空を舞う戦姫たち【Ⅲ】
「やあ」
リジル4は目を開く。医務室、だろうか。即席で作られたテントの中の治療場、頭と腹に包帯が巻かれていた。右の視界が黒に染まったまま、まぶたが開く感じがしない。
「目は」
「たいした怪我じゃない。彼は、腕のいい魔法士だ、刺された痕が綺麗に塞がっている。このまま治癒魔法をかけ続ければ、問題なくくっつく」
「……だったらなんで包帯がある。治癒魔法は状態偽装で一時的にくっつける、その間に縫い付けて接着剤で固めてしまえばいい」
「ここは戦場じゃない、傷を治すところだ。そんな方法は、おすすめしない」
「呑気に治してる場合か、またスクランブルがかかればすぐに飛ぶことになる。こんなもの、邪魔だ」
「飛ぶことは、私が許可しない」
「上が命令する」
「医者の決定の方が強い。このまま飛ばせると危ないからね、また傷が開く」
「だからどうした、飛んで死ぬか、飛ばずに殺されるか、どっちかだ」
「普通は戦場から離れたがるものだが……君は、違うかな」
戦場でしか生きられない、そう言う訳ではない。前線に長く居すぎた兵士は、戦場に適応してしまった兵士は、平和な社会に適応できなくなる。そうして様々な問題を起こして、命を賭けて戦って、帰る場所はなくなって捨てられていく。それを知っているから、そうなっていく少女たちを、味方のお姫様を見た事があるから、リジル4は戦場と平和な領域の狭間に適応している。状況に応じて、どちらにも溶け込めるように。
「許可を出せ、ここに長居するつもりはない」
まわりで呻く傷病者、そんなのと一緒に怪我が治るまでここに居ろと? 冷暖房はあるしベッドも悪くないが、こんなところに居たら怪我が治るより先に精神的に限界が来る。
「ダメだ」
「ベッドから出るか出ないかは自分で決める、あんたに従う気は無い」
止めようとする医者と格闘しながら、包帯を解いて、立ち上がる。少しばかり痛むが、まだ魔法で傷は塞がっている。右目も、すぐに光になれて、見えた。止めようとする看護師たちを押し退け、しばらくぶりに自室に帰ってきた。IDカードをかざすと鍵が開き、ドアを開ける。酷いものだった、原因はわかっているが、やったやつがわからないし、あれはあれで仕方がなかった。天空から降ってきた攻撃、その衝撃で発生した大波でメガフロートが揺られて、あちこち大騒ぎだったらしい。そういえば格納庫もメチャクチャだったが、あれは爆撃のせいではなく、波のせいだったか。
中身をぶちまけた冷蔵庫をもとの位置に戻し、電源につなぐ。嫌な音とにおいがした、壊れている。幸い中身はボトル飲料とレトルト食品ばかりだ。置き場がないから、食料はまとめて押し込んでいる。狭い部屋だ、小さな冷蔵庫と机に椅子、ラップトップ、そして壁に固定されたベッド。寝るときはロックを外して下すが、留め具が壊れてしまっている。ラップトップを机に置きなおし、開くと画面には盛大にヒビが、電源ボタンを押すとビープ音を発して動作停止。壊れている。
ばらして、修理出来そうならやるが、部品の調達をどうするか。メガフロートへの補給は月一で桜都から、各PMC合同の輸送船が来るだけだ。今からオーダー上げても、先にメガフロートの修理が優先されて、部品が手元に届くのがいつになるやら。
取りあえず分解した。外れかかっていた端子をグッと押し込んで、起動。画面が虹色になったが、読める部分もある。ラップトップは画面の交換だけでいけそうだ。冷蔵庫の方は、分解してみたが、どうも冷媒の配管が曲がって亀裂が入っているようだ。これなら、スクラップ置き場から使える部品寄せ集めて一台作った方がいい。
「よお、リジル4。早い退院だな」
スペアを連れたスコールが、いつの間にやらドア枠に手をついて、入口に立っていた。片耳は、医療具で塞がれている。あの衝撃波を近距離で受けたからだろう。
「何のようだ」
「スクラップ漁りに行くから、一緒に来ないか。どうせお前んとこのも壊れてるだろ」
あちらも同じ事になっているなら、他にもそうなっている連中がいる可能性は高く、味方を増やして争奪戦に参加した方が勝率は高い。
「行こうか」
スクラップ置き場に向かう前に、売店に寄って腹を満たして、作戦を練る。スクラップ置き場は地下一階にある、爆撃を受けたときの衝撃吸収エリアとして、そして回収に来た時に運び出しやすいように端の方に。辿り着いたときには数十人ほどが部品片手に帰って行き、それでも続々と人が集まっていた。主に整備班の連中だ、あいつらなら自分で修理できるから、漁りに来たのだろう。
「最優先は冷蔵庫だ、今までの置き方を考えると、あそこに積まれているやつが、今のと互換性がある」
三人がかり、やはり人手があって正解だ。分解があっという間に出来る。取りあえず三台ほどばらして、適当な箱に詰め込んで撤収する。途中、リジル隊の面子が集まっているのが見えた。十人ほどだろう、整備班と情報班が混じっている。
「リジル4、お前の次の機体だが、希望があるか」
撃ち落とされてすぐに次が来るのかと言えば、一般的にはノーだが、白き乙女ならイエスだ。保有する兵器はすべてが自前で、一部、砕氷艦や護衛艦、揚陸艦は桜都から借り受ける。白き乙女で採用される兵器は大抵が命名規則などなく、設計に携わった者が勝手に決めている。当然名前の被りがあるし、管理もしづらく問題になっているが、ほぼ放置されている。
「RCMF-15」
素直に希望を言う。RCが制作者の識別記号、MFが多用途戦闘機。この前撃墜されたのと同じ機体でもいいが、あれはIFシリーズ。要撃戦闘機だ、遠出したはいいが、あの時点ですでに帰りの分の燃料はなかった。出来ればではなく、この先の事を考えれば全状況に対応できる物が欲しかった。
「せめてFFの方が……」
「新入り、そりゃ稟議通らねえぞ」
単純な戦闘機の方がいいぞと、まわりも言うし隊長も頭を悩ませる。申請を出すのは自由だ、後は相応の理由を書かなければならないが、新入りに高価な機体を与える理由が思いつかない。練習のために練習機をくれ、それなら分かる。だが、新入りが欲しがっている、では絶対に通らない。
隣で聞くスコールもうんうんと頷き、スペアはじっと聞いているだけ。
「でしたらRCEF-11を希望します」
「いやーそっち……の方が高えよな」
「確かに電子戦機の方が高いし、そもそも前線に持って行く理由から書かないといけないし……」
皆が隊長を見る。腕組みしたまま黙っているが、しばらくして口を開いた。
「よしお前ら、第三希望まで書いておけ。明日まとめて本部に送る。通るような理由が思いつかなければ、戦力増強の為とでも書いとけ」
「いいんですかい、隊長」
「構わん、出すのはタダだ。通ったら通ったで、整備班からの文句はお前らが受けろ。以上、解散」
「え、隊長、ちょっと待ちましょうよ。あんたら乗るだけだけど」
「文句は俺ではなく、申請を出す側に言え」
「……おめーら、最新機種とかだったら、整備仕切れないからな。整備不良で落ちても文句言うなよ」
パイロットも整備班も青い顔で解散していく。どっちともそれはやめてくれ、そういう状態なのだ。
「通るといいな、希望が」
「でなければ、このまま飛ぶだけだ」
空の戦いは、昔の戦闘方法と今の戦闘方法ではまるで違う。そもそも飛んでいるものが違うのだ。航空機だけではない、人も飛んでいる。人のクセして、戦闘機よりも速く、機動力も高い。それでも、まだ戦闘機が飛ぶのは、全体で見れば戦闘機の脅威になるものよりも、戦闘機で対応した方がいい場合が多いからだ。通常戦力に分類される魔法士では、戦闘機に敵わない。人的資源の損失を抑えるために金を使うような状態だ。
「飛んで、それでどうする? スカイリークはすべて破壊された、代わりが来るまでは二週間ほどだが、それまでの戦闘は」
今までのようなレーダーや各機のデータリンクによる情報共有やロックオンの支援もない。それぞれが持つ能力だけで対応するしかない、その面で言えば敵と対等な立場に落ちただけだ。今まで、有利でありながらギリギリだったのに。一時的にサーチ能力の高い機体を臨時の警戒機にするという案もあったが、数が少なくとても対応しきれる状態では無い。
「さあ、負けたら死ぬ、そん時はそん時だ」
スクラップを部屋まで運んで、部品を換えて復活した冷蔵庫とラップトップの動作を確認して再び、要らない部品を返しに行く。今度は、誰も居なかった。暗くて静かなスクラップ置き場、墓場のような感じがする。こういう所に来ると、ふと思う。何かを忘れている、何かをしようとしていたのに、忘れていると。思い出せないのなら、それだけの価値しか無い。必要がないと切り捨て、部品を置いて自室へと帰る。
地上部には滑走路と管制塔、港湾設備やスクランブルに備えた格納庫ばかり。リジル4の帰る居住区は地下だ。小型船舶と戦闘機の格納庫も同じ階層にあって、部屋によってはエレベーターの駆動音で、寝ることが出来ないどころか体調を崩すほどに振動が酷い。幸い、リジル隊の部屋が並ぶ区画はそこから離れている。途中、ガラス越しに余所のPMCの格納エリアが見えた。所属ごとにカラーリングやマークが違うのは当たり前だが、ほとんどの機体の姿は似ている。自前で設計から製造までやれる所が、製造元になって出荷、購入したところが独自のオプションを付け、派生型式として採用して運用している。
格納エリアで整備中だが、スクランブルに備えた配置だ。各担当のスパン自体が可動式で、牽引などの必要がなく、出撃の際にはそのまま動いてエレベーターに接続、地上に送り出される。で、しばらく進むとリジル隊の格納エリアが見える。メガフロートに派遣されている人数自体が少ないこともあり、当然機数も少なく、エリアも狭い。空母の中に押し込んだような感じだ、余所と比べると天井も低く設備もよろしくない。中二階には交換したがまだ使えるという部品類が雑多に置かれ、ペール缶も山積みだ。エアーや高圧水はすべてが配管で引かれているが、取り出し口は少なく長いホースで引っ張る必要がある。とかく不便だ。
それでもって、現在は空っぽなのだ。暇になった整備班が工具を並べて見本市のような状態にして、点検と手入れをしている。こんな光景、あってはならないが仕方がない。
部屋に戻る。
狭い部屋だ。それでも、こういう場所では広い方だろうか。個室で、最低限は揃っている。トイレとユニットバスもだ。窓がないのが残念だが、攻撃されたときのことを考えるとない方がいい。ベッドの固定具を修理して、壁に固定する。何というか、こういうベッドを見ると牢屋かと思うことがある。入れられたこともあるが、脱走してやった。最低限は教えてやる、そう言われてどこが最低限だ、そう思えるほどの技術を叩き込まれている。前に居たところでは、戦場から帰ったら階級なんてものは無視してよかった、上から下までほぼ全員がそうだったのだから、大将相手に訓練兵が舐めた口聞いても、何もなかった。ここでそれをやれば、隊長がうるさいだろう。最初は思っていたが、やってみるとそうではなかった。
机について、ラップトップの電源を入れて申請書を書く。取りあえず隊長に出すだけ出しておこうと、さらっと書いて、それとは別に知り合いに送るメールも書く。申請が通れば鋼鉄の翼で空へ、通らないなら生身で空へ。お姫様相手ならどちらでも変わらないかも知れないが、あった方がいいのは事実だ。
「下らない……暇つぶしだ」
制服を脱ぎ捨て、ベッドに身を投げたリジル4は、眠りについた。