嵐の前の静けさ【Ⅱ】
「これは?」
投影された資料を見たスコールは開口一番そう言った。カスミとレイジの写真だが、隠し撮りされたものばかりだ。二人仲良く買い物に行ったり射撃場で試射したりといったものだ。
「浮気調査……と、言いたいところだけれど」
そこで一旦区切り、追加の資料を展開。
「ヴァルゴとムツキ、それにカンナから報告が上がったわ。シワス君からもついさっきね」
それとは別に紙媒体のものが手渡される。
「イチゴ君、あなたの配下で不審な動きをする人はいるかしら」
「形だけの指揮官なんで分かりません、としか言えない」
「スコール君、あなたの周りではどうかしら」
「そのまま言っていいのか」
「結界張ったし誰も聞けないからいいわ」
「そうか。現時点ではまず黄昏の領域から月姫小隊との交戦報告が多数。確定は冥月と霞月、裏切り者。蒼、紅は味方、白月は詳細不明クロードから被害報告多数、他は要警戒。主要十二部隊では睦月、師走を除く全部隊に多数。騎士団ではナイトリーダーとキサラ直属以外は怪しい、交戦報告もある。アカモートも内部情報は分からないが敵は多いな。それから」
「もういいわ。その紙に書いてあるから、見なさい」
さらっと目を通せば不審な行動を取る人員が細かく記されていた。もちろんスコールやレイアの名も乗っているが、埋もれてしまうほど記載されている人数が多かった。
「問題なのは月姫の大半よ。新規で入れ替わったにしろ、紅、蒼、白、黒、緑は古参メンバーだからいいかと思っていたのに、それ以外の全員が疑わしいのは問題よ」
「カスミは確定だ。証拠」
スマホに入っている動画を見せる。少し前にレイジから送られて来たものだが、〝敵〟として認めている勢力の人員に混じって戦闘行動を取っている様子が記録されていた。その映像ではやむを得ない状況などではないとはっきり分かる状況で、レイジも攻撃を受けていた。
「はぁぁ……もういやになるわ。どうしてこうなるのよ」
「相当数の離反者が想定される、レイジがそう言っていたはずだが」
「分かってるわ。でもここまで多いなんて思ってなかったのよ」
スズナが悩み、スコールはどうするんだ? とその答えを待つ。安易な解決策を自ら提示してやるほどお人好しではない。
「俺は何をすればいい。呼ばれるってことはなにかあるんだろ」
「イチゴ君、十一月の末までに第二連隊を掃除して完全に掌握しなさい。いまさら裏切るなんてことはないわよね」
「俺は俺のために動く。必要ならどの勢力にだって潜り込むし、危なくなれば逃げるぞ」
傭兵は金で動く、会社に対する忠誠心や信頼できる人について行くなんて言うのはほんの僅かだ。それに金や待遇では縛り付けることが出来ない輩も少数存在する。これが競合他社からの引き抜きであれば騒ぐことはなかったのだが、敵勢力への寝返りともなれば訳が違う。
「……少しは安心させなさいよ。スコール君、あなたには実力行使で排除するのを手伝ってもらうわ」
「レイジじゃだめなのか」
「これを見なさい」
更に追加で展開された資料は離反の可能性が高いメンバーと、そのメンバーとレイジが一緒に写っている写真だ。どうにも悪い方向に転びそうだ。とくにアカモートで広域警戒管制部隊に魔法をかけたところなんて証拠として強すぎる。
「完全に敵として認められてるわ。昔からいるスコール君ならともかく、古参メンバーでも途中参加の人たちは……ね」
「それで?」
「それでって、あなたはこの状況どう思うのよ。世界を壊すために動く〝敵〟を倒すのが私たちでしょ。なのにここまで戦力差が開くとどうしようもなくなるの」
「どうでもいいとしか言えないな」
「あなたに聞いた私がバカだったわ。で、手伝ってくれるのかしら」
「やってもいいが、十二月に入ったら一切命令は受け付けない」
「いいわよ好きにしなさい。取りあえずイチゴ君はさっきの通りに。スコール君は任務発行までは桜都国で待機よ」
「了解」
「そんじゃ俺はしばらく向こうに籠もりきりで選別してくる」
「やり過ぎくらいでいいわよ、疑わしいなら無条件に排除しなさい」
「はいはい」
そうは言っても形だけの指揮官、これからどうやって掌握してやろうか悩むところだ。大広間からイチゴが出て行くと、スコールは真面目な顔になる。
「で、仮のプランくらいあるんだろうな」
「まだよ? あの子たち相手に簡単に作戦組めるわけないじゃないの」
「レイアの照準補助魔法のプログラムを簡素化して組んでやる、超長距離砲撃で仕留めろ。街中にいるところを狙えばほぼやれる」
安全域ならレイジのように常に警戒している人でない限り、魔法障壁の常時展開はしないし使用制限があるから法的に使えない。無防備なところを狙って一撃で、それが一番早い。
「あなたねえ、いくらなんでも無関係の人巻き込んで攻撃なんてしないわよ」
「過程を考えるなよ。気にくわないから排除する、だったらそれだけを見ろ。じゃないと出来ない出来ないで気付けば自分が死ぬぞ」
「それは……でも」
「前の蒼月のように、静かに終わらせることが出来ると思わない方が良い」
そう言うとスコールは立ち上がって出て行こうとする。
「どこに行くの」
「訓練所」
「珍しいわね、あなたは独自の戦闘方式なのに」
「通常の魔法戦闘を思い出して置きたいからな」
倉庫同然の部屋から術札を持ち出し、玄関に向かえばちょうどカスミが帰ってきたところだった。背負っているバッグにはライフルが入っているようだが、膨らみ方が違う。
「変えたのか」
「新品、レイジにカスタムしてもらった」
「それでどうだった、向こう側は」
「最悪な気分。取りあえずバレないように何人かヤったけど、あんま我慢出来そうにない」
「それでも頼むぞ。それから、疑わしいやつを排除するように任務が出るらしい。危なくなったら隠れてろ」
「分かった。で、そっちは仕事?」
「いや訓練所で暴れてくる」
「あ、だったら私も行く。ちょっとまって」
靴を脱ぎ捨て、慌てて二階に駆け上がってドタバタと。一分もしないうちに着替えて降りてきた。ライフルの代わりに魔装銃ではないただのハンドガンと、鞄に大量のマガジンを入れて。
「……重くないか」
「空っぽだから。訓練所で弾買えるし」
靴を履くときに上から覗き込んでみればざっと四十本ほど。どれだけ撃つ気なのだろうか。そもそもなんでマガジンをこれだけも持っている? 実戦でも一部例外を除きライフルでだいたい六本ほど持ち出すが、ハンドガンで四十本。そんなにいるか?
「あー胸チラ狙いー? 私のおっぱいは安くないよ」
「その髪留め、まだつけてんだな」
「まだって、もらってからそんなに経ってないし。それにまともなプレゼントとか久しぶりだし……って話逸らすな! 覗こうとしたでしょ!」
「誰が――」
お前の貧乳なんか、とか言えば怒らせるだけか、と思いとどまる。
「いや、こういうのが、当たり前なんだろうな」
「はぁ?」
「戦争がなければ、人がサロゲートで量産されなければ、こんなバカみたいな状況がなければ。カスミくらいだったら学校行って友達とバカやってるだけだったろーなって」
玄関の引き戸を開けて外に出れば降り注ぐ夏の日差しとセミの大合唱。夏休みの時期でもあって、学生たちの姿も見える。すぐにでも汗が噴き出てきそうなほどの晴天。
「……それ言っちゃダメでしょ。紅月は学校で虐められて自殺未遂でうちに来てるし、一階の引き籠もりもいじめでしょ」
「他人の過去は詮索するな、それが基本だったな」
「そうそう、それでスコールの過去は? なんかうちで一番やばそうなことしてそうじゃん」
「まあ……最初に雇われたところで大暴れして人員と建物を三分の一ほど破壊。そのあともなんやかんやで暴れてたな」
「最初ってどこだった」
軽い気持ちで聞いて、誰も知らないその答えをスコールは何でもないように言った。どこを渡り歩いて、何してきたのかも。
寮を出て下る長い坂道は、なんとも気まずいままで歩いた。坂を下りれば人通りもあるし車も走っている。なんともぎこちないまま、二人で歩いていればそれは付き合い始めの恋人たちのようにも見える。
「聞いてよかったのかな」
頭の中で整理して、それでも悩む。
「それが本当だという証拠はない」
「まさか嘘?」
「さあどうだろうな。少なくとも最初の大暴れが魔法がまともに使えない原因でもあるし」
「過負荷で脳がやられるってやつ?」
「魔法の処理をする領域がボロボロで常に不安定だから補助具があっても危なくて使えない」
「あ、だから補助具で飛ぶときいつもふらふらしてるんだ。って言えばレイジもか」
「あいつもかなりの無茶をしたらしい。何かは教えてくれないが」
「へぇー……それよりもさ、歩くの」
「タクシーか転移か」
「タクシーしかないっしょ。ここ魔法禁止だし」
スマホを操作して呼ぶと一分としないうちに無人車両が道路脇に止まる。スマホを翳して利用認証をするとどこまで行くのかを入力、そしてドアロックが解除されてドアが開く。コミューターとも無人タクシーとも呼ばれるが、桜都では公共交通機関の運行エリアのみで運用されている。
「あー涼し」
「断熱フィールドが羨ましい。スズナの冷却魔法とかも」
「空戦魔法士だけじゃなくて地上の魔法士にも術式寄こせって行ってるけどさ、ライセンス料がなんだとかで全然」
「今度作るか。自作ならライセンス料も何もない」
「えっ、作れんの」
「誰が如月隊の未登録戦術魔法やら戦略魔法書いたと思ってる」
「技術員?」
「基礎理論はレイジと組み立ててコーディングはヴァルゴとレイアも参加だ」
「なるほどスコールはプログラマーかぁ……あれ? じゃなんで前線配置になってるわけ」
「色々やりづらいんでなー。まあ、少しばかし組んでみるか」
訓練所までの数分の間に組めるようなものではないが、スマホを膝の上に置いて折りたたみのキーボードを広げプログラムを組み始める。
「そういやさ、魔法のプログラムってどうなってんの? 補助具使って頭の中の魔法の処理に干渉するんでしょ」
「人によって書き方が違うし、そもそも秘密だ。バレたら書き方の〝クセ〟を辿って魔法の発動を妨害される」
「えっ、そんなのあるの」
「あるぞ。同じ射撃魔法でも凄まじく早いが雑な狙いのやつと、精度がいいけど遅いのがあるだろ」
「うん」
「魔法の展開位置、射撃速度、収束度、射程、偏差の取り方とか色々変数として置けば、発動に時間が掛かる分柔軟に対応できる」
「あっ、てことはそこを決めておけば発動の信号を渡すだけで瞬間的に撃てるってこと」
「そうだ。そのかわりに状況に合わせていくつか作ることになるし、どれがどの魔法なのか覚えておく必要がある。という感じで見た目同じでも処理が違う、変数入力があるならジャマーを使われてしまうと変数入力が出来ずに魔法が発動しないことがある。とくに空戦のときに座標がおかしいと魔法が形にならないとか」
「あーなるほどあるねそういうの」
「それに補助具のメリットは自分で詠唱した魔法をそのまま渡して、キャパシティの許す限り複製して発動とかが瞬間的に出来ることだな」
「うんうんよくやる。砲身の先に強化魔法展開してそれに何十個か繋げたりとか」
「……普通は二つか三つだ」
むしろそんなことするから、障壁と飛行魔法を詠唱するキャパシティがなくて遠く離れた安全なところか火力支援しか出来ないのだ。しかしそんなこと出来る人員も少ないために重宝しているのは間違いない。
「そーゆー普通ってのが分からない」
「普通ってのは人によって変わるから気にするな。戦場で見えない相手を吹き飛ばすときに相手のことを考えないだろ」
「まあそうだね。いちいち気にしてたら撃てないし」
何の気なしに窓の外に目をやれば、頭の奥でざわつくような感覚がする。
「ヴァルゴ、周辺状況」
『スキャン不可』
「……カスミ、一応戦闘準備」
「こんな街中で?」
「取りあえずだ。何もなければそれでいい」