嵐の前の静けさ【Ⅷ】
「で、なんで俺が後始末すんだよ」
血まみれのイリーガルと並んで飛び、海に落ちたコンテナをサルベージしていた。
「何十トンもあるコンテナ誰が引き上げられるって」
「落ちたコンテナって重いのでも五トンだろ」
「海水入ってる。二十メートル先、直下海底」
「この辺か?」
正確な位置が分からず、海底の土砂も海水もまとめて引き上げコンテナを曳航する。
「……逆になんで他の連中引き上げられないんだ」
「レイズとかレイアみたいな認識ならいいんだが、人ってのは視覚情報に引っ張られるんだ。本来直接干渉タイプの魔法は干渉力による制限があるにしろどこにでも届く。でも壁一枚で防御できるのは知ってるだろ」
「そうか? そこにあるのが分かってるなら干渉出来るだろ。分からないなら範囲指定で丸ごとやりゃいいし」
「それが出来るからお前なんだよ。少しでも疑いがあれば発動できない、補助具に変数を入力するだけの現行魔法でも、あるかどうか確証が持てないなら入力信号にノイズが混じってエラーだ」
「回避するためのプログラムあんだろ。誘導魔法弾とか撃ってからロック出来るし」
「まあな……そこ、冥月。沈めろ」
「……いいのか」
「事故死だ」
「いやそれは」
「事故死」
「……了解」
上からバッチリドローンに撮られているが、どう誤魔化すんだろうかと思う。
「と、あそこ。紅月と白月の周りのやつら」
「白月も沈めていいか」
「勝手にしろ」
と、沈めるのはいいが全員対策として障壁魔法で空気の殻を作って耐えている。クロードも窒息するまで維持するような手間のかかることはしたくがないため、単なる嫌がらせレベルにしかなっていない。
「それから紅月は引き上げろ」
「へーい」
女一人くらい軽いだろうと、そんな思いで干渉したら重かった。一トンくらいある。
「重たいんだが」
「コンテナに比べたら軽いもんだろ」
「いやそうだけど、なんか人の重さじゃねえぞ。来ないだ車ひっくり返したときと同じくらい負荷がある」
逆恨みで突っ込んできたから反射的に重力カットして、吹き飛ばしてコンビニ潰したのだが、後始末が面倒すぎて次からは運転手ごと車を潰そうと思っている。
「そりゃあ……紅月の鎧は一番薄いとこで十ミリ、厚いとこなら三十ミリくらいあるからな。しかもあれで飛び回って他の連中より速い」
「なるほど。技巧派じゃなくてマジのパワーファイターか」
「だいたい試作で一ミリの厚さで鎧作ったら却下されたからな」
「紅月のペイロードって何トンだよ」
「重武装を百人平気で引っ張ってたから……いや、スズナが二百トンだし……多分最低二百トン」
「えっ? 二百……トン?」
「戦闘機を別の基地まで曳航するからな。ちなみに十二使徒の中で一番少ないのはシワスだ、限界百キロ」
「……自分の体重と武装で精一杯ってか。最大じゃなくって限界ってのもあれだな」
引き上げた紅月をコンテナに乗せて周回しつつイリーガルの指示で沈んだコンテナを引き上げる。
「紅月、見た感じ味方は誰だ」
「あの中では黒月と白月だけです」
「なるほど。クロード、微細照準。肺を中心にして引力増幅、全員潰せ」
「こんだけ引っ張ってて出来るか!」
後ろを見れば引き上げた三十以上の海水入りコンテナ。いい加減降ろしたい、重くて限界が近い。……気分的にだが。
「だったらいい。百メートル先、それで最後だ、降ろしてこい」
イリーガルが降下して黒月を引き上げに行く。他と違ってかなりバシャバシャと手を動かして水しぶきを飛ばしているが、溺れかけなのかと思いきや武装である大剣が重すぎて、しかも外すことも出来ないと言う状況で。
「あー……ほんと、めんどくせえ」
最後の一個を引き摺り上げてすでに着水している浮島に向かおうとすると、唐突に重力に囚われて落ちる。
「はっ? はぁっ!?」
「どうしました」
「分からねえ」
バッテリー切れではないしジャミングを受けているわけでもなく、原因が分からないまま落ちる。折角コンテナを回収したのにと、そんなことを思えば嫌な事が思い出される。これだけ大きなものが沈めば流れが出来て海中に引き摺り込まれるのでは?
「あーもーなんでこうなっかねー」
姿勢を整え綺麗に飛び込むと、水面に顔を出して降ってくるコンテナを見上げる。するとその上、メインランドの下層部が崩落して人陰が飛び出した。
「アトリ? と、あれは……」
白き乙女の部隊、迷彩パターンでそう判別できるしフードで顔を隠す装備は魔法士だ。
「誰だあれ」
『白き乙女データベースに登録無し』
落ちるアトリの背中には大きく深い傷があり、動く力もないのか重力に引かれて海に落ちた。
「大丈夫かあれは……」
コンテナが辺り一面に降ってくる中で呑気に人の心配していれば、紅月が真横に落ちて水柱を上げた。
「……直撃したら死ぬぞ!?」
「でしたらその時は避けて下さい」
「出来たらやる。つかよく浮かべるな、そんな重たいもん装備して」
「スコールの魔法がありますし、我々月姫はレイズ様の防御魔法がありますので死ぬようなことはありません」
「なんだその魔法」
「機密情報ですので」
『アトリからレイジへ。レイア撃破……』
海の中に赤い光が迸り、通信が切れた。
『アイズからイリーガル、アトリの反応消失を確認。何があった』
『落ちて……海中で弾けたな。デカい傷があった、相打ちだろう』
『だろうって、あんた仲間が死んだのに』
『それがなにか? 言ったはずだ、〝仲間〟じゃなくて使い勝手のいい〝駒〟だと。代わりはいくらでも作れる、道具ってのはそう言うもんだ。通信終了』
「おいイリーガル」
『ちょっと桜都まで行ってくる。話はまた今度だ』
「あっ、切りやがった」
「相変わらずですが、口で言うこととやることが一致しませんね」
「スコールもだろ」
「そうですね。さっきの光は転移魔法を誤魔化すための偽装ですが、飛んだ先は桜都方面です」
「それはいいんだが、コンテナ引き上げ直しかよ……めんどくせえ」
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昼前になり、午前中のドタバタの始末を終えたクロードは遅めの朝食を兼ねた昼食を取る間もなく輸送機に放り込まれしまっていた。渡された装備は対物ライフルや爆弾ではなく手榴弾とロングソードが一本。
「ちょっと待て昼だろ」
「だからだ。さっさと行って狩って来い」
「ほかの連中は!?」
輸送機の中を見たところで警備隊の中でもかなり弱い方になる連中、しかも男性陣ばかり。飛龍相手にこれは餌やりみたいなものだ。食われて来いと言われているようなものだ。
「お前は途中まで相乗り。こいつらは別任務で出撃だ」
「……えっ? ってことはあれか、俺一人で飛龍の群れを?」
「そうだ。俺は仕事があるからな、騎士団は出せん」
「キサラだけでいいから貸せよ」
「あいつはまだ回復してない。魔法が使えないのならばダメだ」
「マジですか」
「大真面目だ。お前の重力操作があれば飛行している連中など加重で墜としてしまえるだろう」
「あんまでけえと干渉出来ないんですがね」
どんな魔法だってそうだ。対象物が大きいほど必要な干渉力が増える。
「セントラで隕石を引き寄せた実績があったな。龍程度であれば問題ないだろう」
「……はーいはい分かりましたよやりますよ」
墓穴を掘った。スコールに出来るだけ能力は隠さないと嫌な仕事を押しつけられるぞと言われていたのに、まさかあんなことが知られているなんて。
仕方が無いと諦め座席について離陸を待っていると、珍しく警報が鳴り響いた。
「ヴァルゴ、何があった」
『〝敵〟勢力接近。メティサーナ、騎士団、及び駐屯している傭兵が出撃します。クロード・クライス、貴方の任務内容は予定進路上の飛龍の撃破、終わり次第敵勢力との交戦です』
「はいはい」
〝敵〟と言われて、衝突するのは少し前の北極での一件以来だ。味方にスコールやイリーガル、レイア、メティサーナなど反則級がいるように向こうにもそういう輩がいる。ぶつかれば生きて帰れる保証はなく、今までのように楽な戦いにはならず大抵が一瞬で勝負がつく。
ハッチが閉じて輸送機のエンジンがスタートする音を聞いて、ふと思う。
「なあカルロ、途中で放り出されるって、帰りはどうなんのかね」
「俺が知るか。ま、一人で頑張れよ」
「嫌だ、こんな職場」
航空魔法士隊なら飛んで帰れと言うのは分かるが、クロードは警備隊所属の広域警戒管制部隊出向で長距離飛行任務(広域管制の仕事除く)の割り当てではない。
離陸して十分ほど。
「飛龍確認、準備はいいですね」
「いいもなにも、行くしかないだろ」
ハッチが開いて風が音を立てる。普段とは違う武装を身につけ、空へ飛び出す。
「見えた三匹か」
『支援する』
「ん? レイア……いやクローンか」
分解魔法で一気に仕留めてくれるならありがたいと、進路を邪魔しないように横に逸れる。三発の青い弾丸が飛んでいき、命中。飛龍が体勢を崩し落ちるが、すぐに立て直して向かってくる。
「分解魔法じゃないのか」
『私の魔法は強くないから分解しきれない』
距離が縮まって、見れば背中の魔法陣はかなり小さく翼も一対だけで兵装がない。
「俺が引きつける、やれ」
「うん」
空中に射撃用の魔法と足場を形成し固定砲台として構えたレイアクローン。高機動一撃離脱か、すべてを蹂躙する魔法で戦域を支配するレイアに比べるとあまりみない構えだ。
「さあって」
魔法の込められたロングソードを抜き、飛龍の上空からパワーダイブ。向こうも気付いたらしく向かってくる。
「斬れるか折れるか」
多分折れるだろうと思い、交差の瞬間首に力任せに叩き付け勢いそのままにガリガリと火花を散らしながら腹部まで通り抜ける。
「……削れたか」
刀身が半分もなくなっていた。通常兵装では強化魔法があってこれだ、魔装クラスじゃないと通用しないのだろう。
上昇しつつ背後を取って眼を狙う。パッと見て一番柔らかそうだし、鱗の間に突き刺して引っぺがすよりは楽してダメージを与えられそうだ。そう考えて体重を乗せて突き立てると、半ばほどでロングソードがポッキリいってしまった。
「かったぁ……徹甲弾で貫通出来るのに無理かこれ」
どうしようかと一度高空に逃げる。見下ろせば二匹の飛龍はレイアクローンの魔法攻撃から逃げ回り、ちょうどその瞬間に一匹が霧散した。赤い霧が風に流れる。
「いっそ手榴弾口ん中に入れてやるか」
重力操作で海に引き摺り墜としてやるのが一番速いのだが、帰りのことを思うとバッテリーを温存しておかないと残量的に途中で落ちる。
『敵が抜けた! 広域管制、近場を割り振れ!』
『アイズからクロード。こっち側があんたが一番近い。向きそのまま右へ五十、二十秒待機』
「余計な仕事を増やすなよ……」
言われたとおりに待っていればレイシス家の召喚兵が飛んで来た。さっきまでの遊び半分の意識が切り替わる、下手な戦い方が出来る相手じゃないぞと。
「どこの兵だ」
『不明、やれ』
白と赤の布で全身を覆い、左腕に巨大な鉄爪を装備している。接触するのは久しぶりだが、最弱クラスと言われる人型召喚兵の中では高位に属する。召喚獣にしろ何にしろ人型は最弱クラスだ。召喚コストがバカみたいに高いのに野生動物にすら負ける。だが、こいつは違う。
「エンゲージ」
ヘッドオン。正面衝突してやろうかと加速すれば相手が回避コースへ移る。コリジョンコースを予測して機動する。逃がしはしない、帰りのことはどうでもいいと出力を上げ加速。
『アンノウンが戦線を突破』
『捉えた、識別情報を共有。対策魔法がないやつは近づくな〝スティール〟を使用してくるぞ』
交差は一瞬。振るわれる鉄爪をロングソードで受け、お返しにナイフを首に突き刺す。
『アイズからナイトリーダー。召喚ゲートを確認』
『そっちでやれるか、こっちは手一杯だ』
スポンジを刺したような感触で、蹴り飛ばして距離を取れば塵になって消えてゆく跡形があった。
『了解、こち――クロード上昇!』
後ろから刺すような気配を感じ、いつものように回避行動を取った。後ろから、そう感知して、そう判断して回避したはずなのに真正面から首を掴まれていた。障壁を無視して、しかも予知能力にも引っかからずどういうことだろうか。
首を締め付けられ、血の流れが悪くなって視界が暗転する。やられてなるかと、暴れて振りほどいて咳き込む。相手の姿を見れば一戦交えて来たらしく、服はボロボロで黒髪にピアスの男だった。
見覚えがあるが、思い出せない。
「だ……れだ、お…まえは」
「フェンリルベースで会ったことあるはずなんだが……覚えてないなら、言えないとしか言えない」
「だっ、たら、敵か味方かどっちだ」
「それはまあ、今に限って言えばお前と敵対する気はないけど、メティサーナの敵ではあるし……なんつーか」
なんとも曖昧なはっきりしない答え方をする相手に、攻撃してきた以上は敵だからさっさとやってしまおうという思いになるのだが、ここで対応できることを示してしまうとメティサーナから余計な仕事を回されそうで億劫になる。
『レイアからクロードへ中継、そいつやっちゃっていいよ、許可出たから』
どうしてわざわざ指向性のオープンチャンネルで言ってくるのか。疑問に思ってジャミングに気付いた。他の通信が全然聞こえないのはおかしいと。
「だ、そうだが」
「……仕方ない、戦うか?」
なんともやる気のなさそうな声と仕草で、空中でポケットに手を入れてやはりどうみても乗り気ではなさそう。
やりたくないが仕事だ、やらないといけない。構え、襲いかかろうとすれば缶が飛んで来た。手榴弾ではない、プリントされていない清涼飲料水の缶だ。なんだ? と、疑問に思う前に障壁を広げる。途端に缶が爆発し、鉄片ではなく火焔が撒き散らされた。視界が遮られ、男が突っ込んでくる。
跳ね返してやろうとそのまま受けた。
「んっ?」
妙な感覚だった。銃弾や砲弾は逸らせたし、そこそこの重量物でも受け流せるはずなのに、クロードが弾き飛ばされた。
「……なにしやがった?」
「教えると思うか」
「いいや。でもいい」
最大出力なら空間を歪ませることが出来るのは確認済み。四脚戦車がグチャグチャになるのだ、人間程度なら余裕だろう。
「失せろ」
光すら抜け出せない空間を限定的に創り出し、男を包み込んだ。