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冬【Ⅵ】

 十二月二十日。

 如月寮二階のゴミ屋敷化を防ぐため、ヒサメとノイン、そしてカスミは交替で掃除をしていた。今まで通り、廊下に放置されているものは問答無用でゴミに出すし文句は受け付けない方向で強制執行だ。

 今日はカスミの番で、比較的綺麗な状態で維持されているから、対物障壁を広げ突き当たりまで展開する座標を変動させるように設定して一気に〝ゴミ〟を押し退けて集め、ゴミ袋に放り込んでいく。他人の下着とかあまり触りたくないが仕方ない。

 終わると窓を全開にして、冬の空気を呼び込みつつ階段やドアに障壁を張って魔法で埃を吹き飛ばして掃除を終える。

 後は、と。

 レイジの部屋に入って、窓を開けて掃除する。掃除と言ってもほとんど埃がついていないテーブルや床を拭くだけだ。壁掛けベッドにクローゼットとテーブルだけの簡素な部屋。元は倉庫部屋でそこを片付けて壁掛けベッドを付けただけの部屋。

 そんな部屋でずっと眠っているレイジは、ぴくりとも動かず呼吸もぱっと見ではしていないのではないかと思うほどゆっくりだ。毎日身体を拭いて着替えさせてはいるが、ほとんど仮死状態と言っていいほどに生命活動がなくなっている。

 リジルも植物状態のままで、相棒であるリデルは仕事中のミスが多くなっている。BFF相手の戦闘でも珍しく被弾し、動きを読み間違えてセントラとの戦闘では二度も撃墜されてしまっている。スズナも、ここ最近はぼーっとしている事が増え事務処理にもミスが目立つ。如月隊所属の連中も士気が下がっているのは確かだ。報告で上がってくる稼ぎは減っているし、負傷者は増えるし。

 ヒサメが管理を始めて、最初こそ料理にレイジと味が違うとかアレは入れないでコレは入れないでとそれぞれが好みを押しつけ文句を出していたが、今ではそれもない。洗濯物だっていろいろといちゃもんを出していたが、我慢するという方向になったのか、自分たちでやる気はないらしく不満が増え続けている。

 裏方の支えであるスコールとレイジが欠けただけでコレだ。このままでは、不味いと分かっている。

「レイジ、そろそろ起きてよ。このままじゃ〝あの日〟は……」

 恐らく、敵勢力が一斉に仕掛けてくる二十五日には大損害が出て負ける。主戦力のレイズは行方不明で、レイはまたどこかに行ってしまうしレイアは撃破されたという報告以来まったくの音信不通。十二使徒もまとまりがなく、睦月隊に関しては部隊丸ごとどこかに消えてしまっている。

 何もかもが手遅れになる前に。

「レイジ……」

 瞬きして、再び顔を見るとぼやけていた。自分の眼が霞んでるのか、そう疑ったが、ぼやけているのはレイジだ。

「えっ……なに、これ」

 どうしよう。どうしたらいい。悩み、カスミはどうしようも出来ないと判断してスズナを呼びに部屋を出ようとした。

 ドアが、空けたままにしていたはずなのに閉まっていて、鍵が掛かっていた。

 ドアノブに触れるとバチッと静電気が弾けるような音がして跳ね返され、手が痺れる。

「なんで、え?」

 一歩下がると嫌な感じがした。魔力が消えていく、いや吸い取られる。部屋中に次々と魔法陣が展開し、ライブラリでも見たことのない魔法が次々に発動して、レイジを取り囲む形で空中投影型のディスプレイが表示される。

「カスミちゃん! 何やってるの、中に居るんでしょ開けなさい!」

 外からドアを叩く音とスズナの声が聞こえる。

「スズナ助けて! 魔法が――」

 空間が割れた。

 真っ黒な穴、その奥に吸い込まれる。

 悲鳴が響いて、ドアを封じていた魔法が解除されるとスズナと紅月が入ってくるが、そこに二人の姿はなかった。


 ---


『各方面状況報告』

 夕焼けに染まる空を飛んでいる警戒兵が通信機からの定時連絡を受ける。地上は降り積もった雪に日が反射して、まるで燃えているようだ。

 それぞれの部隊が報告をしていって、順番が回ってくる。

「デルタリーダーから本部。こちらは皆……残念ながら機体を失ってパラシュート降下中だ。目視範囲内に全員見える」

『了解した。回収のヘリを回す、着地し後続の部隊が到着するまで戦線を維持せよ』

 ムチャクチャ言いやがると、声には出さず拳を握り締め地上を見下ろす。今の高度なら百キロ先まで見えるが、敵の拠点はわずか二十キロ先。戦闘機なら一瞬の距離だった。

 だというのに地上からの対空砲ではなく、一機ずつを狙った対物ライフルの狙撃で中隊一つが落とされた。しかもアビオニクスと燃料タンクを出てすぐの燃料パイプだけを撃ち抜くという非常識な狙撃で。そんなことに気づけるパイロットはいなかったが、どの機体も爆発炎上することなく、そして誰も死なずにベイルアウトしていることは奇妙な状況だった。

『デルタリーダー、戦車部隊が見えるか』

「確認した。味方か」

 光の明滅でこちらに降りてこいと意思表示しているのが分かる。

『ダッシャーの隊だ。合流しヘリを待て』

 このまま寒い中、雪に埋まって凍える必要はなさそうだなと思ったのも束の間、地上で爆発が起こる。対戦車砲による攻撃だ。上から見ると、たまに砲弾が装甲に弾かれている様子が分かる。撃ち返すが、届かない。だが敵の攻撃は届く。

 着地する頃には燃え盛る鉄屑が散らばる光景が待っていた。幸いなのは、脅威を排除したからか、敵からの砲撃がなかったことくらいか。

「リーダー、しばらくはこの場で待機ですか」

「そうなる。D方面はまだ予備戦力がある、我々が下がったとしても影響は少ない」

「了解です。しかしいきなり電子機器が死んでエンジンが止まるというのは、何なのでしょうか」

「整備不良でなければ敵の新兵器かもしれんな」

 ハハッと笑い、バラバラに降りた隊員が集まってきた頃だった。

「通信が出来ませんね」

「指定されたポイントはここで間違いない。回収のヘリが来るまでは――」

 待機だ。その言葉を遮って、彼らの頭上の空間が歪んだ。光すらねじ曲げ黒い渦が広がる光景はブラックホールのようで、しかし地上を呑み込むほどには広がらず何事かと警戒していると少女その渦から出てきた。吐き出されるように、そこから落ちた少女は雪の中に沈む。

「リーダー」

「総員警戒しろ」

 座席と一緒に射出され、括り付けられていた装備の中にはPDWがある。セーフティを解除してリコイルを引いてすぐに撃てるようにして、距離を詰めていく。

「いったぁー……寒っ、何ここ」

 雪の中から顔を出した少女は、こちらを見るなり驚いたのかすぐに雪の中に潜って姿を隠す。

「両手を頭の後ろに組んで出てこい、従わない場合は撃つぞ」

「ただの女の子でしょうに」

「あんな妙な穴から出るのだただのこどもな訳があるか」

 包囲して距離を詰め、雪の中で丸くなっていた少女を引き摺り出す。街中にいて当たり前の格好で裸足、震えているその少女を後ろ手に縛リ上げるのは少しばかり心が痛む。

「君は何者だ」

「な、何者って、そんなこと、い、言われても、私だって分かんないんだから。いきなりへんなのに引っ張られてこんなとこに落ちてさぁ」

「つべこべ言わずに答えろ、あぁ!!」

「痛いっ、やめてっ」

 一人が髪を掴んで怒鳴りつける。短気なのではない、もしも敵だったら、それを想定してのことだ。

「おいおい怖がらせんな。泣きそうになってんじゃねえか」

「隊長、とりあえず民間人一名保護ってことにしませんか」

「……はぁ、要警戒だ。見張っておけ」

 そう言った瞬間、破裂音がして少女が倒れた。肩から赤い染みが広がる。

「誰が撃った!」

 ドサリと、音がした。振り返れば隊員が地面に突っ伏していて、首から血溜まりが広がって行く。狙撃されていると認識した時にはもう二人、戦車の影を目指して足を出したときには撃ち抜かれ全滅。

「あっちゃーやっぱりあたってたよ」

「ユキネの下手くそ」

「そーゆーハルカだって胴体狙って足じゃん」

 声がした。どこからか、雪の中からだ。姿を見せたのは雪上迷彩をした二人組。

「まあまあ、とりあえず敵をやったわけだしチェックチェック」

「いやフツー近づく前に撃つし」

 こちらに向かってきながら、二人は倒れた兵下へ向けて発砲する。死んだふりをしていないかの確認と、生きていた場合の確実な殺傷が目的だ。

「クリア」

「カスミちゃーんごめんねー当てちゃって」

 雪上迷彩のフードを脱ぎながら近寄ってくるのはフェンリルの戦闘要員だ。

「このクソ馬鹿! 下手くそ!」

 縛られたままでも体当たりくらいの仕返しは出来た。ぶつかって、地面に叩き付けてやる。反動で肩が痛むが、この程度の怪我は慣れているしどうということがない。

「うわっ、バリバリ元気じゃん」

「ここどこ、何この戦場」

 拘束を解かれ止血剤を塗り込まれる。数秒で血液が凝固して出血が止まる。弾自体は綺麗に貫通して組織を大して破壊しておらず、ただ穴が空いただけですんでいるから簡単な応急処置ですむ。

「あっれ、聞いてない? ここは黄昏の領域で、今んとこはダイバー隊の攻撃受けててフェンリルとムツキの部隊が応戦してるとこ」

「そういや報告しないと」

「あっ、忘れてた。ユキネからシュネーヴォルフ砲撃隊へ。戦車は全部壊れてる、生存者なし。それとレイズんとこのスナイパー確保、怪我してる――りょうかーい。つーわけで撤収撤収」

「……なんでこんなとこに」

 寒いし裸足だしで、気は進まないが装備を剥ぎ取ってユキネたちについていく。

『アイギスから各方面展開中の友軍へ通達。三十分後に北部、東部、西部戦線へアクティブジャマーを投入する。また敵部隊が南部方面へ迂回を開始、展開パターンは南部拠点を基準に東にアルファからチャーリー、南にデルタからフォックストロット、西にインディア、リマ、ツユリの部隊を確認。投入された敵部隊の半数以上はすでに撃破している、状況を継続せよ』

 雪を掻き分けて進んでいると、そんな通信が聞こえた。

「アイギス?」

「A.E.G.I.S.らしいよ。ダイバー隊のデータにあったけど攻略不可能な相手だって」

「へぇ」

 聞いたことがないなと、カスミは白き乙女のネットワークへ接続を試みるがオフラインだ。別空間では魔法的なもの、電気的なもの、双方のネットワークはダメらしい。

「でもなんでフェンリルが」

「三週間前に……いや、そっちの時間だとたぶん一日も経ってないくらいに攻撃受けたからさ」

「だから隊長たちがちょっと脅かしに行こうってことで、全部隊投入して地獄見せてる状況」

「あー手を出したら痛い目見るよーってこと分からせるため」

「そっそっ、今んとこ負傷者は出てるけどほとんど被害ないし」

 戦場、そのはずだがまるで安全な街中を歩くかのような雰囲気で歩いて、一時間ほどすると砲撃陣地に辿り着く。

「たいちょー、ユキネとハルカ帰還しましたー。それと怪我人一名」

「アヤノはどうした」

「ナギサが攫ってった」

「……あんのバカが、また勝手なことを。AP、アヤノはナギサ分隊に預ける、登録し直せ――ウィルコ。ユキネ、ハルカ、スコール隊が編成される、後方に下がり以降はスコールの指示に従え」

「了解でーす。それとカスミちゃんはどうする?」

「レイズ勢力側に確認が取れていない、巻き込むな」

「オッケー……こっから後ろはクリアしてるんですよね」

「第二ラインまではいいが、そこから後ろは地雷原だ」

「んーってことは第二ラインで再編?」

「知らん。APはお前たち二人を後方に送れとだけ指示した」

「うわーなにその雑な指示」

「まあいいじゃん、行こ」

 二人についていって、砲撃陣地から踏み出した途端に目眩がした。

「カスミちゃん?」

 目が回る、倒れたのは分かるが感覚が消えて視界が黒く染まる。貧血のときのような感じだが違う。

「ごめん、ちょっと……立てない」

『アイギスからイリーガルへ、侵入者を検知、無力化』

『そいつは味方だ。魔法の妨害を解除、隣の二人もまとめてこっちに飛ばせ』

 しばらくして音が聞こえ始め、目が見えるようになるとさっきまでの雪景色とは別の場所にいた。知らない連中が大勢いるが、付けているマークからフェンリルだと分かる。

「カスミ、見えるか、動けるか」

「あっ……大丈夫。レイジは、大丈夫なの?」

「あぁそう見えるか」

「どゆこと?」

 目の前にいるのはレイジなのに、どう言うことなのだろうと疑問に思うと一人駆け寄ってきた。ナギサだ。

「スコール、編成どうすんの。アヤノちゃんたち別方面の支援だしユキちゃんしばらく動けそうにないよ」

「ナギサに全員預ける。後は南方面だけだし、紅龍隊が制空権取ったからもう敵の航空支援はない」

「ほんじゃぁ任された、あんたは」

「ポータルから敵後方に飛んで掻き回す」

「なるほど前と後ろからサンドイッチね」

「ツユリの部隊は任せるぞ、面倒だからな」

「はいはい。行くよみんな」



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