桜都国【Ⅷ】
蹴られて、民家を五軒ほど突き破って走ってきた大型トラックに跳ね飛ばされた。
「いってぇな……いきなりか」
トラックの運転手が降りてきて大丈夫かと声を掛けてくるが、見ての通りだと答えて振り返ると魔法弾が飛んで来た。五発、しかも空戦仕様。
「バカッ!」
その場に伏せ魔法弾が炸裂。周囲のすべてを吹き飛ばして道路に大穴を穿つ。普通なら陸戦で対人仕様を使うのに、爆発力が桁違いの空戦仕様を撃ち込んでくるのは周りの被害は一切考慮していないからだ。
「無関係の連中には被害出さないのが約束だろ!」
「防御任せた、切断威力射程無制限」
「んの野郎」
突っ込んでくるレイジは囮だ。あいつはそういう戦い方をする、大きな動きで引きつけて死角から殺しに来る。この場合は迎撃するのが最も最悪の選択、見えないところから襲ってくる剣を警戒すべきだが、しかし注意を逸らせばレイジが本命に変わる。
結果として選んだのは距離を取りつつの目眩まし。
展開する障壁の形を変え、地中で一気に広げて爆発を起こし土煙とアスファルトの破片をぶちまける。
話し合いに持ち込むことすら不可能。一度撤退して仲間と合流したいところだが、そんなことすればまとめて殺される未来が待っている。
「風よ舞え」
吸い込まれるような風の動きに、反射的に障壁を強化した。何が来るか、認識不可能な速度での斬り込みの疾風斬か、瓦礫や土塊を混ぜ込んだエアバーストか、それともプラズマ化させて焼き払う気なのか。何してくるか予想できても、多すぎて絞り込めず対策しようにもトウジョウが使えるのは武装の召喚と障壁だけだ。仲間の強化魔法の支援がなければ大したことは出来ない。
詠唱パターンは〝風よ舞え〟か〝風よ我に集え〟の二つしか無いが、どっちでもいいらしくいままでの戦闘ではどちらの詠唱からでも関係なく攻撃を繰り出しているから勘で判断なんてことも出来ない。
何が来ても防ぐと意気込んで、土煙の中から圧縮空気の塊が投げつけられ足元で炸裂。身体が浮き上がった所に斬り込んで来た。白い刀、何でも切断するそいつの攻撃は防げないが逸らせる。腹を狙った、上半身と下半身を斬り分けるその一撃を障壁の多重展開、それも角度をバラバラにした防御で受ける。
「話しを聞――」
吹っ飛ばされてビルの壁に叩き付けられ、ヒュッと音がして顔を動かすと刀が突き刺さる。
「お前今、何を斬った」
重い一撃だったが、オマケで斬られたような感覚だった。レイジの動きを注視しなければ空中連れ去りコンボを叩き込まれて、障壁では防げないダメージで殺される。しかしその行動も見て先を予測しなければ、次の一手、その先の一手を封じられてしまう。
「焼き尽くせ、浄火」
声がして、どこだと探すと地面が燃え始め掠っただけで障壁までもが燃え始める。
消せない炎、呪炎結界のバリエーションの一つだ。物質、非物質問わず現実とそこに存在する世界の情報もろとも何もかもを、焼き尽くす悪夢。対抗できるのはアトリの〝迎え火〟か情報構造に対しての直接干渉が意識的に出来る魔法士、レイアくらいだ。
「桜都を灰にする気なのか!」
障壁を一枚脱ぎ捨て、炎から逃れてビルの壁面を駆け上がろうとすれば、傾いていることに気付く。倒れてきている。
中には人がいて悲鳴が聞こえ、通りすがりの傭兵達が咄嗟に魔法を放って倒壊を防ごうとしているがお構いなしにレイジは攻撃してきた。突き刺さった刀を基点に転移し、抜き放ち勢いそのままに叩き付けてくる。
「このバカッ――」
壁を蹴って宙に舞い出る。障壁がある限りどんな高さからでも着地は出来るが、勢いがつきすぎると接触のダメージはカットできても慣性をキャンセルできずに自分の体重とその時のエネルギー状態に応じたダメージは受ける。
「漣」
それが詠唱だとトウジョウは知っている。どんなに強固なものだろうが無慈悲に情報を改変し数秒と経たずに事象が半端に定着し、その瞬間で魔法をキャンセルする誰にでも出来そうで出来ない不安定な事象改変。
レイジが放つそれは叩いた場所を基点に、水面を叩いたような〝波〟を発生させ地面だろうが壁だろうが、核シェルターの強固な隔壁だったとしてもその表面を砕いてしまう。キャンセルするタイミングをずらせば砕けた破片を飛ばす方向くらい多少の制御ができ、トウジョウは瓦礫の散弾に襲われ民家に叩き付けられてしまう。
「くっそ……あいつ、これ以上巻き込むなら」
「トウジョウ君こっちに――」
来なさい、と。止めに入ったスズナがそう言う間もなく大型トラックが投げ込まれてトウジョウを押し潰し、レイジが振るうアナリシスが燃料タンクを切り裂き風が燃料を散らし、アトリの火焔が爆発を起こす。
「紅ちゃん、レイジ君を止めなさい」
「不可能です。私の実力では彼に敵いません」
「やれるだけやりなさい、無理だと思ったらすぐ逃げていいから」
少し迷ってから、盾を召喚した。スコールの魔装で対抗できるのか、不安だがやるしかないとレイジを見据える。
「了解しました。月姫小隊、紅月、これより戦闘行動を開始します」
投げつけられる一トンを超えるコンクリートの塊や巨大な鉄骨を紅月が叩き落としてレイジと衝突を始める。戦姫クラスでは敵わないと知っているが、足止めにはなる。普段は本気を見せないが、もしもレイジが本気を出したなら止められる者は数人しかいない。いま紅月と衝突していると言うことは、それはまだ〝遊び〟気分だということだ。
「さすがに死ぬっての」
煤を払いながら黒煙と真っ赤な炎の中から姿を見せたトウジョウは、それでも平気で動ける状態で見たところ怪我はしていない。
「如月さん、だったかな。あなたは我々の〝敵〟だ。俺を助けるなんてことは絶対にしちゃいけない」
「敵って言ってもトウジョウ君は」
遮って口を開く。
「俺はあの〝夏〟のことを忘れたわけじゃない。言っても仕方ないが、もしあなたたちがいなかったら誰も死なずにすんだ。こんな、世界を渡り歩いて戦争をすることにもならなかった。どうしようもなかったんだろうさ、俺たちはあなたたちが言うところの巻き込まれで終わったはずだ。なのに、干渉してきて〝世界の理〟から弾き出した。それについては恨むぞ」
「……ごめんなさい。あの時は」
「仕方なかった。それでいいさ、納得はしないが」
野次馬が増えて、桜都が緊急発行した仕事を受けた傭兵達が続々とやってくる。これ以上の戦闘継続は面倒になると判断してトウジョウは立ち去ろうとするが、轟音がして振り向けば紅月が道路に叩き落とされレイジが向かってくる。
「紅ちゃん!」
「じゃあな、俺は逃げる」
一歩を踏み出して、銃声が響く。
足が思うように動かず前に倒れ、続けて銃声が響いて腹から血が出た。撃たれたのだと理解はしたが、なぜ弾丸が貫通したのかが理解できない。クルス相手に戦った時は一発も通さなかったのに。
「なんだよそれ」
白い刀を振り上げるミナガワを見て、ここで終わりかと諦めかけるが槍が降ってきてミナガワが回避行動を取る。続けてハンマーも落ちてくる、解体作業で使うような大きなそれは路面に亀裂を入れるほどの重さがある。
「トウジョウ、動ける?」
「足をやられた」
「仕方ないねー、ちょい足止めするからアンジョウ頼む」
「後でなんか奢れ」
「俺死にかけてんだけどな」
太股と腹からの出血だ。流れ出る血の量が多い、太い血管が切れてしまっているようだ。仲間に背負われて転移魔法で戦線離脱。あんな化け物を相手に戦うなら、まだ戦力が必要だ。
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槍使い相手に有効な戦闘方法はと聞かれたら、レイジなら初撃を逸らして前進する。懐に入れば槍は叩くことも突くことも出来ない。
しかし、今回は間違えた。
刀を振るい槍ごと斬ってやろうと思っていれば、虚空で停止してしまう。
「アトリ何やってる!」
『ダメ!』
他の武装もアトリに引っ張られているのか言うことを聞かない。使えないなら邪魔になると、アトリを手放して魔法を放つ。加重系の簡単な魔法、相手をその場に押さえつけるだけのそれは効果を現すことなく破られた。
ならばナイフだ。間合いのうちに飛び込んで最も命中率の高い胴体へとナイフを突き刺そうとするが、横合いから飛び込んだ赤い刃に弾かれた。
「待って!」
「そいつは敵だ」
「でも」
「でも、じゃない。元仲間だからって敵であることに変わりは無い」
「だからって殺さなくてもいいじゃん!」
「もういいどけ」
アトリを押し退けて殺しに掛かると、赤い光が弾けてアトリと敵が消えた。どこかへと転移していった。
「…………。」
「レイジ君、やりすぎよ」
スズナに言われるが無視してスマホを取り出す。
「シルファ、敵の位置」
『直上二百メートルにアマギ』
どう攻撃するか、そんなことは考えなかった。スズナの手を取って魔法防御を破壊、短距離転移に巻き込み、路面に半分埋まっている紅月を掴んでさらに中距離転移を連続発動。桜都の領域内で一番離れた場所まで飛ぶ。
「ちょっといきなりなにするの」
「天城采斗、覚えてるか」
「トウジョウ君と同じで攻撃が通らないあの子?」
「そうだ。レイズが負けたこともあるし、何よりあいつは美女となると見境なく襲うからな……」
敵であろうが味方であろうが、だ。黄昏の領域最強であるフェンリアでさえも、襲われた時にはどうやっても殺すことができず撃退するにとどまっている。
「それってぇ……」
「さっきアトリがやられた。あのクズ野郎は子供でも妊婦でも襲ったからな、もし捉えたら五十キロほどは無理してでも転移で逃げた方が良い」
正直守り切れる自信がない。スズナは襲われる可能性が非常に高く、もしそうなったときはどうしようもなくなる。
「レイジ君なら勝てるでしょ」
「勝てないから逃げたんだが、そのへん理解しろよ」
「そう……。そこは気を付けるとして、あんなに街壊して後始末どうするのよ」
「問題ない。ステルス状態で戦ってたから、トウジョウしか見られてないしカメラにも映ってないしセンサーにも捕捉されてない」
「……あなたそういうところは抜かりがないのよね」
「やるだけやって面倒なところは放置したいからな。ま、酸素だけを吹き飛ばすとかしなかっただけよかったと思って欲しいのだが」
酸素濃度が極端に低い空気を吸えば大抵の場合は一発アウトだ。
「酸欠でみんな死ぬわよ、そんなことしたら」
「なんなら雷撃でオゾン作って撒き散らしてもよかったし」
「レイジ君、出来ること全部言いなさい。使用制限掛けるわ」
「だから出来ませんで通してんだよ。言わない」
だいたいそういう方向のヤバいことで言えば如月隊の女の子たちの方が得意だ。