航空プラットフォーム【Ⅰ】
雲の隙間から海を見下ろすと、その編隊は飛んでいた。二部隊、八機。いずれも有人機だ。レーダーブレードを展開しパッシブモードで情報収集を開始。
『隊長、今回の出撃、どう思います』
スカイリーク2が不明機を感知したと連絡を入れてすぐに通信途絶、メガフロートのレーダー上からもロスト。緊急でリジル隊とグラム隊が離陸しヘリ部隊と魔法士隊は救難活動だ。
『不明機を探知とはいうが、護衛がいたはずなのに直後にロストとは、戦姫クラスか新兵器か』
『グラム4から各機。レーダーコンタクト。前方、BFFを確認、タイプ識別出来ず』
共有された広域レーダー情報に敵機が表示される。動きがおかしい、何かから逃げ回っているような動きだ。ミサイルから、にしては機動が違う。
『グラムリーダー、向かってくるようならインターセプトだ』
『グラム1了解。敵機接近の場合は迎撃する』
撃てるなら撃つが、生憎今回の装備は短距離ミサイルと中距離ミサイルのみ。グラム4が捉えた二百キロ先の敵機には届かないし、こちらの目標地点は五十キロ先だ。届きもしない攻撃で無駄に刺激する必要は無い。
『隊長、海に油が』
『魔法士隊に連絡、処理は任せろ』
『了解』
撒き散らしながら飛んだようで、目標地点へ向けて線のように漂っている。なんにせよ攻撃を受けたのか、何らかのトラブルで燃料を放出したのか。だが海に浮かぶともなれば墜落寸前の高度だ、着水したと考えた方が良いかもしれない。
目標地点二十キロ手前で機体の残骸が見えた。砕けた翼だろう、片翼が浮いていた。
『墜ちたか』
『救難信号は確認できず』
残骸が散らばるエリアを旋回して確認していると魔法士隊から通信が来る。
『リジルすぐに引き返せ!』
『どうした』
『罠だ』
『リジルリーダーミサイル! ミサイル!』
現行のミサイルは煙をほとんど吐かないために目視確認したときには回避不能になる。レーダーを切り替えればちょうどレーダーレンジに入る。警報が響く、上空正面から複数。
『ミサイル接近、回避』
『ブレイク、ブレイク』
『グラム4から各機、長距離レーダーに多数のミサイルを確認』
『チィ、どこから撃ってきた』
『全機散れ、デコイ使い切ってでも逃げろ』
『反転してチャフ散布』
飛んで来たのは正面、ミサイルの種別までは判断できず全機が反転して一斉にチャフを散らす。しかしそれでもまっすぐに向かってくる。散らばりながらフレアを撒き散らし、太陽へ向かって飛ぶがそれでも効果無し。今時旧式のシーカーなんて積んでいるミサイルはあまりない。
『振り切れ』
『無茶だ隊長』
リジルリーダーがわざと減速してミサイルを引きつけようとすると、先を飛ぶグラム隊の機体が火を吹いた。
『グラム2被弾! なんだ……当たってないぞ』
『フュエルカット消火しろ、グラム2』
光ったかと思えば爆発して四散する。
『違う、ミサイルが撃ってきた』
『そんなことが』
上から急降下してきたミサイルが弾けたように見えると、一瞬遅れてリジル3の機体が砕け散る。それを後ろから見えていたリジルリーダーは信じられない光景を目にした。ミサイルだと思っていたそれが、バラバラと崩れ小さなエンジンと翼を持ったフレームだけになって離脱していく。
『……無人機か』
『隊長、他のミサイルも退いていきますが……これは』
『帰れなくなるから、か。全速離脱、距離を取れ』
編隊を組み直そうと指示を飛ばしていると、再びミサイルアラート。
『くそっ』
一発のミサイルが凄まじい速度で編隊を追い抜いて、真正面で宙返り。どうなるか、予想は出来た。
『ブレイク!』
咄嗟の回避を指示して、急旋回。間に合わないと分かっていたが、コックピットを正面にして直撃を受けるよりはマシだと。
機体にぶつかる金属の音を聞いて、しかし出火やエンジントラブルの警報は響かない。
『状況報告』
『グラム4からリジルリーダー。こちらは……全滅、反応ロスト。リジル隊も貴機以外は爆散を確認した』
数秒待っても誰からも返事がなく、気を失っているだけであってくれと願うが旋回して下を見ると開いているパラシュートはなく、機体のAIも沈黙してしまっている。
『グラム4、損傷は』
『ウェポンベイが開かない、他は問題ない』
『撤退する。後ろに着け』
『了解』
機体状態を確認して加速する。
『正面、アンノウン接近、機数五』
『回避する』
機体を傾けつつ上昇。
『アンノウン、コース変更、こちらに向かってきます』
『こちらはメガフロート所属、白き乙女だ。そちらの所属を明かせ』
十秒待って、返答はなく不明機の加速を探知。レーダー照射の警報。ロックされている。
『やる気か。グラム4、離れていろ』
『りょうか――上空、いや真上にアンノウン、超高速で接近!』
グラム4が上に目を向けた瞬間、真っ赤な機体がすぐ横を真下へと突き抜ける。風に煽られバランスを崩し、すぐにAIが立て直す。
「みーっけた、全機エンゲージ。白き乙女だ逃がすな!」
スカイリークの撃墜から今までをすべて高高度で観測していたアリス機は、敵を見つけて動き始めた。ムチャクチャで、空中で分解してしまうほどの軌道を描き海面付近を飛行していた魔法士隊へ容赦の無いパルスレーザーを撃つ。ワンアプローチですべてを焼き殺し、勢いそのままに海中に飛び込んで複数の水柱を上げる。
『なんだ今のは』
オープンチャンネルでやけにテンションの高い女の子の声が聞こえた。
『正面、来ます』
だがすぐにミサイルアラートが間欠して鳴る。ステルスミサイルとはまた嫌なものをと、回避機動を取る。避けられる可能性は低いが、何もせずに直撃する訳にはいかない。
『何者だ』
「私はセントラの無人機部隊を統括するAI、アリスだ」
リジルリーダーを狙っていたミサイルが爆発し、機体後方にノイズが走ると迷彩を解除しつつ見慣れない機体が出現する。
『リデルからアリスへ。不明機は撃墜していいか』
「あんたの仕事はリジルと一緒にこいつらの護衛」
そんな通信を聞いていると、覚えのある声が聞こえた。
『隊長、お久しぶりです』
『おお新入りか。悪いがまだ名前を聞いていなかったな』
『俺には名前はありませんし、今はTACネームでリジルを名乗っています』
『よほどこの部隊が気に入ったか』
『いいえ、思いついた名前がこれで、周りからそう呼ばれるだけです。メガフロートまで護衛します』
『あぁすまんな』
と、さっきのアンノウンはと、レーダーに視線を向ければ撃墜された後だった。
『敵機確認、種別、竜機艦載型無人制空戦闘機』
「アリスから各機、予定進路上を掃除しろ。白き乙女所属は優先して排除、近づく勢力は無警告で墜とせ」
海の中からアリス機が浮上し空に上がる。どうやって海の中で動いているのか謎だ。
「さぁて、リジルリーダー。そちらは白き乙女から何か命令を受けているか」
『追加命令は受けていない』
「了解した」
途端に大量のデータが送られてきて、レーダー上にさっきまで移っていなかった影が多数表示される。すべてが味方機、すぐ近くにいるように表示されているがキャノピの外を見てもそこには青空が広がるだけだ。
『これは、なんだ』
「この空域に展開する私の仲間だ。これより識別情報のない白き乙女は無条件に敵としてマークする。恐らくあちらは撃墜するように命令を受けているはずだ」
『……どういうことだ』
「事情は浮島についてから説明しよう。後ろにつけ」
『グラム4、いいか』
『異論ありません』
四機編隊を組んで飛ぶ。離れた所では爆発が見えるが、こちらに近づいてくるような脅威はない。
「アリスからレイジへ。こちらは予定通り進行」
『だろうな。こっちは本隊と衝突して忙しいからな』
「えっ、そんなはずは」
『対策されている前提でいけ。こいつらはお前のレーダーに映らない、現状は後方からリオン隊、前方から白き乙女の部隊。それと距離はあるが暁とその護衛まで来ている。さっきまでミサイル撃ってたが、急にこっちに来たのはお前がいるからだろ』
「ごめんすぐに支援に」
『必要ない、メガフロートまで誘導してぶつけてやる』
通信相手の男、レイジは軽々しくいうが実力は聞いている。
『沈める気か』
『結果的にそうなれば、それはそれで仕方ない』
『俺たちの降りる場所がなくなる』
『知るか。そもそもアリスがいるのは知っていたが、なぜリジルまでこの場にいる。出撃命令は出ていないはずだ』
「セントラの転送設備が出来てきたから、それパクってこっちでも試験。んで変なところに飛んでもなんとかやれそうってなると、こいつくらいしかいなかったから」
『…………。まあいい、メガフロートで合流。アウト』
一方的に通信を切ると静かになる。アリス機を先頭にリジルリーダーとグラム4、その後ろにリジル機がつく。そのさらに外側をアリス配下の四部隊から構成されるスート隊が囲む。傍から見れば統一性のない四機編隊が飛んでいるように見えることだろう。
「リジルリーダー、給油機は」
『飛んでいるが……お前たちは近づけないだろう』
「問題ない。リデル、迷彩パターンをリジル隊のものへ変更。IFFパターンコピー」
『できた』
リジルリーダーは前を飛ぶアリス機の色が変わっていくのを目にすることになった。変化までのタイムラグはほぼない、一瞬といってもいい。形までは変えられないはずなのに、カメラを通して認識した空や海の状態を透けて見えるように表示してあたかもそう見えるようにしている。
斜め後ろを振り向けばそちらは徐々に変化している。それでも、見続けているのに変わっていると認識できない変化だ。写真の一部を徐々に変化させると、どこが変わったのか気づけないことがあるが、それを戦闘機という巨体でやってみせている。
「リジルリーダー、後ろに着く。給油機へアプローチ」
『こちらリジル隊、グラム隊の四番機を連れ四機で飛行中。タンカー、空きはあるか』
『タンカー3からリジルリーダー。生きていてよかった、空きはある。誘導する』
『了解した』
座標を受け取りオートパイロットで最適なコースを飛ぶ。
『どうにもおかしいな』
「情報が共有されていない……あるいは、給油機すら罠か」
『どういうことでしょうか』
『行ってみれば分かる。何事もなければそれでいいが、場合によっては戦闘だ。備えておけ』
『了解』
数分もすれば大きな機影が見えてきた。レーダーで捉えてからも妙な動きはなく、別方面へ哨戒で出て行く部隊が給油を受けている最中だ。
「照合終了。情報共有がされていない、各機のAIのデータベースにも記録無し」
『なぜだ』
「不明、給油後メガフロートを目指す」
先に給油を受けている部隊を待っている間にも、リジルリーダーたちは他の機からの情報共有を拒否していた。何かおかしい。
『リジル隊、給油を開始する』
『リジルリーダー、了解』
タンカー3は大型の給油機だ。四機同時に給油できる完全な専用機で、他の機のように内部に荷物を詰める空間はなく、搭載重量の限界まで燃料を積めば無駄な積載空間が出来てしまう設計でもない。
タンカー3との自動交信が始まり、オートパイロットでの自動誘導と接続。曳航されるドローグにプローブを差し込みロック。給油が始まる。
昔みたいに下手したら燃料まみれだとか、事故が起きることはほとんど無くなったが、それでも――
『スカイリーク2からタワー、定時報告、異常なし』
『タワー了解。哨戒を継続せよ』
背筋にぞわっとした感覚が走った。
『グラム4、今の通信は』
『こちらは……いえ、受信するようにはしてませんが』
「リジル、試しに」
『こちら白き乙女如月隊所属のリジル。作戦行動中に現在位置を見失った、一時的に貴機の管制下に入りたい』
『こちらスカイリーク2、登録情報とそちらの位置を確認した。メガフロートへ誘導する』
『了解した……』
「……おかしいな、落ちていなければ飛んでいるであろうコースから発信されている。識別情報も間違いは無いが、私は確かにスカイリークの撃墜を確認したぞ」
『俺も確かに目視にて確認した。リデルもだ』
「メガフロートへの誘導情報は間違いないな」
『あぁ間違いない。隊長、現在のメガフロートの状況はどうなっていますか』
『修理中だ。工廠艦が五隻張り付いて曳航してきたフロートを繋げている』
「……あっ、そっか。やられたチクショウめっ!」
『何に気付いた』
給油が完了する前に強制的に処理に割り込んで燃料の圧送を停止、ロックを解除してピッチダウン、出力を上げる。その場で前転したかと思えば一気に高度を落とし、海面すれすれで立て直すとアフターバーナーに点火してメガフロートへ向け飛んだ。