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桜都国【Ⅴ】

「……とりあえず、どうしろと?」

 レイジは新編された部隊と言うことで、雑用全般を任せるヒサメ、災害級魔法を余裕で連発できるレイ、そして先ほど唯一レイジに触れることが出来て魔法攻撃も回避した新人。その三人と一緒に大広間の隅の方にいた。周りではスズナが割り振りをしていて、最初は紅月の配下として桜都周辺の哨戒など安全な任務で訓練ということらしい。

「任命権限はあなたにあるから、この部隊の中なら好きにしていいわよ」

「そうか、よし。レイは今まで通り好き勝ってやれ。ヒサメは契約通りに寮の管理全般。お前、名前は」

「ない、管理番号はAの九」

「サロゲートのロット番号か。では一時的に(ノイン)と呼称する。配属先の希望、派遣任務の希望はあるか」

「ない」

「ノインの役割はなんだ」

「戦争の道具、消耗品」

「死ぬのが怖いか」

「いいや」

「殺すことに躊躇いはないな」

「ない」

「よろしい、昼からFCアカモートに奇襲を掛ける。同行しろ」

「はい」

 なんとも感情が薄いというか、もらった資料に目を通すが感情抑制加工がされている訳でもなく、ブレインチップを埋め込まれている訳でもないし、とくにこれと言った加工がされているのでもない。霧崎アキトのように、見た目から能力まであちこちに手を加えられたデザイナーズチャイルドともなれば完全にその用途向けとしてだが、こちらは無加工でそうなっているのなら養成所の環境が原因か。

「問題になりそうなことはやめてよ、レイジ君」

「大丈夫だ。ローテのパターンは変更されてないし、アイズ管制で団長指揮の哨戒部隊が出るから()()だけだ」

「だったらいいけど、夜には帰って来なさい。今のところ急な仕事が入ることはないけれど、何があるか分からないから」

「そっちもな。この新入りどもは敵かも知れない」

「そう言うことは考えないの」

「あらゆる可能性を想定しろよ。もしかしたら、十二使徒に対しても何かしらあるかも知れない。月姫だってほとんどが疑いありだろ」

「そうだけど……」

「一応言っとく。離反者の人数は確実にスズナの想定を超える」

「…………、」

「さて、形だけの会議は終了、解散」

 レイジが抜け出そうとすると、ノインから声が掛かる。

「作戦開始時刻は」

「十三時だ。それまでに空戦の準備をしておけ。飛べるな」

「はい」

 さーて面倒なことになったぞと、台所に向かえば流し台に大きなボウルとスプーンが五本、洗われて置かれていた。冷蔵庫の中を見てももちろん、作ったはずのプリンは存在しない。勝手に食べられた。

 犯人の目星はつくし、晩飯は自炊してもらおう。作ってやらんと決めて冷蔵庫を閉めると、障壁に囲まれていた。

「なんのようだ」

 振り返ればセンザキがいた。

「ちょっと教えて欲しいことがあってさ」

 魔法を感じ、ブレイクとスティールの同時発動で対抗しようかと思えば雲の上に飛ばされていた。隙間から見えるのは桜都国。そんなに離れた所ではないが、防げなかったのは今後のためにも対策しないといけない。

 幸いなことに見えない足場と壁に囲まれているおかげで落ちないし風もない。

「十二月二十五日の行動をね。君は全部知ってるんでしょ、何が起こったのか。そして君がやり直すために過去に飛ぶまでの出来事も一通り教えてもらえると助かるんだけど」

「言わない」

「他の人には〝未来からの警告〟って教えてるのに?」

「ネーベル、お前はこの世界から脱出可能だ。だから何も教えない」

「僕は。だったら他の人はどうなるのかな。フェンリルはこの世界に引き摺り込まれて、脱出を望む人たちのグループだ。その人たちは、脱出できないとでも?」

「一度は出て行くが、戻って来るやつらがいるからな。それに、今より現実の連中が入ってくる。この世界からあれこれ持ち出そうとしてな」

「そっか……でも、帰るって言わないで脱出可能って言うあたり、僕の目的は分かってるよね」

「あぁ、大きな障害だな」

「でも殺せないでしょ。だって君は」

「ブレイク」

「あっ」

 風に煽られながら落ちていく。仙崎霧夜ネーベルが相手では勝てない。魔神クラス一歩手前、レイズには劣るが魔法戦闘のプロだ。スティールやブレイク対策もしているし、何より〝霧の領域〟を展開されると、こちらも〝黄昏の領域〟をぶつけてやらないとどうしようもなくなるほどの戦力差が生まれてしまう。それこそ、〝この世界〟の演算リソースを食い尽くして世界の再生力を上回る破壊をぶつけ合うほどの戦闘に。

 デコイを散布してあらゆる方向へと飛ばし、ランダムに転移魔法を発動して逃げる。ネーベルとの決着はいくつか〝先〟の世界でやることで、まだその予定ではない。

『警告、高速で接近する飛翔体を感知』

「ネーベルか」

『否定。しかし対象は不明』

 見回すと桜都の防空識別圏の向こう側で戦闘が起こっていた。いくら防空識別圏の外とは言え、そんなところで戦闘が起こっていると桜都からすぐにPMCが飛んでくるはずだ。

「どこの所属だ」

『敵勢力、旧登録、冥月、霞月。不明』

 何やってんだと、魔法通信を起動、指向性のオープンチャンネルで呼び掛ける。

「こちら、黄昏の領域所属イリーガル。直ちにその空域から離れろ、従わない場合は撃墜する」

 警告するなり霧崎から通信が入る。

『ちょうどよかったレイジさん。ここで〝敵姫〟を墜とします、支援して下さい』

「そりゃ墜とすさ。警告したのに戦闘を継続している訳だし。手持ちがない、適当に撃て」

『了解しました。でも、まだ隠すんですか』

「当日までな」

 投擲魔法が次々に放たれ、その弾道を予測してスティールしにいく。

 見る限り敵は、霧崎とカスミの連係攻撃を回避と防御に専念して消耗している冥月一人だけだ。霧崎に飛行魔法を掛けつつ自信も飛行魔法と障壁の維持で大した攻撃が出来ないカスミ、そして固定砲台並の火力と弾幕を張れる霧崎、そこに致命の一撃をたたき込めるレイジが加わればすぐに終わるだろう。

 そう予測して、スティールした魔法を解体、中距離射撃型に組み直し狙いを付けていると、強力な魔法の気配と照準波。そして警告が飛んでくる。

『こちらは桜都国所属のPMCである。直ちに魔法を破棄し我が方に帰順せよ』

 警告を飛ばしてきた連中のその更に後ろ、照準波のパターンからして白き乙女の月姫小隊か隊長クラスだ。しかもこんなすぐに飛んでくるとなると、一人しか思い当たらない。

『ここは私が引き受けます。そちらは下がって下さい』

『なんだ貴様、SOのアサインには――』

 大量の水が召喚されたかと思えば、爆発して氷の迷宮を作りだしPMCの部隊を捕らえて封じてしまう。呪氷結界のバリエーション、そんな魔法を使えるのはこの辺りではスズナしかいない。

『クレスティアから冥月、霞月へ』

 キレているのはよく分かった。すぐさま通信回線を閉じてステルス状態に移行してパワーダイブ。〝お仕置き〟か〝お説教〟か、どちらでもいいが巻き込まれるのは嫌だ。

『レイジさん、俺ちょっとまだ捕まえる訳にはいかないんで逃げま』

 プツッと切れて、何事かと見てみると巨大な氷の檻にまとめて囚われていた。太い氷の柱と、その隙間に張り巡らされる分厚い氷の壁。転移魔法を遮断するほどの強度と魔力でどうしようなくなっているようだ。

「ま、知らん。一人でなんとかしてくれ」

 霧崎のことだ、時空間転移ですり抜けて逃げるだろう。問題は、いまこの状況で捕まるとお説教と尋問に巻き込まれる可能性が非常に高いと言うことだ。

『レイジ君、どこに行こうって言うのかしら』

「どこでもいいだろ。ちょっと飛んでく――」

 突然、真後ろから何者かに飛びつかれて手錠を掛けられた。

「ノインからクレスティア隊長へ。目標確保」

「…………、」

 全然気づけなかったし、今回のステルス状態は改良型でまだパターンすら知られていないはずなのにあっさり見破られてしまうとは……もしかすると、この子はその方面では恐ろしく厄介かも知れない。

「スズナ、なんでそっちが指揮してる」

『あなたの配下ではあるけど私の部隊なのよ? 絶対的な命令権は私にあるの。それにね、レイジ君が合格だなんて言うからには出来る子でしょう。実力は十分に見れたわ、〝可能性〟があるならムツキの所に入れてあげた方がもっと伸びるわよ』

「だろうな。だが却下だ」

『そうなの、いいわ。ノインちゃん、レイジ君を連れて帰りなさい。帰ったら大広間で待機よ』

「はい」

 で、引っ張ろうとしているのは分かる。ただ力が弱いからレイジの通常モードの飛行にすら負けてしまっている。

「魔法は苦手か」

「はい」

「今までの最高飛行速度は」

「時速六十キロ」

「曳航、及び戦闘機動の経験は」

「曳航はたった今した。戦闘機動はない」

「そうか……短距離だが体験させてやろう」

 全力出せばスズナと同程度の速度は出せるのだが、未経験者にいきなりそんなの経験させるわけにいかないと控えめに飛ばして桜都へと帰る。


 ---


 レイジに加え、捕獲された二人も揃って魔封具を取り付けられ大広間で正座していた。すぐに逃げるつもりでいれば、如月寮にいた暇人どもがなぜか着地予定地点で待機していてとっ捕まってこのざま。逃げようにも背後にはナイフ持ったノイン、廊下には重装備の紅月といないよりはマシと言うことで蒼月の二人。そして目の前にはキレかけのスズナ。

「こんな十個も付けなくても二つで十分だ」

「戦姫クラス平気で倒すあなただからよ」

 本当はどれだけ封印を受けようともいくつかの刻印魔法は使えるから、魔封じなんてのは意味がない。

「霞月、まずあなたにはこれがどう言うことか喋ってもらいます」

 いつものようにカスミちゃんと名前を呼ばない当たり、下手な回答をすれば爆発する。

 カスミの前に出された封筒。

「これは?」

 開けて、中身を取り出すと隠し撮りされた写真。レイジと二人で買い物に行ったり、射撃場で試射したり、人気のない路地裏に入っていったり、カフェで休憩していたり、と。

「あっ、やっ、これ、こっ、これはあのっ、あれ、浮気じゃないんです、違うんですよ!」

「皆川零次、正直に答えなさい」

 どう答えるべきなのかは……。ただ、浮気でないとカスミは否定しているし、スコールが裏切り者扱いで報告しているはずだ。で、あればだ。関係者から裏切り者であると言質を取るためだろうか。

「スコールから情報はもらっているはずだが」

「だから、それが本当なのかをあなたの口から聞きたいの」

「月姫・霞月は内通者として敵勢力に潜り込んでもらっている。途中やむを得ず交戦することもあったが、表面的には裏切り者扱いで敵勢力の所属としてこのまま」

「だったらこれはなんなのかしら」

 別の写真を出してきた。アカモートのようだが……二人が写っていて、カスミがレイジの飲み物を取って口を付けて、と言うところからデートよろしく買い物に行って髪留めをプレゼントして付けてあげるまでがしっかりと写されていた。

「え?」

「それは……違うんじゃないか」

「だって、このときはスコールと一緒に……」

「その時は蒼月を風俗に引き込もうとしていたバカとやりあってた」

「だったらこの写真は合成だとでも言うのかしら」

 そうだ、とは言えない。スズナも知っているはずだ、レイジは存在してはいけない。しっかりとした観測者と共通認識がなければ別の誰かに見えることもあるし、記録に残らないことすらある。

「いいや、それも一つの可能性で真実だ」

「浮気を認めるのかしら」

「その写真が撮られた時点じゃまだ」

「そーよね恋人でもなかったわよね、いいわ二人とも出て行きなさい」

 魔封具を外され、さっさと出て行けと手で合図される。

「ノインちゃんもいいわよ。後は見せられない尋問だから」

 冥月が怯えた表情で助けを求めてくるが、そっちに関しては一切知らないし何度か交戦している。カスミのときのように、事前に分かった上で、ではなく完全なる敵としてだ。

 無視して廊下へとでた。

「随分な重装備だが、その程度でやれると思っているのか」

「思いませんが押さえつけるには十分な重量かと思いますので」

「……それなら過剰だろ。ノイン、予定までは自由だ、好きにしろ」

「はい」

 解散だ、と。

 再び台所へ足を向ける。

 食べられてしまったものは仕方ないが、また作ればいい。一番大きな鍋に水を入れ火に掛け、目皿を沈める。好みは固めだ、生クリームを使って滑らかなのもいいが、手っ取り早く作れて美味しいのは卵、牛乳、砂糖の三つにバニラエッセンスを数滴落とすシンプルなものだ。

 卵を二十個割り、砂糖を四百グラム。卵を混ぜながら少しずつ加え、牛乳を二リットルを流し込みよく混ぜてバニラエッセンスを適量。容器に分けることはせず、ボウルそのままで鍋に入れてラップを掛けて蓋をする。

「何作ってんのー」

 スマホ片手に報告に目を通そうと思えば、着替えたカスミが入ってきた。

「プリン」

「私の分も要求する、作れ」

 冷蔵庫を開けて何か探しているようだが。

「自分で作れ。抹茶なら粉のやつが棚にある」

「どーやって作んの」

 マグカップにスプーン山盛り六杯も粉末を入れてポットからお湯を注ぐ。二杯でもかなり甘いのに、相当な分量オーバーだ。

「マグカップに卵牛乳砂糖バニラエッセンス入れて混ぜて、レンジで温めろ」

「そんな簡単にできんだ熱っ!」

「甘すぎないかそれ」

「これくらいがいーのこれくらいが。長距離スナイパーってのは集中力必要なんだから」

「砂糖の過剰摂取は逆に集中力下がるぞ」

「気分的なもんだと思うんだけど」

「いつか後悔することになると思うが」

「そのいつかって、未来のこと教えてくれるの」

 マグカップをもう一つ取って、卵と牛乳を入れ溢れる寸前まで上白糖を入れてかき混ぜる様子をみて嫌な顔を見せてやる。それは、もうプリンというか……砂糖を食べるための何かだろと言いたい。

「教えてやってもいいが、直接見せてもいい」

「見せる?」

 電子レンジにマグカップを入れるその手を止める。

「感覚共有は使えるな? それでありえるかも知れない可能性をいくつか見せることは出来る」

「面白そうじゃんそれ。そこらの占い師よりは信用できるし」

「そうか」

「で、これ何分」

「三分くらいで、湯気が出たらすぐ止めろ」

「オッケーって訳で見せてみろその未来ってやつを、さあ!」

「基本、死の宣告だがな」

「えっ」

 やっぱやめ、そんなこと言う前にレイジがカスミの顔を掴んで額を当てる。


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