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近くて遠い【Ⅱ】

 それを見つけたのは偶然だった。

「第四小隊より本部。事象改変を観測、付近に失踪者・皆川零次の反応あり。指示を請う」

『本部から第四。事象介入を許可する、ディーヴァへの介入を開始。繰り返す、ディーヴァへの介入を開始』

 一小隊二十人編成。その観測員はレーダーで捉えたノイズを事象改変として判断し、精密スキャンで偶然にも行方不明者の一人である皆川零次を捉えた。

「さぁて来栖君行くわよ。今回は新兵器があるから頼むわ」

 逃げようとする来栖暁人を引き摺るのは、第四小隊の隊長である栗花落だ。

「なんで毎度俺が……」

 観測員から中継される映像を見ると、猛吹雪の中を墜落していくその姿があった。

「皆、手筈通りに。囲んで捉えるのよ」

 氷柱の生えた木々に突っ込んで姿を見失うが、すぐに落下した場所を特定して再捕捉。肩や腹に負傷を確認、チャンスだと思い飛び出そうとしたクルスをツユリが静止する。

「やるなら今だろ」

「見なさい、まだダメよ」

 真っ白に積もった薄い雪に、赤色の染みを散らしたレイジは、黒い靄のようなものを纏ってあっという間に傷を塞ぐ。どこかと通信しているようだが、傍受できても暗号化が解除できない。

「いい? 先回りして包囲陣系を整えなさい。葛原の部隊が手伝ってくれるわ」

「了解」

 零次を監視しながら距離を取り、静かに包囲網を作り上げていく。今まで成功したことがない待ち伏せ。気付かれていて実は気付いていないふりで逆に誘い込まれているんじゃないか、そんな不安が溢れるが誰も文句は出さずに動く。

 配置につくと観測員が中継する映像で零次の動きを見る。ほとんどまっすぐにこちらの包囲網へ向かってくる。気付いていないのか、それとも、本当はもう気付いていて最適な攻撃位置に向かっているのではないのか。

『用意』

 ツユリの号令で包囲網を築く全員が武器のセーフティを解除する。だが、その瞬間にレイジがさっと視線を走らせた。木や岩の影に隠れている者を含め、全員の位置を目で追った。

 最初から気付かれていた? いま見たのは、魔法攻撃のための座標取得か。

『始め』

 引き金を引こうと思った時には、視界がノイズで埋め尽くされまっすぐこちらに突っ込んでくるレイジにギョッとしてログアウトをしようとする。しかし返ってくるのはエラー、妨害されている。

 殺される、と。覚悟した次の瞬間にはレイジが倒れ込み、動きを止める。

『効いたわね。捕らえなさい、私もすぐに行くから』

 動きを止めたからといって安易に近づけば何されるか分かったものではない。他の連中はステルスモードを解除してレイジを捕らえに掛かるが、クルスはさっきのでビビってしまい離れて行く。後は仲間がなんとかするし、あいつを捕まえたのなら成果は上々だ。

 少し休もうと木の陰に座り込めば、爆音が響いた。顔を出して確認する前に、飛び散った小石が散弾のように辺りを削り取る。あーぁと思いつつも走り出す。ジャマーを起動して、これはここに置いて逃げる。恐らくレイジは発信源を潰しに来る、こんなものを持ったままではここにいますよと叫びながら走るのと変わらない。

 少しは気を引けるだろう。しかしその思いは裏切られる。固い地面の上に薄く雪が積もっている。そのはずなのに、足元が波打って沈む。それと同時に視界がおかしくなる。雪景色と雪のない景色が被る。

「なんでバレる」

「クルス、いますぐに通信妨害を解除すれば楽に死なせてやる。嫌なら」

 空を指差され、その先を見ると青い光が見えた。レイアか。

 ダイバー隊の中では共通認識だ、あの女の子は危険だと。情報構造を破壊、任意の形で再構築してしまうそれは、リアルワールドからディーヴァへダイブしている存在にとっては脅威だ。当たり前に殺されたらリミッターがそのフィードバックを遮断するが、レイアにやられた場合はデタラメな信号のフィードバックで廃人か死体のどちらかだ。

「わ、悪いが俺も進級掛かってんだよ。今日のノルマ達成できないと明日中間テストなのに強制ダイブなんだからな」

「知るか」

 指差されたかと思えば、体の右側の感覚が消えた。べしゃっという音に、ぞっとして、ゆっくり顔を向けると血を吹き出す右肩、そして潰れた腕が転がっていた。痛みがない、感覚が追い付いていない。つい数時間前までは下校途中で友達と喋っていたのに、今は非現実的光景が目の前にある。

「次はどこがいい。それとも取りあえず手足落としてから話すか?」

 思考が掻き乱される。それでも、レイジは平然として当たり前のことのように残虐なことを言う。

「お、お前な」

 左肩の感覚が消えた。

 視界が明滅する、見えるものがぼやける。意識レベルの低下で接続が安定していない。

「苦情は受け付けん」

 視界にアボートの表示。そして気付いた。

「気付けよ、見てるものが――」

 世界が遠くなっていくように、景色が暗く、音が小さく。目を覚ましたときには全身汗でびっしょりと濡れ、血の臭いがした。隣を見ればバイタルサインがフラットライン。フィードバックを減衰しきれず、アボートも間に合わなかった仲間が死んでいた。

 中継映像はまだモニターに表示され、生き残りがまだいるなと思いながら見る。さっきまで雪景色のはずだった場所は、雪なんてない森林地帯であちこち煙が上がっていた。レイジに破壊された葛原の部隊の兵器群だ。

「あぁ。また君だけか、来栖君」

「……運がいいだけっすよ」

 実働部隊はいつも通りに全滅し、生活に支障がないレベルで無事なのは今のところクルスと隊長のツユリだけだ。

「して、君が見たのは皆川零次で間違いないのかね」

「俺が見たのは……いや、ありゃスコール・ペルソナだ。皆川零次の拡散した可能性の一つの」

「そうか……。君の予測では、彼はどこに居ると思う」

「分かりません。俺らが向こうに潜るときは、かなり時間差がある。最近はこっちの一時間が向こうのでも何日かくらいの誤差になってますけど、昔みたいに何百年単位でズレがあったときから放り込まれてる俺としては……あいつは、もうどれが本体とか、そういうもんじゃないと思う」

「だから分からない。そういうことかい」

「俺の考えとしては、ですがね」

「他に感想は。感じたことは」

「明日テストなんでそろそろ帰りたい」

「出来ないそうだよ? 悪いけど今度は……どこだったかな、あぁこれだ。近場だけど、もう一回潜ってもらう。任務内容は最初期の失踪者、ディーヴァでの呼称はレイズ・メサイアの追跡だ。どうにも皆川零次が干渉して反応を消していたようだが、さっきので位置を掴んだから頼むよ。上からの命令が出てるからね」

「……俺、明日テストなんですが」

「留年だね、これは。たぶん追試も無理だろうから」

 と、拘束されると強制的に意識を吹き飛ばされた。

 気付けば今度は森の中で、時計を見ればリアルワールドでの時間はそのままに、ディーヴァでは一時間後だ。遠くから銃声が聞こえるが、関わりたくない。

「アサイン解除を申請」

『ダメよクルス君。そのままそこで待機、しばらくしたらファラスメーネが見えるはずだから攻撃しなさい』

「ふぁらすめーね? ……ブルグントのPMC?」

『そうよ。その部隊は逃走したミナガワレイジを捕らえて撤退中、指揮官はウェイルンよ』

「えぇっとそいつは……」

 端末からデータベースにアクセスして情報を見れば、薬物を使った妨害が得意だと。銃器や魔法も使う上、獣人であり蛇女。通常の地形による障害は適用されないとみていい。

「スコール捕まえる辺り化け物クラスかよ」

 舌打ちしてウェポンターミナルを呼び出し、貫通力を重視した兵装を選択。旧式魔法だろうが現行魔法だろうが貫通してしまえば効果はある。なにより獣人は人間よりも頑丈だ、やり過ぎくらいの攻撃でもたりない。

 セーフティを解除して待ち伏せしていれば、上空を爆音が突き抜けた。戦闘機かと思い、見上げると赤い光の軌跡を残しながら飛翔する何かが見えた。遠目に見る分には戦闘機のような……。

「上のは葛原ですか」

『連中全滅したわよ?』

「えっ? じゃあ」

 どこの部隊だろうかと思い、周辺図を見るが洋上のメガフロート所属の部隊はこちら側には展開していない。セントラとの戦闘も付近では起こっていないし、浮遊都市というわけでもない。観測員も掴んでいないアンノウンだ。

『第六小隊測員からクルスへ。対象の特徴を報告せよ』

「よく見えねえけど戦闘機っぽい。飛んだ後に赤い光が残ってる」

『了解した。そちらの付近にゲートアウトの痕跡有り、こちらで捕捉したゲートイン反応、及び通過確認したのは紅龍隊のみであり対象は紅龍隊の所属である可能性が高い。注意されたし』

「注意って、連中相手なら最新の戦闘機でも厳しいっての」

 そんなことを言っていれば、上空に多数のゲートアウト――世界を超える高位転移魔法が顕現する。

『第六から第四。そちらの作戦領域に進入する、だが支援は期待するな』

『分かったわ』

『ツユリ隊長、撤退しましょう。ブルグントの魔法使いが来ます』

『まだダメよ。第六と足並みを合わせなさい。それとクルス君、ファラスメーネへの対処は後回し、上空の紅龍隊の観測、データ収集を優先しなさい』

「わーっかりましたー……」

 出来ることならさっさとログアウトして明日のテストに備えて勉強したいところだが、どうにも運命に見放されているらしく非日常から抜け出せない。とは言えいまさら紅龍隊のデータ収集というのも、意味がないような気がする。

 空にカメラを向け記録を開始するが、何とやりあっているのやら。爆発とフレア、障壁と弾かれた射撃魔法、降り注ぐ黒い破片……これは地上に届く前に溶けて霧散する。どうも相手は黒妖精のようだ。

「あーやだやだ……俺の明るい未来がどんどん離れてくよ」

 なんて愚痴を言えば、直上で爆発が起こって地面に押しつけられ真上から何かが落ちてきて直撃。内臓が潰れたかのような激痛、確実に肋は逝っただろう。

「こっちは大丈夫。……あっ? ダイバー隊? 地上に?」

 直撃した女の子は平気な顔して起き上がってどこかと通信しているが、クルスを見るなり拳を振りかぶる。

「ちょっと待て!」

 桜都での登録は如月零。白き乙女ではレイ・キサラギ。赤い髪の女の子、レイア・キサラギの姉ということになっている。攻撃力だけ見れば白き乙女の中ではトップクラス。自己強化魔法でセントラが保有するシールド艦を素手で破壊した過去を持つ化け物だ。防御力もただでさえ分厚い旧式魔法の障壁と、撒き散らされる魔力の圧力で攻撃が届く前に崩壊してしまうほど。

 その拳がたたき付けられる寸前で止まる。

「分かった。で、どこ? えーめんどい。纏めて吹き飛ばしてもスコールなら大丈夫っしょ」

 軽く足を引いて、爪先で地面を蹴る。その動きで地震と間違えるほどの衝撃と、薙ぎ払われた大地が津波のようになって地形を押し流す。続けざまに拳を振るうと、凄まじい破裂音と共に砂埃もなにも視界を遮るすべてが吹き飛ぶ。

 その、放出された〝ただの魔力〟の射線上には抉られた大地と血を流すスコールだけが残っていた。ファラスメーネの部隊も他のダイバー隊もどこにもいない。端末を見ればツユリ以外で射線上にいた連中は全員即死だ。

『クルス君、生きてるかしら』

「生きてますよ。相変わらず逃げるの早いですね! 俺もログアウトしたいんですが!」

『今回ばかりはいいわよ。プロセスは進めてるからそのまま待ちなさい』

「へーい……」

 で、目の前にいる災厄はクルスのことなど無視して走ってくるスコールに手を振っていた。

「殺す気かお前は」

「生きてるからいーじゃん?」

「……ストックの魔法全部使い切ったし、まったく余計なことをしてくれる」

 カチャンと音がして、パンッパンッパンッと三連続の発砲音。ダブルタップでも十分なのに、確実に殺すためのトリプルタップ。

 自分の胸から血が吹き出るのを見たクルスは、次いでスコールを見る。見たことのないハンドガンが握られていた。足元に落ちているのはライフル用の薬莢だ。あぁ、だからアーマーを貫通して心臓をズタズタに出来たのか。

「あ、そうだ。後で〝調整〟して。レーヴァテインが若干ぶれる」

「禁術指定をどこでぶっ放した?」

「えっ、いやちょっとねー……」

「まあいい」

 銃口がこちらを向いた。脳天を狙うそれから――

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