冬【Ⅰ】
警告音と、直後に衝撃。
雲に飛び込んだアリスはすぐさま機体をチェック。異常が無いことを確認するとレーダーモードを切り替え敵機を探る。十キロ後方、なお直進。向かってくる様子ではないが、追いかけようにも追いつけない。追いかけられたら、逃げられない。
はめられたと分かったときには時すでに遅し。最初のアプローチで高高度を飛ぶ管制機を落とされ、広域レーダー担当の部隊がそいつを捉えた数秒後には、回避機動に移行する暇も無く十四機もの僚機が砕け散った。何をされたのかすら分からず、しかし反撃のために姿勢を反転させながらレーザーを放ち、正面に捉えローレンツカノンを撃ち込む。
そして、警告音と、直後に衝撃。
敵機との距離が二百キロ。追跡限界を超えレーダーから消えた。機外カメラが捉えた敵機は、とても戦闘機とは思えない図体だった。全長約八十メートル。巨大な翼が二対、エンジンは四発だがすべてが後ろに配置され、横並びではなくに四角形に。機体下部には砲のようなものが見え、装甲の繋ぎ目は恐らくウェポンベイだがそのサイズでは搭載できる武装は凄まじいものになる。
「アリスからギアテクス隊へ。状況を説明せよ、返答次第では攻撃の用意がある」
『どうだね我々の開発した新型は。陸海のヴェセルだったが、これで空も支配できる。もはや戦闘機など不要なのだよ』
「…………。」
素直に、呆れた。
前にもそんな感じで戦車は不要だ戦艦は不要だと言っていたが、結局継続的な制圧支配、補給、整備やその他もろもろの問題でなくなることはなかった。
「こちらは模擬戦と聞いていたが、どう言うことか」
『だから不要だと言っている。ゲイルとか言ったか、ただの工作兵が出した案など――』
水平線の向こう側で眩い光が弾けた。先ほどの交差で見えた機体とその動き、大空であの巨体、しかも凄まじい速度。旋回性能は絶望的だろう、下手に動かせば速度と重量に振り回されて制御を失うのは目に見えている。しかも、ヴェセルと言った。ならば操縦は人か、もしくは人とAIの共同。あんなデカブツに人が乗れば耐えきれないし、そもそもの前提として人の反応速度では無理だ。
「試してみるか? ギアテクス隊」
別の機体に乗り替えたら勝てる、そう結果を弾き出したアリスは挑発を開始する。ギアテクス隊の管轄エリア、そしてAIへ仮想空間経由で無人機を送りつけ破壊行動を開始すると同時に付近の基地で待機中、もしくは輸送中の無人戦闘機を遠隔起動権限でアクセスして設定を書き換えていく。
『自ら不要だと言うことを示すか、感情を持ったAIなど必要ないと証明しよう』
「いいハードウェアだけでは性能を発揮できない。それは理解できるはずだ」
返答はなく、大きな弧を描いてこちらへと進路を変える〝敵機〟をアリスは〝視認〟する。セントラの衛星へのアクセス権限は持っているし、スコールの置き土産でもある〝槍〟の制御権限もある。さっきは直撃させたが海に叩き落とすことはおろか、装甲を破壊することすら出来なかった。開発中と聞いていたデフレクターだろう。
現状用意できる最大火力は〝槍〟のグングニルかロンギヌスだ。ピンポイントで核爆弾並の威力を撃ち込めるが、それが効かないと言うことは次は魔法しかない。
とりあえず、この機体は勝ち目がない上にここで墜とされてしまうとそれをネタにされて後が面倒だ。自己データを転送して、自機をロックオン。すべてのミサイルを発射して自爆。
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「おいおい……俺はお前の食料じゃないんだよ」
大雪の中、クロードは防護障壁の外側に浮かぶ島にまで逃げ出して追い込まれていた。頼みの紅月はなにやら桜都で大怪我したらしく、ここ最近はアカモートに来ていない。
「肝臓……半分でいいから」
「いくら再生の効く臓器だからって、ダメなもんはダメだ」
今日の白月はバックラーとショートソードに膝当てや肩当ての軽装という歩兵の装備でクロードを追い回していた。ここから逃げることは出来るが、完全にアカモートの障壁から出ることになる。外は大雪で氷点下。安全な場所に辿り着く前にギアのバッテリー切れになれば凍死だ。
「……じゃあエッチしよ」
「はぁ?」
「白い体液なら――」
相手するだけ無駄だと判断して、飛び降りた。肌に突き刺さる冷気を我慢して雪を引き寄せて圧縮。追いかけてくる白月へ向けて投げつけ、顔面に直撃させる。物理攻撃がほとんど通らないのは確認済みで、魔法攻撃でないとまともなダメージを与えられないが、生憎クロードは魔法を使えないしギアを使った疑似魔法では魔法士が無意識に展開する壁すらも貫通出来ない。
「フランちょっと助けろ」
『いいけど、仕事入ってるよ』
「あぁなんでもいい。とにかくこいつぉっ!?」
転移して飛びついて来やがった。ニヤッと笑うその顔を見た瞬間、転移に巻き込まれてメインタワーの正面に放り出され、すぐさま蹴り飛ばす。首を折るつもりで蹴ったのにまるでシリコンを蹴ったかのような感触だ。
「ったく……」
距離を取るとすぐに白月が飛びかかってくるが、そこにフランが割って入る。
「失せろ!」
棒? のようなもので白月を殴りつけるとまるで雷が落ちたような音がして痙攣し、地面に倒れ動かなくなる。見覚えがあるが、それはスコールの私物のはずで……。一瞬アークが見えた。
「フラン、それ……」
「ん? スコールの魔装だけど」
「…………。」
物理的に百五十万ボルトとほんの僅かな電流を叩き付け、同時に接触を条件に雷と同程度の電圧と電流を叩き付ける魔法が発動する当たれば一撃必殺の魔装。
焼け焦げた白月は痙攣を続けているが、これは死んでない。普通なら死ぬけど死んでない。これだけやっても一時的に動きを封じることしか出来ない。
「で、仕事だけど」
送りつけられたデータを展開して流し読みする。貼り付けられている画像は見たことがないが、恐らくセントラの大型飛行兵器だろうか。五つの可動型ブースターと巨大な可動翼が二対、全長は百メートル。先日アリスから上がった報告の機体と似た形のものだ。
「これを墜とせって?」
「出来れば拿捕。無理なら跡形もなく破壊。とりあえずダイブルーム、行こ」
有線接続用の棺桶が用意されている仮想空間での戦闘用の部屋へ移動する。途中、資料に目を通していくがアリスから報告があったのよりもかなり強化されているタイプだ。
「これ、団長が撤退する程か」
「アーサーシステムズとの共同戦線だったけど、主砲直撃でもそのまま突っ込んできて交差の一瞬で浮遊都市のエンジン破壊されたとか」
「アーサーの主砲ってアレだよな、戦艦一撃で沈める威力だよな? それも真正面から後ろまで貫通する」
「そう、超長距離の大口径実弾兵器。射程二千キロのあれ。警告無視して接近してきたから撃って、で、そうなった」
戦闘レポートを読めば読むほど勝ち目がない。どうもグラビティギアを搭載しているらしく、クロードでは出力で負ける時点で手の出しようがないし、戦闘中は外部アクセスは受け付けないシステムらしく仮想経由での攻撃は不可能。アリスはそれの整備工場に攻撃しかけたようだが……。
「どうしろってんだよこんなの……」
あれこれ考えてはみるが一つしか思い浮かばない。そしてそれもそれでやりたくないというか、面倒くさい。もしそれをやれというのなら、クロードではなくクライム少佐の仕事だ。
「出来る出来ないじゃない、どうにかする」
「スコールがいるならいいけど俺らじゃどうにも出来ねえよ」
「いい加減独り立ちしたら?」
「お前が言うなよ、なんかあるとすぐ頼るくせに」
そういうとむっとした表情で、
「そっちも」
と、返してきてお互い何も言えなくなった。依存しているのは間違いが無いし否定もしない。スコールならなんとかしてくれる、その思いが常にどこかにある。
ダイブルームに入るとすぐクラルティ中佐の声が飛んでくる。
「ようやく来たか、遅いぞ」
「遅いったって俺はさっき言われたばかりですが」
部屋にはジェットの所属とイチゴ率いる第二連隊が集まっていた。まあろくでもないやつらばかりだ、とくにジェットの所属が集まるとこの数名だけで作戦行動が行える。相手が軍であろうが関係ない。個人が組織化された集団相手に勝てるのか。スコールは群れるのは雑魚の特権だという、それはスコールが個人で軍として必要な能力を保持してしまっているからだ。だがそれは、ここにいる連中も似たようなもので。
「それではこれから作戦行動を開始する。プランは先ほど決まったとおりだ」
「俺は何も聞いてねえが」
「他に質問がある者は?」
「無視か」
「何もないな。始めるぞ」
「……何も聞いてねえんですが」
いつものパターンなら先陣切って突っ込めだが、言われないと言うことはそういうことだ。
それぞれがコンソールについて、ダイブしていく。ヘッドマウント型のゴーグルを被るのは第一世代で、首裏に神経接続のジャックがある第二世代と第三世代は有線接続だ。作戦行動時はなるべく有線接続で、これが基本だ。
送り込まれたのは殺風景な鉄の床とコンテナが散乱する中継界。セントラとの接続領域だ。隣を見ればふざけているのか、旧型機にシフトしているクラルティ中佐がいた。
「で、どうするんですか」
「分かっているだろう、准尉」
「……勝てないなら補給線潰せ、ですかね」
無補給で動き続けられる兵器などほとんど存在しない。あんな大型機ならヴェセル隊と同じように整備部隊が随伴するか、専用の基地がある。そこを潰そうと言うことだ。
「そうではない、嫌がらせだ。ただの、な」
「うわぁ……」
中佐の言う嫌がらせはスコールの言う嫌がらせと同じレベルだと捉えていい。嫌がらせに手間を惜しむなと、そんなことまで言う連中だ。
『クライム少佐は活動を開始。ピクシーも動きました、そちらは』
「これより行動を開始する。第二連隊との調整はすべて任せる」
『了解しました』
リィンが通信を切ると、他の部隊の構成が視界の端に表示される。第二連隊はイチゴを指揮官に二十名ほど。四人一班での構成だが、こちらはバラバラか二人一組だ。
「……中佐、もろにこれ軍の構造体の裏手ですよね」
「そうだよ?」
なんで普通は近づけもしない場所に直接ダイブできてしまうのか……。
『こちらはセントラ軍第七仮想戦隊である。ただちに――』
警告途中で中佐がロケット弾を撃ち込んでアラートが響き始める。
「マジっすか」
「行くぞ准尉、片付けろ」
「了解……もう、どんすんだこれ」
軍相手に喧嘩売って勝てるけど大変だから極力やりたくない。面倒くさがり屋のクロードに取っては本当に面倒くさい敵だ。
構造体のゲートが開き、敵機がブースター吹かし飛び出してくる。セントラ軍の通常仕様機、二足歩行タイプで背面のエンジンで高速機動が可能なタイプ。見たところは武装はライフルだけで追加兵装が装備されていない。緊急対応だからだろうか。
「リィン、スヴァートゥグリムリーパー、これより戦闘を開始する」
『確認しました、ご存分に』
アンカーが展開されてないのをいいことに、クロードはストレージからグレネードランチャーを取り出し走りながら装填。終わり次第スモークを投げ、敵の目を引きつけ背後にムーブし関節にグレネードを撃ち込む。リミッターは設定されていないし、これで現実では足の不自由な兵士が出来上がる。仮想からのフィードバックを殺しきれなければショック死もありえるのだから。
『こちらはアカモート警備隊、スコール・クラルティ中佐だ。先日そちらとの間で起きた戦闘について話し合いがしたい、担当者を出せ』
『該当する記録はない。言い掛かりはやめてもらおうか』
『一分待ってやる。こちらは一方的に攻撃を受けたのだ、相応の対応がない場合、攻撃を開始する』
「もうやってるでしょうが……」
黒いフードを深く被り、ムーブしてくるなり撃って来た歩兵の隊列に飛び込んでナイフで首を斬っていく。
「にしても、一方的?」
『だっただろう? 騎士団長は虚偽の報告をするか?』
「……ですね」