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空を舞う戦姫たち【Ⅱ】

 晴れた空。雲も少ない、視界良好、友軍機は自機のみ。先日の不祥事は、スコールの介入によってうやむやにされたが、そのせいで妙な引き抜きを掛けられている。なぜこんな一般兵に執着するのか、理解できない。取りあえず逃げるためと、スクランブルがいい具合に掛かって空へ。

 そして、今。

 三百メートル。至近距離でミサイルが爆発した。選択を間違ったのではない、撃たなければ、やられるだけだったから。AIの警告を無視して、アーマメントコントロールパネルに表示された唯一残った兵装を発射。近接信管だと分かっていて、急速離脱。敵は、空を飛ぶ女性は、あちらも警告を無視して飛行魔法に無理な変数を入力し、急激に反転、宙返りして対峙する。人の身だからこそ可能なポストストールマニューバ、これが戦闘機なら、無人機であっても強度限界で空中分解するだろう。

 お姫様は反転した状態で、進行方向へのエネルギーを打ち消す加速で向かってくる。ミサイルも、シーカーから目標を消失、しかし母機から誘導を受けて追いかける。AIは誘導停止と自爆を提案するが、わざわざ負ける選択肢をリジル4は選ばない。

 破片は、リジル4の駆る機体にも当然襲いかかった。至近弾、それでもお姫様は障壁魔法で弾き飛ばし、離脱していく。一瞬の出来事だった。キャノピが砕け、ヘルメットに破片が直撃。意識が朦朧とする、バイザー内側に赤い飛沫が飛ぶ。

「まだだ……」

 パネルに機体情報を表示、ジェネレーターが死んでリスタート出来ず、バーナー圧力が下がる。燃料漏れの警告、後ろに首を曲げると、火が出ていた。フュエルカット、無駄だった、燃料タンクにも穴が開いている。爆散した破片は、どうも内部までズタズタにしたらしく、こいつはもう飛べないと。バヂッと閃光が、電力系ユニットが死んだのか、電装が沈黙する。射出レバーを引いても反応がない。

「…………リジル4よりスカイリーク」

 別系統の通信システムも応答はなかった。ここは、戦域から離れた場所だ、深追いしすぎた。生命維持系を外し、ナイフを取り出して、ベルトを切断。キャノピは砕けている、荒々しい風の中に放り出された。さっきまで乗っていた相棒は、機体は黒煙を吹きながら落ちていく。お姫様相手によくやった方だ、あの機体はいい。優秀なパイロットがいれば、戦闘機でもお姫様に対抗できる。勝てるわけではないが、引きつけられる。

 と、そんな機体に魔法弾が飛んでいき、四散した。落下していくリジル4は、ポケットから札を取り出す。封を解いて、宙に放る。風に飛ばされて散っていくそれは、少し遅れて輝くと、誘導魔法を発動してお姫様に飛んでいく。総数五百発、魔法士同士の空戦では精々一人に四発撃ち込めば十分に、デコイを無力化して打ち落とせる。やりすぎ、とは考えない。これでは足りない、不十分だ。

 姿勢を立て直し、飛行魔法と障壁を展開して追いかける。勝てるとは思っていない、個人の性能差では、リジル4の十数倍ほどもお姫様は能力が高い。こちらがロックしてお姫様を撃つ間に、向こうは全方位をロックして全員に向けて魔法を撃ってくる、加速性能も最高速度もあちらが遥かに上だ。戦闘機のアフターバーナー全開で加速して、速度が上がりきった状態でも振りきられてしまうのだから。

 オープンチャンネルに切り替え、同時に魔法での通信も入れる。

「投降せよ、従わない場合は撃墜する」

『実力を考えなさい、男一人で何が出来ると言うの』

 返事が返ってきたが、どこにいるのやら。目標をロストした魔法弾があちらこちらに散って、限界を迎えて消えていく。全周警戒、見えない、感じられない。あれだけ誘導弾ばらまいた後だ、あちらもうかつにロックされない為に姿は見せないだろう。わざわざ撃ち落としに帰ってくるより、無視して離脱する可能性も高い。しかし、挑発した手前、仕掛けてくるかも知れない。かも知れない、それが言えるなら、来るか来ないかの二択、浮遊機雷を仕掛けておいても損はない。

 数分ほどして、瞬きした瞬間に正面から。

「がっ――」

 お姫様が吹き飛んで、連鎖的に炸裂する機雷の衝撃波に、弾け飛んだ。脇腹刺されて敵姫撃破、悪くない、悪くないが、帰る前に失血死しないだろうか。治癒魔法の札は持ち合わせていない。さっき間違って、一緒にばらまいてしまった。間抜けな死に方か、殺す以上はいつ死んでも文句は言えない。

 脇腹にナイフが刺さったまま、これを抜くと栓を抜いたボトルのように、中身があふれ出る。帰ってから、医者にでも任せよう。軽く魔力波を放って、周囲に敵も味方もいないことを確認すると、気が抜けたか、疲れを感じた。片腕が痺れているのに気付いて、血が垂れてきて目に入る。右の視界が赤い、まぶたを閉ざしたままにすると、今度は血が凝固して開けなくなった。

 今頃、防衛線はどうなっているだろうか。主力のお姫様は引きつけてやった、戦域に残ったのは通常戦力だけだ、撃退して、再編しているだろうか。だとすれば、スカイリークが戦闘記録をまとめて本部に送信しているかも知れない。一人、戦域から逃げたとか、そういう感じで。ここは軍ではない、逃げても所属する組織から解雇を受けるか、何かしらの処分が下るだけだ。リジル4が所属するのは、白き乙女の魔法士・航空機混成の独立部隊だ。何を言われるのやら、白き乙女は末端ともなると管理が雑すぎて困る。もしかすると除名処分で、帰る途中に不明アンノウン判定受けて、撃墜もあり得るか。

 一時間、とはいかないが、感覚でそれほど飛行を続けて、通信が入った。

『リジル4、後方に敵機、注意』

 スコールからの警告だった。正面から接近してくる。

「後ろ?」

 怪我のせいで、警戒を怠っていたのが仇になったか。振り返れば、真っ黒なシルエットがあった。凹凸を認識できない、それほどに黒い。

『敵機インバウンド、機数1、黒妖精。戦姫に任せ、各員は後退せよ』

 聞いたことがない、黒妖精? なんだそれは、あの黒いシルエットがそうなのか。

『リジル4、状況報告』

「敵姫撃墜、負傷している、戦闘継続は困難」

 そう言うが、やれと言われたらまだやるだけの余裕はある。

『スコールよりスカイリーク、黒妖精はこちらで貰うぞ』

『戦姫でなければ無理だ、下がれ』

『男だからって、魔法が弱い訳じゃないんだ。それにこっちは三人がかりだ』

 一度切って。

『やれるな、リジル4』

「……巻き添えで落ちるなよ」

 残りの手札を考えれば、近接爆雷魔法を連発して行くくらいしかない。誘導タイプは残り二発、自分で魔法を作れないのが、こういうときは嫌に思える。

『お前もな』

 数秒で交差。旋回して隣に合わせてきたスコールが、傷に触れる。傷口が熱も持って、ヒリヒリと痛む。刺さったままのナイフが抜かれ、少し血が溢れるが、すぐに出血が止まって傷が塞がる。治癒魔法、様様だ。

「行くぞ、あれを撃墜する」

「命令するな」

 刀の柄に手を掛け、宙返りして敵機に、黒妖精に向かっていく。不思議なやつだ、通常戦力に分類される連中は魔法か銃で。女性の中でもそこそこの戦闘力を誇る姫様が重機関銃や近接兵装などを使うのに。男で刀を持って、接近戦挑むというのは、あまり見ない。それでだ、どうやってあれを墜とすつもりだろうか。刀で鉄板斬ったことがあるリジル4にしてみれば、装甲なんてのものは斬れない。切断できるほどの速度でぶつければ、刀が折れる。戦姫であれば、魔法で強化して正面から戦闘機だろうが戦車だろうが両断するが、あいつにできるのか。

 緩旋回、視界が狭いが、どれがどうした。今の状況で勝てるように動くしかない。

『ロック、リジル4退避』

 黒妖精を視界に捉えた瞬間、黒妖精とスコールの間に、天空から何かが落ちて、遥か下の海原を叩く。数百メートルもの水柱が上がり、大きな波が広がる。青い髪の女の子の声だが、なぜ近くにいるスコールではなく、こちらに警告してくる?

「対地射撃衛星か」

『分からん、スペア、今のはなんだ』

『し、知らない、私じゃない』

『お前の声だろ』

『違う、知らない、こんなの』

『誤差修正、リアタック』

 黒妖精が消えた。天空から降ってきた何かに、叩き落とされて海に沈む。再び水柱。

『スカイリーク、今のはどこから来た』

 いつもならすぐに応答があるのに、返事がない。それどころか、データリンクが解除されて接続不能になっている。

「リジル4よりスカイリーク」

 数秒待つが、返事がない。このまま無駄に飛んでいては、魔力切れで落ちる。メガフロートから出撃した部隊も、今頃掃除を終えているだろう。敵の主力はこちらで撃破したし、向こうには味方のお姫様が、戦姫がいるのだから。

「墜とされたか」

『まさか、あいつの高度はほぼ宇宙との境だ。あんなところまで上がっていけるやつなんか……いるな』

「こっちが陽動で、本命は管制を潰す、とかだったりな。メガフロートの管制は三機で、常に入れ替わりで旋回して全域カバーだ、一機でも欠けたら防衛線の縮小をせざるを得ない」

『今回のスクランブル、六方向からの同時攻撃だが、全機撃墜の場合どうなると思う』

「そりゃ……今頃、目を潰された本部は、どこから来るか分からない敵軍に怯えてるか、それとも」

『とっくに撃沈、か。スペア、曳航しろ、急いで戻るぞ』

 伸ばされたラインを掴み、接続されると、自分では到底出せない速度の飛行に付き合わされる。スペアが展開する障壁がなければ、空気との摩擦で大変な事になっているのは間違いがない。

 基地上空まで五分とかからなかった。これだから、戦闘機を飛ばすよりも、魔法の使える人間に爆弾持たせて突っ込ませた方が効率的だと言われるのだ。データリンクが生き返る、基地自体の設備では艦船の設備よりも程度が低い、周辺に展開する部隊に頼りすぎている。

「ライン切断、先に降りる。スペアは警戒しつつ待機」

 メガフロートを一周して、格納庫の手前に着陸した。戦闘時の離陸には、加速のための滑走路が必要だが降りるのならどこでもいい。掴まれる場所があれば崖でも問題がない。

「なんともないな」

「確かに――」

 ゴヅッと、後ろから殴られた。

「リジル4! 貴様は何度命令違反をすれば気がすむ、墜とされたんじゃないかと冷や冷やさせるな」

「証拠はありませんが、敵姫を墜としました」

「それで死んだら意味がないだろう馬鹿者め」

 右目を固める血と、脇腹の刺された痕を見て隊長が怒る。 

「こっちは使い捨ての消耗品ですよ、一部隊程度ならすぐに補充が来ます」

 その言葉にカチンと、来たのか。それともそうする為にわざと言ったか。リジル4は長々と説教を受ける羽目になった。まだ二十歳にもならないのに、いつ死ぬかも分からない戦場で、命を軽く扱うその態度に対して文句を言うのは隊長だけではなかった。

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