近くて遠い【Ⅲ】
深い森の中を歩いていた。
遠くから戦闘の音が響いてくるが、レイズ・メサイアにはそっちに行ったら確実に死ぬということしか分からない。
青い宝石の嵌められた羽根飾りを頭に、白を基調に青で装飾の施されたアイドルの衣装のようなのを着て、少し風が吹けば見えてしまう短いスカートを穿いて、黒のニーハイソックスにこれまた白をベースに青で彩られたブーツ。
おおよそ森の中でサバイバルする格好ではないし、ナイフの一本もなしに森の中をさまよい歩き汚れまみれだ。魔封じのアイテムはすべて破壊したが、別の何かで魔法を封じられているのか一切の魔法が使えない。かといって魔術は使ってしまうと反応を捉えられてすぐに〝敵〟が飛んでくる。その上こちらも使えるとは限らない。不発に終わって囲まれて嬲られるのは嫌だ。
そんなことだから、食料も水もまともに確保できず、火を起こすこともできず。蚊やダニ、ヒルを常に警戒し、魔物や人慣れした野生動物に脅かされ。まともに寝ることは難しく休むこともままならず、しかもその上で徒歩での移動。
ときおり川を見つけても、生の水は煮沸してからでないと口に入れたくない。もしかしたら上流で動物が死んでその死骸から病原菌が溢れているかも知れない、もしかしなくても動物のテーブルマナーは期待できない。水の中に糞尿が落とされていればそれだけで汚染されている、飲めない。
だが、それでもレイズは生き抜いていた。
朝露を舐め、食べても大丈夫だと知っている木の実や草、それらがなければ木の皮を剥いで食べた。
そう簡単に死んでたまるか。この世界に生まれ、まだ子供のうちに荒野に捨てられ、戦場を駆け抜けて生きて、殺して、奪って、今がある。そしてスコールに教えられたなんちゃってサバイバル技術もある。
魔法を封じられ魔力の反応が消えているのが幸いしたか、ブルグントの警戒部隊に発見されることもなく、しかし近場で作戦行動をとる白き乙女にも見つけて貰えずさまよい歩き限界は近い。脱水症状を起こし同時に栄養失調も起こしていた。
太い枝を杖代わりに、霞む意識をむりやりに動かしてどこを目指すでもなく歩く。さっさと死んでしまえばデフォルトの位置に再生成される。楽になりたければ死ねばいいと分かってはいるが、恐らくはすぐにメティサーナに捕まってしまう。また繰り返す、そうなりたくはないからこそ行方不明でサバイバルという状況から抜け出したくても抜け出したくない。
ふと、人の声が聞こえたような気がした。
膝をついて感覚を研ぎ澄ます。魔法通信も受信だけなら大丈夫だ。
「さてと。そこで隠れてろよ、巻き込まれたら今のお前じゃただの的だ」
男の声だが、これは知らない。
『こちら冥月。管制、フギンへ。微弱ながらレイズ様の反応を捉えました。これより精密探知を開始します』
『フギン了解。周辺の部隊は警戒に当たらせる』
「イリーガルより各員、敵姫マーク。これより月姫を殺す、指向性ジャミングでレイズの防護魔法を破壊しろ、ただしフギンには一切の怪我を負わせるな。タイミング合わせ……今」
ビリビリとした感覚。強大な魔術の余波を感じ取って、空を見上げると遥か彼方の雲に大穴が空いている。続けて二つ、三つと。
『ブレイク! ブレイク! 地上からの魔法攻撃、回避!』
『違うこれ、ジャミングが――』
「チャージ!」
通信が途絶えた瞬間、空に向かって黒装束の連中が飛び上がる。一瞬ムツキの部隊かと思ったが、装備が違う。状況を確認しようと立ち上がる。ふらついた体は、後ろから伸びてきた腕に捕まえられ――