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桜都国【Ⅰ】

 桜都の防衛網を力業で突き破り、しばらく潜伏したレイジは何食わぬ顔で街中を歩いていた。両手には掃除道具や食材など、マーケットであれこれ買った物を袋に詰めてぶら下げていた。注文すればまとめて配送もしてくれるが、手数料が財布には痛いからと自分の足で歩いている。

 もっとも、最大の理由は実物見てからその場で買わないと変なものが送られてくることがあるからだ。以前は傷んだ野菜や、腹を開けて見ればドロドロに内臓の溶けた食べられない魚、砕けた即席麺や配送時に手荒に扱ったからか中身が零れ出た缶詰などなど。思い出せば色々あるがとかく、信用ならないのが理由だ。

「へーいそこのおにーさんちょっと寄ってけー!」

 ふと、横合いから飛びかかってきた人を躱して蹴り飛ばす。

「痛った、ちょっとなんで避け――」

 立ち上がる前に買い物袋を叩き付けて黙らせる。

「危なっ! ハイハイッ、そこまで、ね? ね?」

「なんのようだ」

 メガフロートでいきなり襲ってきたやつだ。腰まで伸びる金髪を首のあたりで束ね、焦げ茶のスカーフとズボンにユーティリティベルト、オレンジに近い黄色のシャツを着て、ほっそりした見た目に青い瞳。何より使い手の少ない神力使い、敵だろうがフリーランスだろうがさっさと潰しておきたいところだ。

「いやー懸賞金三十億も掛けられてる人ってお金持ちかなーって」

「……はっ?」

 三十億? ちょっと前には十億ちょっとくらいだったと記憶しているが、また随分と膨らんだものだ。調停者(ミディエイター)としてシルファと共に仮想空間の戦場を破壊していた頃にガンガン懸賞金が掛けられたのは覚えているが、最近は覚えがない。大抵はヴァルゴの支援で記録されないようにしているし、見られたところでどこの誰とまで知られるようなヘマはしていない。

「お金あるっしょー? うちの商品買ってけ! 全部!」

 グイッと引っ張られて強引に店に引き摺り込まれる。カランカランとドアの上のベルが鳴る。ふんわりと甘い匂いがするパン屋……なのだが、客が誰もいないし商品は綺麗に陳列されたまま。

「どぞー、どれでも食べて美味しいと思ったら買いやがれぇ!」

「…………どっちが本業だよ」

 傭兵やりながらパン屋だと? いや、逆か?

「んとねーパン屋の赤字補填で傭兵やってる感じかなー」

「はぁ……」

 面倒くさいやつの相手はしたくない。

 カランカランと音を立てて外に出――

「待てっておい、買ってけー!」

 引っ張られてドアの段差に踵を引っかけ、体勢を立て直そうにも重すぎる荷物に負けて倒れた。

「しつけえな」

「いやー今月さー後、五十万稼がないと危ういしー、だからって三大勢力の下請けとか嫌だしー」

「個人的な依頼は」

「内容によるねー基本何でもやるけど」

「何でも」

「うん、何でも」

「へぇ」

 起き上がったレイジは手早くスマホを操作して資料を出す。

「こういう内容だが、住み込みで食費家賃光熱費タダで月二十万」

「……寮の管理?」

「あ、そういうのちょっとダメ。パン屋の方が出来ない」

「だったらこういうのは。五百万は出そう」

 その内容に目を通し、首を横に振る。

「それ無理だから」

「出来そうだがな。神力が使えるなら三大勢力の一角を崩すことくらい簡単だろう」

「あのね、いくら魔法無効化できるからって限度ってもんがある」

「なに壊滅までしろとは言わん。ちょっと本部に忍び込んでトップをさくっと仕留めてくればいいだけだ」

「いっちゃん難いことじゃんそれ! だいたいそれ言うなら五億! 五億もらわないと割に合わないから」

 ……で、目の前に懸賞金三十億の男がいるのだが。そんなに差があるのか、五億の価値と三十億の価値で言うと、レイジはどれだけ危険視されているのやら。

「そんなに安い金で受けてくれるか。五億くらいなら用意しよう」

「え、あ、待って待ってムリムリムリムリ」

「五億程度で割に合うんだろ? やれよ」

 アリス隊のスートの予備機をギアテクス隊の実験飛行部隊に横流しすれば十億くらいにはなる。よその浮遊都市にデチューンして二十億くらいで売ってもいいが、あいにくそんなツテがない。

「ごめんムリ出来ませんやれません」

「そうか、じゃあな」

 店から出て行こうとすればまた引っ張られて倒れた。

「パン買ってけー!」

「だからしつこいんだよ!」

「いーじゃんパンくらい。この棚全部買えよー」

「この荷物を見て言うか。もう持てん」

「あ、配達するよ? 地区別の配送料コレね。今回はお得意様価格でどれだけ買っても距離計算でオッケーでーす」

「言ったなお前、いま並べてあるやつ全部買ってやる。運べよ」

「……………………えぇ、マジですか」

「マジだ。現金か口座直落としかクレジット」

「どれでもオッケーです」

「いくらだ」

「えーっと……あー、計算面倒だ全部で二十万でいいよ」

 と、言われ店内を見渡してざっと商品の数と値段とを見て計算すると二十三万は超える。加えて、これは配送料込みなのか?

「よくそれで経営者が出来るな。なんで潰れないんだ」

「そりゃあほら、赤字補填の為に傭兵やってるし」

「…………、」

 なんで赤字になるのか分からなくもない。だが言う必要も義理もない。五十万ほど押し込んである財布から恐らくこれくらいならチップと運賃として渡してやってもいいだろうと二十五万ほど抜いてカウンターに置く。

 しばらく待っていると大量の紙袋を抱え置くから出てきて、手際よく袋詰めしていく。そんなこんなで数十分ほどしてまた店の奥に引っ込んで、裏手から大きなハンドカートを引っ張って来てせっせと乗せていく。

「トラックは」

「んなもん持ってないし免許もない」

「…………、」

 これ、桜都の本土の真反対とか、はたまた離島の場合とか大変だろうなと思いながらも口にはしない。そして、如月寮は坂の上に在るから人力でこれ引っ張っていくのは、こいつには無理だろうなとも。

「んじゃ行こっか。案内よろしくー」

「はいはい……」

 なるべく人通りの少ない道を選んで歩いて行くが、帰ったらこの大量のパンどうしようかと悩む。毎日パンばかり、ともなると苦情が出るだろう。冷凍して保存するか。他愛ないことを考えて、久々に警戒を緩めているといきなり着信だ。またどこかでドンパチやるのかと思いながら受ける。

『ウォルラスからレイジへ』

「なんだ」

『そいつの情報が出た』

「時間がかかったな」

『〝敵〟の妨害だ。向こうさんもそいつを狙ってる』

「なるほど、さっさと確保するか殺すかの二択だな」

『そうなる。それで情報だが、そいつはMMC所属のリコ・シュワルティカ。パン屋ヴァリエガタを個人経営、他はない』

「戦闘のスコアは」

『三百程だな。飛び抜けて人数が多いわけじゃないが、狙った相手はほぼ確実に仕留めている。それも上位クラスの魔法士とか、セントラの機甲部隊とか厄介な相手ばかりだ』

「そこそこやれる訳か」

『どうする、引き込むなら手を貸すが』

「ほっとけ。面白そうだが今はいい」

『分かった。それと……スコールが鹵獲した例のやつだが、アトリの護衛についているのはなんでだ』

「知らん、ありゃ予定外の収穫だ――ん? 何してる、さっさと登ってこい」

 いつの間にか坂道の途中で力尽きていた配達員を急かす。思った通りだ。

「ちょぉ……こんなの聞いてない」

「言ってないし聞かれてない」

「チクショウメ、騙されたぁ!」

「騙したも何もお前が簡単に引っかかるのが悪いんだろ。さっさと来い、登り切ったらゴールだ」

「あぁくそぅ遠いよおー」

 そんな弱音を聞きながら手伝うことはせず、先に如月寮に辿り着くと見慣れないスーツ姿の男が出てきた。首から下げている身分証は桜都学園の教師のものだが……とか思えば、目が合った。

「君は確か、エールの」

 掘り返されたくない過去を言われそうで、遮る。

「あぁ、あんた確かカミタニたちが大会に出たときの引率やってたな。珍しいな、今時仮想でも現実でも戦えて、しかも二刀流ってのは」

 何度か仕事で見たことある。魔法は使えないが仮想適性が高く、使用する機体シェルはワンオフ機、イメージとしては忍者だ。戦い方は刀を使った接近戦がメインだが。

「で、如月寮になんのようだ。学園の教師は基本的に干渉しない条件のはずだが」

「なに。狼谷君に渡したい物があってね。それだけだよ」

「だったらいいが」

 すれ違って、寮の敷地に踏み込む。その瞬間、足元に氷の弾丸が突き刺さった。

「今までどこに行ってたのかしら」

 声のトーンが低い。キレているのは分かるし今回はマジでヤバいと判断して一歩下がると服が張り付いた。振り返って見なくても、それが極低温の氷の壁だと理解できるしスティールしきれないほど小規模多重展開されている。

「ちょっと遊んで――」

 ガッと音がして、瞬間的に出現したかに思えるほどの速度で氷の弾丸が顔の真横に撃ち込まれる。

「あなたねえ! 手配書が出回ってるの知ってる!? 白き乙女からも解雇通知が行ってるはずよ!」

「それは見た。年末で契約解消。手配書は知らんがMMC所属に襲われたからまあ出てるだろうなとは」

「分かってるならなんでふらふらしてるのよ、スコール君とレイアちゃんが殺されたのよ。レイジ君だって大丈夫って言い切れないのに」

「レイアならアカモートで仕留めた。ついでに月姫連中も海に叩き落として来たしな」

「……詳しく聞かせなさい、それ」

「いいけど、その前にだ」

 コンッと氷の壁を叩くと亀裂が走り、連鎖的に魔法が壊れて消えていく。

「運ぶぞ」

「…………何よ、そのパンの山は」

 汗だくで倒れ込んでいる配達員を労うこともなく、レイジは荷物を玄関に置いてパンを運ぶ。ほんと、この大量のパンどうしようかと悩む。勢いで買ったはいいがどうしようもない量だ。

「レイジ君? これどうするのよ、いくら無駄遣いしたのよ」

「どーするかは決めてない。まあ二十五万で店の全部買ったし、当分はパンだけで」

「二十五万て……あなたそんなにお給料高くないでしょ」

「まあいろいろやってるから金は入ってくる」

 さっさと運んでしまって、さてどうしようかとパンの山に目をやっているとスズナが配達員を捕まえていた。

「あなたちょっと臨時契約しない? 短期で二百万は出せるのだけど、どうかしら」

「いやこれでもMMC所属なんでちょっとぉ……」

「MMCはその辺うるさくないでしょう。一週間でいいのよ、イメージムービーの撮影に出てくれたらそれだけで二百万よ」

「あーでもー……二百万……二百万かぁ」

「今月中に五十万なんだろ。来月分まで稼いでしまえ」

「でもー……」

「白き乙女のCMに出たとかなれば評判がよくなって仕事が舞い込むぞ。つまり、分かるな?」

「だぁー!! …………やる」

「はいこれ契約書。いろいろ書いてもらう物あるから中に入りなさい」

 そんなこんなで引っ張られていくリコを見て、こいつチョロいのでは? と、少し心配になる。

 これなら、〝敵勢力〟に引き込まれる前に可能性を潰してしまった方が安全だ。

 スズナに言われるがままに、端末に提示される箇所へサインしてチェックを入れていく。中身を読まないというところは、こいつホントにバカだと思った。これでは後で泣いても知らないぞと思いつつ、一通り終わって出て行った。

「よかったわーこれで私が広報部で恥ずかしい思いしなくて済むわ」

「……ま、目立ちたくないし体のいいスケープゴートがいてよかった」

 リコがほくほく顔で帰って行くのと反対に、レイジは苦い顔をしていた。もしリコを連れて帰ってなかったら、自分が広報部から回された嫌な仕事を押しつけられる羽目になっていたからだ。あんな目立つ会社のプロモーションに出されたら今まで悪さをしてきたところから総攻撃を食らう羽目になる。

「さてレイジ君」

 いよいよ本当に面倒くさい尋問の開始か。まだ情報を整理してないし、下手な事言わないように気を付けなければと意識して思考を並列化しようとする。

「あのパンどうするの」

「……そっちかよ。まあ冷凍してちまちま消費するさ、どうせ毎日パンとか言ったらあいつら嫌がるだろ」

「それもそうだけど、スコール君かレイジ君がいないとあの子たちホントにコンビニ弁当とかカップ麺とか冷食ばっかりで身体に悪いからなんとかしてちょうだい」

「一人アテがあるんだが寮の管理専門で引っ張ってもいいか」

「いいわよ? どのみち部屋は空いてるし如月隊の予算には余裕があるから、一人くらい私の権限で通すわ」

「分かった。後で話付けてくる」

 どうせ今日も今日とて野草とかサクランボを掻き集めてサバイバル生活しているだろう。衣食住保証して金まで貰えるならすぐにでもついてくだろうと思いつつ、それは頭の片隅に押し退ける。

「それで、よ」

「さっきの続きか」

「それとは別で大事な話があります」

 急にかしこまって、お腹に手を当てた。

「双子の女の子ですって」

「よかったな」

「もっと言うことあるんじゃないの、私の夫として」

「…………。」

 現実的問題を並べたいところだが、どうにも気にしないようにしているみたいだし、どう言おうかと悩む。どのみち、十二月二十五日で終わるのだから。

「もし、生き残れたら――」



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