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桜都国【Ⅵ】

 ふと気付けば、カスミは暗がりの中に居た。

 誰かに呼ばれるような気がして、意識を向けると唐突に世界が変わる。どこかのホテルで、自分を押し倒しているのは完全に酔っ払ったレイズだ。顔を見るだけでも嫌悪する感情が溢れ出す。

 ほぼ反射的に蹴って、顔を叩いて。それでも逃げることは叶わず、下半身に痛みを感じた。

 それで意識が現実に引き戻された。

 目の前には吐息が感じられるほどの距離にレイジの顔があった。

「あり得ないからそんな未来はっ!!」

「何が見えたかは知らんが、可能性の一つだ」

「嫌だからあんなの! レイズとヤるとか死んでも嫌だから!! ……あっ」

 カスミの視線が後ろの何かを捉え、つられて顔を向けるとスズナが立っていた。言い訳のしようはあるが、見せていた間は傍から見ればキスをしていたような……というか、そのままの現場だ。目撃者の状況証拠では、そうなってしまう。

「霞月」

「ひゃいっ!?」

 怒りのオーラを散らすスズナ相手に、反射的に障壁を展開してしまうのは仕方ないと言える。

「私の旦那を誘惑して奪うつもりかしら」

「い、いやっ、そんなじゃないんで――」

 ほぼ、勘だった。予兆なんて一切無しの、超高速の氷弾をレイジが逸らして壁に大穴が開いた。腕が痺れる。奪えず、そして弾くことも出来なかった。もし逸らせなかったら、カスミの上半身が消し飛んでいたことだろう。

「へっ……あ」

 ぺたんと、腰が抜けて崩れ落ちたカスミの首に氷の刃が添えられる。

「私のお腹にはレイジ君の赤ちゃんがいるの。レイジ君は私の夫なの。手を出すなとは言わないわ、ただ隠れてそういうことされるのはいい気分じゃないの」

「スズナ」

「レイジ君は黙ってて頂戴」

「…………。」

 どーしたらいいんだろうかこの状況、と。悩んでいればさらにアトリまでやってきた。

「あんたさあ」

「アトリちょっと向こうに」

「ユキの時と同じ事言うならもう知らないから」

 止めようとして突き飛ばされ、アトリが食って掛かる。いつかと同じ止めようのないパターンだと認識して、逃げた。アトリがキレる理由はよく分かるし何度か実際にあった。今までは止めに入ったが、今回はこのまま爆発させたところで死人は出ないだろう。

 廊下に出ると紅月が氷の塊を引き摺っていた。

「それは」

「完全に黒ということで、隊長権限にて処分を下したと」

「なるほど」

 凍てつく氷に封じられた冥月は、綺麗な姿のままもう永遠に目を覚ますことはない。凍てついたまま死を認識することもなく永遠の眠りへと落ちて、もう目覚めることは、ない。

「後始末は私がします」

「ま、そんなもんどうこうする気もねえし任せた」

 予定時刻まではまだ余裕があるからと、術札の用意でもしようかと思いパソコンを持って大広間に入ると隅っこでノインが膝を抱えて座り込んでいた。

「何をしている」

「予定時刻まで待機中」

 窓から外を見れば、他の新入りが紅月に先導されて空に上がっていく様子が見えた。十二月までに使えるように鍛えることが出来るのか、そんなことするなら先制で敵を潰したほうがいい。

「レイジ兄さーん、あれヤバいことなってるからちょぉっと止めてくんないかなー」

「あいつらのことはほっとけ」

 もうプリンのこともどうでもいい。捨ててからまた作ろう。

「ほっとけって、もう戦争だよ、マジで火花散ってるから」

「知るか」

 さて、誘導魔法弾の改良でもしようかとソフトを起動するとプリン泥棒たちが飛び込んできた。

「飛び火飛び火ぃ!」

「ヤバいからマジでヤバいから」

「って訳でちょっと」

 抱えられて廊下に放り出される。

「なんとか止めろ!」

 バンッと引戸を閉められ障壁が二十枚ほど展開された。そんな柔な障壁じゃ余裕で貫通するぞと、思いながら焦げ臭い空気と痛みを感じるほどの冷気に晒される。

「おいおい……」

 台所を覗いてみれば、カスミは逃げようにも逃げられず隅の方で縮こまって、出入り口を塞ぐ形でスズナとアトリが衝突していた。薄らと青みを帯びた液体が床に散らばっていて、何かと思えばスズナの冷却魔法で液化した空気だ。その反対側はアトリの加熱魔法で見えない炎と赤熱する床や家具が嫌な臭いを発している。

 下手すれば大爆発だ。物理的にも、魔法的にも。そんな場所で口喧嘩をしている二人を怒鳴りつける。

「やめろお前ら!」

 ブレイクはしない。したら、その瞬間にでも爆発が起こる。

「あのさあ、あたしにしてみればこの女とそこの女はあんたを奪おうとしてるようにしか見えないんだけど」

「前にも言ったがな、付き合いの長さで優先するつもりはない」

「もういい! 知らない!」

 飛んで来た平手打ちを躱せば、もうその時には壁に開いた穴の向こうに飛んでいく赤い光があるだけ。

「追いかけなさいレイジ君」

「ほっときゃ帰ってくる」

「そんな事言わずに行きなさい」

「仕方ない……で、少しは思い出したか、アトリのこと」

「悪いけど、まったく。それとこれとは別だけど、私が怒る理由、分かるかしら」

「それこそまったく理解不能。他人の思考なんて予測できても理解できん」

「だったら」

「もし選べと言うのなら、アトリを取る」

「ちょっとレイジ君!」

 穴から飛び降りて玄関へと走り靴を履いてアトリを追う。放っておけば確かに帰っては来るが、アトリを狙うやつも居ることだから心配だ。だからこそ、アカモートで緊急離脱した際にすぐに追いかけた。戦闘時のサポートはほぼ任せきりだから、それとは別で、失えない理由がある。

「ヴァルゴ、アトリの位置は」

『不明、探知不可能。推奨、隷属の鎖による追跡』

「出来たらやってるっての」

 手当たり次第に探したところで無駄だと分かっているからこそ、追いかけずに帰ってくるのを待ちたい。形だけだが()()は取ってあるし、自分の()()というものはよく理解しているはずだ。

 喧嘩して衝動的に飛び出して、帰りづらくなってそのまま帰ってこないなんて言うパターンは否定できないが、いままであれやこれやとやってきた仲だから、どうなろうとどこかでまた会うことにはなる。

 取りあえず飛んでいった方向へ向かってみるが、人通りの多い場所まで来ても魔法の痕跡を探す都市警備隊の連中や傭兵は見当たらなかった。そう言う動きがあればそれを辿れるかとも思ったが、簡単にはいかないようだ。索敵魔法を使うことが出来れば早い、しかし寮や基地の中ならともかく、公共のエリアで魔法を使うとすぐに探知されて面倒なことになる。

『警告、敵接近』

「こんな街中でか」

『距離、後方五十、補助具起動を確認』

「近いなクソ」

 振り返って見ても妙なやつは見当たらないし、魔法による迷彩もない。

「回避する、ルート指示」

 スマホの地図アプリに表示された複数のルートを見て、一番人気の無い走りづらい道を選ぶ。人混みの中でいきなり走り出すなんてことはしない。そんなことすれば逃走者と追跡者という関係が明確になり、一般人は巻き込まれたくがないために道を空け出しゃばった傭兵が手を出してくる可能性がある。

『警告、新手の敵感知』

「向こうは気付いてるのか」

『こちらには気付いていない、現在別グループと交戦中』

「ったく外に出りゃ面倒ごとが次々……」

 絶賛戦争中のセントラとブルグントなら分かるが、一応でも平和な国のはずである桜都でもこれとなると休めそうにない。不幸体質なのではないかと疑いたくなるが、さすがに一番不幸なのはレイズだからそんなこと言えない。今頃どこで何しているのだろうか、レイズが帰ってくれば大抵の面倒ごとは吸い寄せられるようにすべてレイズに向かう。そうなればまたしばらくは遊べる。ただ、何もかもがレイズに行ってその反動で暇すぎることになってもそれはそれで嫌だ。

「じゃー面倒ごとついでに一個頼まれてくれないかなー」

 するっと回り込んできて、青い瞳で見上げてくる。

「断る」

 うるさい足音に振り向けば明らかに借金の取り立て業者の怖いお兄さんたちが……。

「なんでぇ!? 今ならこれ上げちゃうよ! 駅近のあの高級風俗の割引券!」

 そんなもん渡すより先に、なんで借金取りから逃げているのかこのアホの子は。この前、大量のパンを買って多めに金を払って、しかも白き乙女との契約で数百万の手付金が支払われているはずだ。

「リコ、お前はなんでこんなことになってんだ」

「知るかい! なんか配達するだけで二百万貰えるって言うから依頼受けたらいつの間にか借金二千万押しつけられてたんだよぅ……助けて?」

 何がどうなったらそんなことになるのか。

「取りあえず店売ってから風俗にでも行けよ。その見た目ならすぐに固定客つくだろ」

「酷い!」

「で、いったいどんだけいるんだ追って」

 後ろと前を塞がれて立ち止まる。

「んとねー多分三十人くらいかなぁー」

「そうか、まあ三十人くらいなら大丈夫だろ」

「え、なにが? ってかなんで縛るの」

「おいあんたら、連れてけよ。要らないってんならブルグントの娼館に売り飛ばす」

「ちょぉっ!? どっちでもバッドエンドかい!」

「お前はまだこっちに来るべきじゃねえんだ」

 数人知っている顔が混じっていたが、借金の取り立て業者にリコを引き渡して立ち去った。避けられる面倒ごとはなるべく避けることだ。そうでなければ抱えすぎて潰れてしまう。

 うらぎりものーとか、はくじょうものーとか叫びながら連れて行かれるリコは意識から放り出して、こちらの追っ手を確認する。

『ルート更新』

「数が増えたか」

『作戦開始時刻に間に合いません』

「……走るから妨害しろ」

『了解しました』

 再び人通りの多い場所に出て、交差点を目指して走ると信号が変わる。渡り終えるタイミングで点滅もなく赤に。クラクションが響くが振り返ることなんかせずにショッピングモールに駆け込んで、自動ドアがロックされる。監視カメラの映像はモザイクか部分削除で対応、個人情報の照会はそもそもの情報自体を削除して検索すら出来ないようにヴァルゴが支援する。

「どこから出たらいい」

『三階、連絡橋から駐車場へ移動。北口から離脱し指定ルートへ』

 モールの中を早歩きで抜け、連絡橋に出て下を見る。

「いるか」

『目視可能範囲に敵影無し』

 結局、そのまま離脱して如月寮へと帰り着いたが詳細不明の敵は分からないままだった。


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