冬【Ⅲ】
「外は派手にやってるなー」
最深部へと潜り込んだトーリはセキュリティコアに細工をしていた。
一般的であれば、どんな構造体でも必ず全体を管理するいくつかのセキュリティコアを備えている。外部との通信制御に始まり、破損した際の修復やデータの更新を行っているのだが、これの制御を取られると構造体全体の制御とデータへのアクセスを自由に行えるようになってしまうから奥深くに秘匿されている。
「けいこーく、クライムとアリスとシゥせっきーん」
「なんで嫌なのが来るんだよ」
目の前に表示されたマップと到着予想時間にはほとんど余裕がなかった。データの抜き取りとロジックボムの組み込みにあと四分欲しかったが、撤退を考えるとロジックボムだけ仕掛けて逃げないと間に合わない。
「仕方ねえこれで切り上げる、撤退だ」
「おっけーぃ……ありぃ?」
「ログアウトは」
「なんかアンカー掛かってるぅ? おかしい、なんでぇ?」
「マジかよ。走るぞ」
入口は一箇所で途中からの分岐は五本。さっさと安全なルートに入らないと恐らく会わせてはいけない三人がドンパチ始めるだろう。クライム少佐とは何度かあたった事があるが、アレはプロだ。最初から最後まで気付かせない。仮想での工作ならスコール以上、トーリとは同レベルだが戦闘技能を考えると向こうの方が総合的に上手だ。
開いていたプログラムにキルコマンドを送って出口へと走る。
「最適ルートは」
「ぬぁー……三本はダメだけんど二本もアカモートの警備隊とぶつかるー」
「よーしシウコアトル跳ね飛ばすか」
「えーランク二桁だよー」
「ランク一に喧嘩売ったやつが何言うか」
通路に駆け込んで進んでいくと赤い衣装を纏った女が見えた。最初に遭遇したときは名前と色からてっきり炎を使ってくるかと思ったが、主兵装は強力なジェネレーターを使用した電気による攻撃だ。金属面に触れていると一瞬で感電して動きを封じられてそのまま焼かれるし、レーザーを使用した攻撃で電気を流れやすくして狙って飛ばしてくるから避けようがない。
「見えた、ムーブ」
アンカーの影響を完全に無視して背後に移動。ポンッと触れると強制ムーブで適当に座標を入力して飛ばす。
「クリア」
「外まで飛べばー?」
「無理言うなよ、俺の割込じゃそこらのアンカー無効化できても長距離なら狂う」
「役立たずぅ」
「お前がそれ言うなよアリツィア。なんなら壁の中に飛ばしてもいいけど」
このまま脱出して安全な場所でログアウトするつもりでいた。
だが。
「ストップ!」
急にアリツィアが背中に飛びついて来て後ろに倒れる。
「なんだ」
「地雷」
「……はっ?」
どこにそんな物がある? スキャンを掛けてみるが床には何もない。ヒドゥンモードだろうが識別可能だが、本当に、何もない。
「どこに」
「うえ、うえ」
指差されて上を向くと確かに大量のセンサー地雷がヒドゥンモードで貼り付けられていた。正規のタグを持っていなければ下に踏み込んだ途端にドカン、と言うわけだ。
「こんなことするやつ二人しか思いつかねえんだけど」
スコールか霧崎アキトか。クライム少佐ならヒドゥンモードの微小機雷を散布するはずだ。しかし、待てよ、と。もしスコールなら……。
「アリツィア、床下スキャン」
「んー改造した対シェル地雷。人にも反応するよー」
「……死ぬわそんなもん」
跡形もなく粉々の肉片になる。
「あとそこの通路の接続部分にムーブキラー」
「あっ、これ気付いてムーブしたら終わりなやつか」
そうそう、分かりづらいトラップに重ねてもう一個。これはスコールのやり口だ。いつだったか、エレベーターの扉にギロチン仕掛けて、それを避けて乗り込んだらワイヤーが切れて落下、オマケに天井に焼夷グレネード。地獄への片道切符を無理矢理押しつける極悪トラップ仕掛けてたなと、思い出した。
「あれ? スコールは確か死んだふり作戦で……」
『こちらは基地警備配属のメメント・モリである。侵入者へ告げる、そちらの位置はすでに把握している。死にたくなければ指示に従え。繰り返す――』
「トーリ、こっちだ」
振り返ればゲイル工作兵……セントラ兵の格好をしたスコールがいた。
「いいのかお前は」
「やるこたやってきた。ついてこい」
と、壁の中へと消えていく。
「おいおい……そのセキュリティまであるのかよ」
スキャンしても何の変哲もない壁なのだが、触れるとなんの感触もなくすり抜ける。隠されたゲートだ。
「それで出口は」
「ちょっと手伝え」
いいながらシステムウェポンのコアパーツをストレージから取り出してアサルトライフル仕様に組み立てる。弾倉はツインドラムマガジンだ。
「またジャムりそうなのを」
「改良してるから気にするな。目標はストラクチャ深部、セキュリティコア周辺の警備隊の排除、終わり次第コアを制圧しウイルスを仕掛ける」
「俺さっきロジックボム仕掛けたけど」
「そら表層部のコアだ。用があるのは深層部」
「アクセス経路がなかったが」
「隠してるからな、ギアテクス隊が」
「なるほど。やばいもんか」
「そうだ。いるか」
ウェポンターミナルのアクセスキーを差し出されるが、断る。トーリは銃火器を扱うスキルを持っていない。せいぜいがハンドガンだ、それでも撃てば手首が痛くなるが。
「そういやイリーガルは何してんだ」
「黄昏の領域で防衛戦。身体捨てて逃げる割には焦ってないし、相手は変なやつじゃないだろう」
「ふーん……ってか外はどうなってる」
「ジェットが防衛網食い破ってクロードは……遊んでるのか。アリス、そっちにシウコアトル誘導、クロードにぶつけろ。んーでクラルティ中佐が大暴れで、地獄絵図ってやつだな」
「……俺あのまま脱出してたら巻き添えで死んでた可能性あるな」
「割込で処理止めて駆け抜けるだろ」
ストレージからあれやこれやと取り出して重武装していくスコールだが。
「まあそうだけどー……そりゃなんだスコール」
「侵蝕弾」
「使うなよそんなもん。耐えられるのはお前くらいだろ」
「ま、リミッター掛けてあるし投げる前には言う」
「うっわー怖いよこの人」
「行くぞ」
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「ミサイル! 躱せ!」
アリスの警告を聞く暇はなく、視界いっぱいに表示されるミサイルアラートからクロードは逃げ回っていた。
「演算リソース追加を要求」
「スコールから許可はあるし、このアリス様が直々にサポートしてやんよ」
出来ることならヴァルゴがよかったが、如何せん管轄外で手出しするとセントラのAIがうるさいものだから仕方がない。
「FCSモード変更、FTモードCIWS」
展開した浮遊銃座にリソースが割り振られ、いつも以上の速度で旋回し高速射撃、同時に発射した弾丸を追尾して照準補正をして迫り来るミサイルを撃ち落とすが、それでも追い付かない。
「クソッ、オーバークロック、ジェネレーターリミッターリリース」
無理なら受けてやると、飛んでくるミサイルのタイプを識別してシールドを展開し数百発のものミサイルを受け止める。セントラにいた頃と違ってもろもろ制限は解除されているし、霧崎アキトの自爆技に比べれば大したエネルギーではない。十分に受け止められる、強制冷却モードに移行することはない。
「頭がありゃ賞金全額出たよな……仕留めるか」
ブースターを吹かし一機に距離を詰める。
「平気?」
フレシェット弾の嵐で迎えられ、クロードはそんなもの気にせずに突っ込む。いくら第三世代の中で装甲が薄いと言われても、それでもRC-fenrirシリーズ、シャドウウルフだ。第二世代とは差がある。
「別にどうって事ないが」
「雷レベルじゃ無効なんだ」
「あっ?」
「いやミサイル囮にあっちこっちから電撃くらってたのに動きに出ないからさ」
「スコールのスタンガンである程度は慣れてるし」
引き撃ちする相手に突っ込んだところで大して痛くないし、かすり傷程度だ。そしてその程度のダメージなら自己修復で十分にカバーできる。
「もらった!」
百メートルまで近づいたところで瞬間的に出力を上げ、突撃。一瞬で時速三千キロまで加速して爪を突き刺す、その予定でいた。だがあたる直前で視界が光に焼かれ、雷鳴が轟く。
「敵機、直上五千キロ」
「はぁぁ?」
「一瞬だけどロジック異常があった」
「霧崎と同じかよ……セカンドだろあいつ」
「第二世代に間違いはないけど、ロジック異常を起こせるやつは第一世代にも存在する」
「やーめた。めんどくせえ」
「そんな簡単に諦める?」
「あのなぁ、レイアみたいに常時宇宙速度で瞬間的に亜光速出せる訳じゃないにしろ、追いつけない。そんな超長距離兵装は俺使えない。無理、面倒くさい、相手するだけ無駄」
「あれ仕留めたら賞金が」
「はいはいお前だけでやれ、俺はもう帰る。こんな作戦に参加したくな――」
『准尉、次の場所に移動しろ』
「俺今賞金首と戦ってたんですが」
『そんなことは知らん』
「…………。」
「はい、残念でしたお仕事の時間ですよ、って」
「クソッ」
瓦礫を蹴り飛ばして、指示された方向へと進んでいく。やることはただ敵の中に飛び込んで暴れるだけでいいのだが、差がありすぎて作業と化して面倒くさい。他人を殺すことに何も感じないしこちらは第三世代機で、軍用機の通常兵装ではまずダメージが入らない。
……霧崎アキトはどう言う気分で戦っていたのだろうか。あの無敵のランク一位の化け物は。
「ジャミング?」
視界に表示されているマップにノイズが混じる。フィルタリングレベルを上げて対処してもいいが、そうすると人を感知出来なくなる。
『あー、あー、こちらメメント・モリ所属のゲイル工作兵。責任者、状況は分かるな? あぁ?』
スコールの声がエリア内すべてへ向けてオープンチャンネルで放たれる。ただその声はキレていることを伺わせる。さっさと逃げた方が安全だぞと、すぐに反転して引き返す。
『何をし――まさか、コアがすでに』
『表向きの責任者は黙ってろ。ギアテクス隊、地獄を見る準備はいいな?』
『――君は、ここがセントラ軍の基地で周りには敵しかいないことを分かっているのかね』
『冷静な風を装っても無駄だ』
『何を要求する』
『切り替えが早いのは褒めてやる。無駄な手間が減るからな。このエリア内のセントラ関係者すべては直ちに戦闘行為を停止し武装を解除せよ。クラルティ中佐、そちらも戦闘行為を停止しろ』
恐ろしさを知っているが故か、放送と同時に銃声が少し落ち着いた。それでもまだ戦闘は続く、現場の兵士は所属する指揮系統から命令がない限り、誰かの悪戯かも知れない言葉は受け付けない。
「リィン、どうする」
『安全が確認できるまでは戦闘を継続して下さい。ゲイル工作兵に確認済みです』
「了解」
『スコールからアイゼンヴォルフへ緊急、クロードの座標を送る、護衛に回れ』
『ヤバいもんでもでたか』
『シェルの通常兵装じゃ破壊できないのが――あっ』
『一旦下がるぞ! 無理だこれ! スコール!』
『っ、クロード、そっちにヤバいのが行った。お前じゃ無理だからさっさと退避しろ。ログアウトしたらすぐに仮想の接続を切れ!』
「おーいチャンネル設定ちゃんとやれー」
「喋る間があるなら走る走る!」
「なんだよ、ヤバいもんって」
「ちょっと前に仮想の深いとこ行ったじゃん。あそこで黒いやつ壊したっしょ、あれ」
「…………。」
あぁアレか。
思い出したはいいが、感覚が薄れているような気がする。リミッターが掛かり始めたわけはなく、例のアレが原因の症状だ。近づかれたらもうアウトだ。
「安全な離脱コースを要求」
「ストラクチャ壊しながらまっすぐ向かってきてる。〝侵蝕〟をサポートするからこっちも壁無視して外まで突っ切るのが早い」
「オーケー」
直線距離で外までの最短距離になる方向へ向け進み、邪魔な壁に爪を突き刺して処理に食い込んで破綻、崩壊させて突き進む。