともコンピューターが乗っているのか。一戦交えた……遊ばれた経験からすれば、あれは人が乗る物じゃない。乗れば、殺される。
「マークは、落としたのか」
さっき上から見たときにはあったそれが、今はない。
「いや落として……なんで消えてる。誰か落としたのか」
しかし誰もやってないと首を振る。それならば、誰がやった。
「IFFシグナルは」
「各種信号を出していないし、すべてに応答がない」
「なら」
可能性はある。
「あっ」
整備班長も気付く。
勝手に動いたように見えた。機体の表面が蠢いたように見えて、色が変わる。凹凸を認識できないほどの黒。
「こいつ、黒妖精かっ」
光を吸収して凹凸すら認識させず、撃墜すれば爆発四散ではなく残骸すら残さず消える。だったら、組成を換えて光の吸収率を変化させ、擬態することも不可能ではないだろう。
タブレットに、外部接続の通知が出る。眼前の機体だ。
「リジル4より不明機へ、お前はなんの為にここに来た」
「呑気に聞いてる場合かアホ」
襟首引っ張られて、整備班長に格納エリアから引き摺り出された。全員が避難している。そんな中で、リジル4の手から離れ転がった端末には、メッセージがあった。
――スコールへ 私は貴男の為に この体は誰に許すこともなく 貴方だけに
誰の目にも入らなかったメッセージは、知られることもなく消える。