航空プラットフォーム【Ⅱ】
「……どうにも感知出来ないな」
メガフロートを視界に捉えた時点で違和感に気付いた。静かすぎるし綺麗すぎる。飛び交う通信やレーダー波のノイズがなく、メガフロートも少し前にミサイルの直撃で砕けて修復中のはずがまるで造られたばかりのような色合いをしている。
ようはまた少しズレた空間に引き摺り込まれた訳だが、気付けないとは情けない。
しかし追いかけてくる敵もいないし、出口の気配もなく綻びを探そうにもまずは休憩したい。降りるべきか悩み、複雑な構造では綻びが出来やすいし張りぼてだとしてらそれはそれで一箇所クリアできるだけだと、着陸コースを取った。
「あぁ待ち伏せか」
メガフロートから歓迎の弾幕が飛んで来た。障壁を展開して回避機動。墜とすための射撃ではなく制圧し面で押し潰す為の弾幕だ。回避機動に意味はないと理解しつつ、的確に狙って来る魔法弾の発射元へ撃ち返す。実弾と魔法弾を混ぜた攻撃、実にいい攻撃だ。レイジの苦手とする通常攻撃で牽制しつつ、魔法障壁を削るための魔法弾。さっさと潰さないと押し負ける。
「アリス、聞こえるか」
『あー聞こえてるよー……過去記録の再現に巻き込まれたっぽい』
「そっちの戦力は」
『レーダーから他の連中が消えた。私だけ』
「並行世界間ネットワークの経由で逃げられるな」
『出来るけどレイジはどうすんの』
「綻びを探すが、ダメそうなら空間を破壊して管理領域経由で逃げる」
『ナニソレ?』
「教えてないし教えない」
数箇所を黙らせると障壁が維持できるうちに突っ込む。メガフロートの防御機構は対空兵器メインだ、近づいてしまえばいくつかは使用できなくなる。
「記録開始、イリーガル、エンゲージ」
超低空飛行で海面を切り裂きながら高速接近。対戦姫仕様の近接信管を装備した砲弾が続々と飛来し、大型機ですら数発で破壊できる破片と爆風を散らす。当然ながらそんなものは障壁で防ぎきれないし、まともに受けたら即死だ。だから、タイミングを合わせて短距離転移を連続発動して破片が飛び抜けた空間へ逃げ出す。スティールした魔法のストックがガンガン減っていくが、死んだらそこですべて失ってしまう。
数十秒の高速演算と魔法の連続発動。想定内の負荷とは言え、人が本来体験しない動きと認識にかなりの疲労を感じて判断が鈍る。
キュッと音を立てながらメガフロートの上に足を着いて、靴のゴムを焼き、滑りながらこちらを狙う砲塔を破壊して回る。消耗速度は早いがさっさと高脅威目標を潰して安全域を確保しないと終わりだと理解しているから無理をする。
空気を常に圧縮し、瞬間的な解放で自分を弾き飛ばし高速移動。砲塔の旋回速度以上で動き回りひたすらに潰していると魔法弾が飛来する。わざとぶつかってスティール、敵の手を封じつつ発射元へ砲撃魔法をリリース。メガフロートの構造ごと吹き飛ばす。
「ラスト……クリア」
数分としないうちに多数の防空兵器を破壊して遮蔽物の影、安全域を確保して休憩する。一度止まるとどっと疲労が押し寄せ、汗が噴き出る。いつもやっている事に比べたらお遊びレベルだが、連戦ともなれば疲れの影響が出る。
「はっ……あ、クソッ」
術札の残りが少ない、奪ってストックしておいた魔法もほぼ使い切った。それに、完全に遮断されているらしく〝召喚〟が使えないのが最も痛い。
「動くな」
「……っ」
壁により掛かったままで顔を向ければ、銃口を向けてくる敵がいた。なんというか、場違いな雰囲気だ。腰まで伸びる金髪を首のあたりで束ね、焦げ茶のスカーフとズボンにユーティリティベルト、オレンジに近い黄色のシャツを着て、ほっそりした見た目に青い瞳。戦場よりは雑誌の表紙に載っているのがお似合いだ。
「見たことないな、誰だお前」
〝敵勢力〟の新入りか、それともただの雇われか。どっちにしろ敵であることに変わりは無いが。
「回答は拒否します。あなたには――」
残っていた射撃魔法をリリース。発動兆候も何もなく、一瞬で発動される魔法に対応できるやつなんてそうそういない。例えるなら目の前に銃口から飛び出したばかりのライフル弾が転移してくるようなもの。いくら障壁があるとはいえ、意識していない攻撃に対しては効果が落ちる。
だが、予想とは違うことになった。
魔法が消えた。分解とは違うが、触れた瞬間に霧散してしまった。
「……なんだ」
「あっぶな! いきなり撃つって――」
文句を言う相手に付き合う気も無く、ボソッと詠唱して瞬間的に距離を詰め蹴りを放つ。鉄入りの靴と圧縮空気を使った加速と接触時の爆発。すんでのところで躱され、壁に大きなヒビを入れた。
「ちょっ、なにそれ!? 聞いてない!」
「聞いてない、つまりは雇われか。誰の依頼だ」
「あーそれちょっと守秘義務が」
だいたいそう言う情報を聞いているならなぜ撃ってこない。疑問に思って目をやれば弾切れだと分かった。スライドが下がっていないが、弾切れを示すマークが見えている。
「どこの所属だ」
「いやー言えないなーちょっとぉー」
不意にしゃがんだかと思えば白い光が炸裂する。目潰し、ではない。音もなければ視界を焼き尽くすほどの強さもない。ただ、圧縮していた空気が解放され風の制御が出来なくなった。
「らぁ!」
真下からの攻撃を避けて距離を取る。ただの魔法士なら、いきなり魔法を無効化されて再展開も封じられたならパニックになるかも知れない。しかし日常的にそれを仕掛けている側からすると魔法を封じられたところで困らない。
「神力使いか、珍しいな」
「あっりぃー……あ、ねえもしかしてこれ知ってる人?」
「少なくともお前よりは使い慣れてるな」
さっさと始末してやるかと、魔力モードから神力モードに切り替え、普段は使わないそれを展開する。白い粒子が舞い散り、魔法による改変を受け付けない空間が広がる。
「……えっと、マジで? やる気?」
「燃費悪いからすぐに終わらせてやる」
手の中に光を圧縮し、指向性解放。光弾二つセットで間に切断線を生成して投げつけてもいいが、避けられることを考えると、線で攻めるより面で攻めた方が確実だ。押し潰すイメージだが、実際は魔力を消し去って魔法が一切作用しない空間を作り、神力も吹き飛ばしほぼすべての改変を無効化するエリアを構築するためのものだ。
スコールが使うものでいえば崩壊の術だが、アレを使うと射線上のほとんどを消し飛ばす上に一発撃てば神力を使い切ってしまう。補給がないこの状況では使えない。
「まっぶし!」
腕で顔を庇うそいつへ殴りかかり、光の中で見失ったが固い物を殴りつけた。
「……デコイか」
状況を再認識すると無機質な通路に立っていた。どうやら壁を思い切り殴ったようで、指の関節が外れていた。はめ直すが痛む、だが戦闘に支障は無い。
「誰か聞こえるか」
『過去記録の再現に巻き込まれてるな、座標がとびとびだ』
「どーにもこの術は感知出来ないし壊し方が分からん」
適当に歩き回ってみるが、メガフロートの内部だと言うことは分かるがどのドアも開かないし、蹴ってみても音の反射が反対側に部屋がある音じゃない。
『解析はするが期待すんな』
「フェンリアが力業で破壊するんだ、そもそも期待してない」
『まあそれはそれとして脱出の目処は。アリスが脱出し損ねてまだ継戦している』
「仕方ない、管理領域にアクセスしてそこから潜りなおす。それと、さっき交戦したやつの情報を調べてくれ」
『オーケー』