嵐の前の静けさ【Ⅲ】
銃声と硝煙の立ちこめる屋内射撃場に人だかりが出来ていた。
「すげぇやつがいるってよ」
「あの子供が?」
「記録更新するかもって話だ、見ろよ。ほぼ十点か九点だ」
各々の射撃レーンの上には命中した的の状態と点数が表示されるが、二レーンだけが異様な点数を上げていた。的自体は三次元移動する幻影魔法で、自分のレーンに入っている間に撃つと得点が入る。
「あっち見ろよ、あの姉ちゃんもすげえぞ」
「どんだけ撃つ気なんだ」
テーブルの上には四十本近いマガジンが置かれ、予備のハンドガンも二丁。撃って過熱すると持ち替えてクールダウンしているようだが、彼女が撃つその傍らの男もすごかった。
「おいおいそれよかあの姉ちゃんの弾込めやってるあんちゃんもなかなかだぞ」
手で一発ずつ詰めているのだが、給弾器を使うよりは遅いのはもちろんだが人が手で込めるにしてはかなり早い。少女が一本打ち切る間に一本とはいかないが、それでもなかなか弾切れにならないほどには追い付いている。
観客が大勢見守る中、数分の射撃はあっという間に過ぎていった。結果は両者ともに記録更新で二位と三位を塗り替えた。不動の一位はずっと更新されることのないパーフェクトショット。全弾十点に命中の記録だ。
「負けた……この私が」
「焦りすぎだ。あの移動速度なら余裕で合わせられたはずだ」
「いやでもさ、あっちの子は射撃エリアに入った途端に撃ってたし」
「他人のペースに巻き込まれるな。エリア内にあるうちに撃てばいいんだから」
散らばった薬莢を片付け、遠巻きに見ていた野次馬を蹴散らしてベンチを一つ占有する。休憩していれば早速記録更新を狙って初手から七点、八点を撃ち抜いて無理だと諦める輩がちらほらと見える。
「あー撃った撃った痺れたー」
「撃ちすぎだ」
「えー? 戦場じゃ二、三千発くらいは撃つでしょー」
「……あのな、普通はマガジン六本くらいだからな」
「んなことないでしょ。この前の仕事のとき周辺警戒でついてた若い子なんて十本持ってたよ」
「若いやつほど持ちたがる。経験者はそんなに使わないし重くなるからって最低限しか持ち込まん」
「そんなもんなんだ」
「そんなもんだよ」
カスミが散々撃ったハンドガンをテイクダウン、分解してみればムチャクチャな撃ち方同然だったからかかなりの汚れとガタツキがあった。
「オーバーホールか新規入れ替え」
「んじゃ新しいので」
さっと組み立てると鞄に放り込んで手配だけはしておく。
「そういやさ、さっきの女の子だけど」
虚空を目で追いかけるその動作は、ネットワークに検索を掛けているようだが、ヒットしないようだ。
「登録がないって言うのは、一般人ってこと?」
「いいや。BtDの所属だ」
「それってもとから登録ないじゃん」
「フェンリルとかトワイライトとか、名前は知られているが登録はないやつだ」
「でも分かるってことは知ってるんでしょ。誰あれ」
「アリツィア。電子戦闘メインだがリアルでも脅威だ」
「へぇー……まあいいや。それよりスコールはこれからどーすんの」
「ちょっと付き合え、もう予約は入れてある」
指差すのは射撃場から廊下を通って隣、屋内での実戦用のエリアだ。
「私とやるっての? 接近戦は得意じゃないんだけど」
「当たり前の戦い方の練習だ。本気でやりはしない」
「うへー嫌だよ……」
とは言いつつもついてくる。元からスコールの用事に付き合う前提でついてきたのだから。予約した時間までの暇つぶしで射撃までして。残念ながらスコールの射撃の腕は平均より少し下だった。カスミにとってはそれが意外で、初めて何でも出来ると思っていた人に手解きすることにもなった。
「でもなんでいまさら」
「魔法士の当たり前の戦い方を無視出来ないかも知れないから」
「あれ? スコールって魔法障壁デフォで貫通出来たっけ?」
「貫通出来るから戦姫クラス相手に誘導魔法弾ぶっ放してるんだが」
普通なら常時展開の〝ただの魔力〟に阻まれて有効打として届く前に減衰、消滅してしまう。空戦ではその〝ただの魔力〟が展開される領域を掻き乱し、重ね合わせ無効化して攻撃を叩き込む。地上戦でも変わりはしない。
「でも……記録にある限りは領域干渉で無効化されるか障壁で受け止められるかだけど」
「戦闘後のレポートで出してないからな」
「普通だったらそれ出来ない人の言い訳だけど、スコールの場合はなーんかねー」
「知りたきゃヴァルゴの――」
廊下にある自販機の後ろから、いきなり銃口を向けられ反射的に振り払う。
「やっほー?」
トリガーに指をかけ向けてくる、今度は捻り上げて封じる。
「なんのようだアリツィア」
右手を押さえたが左手で鞄からハンドガンを取り出そうとしたのを見てそちらも押さえる。一発しか装填できないがライフル弾を撃てるハンドガンというのは脅威だ。
「おっ、さっきのすごい点数出した子じゃん」
こんな状況でも呑気に話しかけるカスミに呆れ、両手を押さえられてなお力を入れて銃口を向けようとするアリツィアに足払いをかけて床に組み伏せる。
「お前は何がしたいんだ」
「ぶんだーん、いえい」
押さえていたはずがその感覚が消え、膝が床を叩く。するりと陽炎のようになって抜け出したアリツィアは再びハンドガンを構えようとする。しかしそれは敵わない。
「痛い痛ーいやーめーてー毛根抜けるー」
全然痛がってない様子だが、じたばた暴れながらトーリに引き摺られていく。
「黙れ勝手に動きやがって。悪いスコール、ちょっと用事あるから」
嵐のような一時が過ぎると、予約した時間まであと五分だと通知が届く。時間までに指定の戦闘服と装備でエリアにいなければ自動的に次の予約者に回されてしまう。
「急ぐぞ」
「はいはい……それで、今の男は」
「BtD所属のやつだ。戦闘は得意じゃない」
更衣室に駆け込むとすぐに用意されていた戦闘服に着替える。一定ランク以上の装備の持ち込みは一切許可されていない、高性能なものを使われて訓練所を壊されると困るからというのと、そういうものを狙う連中に来て欲しくないからと言う理由でだ。
「なんて言うか、普通男女分けるよね」
「今の時代そんなもん関係ないだろ」
スコールの隣で恥じることもなく下着姿を晒すカスミは、文句を言いつつも着替えていく。
「……言われてみれば如月寮ってシャワールームも風呂も全部共同じゃん」
「だから関係ないんだよ今の時代は」
と、不意にスコールが手を伸ばし、カスミの近くにあった置き時計を床に落とす
「何してんの」
「カメラ」
「はぁっ!? ちょっ、他は!?」
手早く分解して無線通信ユニットがないことを確認してメモリーを砕く。
「探すのが面倒だ」
雷撃の術式を取り出して、ちょっと待てよこれ使うと不味いなと電撃術札に持ち替えて部屋中の電子機器を破壊する。後で文句言われようが盗撮する方が悪い、させる方が悪いで押し通す。
着替え終わり、ヴァルゴにどこかのネットワークに転送されていないか、いるなら完全削除ということで任せる。
「よし、行こうか」
「テンション下がるわー」
対魔法シールドで防護された屋内戦闘エリア。ここでなら当たり前の中級魔法程度までならば部屋の外に届かないよう遮断できる。
「んーで? 当たり前の魔法戦するの」
「あぁ。ただし使用する魔法に制限は無しだ」
「怪我しても文句言わないでよ」
「そっちこそな」
距離を取って術札を手に取る。
当たり前の。そうは言ってもすでに時代遅れの戦い方だ。直接照準するタイプは相手の魔力を上回る力がないと効果が出ない、射撃や投擲といった遠隔タイプも相手の障壁、何より魔法士が無意識に展開する領域干渉を貫通出来なければならない。現代では領域干渉は意識して発動して、先に内容未定義の魔法をばらまいて相手の魔法を妨害するためのものだ。だがそれも使われること自体がない。そんなものはジャマーに任せてしまえと言うことだ。
「あの程度を撃破できないと……」
想定される脅威は旧式魔法と現行魔法のどちらも使ってくる。それぞれ得意不得意があるが、どちらにも対応できないとそもそも刻印魔法しか満足に使えないスコールにとっては負けの確立が高まるだけでしかない。刻印魔法のメリットは起動シグナルさえ流してしまえばどれほど強力なノイズの影響下であろうが誰でも魔法を放てるということ。スティールされたとしても魔法の詠唱元は術札であり、奪われた時点で術札が自壊して相手に取られることはない。だがその程度しかない。使う魔法に合わせて刻印を作る必要があるし、かさばる上にきちんと防水防炎などの対策しなければ最初の一手で詰む。
『行くよー』
わざわざ知らせる必要もないのに、そう思いつつ攻撃を準備する。術札を指に挟み、射撃魔法を使おうかと思えば水弾が飛来する。魔法の発動は一瞬だが、狙いを付けて撃ち落とすまでは間に合わないと判断。正面に障壁を展開し防ぐ。ぶつかった水弾は弾け飛んで床に落ちる前に消滅する。物理現象として定着していない状態なら何かしらの手段で魔法を破壊すればキャンセルが効く。
一発防げば続々と飛んでくる。
水弾を飛ばすといっても発動工程にはいくつかの方法がある。空気中の水分を集め飛ばしてくるのか、それとも召喚魔法で水を生み出して飛ばしてくるのか。
カスミが使っているのは召喚し、収束させ、電磁力増幅で水分子を離れないようにし、移動魔法に座標と魔力から変換するエネルギーを入力し撃ち出すという工程だ。召喚はそこにある事象に逆らう魔法だから余計な負荷となる、だがこんな屋内では空気中の水分を集めるだけでは足りない。
対処する間にそう考えるだけの余裕はあるが、相手がそこらの男性魔法士であれば多くても三、四発がいいところだ。これだけ多重詠唱してはすぐにキャパシティオーバーだ。三枚の障壁を重ねて展開しているが、たかがバケツ一杯分程度の水弾を防ぐだけで術札が焼け始めている。この程度にも耐えられない、かといってレイの攻撃に耐えるようなものは量産しようにもコストが高すぎてほいほい使えるほど安くない。
『どしたー、反撃しないのー』
「……やるか」
目視で座標確認、術札を励起、誘導魔法弾を詠唱、変数に、座標を入力。発動。真横に撃ち出したそれは弧を描いて水弾を躱し、カスミに向かって飛び、空中で魔力の壁に当たって炸裂。カスミが放ったただの魔力、その壁の一部を吹き飛ばすことすら出来ていない。
『本気で来なって、治癒魔法使えるから少しの怪我はいいよ』
だったら、と。高威力のものを放とうと札を持ち替えると不意に一発の水弾が真上に飛び上がり、障壁をずらす。一拍遅れて真横からも水弾が来る。防いでは障壁が維持できなくなるとスティール。水弾が形を失いながら、その中からもう一発。連続してスティールすると、魔法によって掛けられていた運動状態が消えて散らばりながら〝物理現象〟として定着した水が降りかかる。
障壁を展開していた術札が濡れ、効力を失うと次から次に水弾が襲い来る。一つ十キロ程度とは言えそこそこの速度で飛んでくる水弾に弾き飛ばされ、壁際でびしょ濡れになってしまう。
『手ぇ抜きすぎ』
「術札が全滅。終わりだ」
『はっ? なんのための訓練?』
「これ以上は使える手札がない。実戦なら死、それだけのこ――」
ふざけすぎたか、殺傷力の高い緑色の魔法弾が飛んでくる。スティールし解体。
「リリース」
先ほどの水弾と混ぜ合わせ、当たれば痣が出来る程度には痛い水弾として撃ち返す。魔力の壁を突き抜けカスミがギョッとした様子で反射的に障壁を広げ防ぐ。
『や、やるじゃん』
「ホントにやるか? 本気で」
『見てみたくはあるね。戦姫クラス相手に出来る実力』
「そうか、じゃあ一部だけ見せてやる」
立ち上がったスコールは、濡れてダメになった術札をポケットに押し込むと魔力を封じ神力に切り替える。使ったら〝敵〟がすぐにでも嗅ぎ付けて襲ってくるだろう。
「行くぞ」
パチンッと指が鳴らされ、その音に乗って神力が魔力を消し飛ばす。音が聞こえた瞬間に待機させていた魔法がすべて消えてしまったカスミは驚き、そして再詠唱出来ないことですぐに負けると悟りギブアップした。