旧き者たち【Ⅲ】
連続した転移魔法、少し位相のずれた空間を飛び回るアンノウンは何度も世界を飛び越えアカモートに接近していた。ズレた空間、この場所では通常空間の警戒網など無意味。もうすぐ広域警戒管制部隊の警戒ラインに差し掛かるが、恐らく見つかる。広域警戒管制の警戒範囲は、わざわざ広域と呼ばれだけあって広い。
軽い衝撃。破壊で感知するタイプの小型目標用魔法障壁を突き破った。スコールも似たようなもので、神力を散らして侵入を感知する術を持っているが、これはそれを真似したものだ。自分の設置した魔法が消えた、それで座標を感知するようにしている。
『こちら、アカモート広域警戒管制アイズ。直ちに停止し所属と目的を明らかにせよ、従わない場合は実力を以て排除する』
アンノウンは警告に応じることなく、展開された減速ネットを突き破って接近。直後、空が光ったかと思えばアイズがこちら側の空間に飛び込んできた。左右に魔法陣を広げ突っ込んでくる。
「新型か」
ぼそりとレイジが呟く。確か、少し前に更新がかかっていたはずだ。処理速度と容量の向上した補助具の性能をまだ見たことがない。流れてきた情報では、魔石をより高純度、高密度のものにして詠唱コアを増やし補助具に任せられる魔法の数を増やしつつも、ミスリルを使用した魔法回路の微細化と高密度化、その発熱を抑えるための魔法と大気中へ解放された余剰魔力や自然の魔力を確保する魔法を自動管理するシステムのデフォルト採用、らしい。
ようは、レイアのワンオフ機に搭載されていた機能と拡張された処理システムを簡素化して採用した形だ。魔力の回収が出来ることで他の警戒管制員も燃費向上で活動可能時間が増えている。その上、警備隊と騎士団の一部が能力の向上という名目で配属され、実質人員を大幅に増やし強化されている。
「その程度なんだ、やっちゃうよ?」
初めてアンノウンが喋った。その声はレイアと全く同じ、こいつはクローンだ。
「識別番号」
「世界の管理者って言えば分かるかな」
「あー……それで」
「この体はもう捨てる。そっちは勝手にやればいいよ。スコールはレイアの家に居る。それじゃ」
唐突に通常空間へと放り出され、転移してきたアカモートの防衛隊に囲まれる。すぐさま識別コードを送信してオープンチャンネルでつなぐ。
「邪魔するなら墜とす」
ただそれだけ。納得させる気は無く、本当に邪魔になるなら撃ち落とす思いでいる。
『目的を開示せよ。こちらも仕事だ、いくら特別登録があるとは言え――』
ダイヤモンド編隊で包囲され、正面を塞がれる。加速を始めていたレイジにはそれが邪魔で、障害を払い除けるという考えで射撃魔法を詠唱、展開。ショットガンタイプで連射。血と肉片を浴びないように降下して一気に加速、射撃魔法を真後ろへ向け目視照準することなく乱雑に発射しつつアカモートの次の防衛ラインへ飛び込む。ミサイルとレーザーの歓迎を受けるかと思ったが、そういうこともなく次々と防衛ラインを超えて、魔法障壁の妨害もなくするりと内側へ進入。
飛び交う魔法士や乗り物の流れに沿ってレイアの家が見える場所まで飛ぶと、無警告で攻撃を開始した。術札をばらまいて一斉に励起。軽く蹴っただけで砕け散る障壁を多数張り巡らせ、射撃系ではなく直接照準で発動する爆破系と内容未定義の魔法を連発。煙が風に流される間も与えず、普段燃費の関係上使うことのない高威力の魔法を無理して発動、同時にほぼ効果のない射撃魔法を複数展開して乱射。
撃ちながら乱雑な回避軌道を描き、三十秒ほどで限界に達して着地。焦げあと一つない綺麗な状態、一切効いていない。最初から効果がないだろうと考えてきたが、まさかすべてを防がれるとは思っていなかった。反撃を警戒して、しかし待ち構えはせずに突っ込む。律儀に玄関をノックしてやる気も無く、棍を召喚して窓ガラスを叩き割って侵入。一階をクリアすると二階へ投擲型の魔法を投げ込み、無効化されたのを確認。障壁を多重展開して駆け上がる。
とくに何があるわけでもなかった。いつも通りのレイアの部屋で、スコールの姿は見当たらない。ベッドの下やクローゼットの中も確認するが異常なし。奥の隠し部屋に入ってみてもいつも通りの散らかったカオスな惨状が広がるだけで、やはりスコールの姿はない。
騙されたか、と。隠し部屋を出て違和感を感じた。なんだろうか、どこの認識がおかしいのか。そもそも、ここは通常の空間なのか? 窓から外を見ると、静かだった。機械以外に動いているものが確認できない。しかも、どの情報から判断したのか、レイジの感覚では何十年も前に人が離れたような廃墟のように捉えられる。
『ワースレスからイリーガル。すまんやらかした、助けてくれ』
「何やった」
『ワーズィが外縁の守護者に回収された。最悪殺してくれ』
「簡潔に経緯」
『負傷したワーズィを隠してブルグントと交戦、戻ったら外縁の守護者の部隊に見つかって連れて行かれた』
「気付いた様子は」
『盗み聞きした限りじゃ負傷した民間人という判断らしい』
『位置確認、白き乙女の部隊もいる。誰か転移出来るやつ、すぐイリーガル連れてこい』
『うわぁ三大勢力のうちの二つかよ……』
『で、イリーガルはどこにいる。座標ロストしたままだ』
「すまんこっちも問題有りだ」
『どういう』
「捕まった。自力で脱出するから、出来る範囲でやってくれ」
言い終えると、通信終了のシグナルがないままに接続が切れた。ジャミングだとかそう言うのではなく、通信経路がなくなった。気付かないうちにまたずれた場所に取り込まれたらしい。恐らくはレイアが設置した侵入者対策だろうが、魔法そのものを奪ったり破壊したりは出来るが、ずれた空間に放り込まれるとどうしようもない。自力での転移は出来ないから、レイジへの対策としては十分すぎる。
「アトリ、通常空間へ離脱して引張れ」
『もうやってる。待って』
脱出は任せて魔法の解析でもしようかと、探りを始める。こういうのはやられたらすぐに対抗策を構築しておかないと、戦闘中にでもやられたら困るどころの話では済まない。レイアの仕掛けはスコールより程度が低いとは言え、それでも通常のものよりは遥かに見つけづらい。空間配置、家具や小物の配置も注視するが違和感の原因となるような差異は見つけられず、魔力的なリンクもない。放り込むだけで引き戻すための魔法は組み込んでいないと考えられる。
後は壁を剥いで裏側を、と言うことまではしたくない。面倒だし疲れる。家の周りを一周して連絡橋へ向かうと見えない壁に阻まれ、特にすることもないなとアトリを待って座り込んでいると着信音が聞こえた。
『レイア、レイア?』
スコールの声。と、同時に限定的な通信経路が確立した。
「実体盗られた」
『……もういい、ほっとけ』
「それと別件で動く。緊急の支援は出来ないからな」
『内容は』
「ワースレスの尻拭いだ。白き乙女とぶつかるが、まあ生きて返しはしない」
『了解』
通信が切れると再びどこにも接続できなくなる。電気的な接続はともかく、魔法通信まで遮断されるのは厳しい。
手持ちぶさたになり、アトリからの連絡待ちの間に何かしてやろうと、無意味にブレイクや術式破壊用の神力を連発するが何も起こらない。
『出来た、出たらすぐスティール』
「罠か」
『めちゃくちゃある。たぶんアタシは逃げ切れない』
「他の方法を探せ」
『アタシじゃ無理』
「近場に味方は」
『いないからこの提案なんだって。たぶん捕縛術式だから死にはしない』
「別の場所から干渉出来ないのか」
『穴がない』
「仕方ない、やれ」
アトリから召喚魔法で喚ばれ、通常空間へ引き摺り出される。さっきまでの違和感のない当たり前、さっきまでとほとんど変わらない景色。
認識と同時にブレイクを発動。取り囲む無数の物質生成用魔法を消し飛ばし、その向こうから狙う射撃魔法を狂わせる。無力化したかと思えば、ガチンと音がして金属ベルトが足に巻き付いた。
「くそっ」
倒れ、アトリが真っ赤に焼けた刀を振り下ろしてそのベルトを切断。
「行って!」
起き上がってアトリを引っ張ろうとしたが、展開された捕縛術式に邪魔され逃げた。何もないはずの場所に魔法が出現する。こんな隠し方するほどだ、まずは逃げて用意をしてから戻って来るべきだろう。
ブレイク、そして神力を散らし魔法を妨害して飛び降りる。海まで二千メートル。もちろんそのまま落ちるつもりはなく、飛行魔法を詠唱してシグナルマーカーを起動。すぐに迎えが飛んでくるはずだ。
余裕が出来れば周囲の認識できる範囲が広がる。黒で固めたレイアクローンがアイズの攻撃を躱しながら飛んでいた。なぜ反撃しないのだろうかと疑問を抱き、しかし彼女がしっかりとこちらを見て、その瞬間に魔法が切り替わったのを確認。待っていたのだろう。
魔法通信の着信。AS社のプロトコルからはアイズ、もう一つは不明で恐らくレイアクローン。双方ともにアクセス許可を出しリンク確率。
『広域警戒管制アイズからレイジ、このアンノウンを拿捕する。協力しろ』
「って、言ってるがそっちの言い分は」
通信内容を暗号化せずにそのまま中継してやる。暗号化したままでも平気で盗聴してくるだろうが、意図的にそれをしないことでこちらはまだ立場を決めていないと示す。
『今の〝私〟へ与えられた命令はスコールもしくはイリーガルへの合流と協力。あなたの命令に従う』
「そうか」
聞きたいことはあるし、戦力は不足しているし、ちょっとばかしやることもあるし。
「エンゲージ」
レイアクローンへデータリンク要求、アイズへ向け攻撃照準。
『残念だ』
回線が閉じ、向こうから一瞬の照準、誘導魔法弾が飛んでくる。距離からして四秒程度の余裕――そう判断した瞬間、目の前に誘導魔法弾が転移してきて直撃。レイジの柔な障壁など簡単に吹き飛ばされ、スティールを発動するが奪えたのは近くの数発だけ。残りは魔法の不自然な消失を感知したか、その場で自爆。衝撃波と雷撃、爆炎。魔法によるダメージはある程度無効化したが、押し退けられた空気と雷撃による衝撃はかなりの痛手になった。
肺の空気を押し出され、心臓が収縮。無理に呼吸をして、ペースの乱れた脈を正そうと自身を照準、微弱な電撃を放って強制的に心臓のペースを修正。筋肉を強制操作して体を動かす。
が、立て直すまでの間に撃たれた。肩と太股を撃ち抜かれ、ジャミングを受ける。刻印魔法を使うレイジにとってジャミングは意味をなさないが、支援に近づこうとしたレイアクローンを遠ざけるには役に立つようだ。
「アイズ、敵は確実に殺せ。拿捕出来るほどの力量がないのなら手加減するな」
『敵対行動を取っておきながらなんでそんなことを言う』
回線は閉じても聞いてはいるようで、まだこうして返してくる辺り完全に敵として見ていない。
『降参しなさい。その傷では失血量が多すぎて』
「そんな無駄なことをする時間があるならさっさと撃て。じゃあな」
背中にとんっと手が触れた。異空間へ引き摺り込まれ、長距離転移でブルグント方面へと飛び、再び通常空間へ離脱。戦場だった。
「上空で陽動」
「任された」
治癒魔法で一気に傷が塞がれ、ひりつく痛みを感じるがそんなものは無視して武装を召喚。所有するほぼすべての武器を広げ、燃える空へ飛び込んで行く。上昇途中でレイアクローンが真横に現れ、黒一色の姿が鮮やかな青に彩られた衣装に切り替わる。
「ここは? 何したらいいの?」
「黄昏の領域の所属以外は敵だ、殲滅しろ」
「分かった」
頷いたレイアクローンは、パワーダイブしてきた白き乙女の部隊へ向け射撃を始める。レイジは上への警戒を解いて地上目標に狙いをつけ、攻撃を始めた。