冬【Ⅱ】
「なーんか騒がしいよー」
「気にすんな、さっさと終わらせるぞ」
セントラの構造体に侵入して悪さしていたトーリは、
『こちらはセントラ軍第七仮想戦隊である。ただちに――』
そんな警告にバレたかと思ってドキッとした瞬間。
「あっ――」
視界がスローになって、壁が膨らんだかと思えば凄まじい閃光と爆風。予めセットして置いた緊急ムーブとフリーズプロセスが起動して、ほんの一瞬爆風と壁の破片を止め、その隙にムーブして回避。
「……アリツィア、サポートしろよ」
「ビビってる顔おもしろー」
助け起こそうともせず、スマホを構えてトーリの無様な姿を連写している全く使えないサポートAIだ。アリスとは違って戦闘向きではなく、主にはトーリのソフトウェア開発の補助と〝分子アセンブラ〟のコマンダーとして動く。ただ、ここ最近はそのアセンブラ……ナノマシンを勝手に使って現実に出てきて悪さしているようだから後始末が面倒だ。
「撮るなよ。つかそんなもん要らないだろ」
そもそもAIなんだからエリアの処理担当からログをもらえば好きな角度から好きな時点の状態を取得することが出来るのに。
「来ーるよーあっちー。二十人くらいかなー?」
「真っ先に言えよこの役立たずめ」
いくつかウィンドウを表示して、放っておいた超小型ドローンからの映像を見ると巡回型の浮遊銃座とセントラ兵が向かってきていた。同時に管轄AIのエリアスキャンも始まる。仮想空間で人やプログラムの監視を誤魔化すのは、トーリに取っては非常に簡単なこと。しかし仮想空間を再現するAI自体の〝観測〟から逃れるのは不可能に近い。〝観測〟されているから今の〝状態〟を再現して貰えている、だからそこを誤魔化そうと思えば中立を謳うAIをなんとかして口説き落とすかなんとかしなければならない。
「いたぞ!」
「さぁて、エンゲージ」
武装をストレージから取り出すセントラ兵、実際の銃を構えて引き金を引くのと時間的な差はない。そして後ろから別の兵が走ってくることなんてなく、ムーブで反対側を塞がれる。
「ムーブ」
音声認識でコマンドを実行。普通、ムーブと言えば自分を別のアドレスに飛ばすのだが、トーリの場合は他人をまとめて飛ばすことが出来る。一瞬にして構造体の外に放り出された兵は、撃つつもりだったのだろう。頭で意識して、身体に命令を出して、動き出した身体にブレーキを掛けることは間に合わず、運悪く突撃してきた死神に向かって発砲。数秒のうちに首を斬られて死への片道切符を切られてしまった。
「わーおさすがフリズスキャルブの継承者」
と言うか、なぜ死神……クロードはシフトせずにシェルを相手取っているのだろうか。そこまでして節約したいのか、それとも単純に金がないのか許可が出ないのか。何にしても、生身で戦闘用電子体に襲いかかるのは霧崎アキトかスコールくらいのものだ。
「なんかまた来るよー?」
「動くぞ、止まってると囲まれる」
「いえっさー」
「深部まで行ったらアンカーの妨害解除だ」
---
「やりすぎだと具申します……中佐」
「いいではないか准尉。俺は向こうを片付ける、お前は出てくるだけここでぶち殺せ!」
煽り散らして、元友軍で尚且つ仲が悪い部隊で、ついついカマ掛けて挑発してやり過ぎて。そんなこんなで軍相手に喧嘩ふっかけたクラルティ中佐は二人で正面突破を仕掛ける。
ただ、指示されたがこれは明らかに敵の密度が違う……一人で相手する量じゃない。
「了解」
やりたかないがやってやるよ、と。
FCSを起動し各種兵装を取り出して起動処理を開始。早速一人、ムーブと同時にシェルにシフトして突っ込んで来る。人間なんぞ轢き殺してしまえばいいとばかりに加速するが、アンカーが展開されていない以上は生身の人間が最強だ。
「なーに考えてんだか」
真上にムーブして、真下を通り過ぎた敵機の首を狙ってグレネードを撃ち込み即死。軍用シェルは使ったことがないが、機動性を確保したままCDF仕様機並に生存性が高いらしい。まあ、当たり前に即死するような攻撃を叩き込まれたら意味がないが。
「中佐、一つ聞きますが、プランは」
『ない』
「…………。」
はぁ? と、そんな感想を漏らす前に少佐から通信が入る。
『准尉、とにかく敵を引きつけろ。君の仕事はそれだけだ』
「少佐がそう言うならそれでいいんですけど……」
恐らくいつもみたいな無茶ぶりはない。長くとも三十分あれば状況は動くはずだ。それに白き乙女の第二連隊がいるのなら、これは勝てる戦いで間違いは無い。
『クロードさん、敵の固定兵器が出ます』
「いつもの〝勘〟か?」
『そうです』
ムーブしてくる敵兵に照準を合わせ真後ろにムーブして斬りつけ機雷を投げて続けてムーブ。出た端から仕留め、爆発でトドメを刺す。さっさとアンカーを展開すればいいのに、それをしてこないのはどう言うことだろうか。
疑問を抱きながらも一度距離を取って、ストレージから空のコンテナを取り出して壁にする。
『クライム少佐は予定通り進行中。ピクシーは押されていますが』
『イチゴだ。こっちから支援を回す』
『必要ない、状況は出来た』
爆音が轟き、盛大に火柱が上がる。
『ピクシー、予定通り作業を完了。次へ移動する』
「……リィン、シルフィはいったい何やった」
『ブリッヂを……中継界の接続を破壊しました』
「おぉぅ……」
ドシャッと嫌な音を立てて死体が落ちてきた。それに続いてひしゃげたコンテナや構造体の破片、シェルの欠片が降ってくる。巻き込まれた連中は全滅だろう。
こっちも仕事をしようかと、顔を覗かせてみれば浮遊銃座と固定砲台が展開して起動完了。続々と出てきた兵士がシェルにシフトして防衛ラインを構築している。アンカーがない以上は攻める側が圧倒的に有利だ。
「さぁて」
ストレージの中身を見てサーモバリック弾があるのが目にとまって、たまたまグレネードランチャーで打ち出せるタイプだったから二発装填。ポンッと音を立てて放物線を描いた砲弾は、起爆前に撃ち落とされた。
敵の注意が余所を向いた、迎撃の砲口が違うところを向いた。それだけいい、注意が上に向いた一瞬で敵陣の正面に飛び出し、一瞬で起爆するようにプログラムした砲弾を放ち離脱。燃料が飛びって白い霧のようなもに包まれた時にはすべてが吹き飛ぶ。生身と小型の兵器はこれで破壊できるし、シェルも機械的には耐えられても人間を変換しているだけで、壊しきれなくても全方向から掛かる熱と圧力にはパニックを起こしてしまう。
「なんでアンカーが展開されない」
『こちらは完了した。次へ移行する』
『ピクシー、構造体へ進入。敵と交戦を開始』
『ようし准尉、そっちはどうだ? こっちは片付いたぞ』
そっと物陰から様子を伺うと、大穴の空いた構造体の中で怯えているセントラ兵たちが見えた。だいたい向こうもムーブを使用した奇襲が出来るはずなのに、なんで仕掛けてこない?
「とりあえず出てきたほどは焼き払いましたけど、なんでこう、おかしいんですかね」
『イチゴからリィンへ、状況は出来たか』
『準備できています』
『イチゴからクライム少佐へ、合図は任せる』
質問には誰も答えてくれず、すぐ横にクラルティ中佐がムーブしてくる。
「で、これからどうするんで?」
「クライムの花火が合図だ。花が咲いたら突っ込め」
「……軍の構造体ですが」
「だからどうした、戦争だ」
「個人的な恨みですか、これ」
『アカモートの仕事でもあり中佐の私怨でもあります』
「なぁリィン、これ終わった後で始末書とかないよな?」
『もしあったとしてもすべて中佐の責任ですから。ね? 中佐』
同時に爆発が起こって構造体の外壁が吹き飛ぶ。
「突っ込め准尉!」
「……いやいや弾幕とかなると俺避けきれませんが」
砂埃が晴れる前に中佐が飛び込んで行って、流れ弾がコンテナを削る。
「なんかもう……ベリーハードだな畜生め」
生身で飛び込んでも回避が追い付かなければ一発で弾け飛ぶぞ、と。
「シフト」
頭の中のブレインチップへと、そう命令を送る。途端に黒い霧が溢れクロードという存在は拡散して、黒い装甲に包まれた鋼鉄の兵器として収束する。心臓の鼓動は電子パルスに、流れる血はオイルに。霧の中から現れるのは細身の機体。五メートルほどの小型機、兵装は両手の〝爪〟と腕部に内蔵された機銃のみ。設計上はすべての兵装を扱えるのだが、小型機故に大型兵器用の武装を装備すると動きが鈍る。だからといって困ることは無い、接近できて爪があれば勝てる。敵機の処理に食い込んで直接中身を、パイロットを破壊するのだから。それが生身の人間なら、リミッターがあろうが無理矢理に感覚を焼いて低確率で廃人に、ほぼ確実に絶命させる。
「ああもう、知らん」
戦闘モードの起動処理は終わっていて、飛び込んですぐに見えたセントラ兵の一部隊を跳ね飛ばして軍用機へとシフトして立ちふさがった敵機の胸部装甲へ爪を突き立て、処理に侵蝕してパイロットを焼き切る。
『中佐は奥へと向かいました。准尉は指定ポイントを回って出てくる敵を排除して下さい』
「ちなみにその奥で食い荒らしてるのはリンドウか」
『そうですね……レイアさんの追加兵装で強力なジャミングしながら暴れていますので……パニック状態の敵機が出てきますよ』
「シルフィもだよな。位置を掴めないスナイパーまで……なんか、哀れだな」
『来ます、エンゲージ』
遠くからちまちま歩兵用のライトマシンガンを撃ち込まれるが、余剰エネルギーで展開するシールドで完全に防げてしまえるから気にしない。
少佐が空けたであろう穴を見ると、背中を向けながら構造体の奥へ射撃しながら出てくる敵機が見えた。
「ほんと、パニック状態か」
ジェネレーター出力を戦闘モードへ。通常モードでも全く問題ないが、嫌な感じがする。念のため、備えるのは損にはならない。
足裏の駆動輪を動かし、背面のブースターを吹かし低姿勢で横滑りしてちまちま撃ってくる歩兵を跳ね飛ばして敵機へ襲いかかる。背後から〝爪〟を刺して、その一撃で中身を破壊してすぐ次へとまた襲いかかる。
機体……敵兵の身体をほぼ破壊しないだけだって、死んでからサルベージしたとしても通常兵装で破壊した場合より比較的綺麗なデータを得られる。
「こいつらホントに正規軍か?」
『間違いありませんよ』
敵の通信が聞こえないからどうなってるいるのか分からないが、もうパニックになって連携も何もないんじゃないだろうか。とくに中佐がやると敵を生け捕りにして盾にしつつ暴れるから、敵は撃ちにくいし士気が下がるし、何より通信が荒れてうるさくなる。
『イチゴからリィンへ……なんでフェンリルがいる』
『そんなことっ――中佐!?』
『呼びました』
若干笑いながら言う中佐。
『へへっ呼ばれました、ってな』
そしてそれに返事をするのは白き乙女の仮想化戦闘部隊とフェンリルに籍を置く狼谷少佐だった。
『イチゴ兵長から狼谷少佐へ。状況説明を要求する』
『ちっせぇこたぁいいだろ。テツ、まかせたぞ』
『アイゼンだセイジ。悪いがアイゼンヴォルフはナギサ隊との合同作戦だ。内容は恐らくそちらと同じだが、状況次第では撃ち合いになるかもしれん』
『了解した。狼谷少佐、帰投次第、第二連隊の作戦司令室に出頭せよ』
向こうは向こうで面倒なことになっているなと思えば、ようやくアンカーが展開された。これでこちらのムーブは封じられ敵はやりたい放題だ。
『アリスからクロードへ警告、シウコアトル接近』
「……マジで?」
ランク一覧を見れば、特別枠のトップにルージュマッドドガー。通常枠のトップにミディエイター。上から見ていけば二桁台の上の方に名前が載っている。特別枠一桁に名前が載っているクロードでも、そいつは相手したくない野郎だ。
「リィン! 誰かこっちに回せ!」
『ムダムダ、ジャミング掛かってる。支援するからしばらく相手して』
「俺は帰る。嫌だぜ突発的な――」
ログアウトしようとして割込が掛かってプロセスキル。
味方側のアンカーも展開されこれで通常戦闘の用意が調った。ここからは固定兵器や戦車なんてものは役立たずになる。シェルにシフトできるかヴェセルやエンブレイスを使える連中が主役になる。
「……なんで貧乏クジばっか」