旧き者たち【Ⅳ】
「あっさり片付いたな」
死体の山を燃やしながら、スコールはそんなことを言う。味方を殺した上で、何も思わない。あの時間、あの状況では敵だったのだからどうでもいい。敵を殺しただけだ。
「掃滅完了、クリア」
魔装銃を肩に掛けたワースレスが歩いてくる。白き乙女や外縁の守護者は魔法と通常兵器を合わせて使ってくるが、黄昏の領域の所属には脅威にはならなかったようで、アトリに召喚されたスコールがワーズィを回収すると攻勢に転じて三十分もしないうちに全滅、すべて通して一時間で片付いた。
「疲れたーアイス」
「ねえよ」
強請られたレイジは冷えた缶ジュースを投げ渡して、煙を上げる炎の山を見る。スコールもそれを見て、アトリと出会ったときのことを思い出した。何度も繰り返して、何度も出会って、何度も死んで、殺して、隷属の鎖で縛り武器として今は傍に置いているアトリ。
「代わりに焼けた肉ならいくらでもあるぞ」
「人の肉なんか食べないから」
「で、後の予定は」
「数人連れてレイアを強襲、無力化する」
「さっきヤバかったくせに、やれんの?」
「スコールは本気だったのか?」
「いんや遊んでた」
「それなら大丈夫だ」
『北、五十メートル。アンノウン出現、時速二キロで接近中』
「アンノウン?」
目をこらせば掘り返された大地の色の中に、黒く蠢く何かが見えた。
「ホロウか」
「だったらヴァレフォルがいるはずだ。ホロウの召喚術式はあいつしか使えない」
「スペア、詳細は」
『不明……いや、捕まえた。死体に取り憑いてる、魔法生物かも』
「……ホロウコピーだ」
アトリが呟く。最終的には何もかもを焼き尽くして収束させた惨劇が思い出される。
「どっちにしろ不味いな」
「放ってはおけないが相手してるとブルグント軍と桜都の傭兵が来る」
スコールがそう言い、スペアに広域サーチを要求。情報を受け取ったレイジは少し考えてから口を開いた。
「理想条件は他勢力に観測される前、そして到着前にやつらを完全排除してこのエリアから離脱。最低条件はホロウコピーの拡散をこの場で封止。イリーガルより各員、それぞれの判断で最良の結末を導け、オープンコンバット」
いつものように、好きかってにやれと命令を出して行動を始める。使い慣れた棍を召喚し、ラミネート加工されたカードを複数従えて単独で突っ込んでいく。
「こっちもやるか。スペア、最適撃破コースの指示を頼む」
無私を手に指示された目標を捉え、抜刀。
「左手?」
と、アトリは不自然なそれに気付いた。スコールは基本的に右手で持つはずだ。
「さっき打った。持つだけで痛みがある、振り回すには支障が出る」
「戦闘に支障のある怪我はすぐに治るんじゃなかったっけ?」
「真面目なときだけな」
構えて、詠唱。
「風よ舞え――」
強風が吹き抜けて、砂埃の中に石に躓いて派手に転がっていくスコールの姿があった。
「なにやってんの」
いつもならそんな失敗はないだろう、そう思っていると次は黒く蠢く何か――ホロウコピーを斬りつけ、食い込んだ刀が抜けずに振り回される。
「レイジ! スコールが危ない!」
槍が飛んだ。ホロウコピーの脳天に突き刺さり、黒い靄が散って死体が崩れ落ちる。
「セルフチェック」
「魔力バランスがおかしい。調整しても狂う」
「なら一旦下がってろ。アトリ、護衛につけ。無私と鶫を付ける」
「分かっ――」
気づけたのは偶然だった。それが顕現する前に振り払う。
刹那、空間に亀裂が走って青い欠片が飛び散る。虚無から放り出されたのは黒い髪のレイア。弾き飛ばされ地面を転がると、土まみれになって起き上がる。
「弾くとかなんなの」
「そっちこそ、なんでスコールを狙うの」
赤く焼けた刀を手の中に顕現させたアトリが構える。
「あぁうるさいうるさい、邪魔だから消えて」
無造作に分解魔法が放たれるが、魔法がエラーを起こして何も起きない。それを当たり前のように受け止めるアトリ、そしてどうしてなのか理解できないレイア。
「なに? ただの巻き込まれのくせに」
「ちゃんと狙いなよ。あんたは情報の次元を視るんでしょ」
まともな戦闘なんて端から想定していない。勝てないのなら戦うな、罠に嵌めて勝てるやつに任せろ、と。
転移したレイアがアトリの頭を狙って蹴りを放つが、なんの抵抗もなく通り抜ける。
「だから、ちゃんと狙いなって。アタシはここにいるよ」
レイアをからかうアトリだが、その内心はひやひやしている。ただ魔力のデコイと光の屈折で位置を誤魔化しているだけで、バレたらその場で終わってしまう。しかもその術式はスコールの持っている術札で、アトリ自身はすでにスコールの内部へと逃げ込んでいる。発信源を辿られて座標が被っていることが〝正しい〟のだと識別されたらその時点で詰み。
「で、やるのか」
「この場で仕留める」
「じゃあ一つ、未来から警告だ。過去を変えると未来が変わる、未来が変わると過去が変わる」
「約束は無しだ。排除する、そして確定した流れは変わらない」
「……変える」
アトリを集中的に狙うレイアはこちらを警戒していない。しかし隙を突いて、なんていう考えでは通用しない。識別から反応までの速度は、戦闘中なら凄まじく速い。デコイを放ったところで常人とは違って同時に複数の目標を追尾、解析出来るため効果がない。
「どうでもいいが、有効な手段は」
「知らん」
不意に影が差して、アトリの幻影が消える。
『これヤバい、逃げよ』
「何がだ」
「上見ろ上」
空を見上げれば無数の黒妖精と多数のレイアクローンが浮かんでいた。
『管理者封印とかよくもやってくれたね。お返しに処理能力飽和させてあげる、総攻撃』
「あー……イリーガルより各員、一時退避」
たぶん間に合わないだろうなーと思いつつ、取りあえず退避命令を出すが。
『潰せ』
数秒のうちに空から破壊の雨が降る。ミサイルや機銃では大した脅威にならないだろうが、レイアクローンが使う魔法の解体術式や機能制限のかけられた分解魔法にはレイアも対抗魔法を放つ。いくら演算能力があっても、それについて行くだけの魔力が魔石と大気中の魔力に頼り切りのレイアには厳しい。
逃げ切れないと判断したスコールとレイジはありったけの術札を使って障壁を多重展開。流れ弾でガリガリと削られ定率減衰の処理キャパシティを超え、通常障壁は受け止めきれずに霧散。
「掘るか」
「地下に潜るのが正解だろうな」
理不尽な戦力相手にはさっさと逃げてしまおうと、レイジが障壁を維持しつつスコールが地下を走査、空洞付近を連続して爆破。意図的な崩落を起こし、逃げる。
砂埃と土砂の雨の中、行動を決める。
「風がない」
「水脈見つけて飛び込め」
「そんじゃ後で合流」
「だな」
お互いの姿を見ることもなく、それぞれ行動を始めた。
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「で、結局のところどうなのかしら」
翌日のお昼。
睦月隊の通常部隊に捕縛された二人がいた。アカモートと桜都から寄せられた苦情はさすがにどうにもできず、だからといってスコール、レイジの二名を解雇とすれば何が起きるか分からない。メメント・モリの隊長だって「あんな危険物を野放しにはできん」とのことで除隊処分にしないし、セントラ軍としてもどうにもできていない。だったらたかがPMSCsの一社である白き乙女程度がどうにか出来るのか。不可能だ。
「どうと言われてもな」
「桜都でいきなり暴れてアカモート強襲、しかも広域警戒管制と戦って機密区画の爆破。言い分はあるかしら、ないのならしばらく軟禁よ」
「あっても変わらないだろ」
「そうね」
「だったら何も言わん」
「隣に同じ」
「解雇するわよ」
「構わん」
「さっき軟禁って言っただろ。どうなんだ? 隊長権限で解雇するのか、それとも軟禁なのか、はっきりしてくれ」
脅そうにもまったく効いていないし効きそうな脅しが思い浮かばない。この二人には一般常識が通用しないらしい。
「スコール君は蒼月とバディ組んで戦闘訓練」
「期限」
「今月中よ」
途端に面倒くさそうな顔になるが、大して効いているようでもなく。しかし罰を与えようにもこれといったものがない。
「レイジ君は正規オペレータ認証試験を受けなさい」
「それ来月の……?」
「そうよ?」
「無茶言うなよ。あんな覚えても意味のないことの筆記はお断りだ」
「あら知らないの。レイジ君は評価試験の結果があるから筆記は免除よ」
「殺していいなら実技は通ってやる」
戦闘方式は相手を確実に排除することが前提で組んでいる。殺さずに無力化するにはかなりの実力差がないとできないが、生憎レイジはそれが出来るだけの実力差がありながら苦手だ。
「ダメよ。殺さずに無力化できるように練習しなさい」
「……馴染んだ無意識の殺しのクセを自分で認識して制御しろと?」
「自己分析できるのなら結構。やりなさい」
スズナが大広間から出て行くと、残された二人は畳の上に寝転がった。
「記憶がないが、そっちはどうだった」
「水の流れに飛び込んで海に出て、そんでグラム隊に見つかって、そしたらすぐに睦月隊が飛んで来て捕まった」
「なるほど……」
レイジの姿が霞んで、ピントがずれたようにぼやける。
「スコール、しばらく表は任せる」
「動くか」
「月姫を数人唆す。使い捨ての戦力にはちょうどいい」
「割り振りは」
「紅蒼白黒はそっちに任せる。残りはこっちで」
「任された」
ぼやけた状態からだんだんと薄れていき、消えてしまう。あまりやり過ぎると存在が消えてしまうから、知っている者からはやるなと言われるがレイジは平気でやる。
「さて……やるか」