旧き者たち【Ⅱ】
桜都のネットカフェに入り浸っていたレイジは、想定外の来客に意識を戦闘モードに切り替えた。
ここだったらバレないだろう、隠れやすくて見つかりやすいから逆に、誰もそんなところに潜伏しないだろうから探さない。それを逆手に取ったつもりで突かれてしまった。スズナからの熱烈な……執拗な昇進試験や結婚式やその他諸々から逃げるため、そして仮想空間へダイブ中のスコールの実体を守るため。想定外の来客は、後者。スコールを狙った者だ。
「邪魔」
レイアだった。分解魔法でもぶつけて来るかと思えば、物質生成魔法でアルミの粒子を創り出して投げつけてきた。金属の粉末を投げつけられた、そう認識したレイジは酸化で酸素を奪うか電撃が来ると予測して術札から対抗用の魔法をすぐに発動。結果は裏切られた、発火したアルミの粒子が連鎖的に燃え広がって閃光パルスを起こす。直視してしまった。
網膜の火傷、修復まで五秒。
最速で五秒。五秒もあれば負けが確定する。
ドアが壊される音、店員の怒鳴り声と警備員の魔法の音。突き飛ばされて倒れると、爆発音がした。スタングレネードだ、目と耳をやられレイアが追加で〝ミスリル〟でも使ったのか魔力探知が効かない。立ち上がろうとすれば感覚が狂って倒れ、結局復帰したときにはスコールを連れ去られた後だった。このまま警察の事情聴取だとかに巻き込まれたら大幅なタイムロス。
店員の制止を振り切って店の外に飛び出したレイジは、躊躇いなく魔法の使用が原則禁止のエリアで索敵魔法を連発。レイアとスコールの反応はなく、センサーで探知した警察が走ってくる。構っていられるかと飛行魔法で空に上がり、術式破壊用の魔法弾を撃ってきた警察へショットガンタイプの魔法を撃ち返し、追いかけてきた警備隊に誘導魔法弾を撃って離脱。
傭兵や軍人と違って、大した脅威にはならない。咄嗟の対応が出来ないのだから当然と言えば当然だが、レイジのように街中で躊躇なく殺すための魔法をぶっ放す輩なんていうのはほとんど居ない。強盗だって小規模の非殺傷魔法だ。
地上からの追撃が来る前に一気に高度を稼ぎ、広域索敵魔法を放つ。レイジの術札を用いた広域索敵は精度を気にしなければ五十キロ先まで届くが、実用レベルなら数キロが限界だ。とくにステルスだとかの対策があれば目の前に居ても探知できない程度に弱い索敵魔法だ。
まったく分からない。魔力の軌跡はサーチできないのは当たり前だが、この短時間でレイアなら地球の真反対まで飛んでもおかしくない。魔石を使って連続転移をすれば不可能とは言えない。どこから探そうか、考え始めると専用ネットワークにコールの合図。
『ルティチェからイリーガルへ。桜都の南二百キロでスコールを抱えたレイアを目視確認、様子がおかしいけど何かあった』
さすが常時各方面に展開しているだけあって、黄昏の領域の所属は役に立つ。
「イリーガルからルティチェ及びその周囲に展開する連中へ。レイアを捕捉しろ、可能なら追尾、スコールが拉致された。仕掛ける場合は必ずバディを安全な場所に退避させ再生処理が出来るようにしてからだ」
『私が出ようか。そっちで動くためのボディは修復中だから本体で行くけど』
「赤字確定だからやめてくれ」
魔力の貯蓄がすぐになくなってしまう。顕現するために使う転送門だけでも、レイジが全力で魔法を使ったところで比べものにならない量を消費してしまうのだから、出撃した時点で赤字確定の戦いになってしまう。
「ステイシス、近場に居るか」
『悪い真反対だ』
「ウォルラス」
『仮想の支援で忙しい』
「ワースレスは」
唯一、黄昏の領域の所属の中では触れただけで魔法を破壊、もしくは弾くことができる存在だ。その体質故に怪我しても治癒魔法を破壊してしまい、転移魔法も一手間加えないと使えないなどメリットよりデメリットが大きいが。
『ブルグントで行動中、無理』
『桜都北西五百キロ地点。センザキがスコールを抱えたレイアを捕捉、こっちはデコイっぽい』
「ルティチェ再スキャン」
『今撃った、偽物』
「……イリーガルからフェンリア以外総員。三人編成で大気圏内すべてをスキャン、敵勢力が寄ってきた場合は撃滅せよ。レイアを発見次第座標を寄こせ」
本格的な〝戦闘〟の引き金を引くことになってしまうが、知ったことか。放って置いても十二月には確実に〝開戦〟なのだ。少しくらい早まっても問題はないだろう。……とは思うが、どう足掻いても変えることは出来ないのだから、ある意味では安心できる。
『赤道直下、無人島に如月零を確認。ヤシの実囓ってるが……』
「放っておけ、捕獲を指示しているのは白き乙女だ」
『旧日本領上空、シャルティと接触。振り切れない!』
『パワーダイブ! 撃ち落とす! いいなイリーガル!』
「構わん。それとレイア発見の報告以外はこっちに流すな」
うるさいから。
周囲を警戒すればすぐさまアサインされたフリーランスの傭兵が空に上がってくる。桜都の戦力はほとんどが傭兵、空いていればすぐにでも発行された仕事に群がってくる兵士がいるのだ。事件があればすぐそこにいるフリーの傭兵がすぐに対応に来る。
逃げようかと思えば真横に転移魔法の反応。白き乙女の十二使徒、シワスが令状片手に肩に手を乗せてきた。
「レイジ、召喚命令」
「却下だ忙しい」
「ちなみに断ると」
クイッと指差された方向には、水無月隊の隊長が真面目な戦闘用の武装で待機していた。隣には武装した副長。接近戦なら負ける。二人がかりで襲われて、死角への連続転移から繰り出される突きはさすがにどうにもならない。だいたい二対一なら基本逃げる。
「ミナヅキなら振り切れる」
「いやいやそうじゃねえよ? キサラギが何言ったのか知らねえけどさ、珍しくムツキが遊撃剣を貸し出した」
これは、なんというか色々と不味い。
「動員は」
「さすがに言えねえな」
とか言いつつ、ミナヅキから見えないようにスマホの画面を向けてくる。月姫のほぼ全員と如月隊配下の空いている部隊すべて。画面をタップして、どうにも出来ねえぞとメッセージを表示して離れて行った。
どうすっかなーと考えて、取りあえずスズナに電話をかける。ワンコールしないうちに出て。
『どこにいるのよ! すぐに帰ってきなさい!』
怒鳴られて反射的に切った。これでは帰っても逃げても同じだろう。だったらスコールの奪還を優先させてもらおう。白き乙女に拘ることはないし、向こうもいい加減、扱いにくい臨時オペレーターなんて確保しておく理由がないはずだ。とくに、ろくに稼ぎもしないくせに問題ばかり起こす臨時なんて。
飛行魔法の変数を変更して、逃げる素振りを見せるや目の前に線が走った。ミナヅキの副長が投げた槍の軌跡だ。
「大人しく私たちに同行して下さい。嫌というのなら」
それから気を逸らすと、包囲されていたが正面突破可能な程度。
「嫌と言ってやる。お前らも帰れないだろ。手柄無しならキレたスズナが何するか分からないからな」
「それを分かっているのなら、大人しく帰って来て下さい」
「断る。そして提案だ、嫌と言っても良い。手柄無しで帰ってブチ切れたスズナの相手をするか、レイアを殺すのを手伝うか、選べ」
こちらもあちらも追い詰められている状況で、最悪な提案わざと出すのがレイジだ。嫌と言えばレイジと戦って大損害を出すか、黙って帰ってスズナの相手をするか。やると言っても白き乙女で最強クラスのレイア相手には大損害が出る。
「レイジ、お前の落としどころは」
「いいかシワス。話し合うなんてのはまだ解決の余地があるからで、戦争前の話し合いなんて言うのは脅しでかっ攫えるもん奪いに行く喧嘩だ。最低限を決めて、より上の条件をぶつけて呑ませるのが今の状況だ。言えるか」
「いや俺らだってもう最低条件はお前を連れて帰るしかないんだよ」
「だから?」
解決策はいくらかあるが、手っ取り早いのは捜索中と言うことにしてスコールを取り戻すまで待ってくれたらいい。だがそれを最初から提示しては、そこから下を狙われる。そしてこちらには取られては困るのは時間以外はないわけで、早い話この場で交戦して全員墜としたとしてもいいのだ。ここにいるのは、予定調和では全員必要なピースではないし、死ぬのだから。
「目先のことに囚われるな、思考を固定するな。お前達が取れる手段は他にもある」
「他って……」
シワスがその手段にたどり着けないでいると、ミナヅキが口を開いた。
「BFFはあなたの手駒なの」
「いきなり何を言う。あいつらは知らん」
そもそも知ったのも最近の事だし、あれと意思疎通が出来るとは思えない。
「じゃあなんでこっちに来るの。しかもこんなタイミングで」
槍で示された方角を見ると無数の黒い点が見えた。やつらは目標への進路上に勝てない戦力が存在する場合は迂回する、なのにまっすぐこちらに来ると言うことは、目標にされていると言うことだ。
「知らんな」
不意に棍を召喚し、ミナヅキの槍を叩き落とし、引き戻す動作で背後の気配を突く。予想に反してヒットした感触。振り向けばシワスの鳩尾に綺麗に突き刺さって、当の本人は悶絶していた。
「すまん、水無月の副長かと思った」
そのまま容赦なく叩き落とし、くるっと回転して勢いを乗せた棍をミナヅキに投げつけパワーダイブ。初期加速は遅く、簡単に追い付かれてしまうだろう。戦姫の加速を舐めてはいけないし、遊撃剣の連中はそれ以上の警戒が必要だ。
「最後通告! 直ちに武装を解除し我らに帰順せよ!」
ミナヅキが丁寧に言ってくるが、構わず嫌がらせでフレアを撒き散らして目つぶしを狙い、同時に複製術式を埋め込んだデコイをあるだけすべて散らす。
「皆川零次!」
「悪いがお前らに付き合う暇はない!」
全身にチクチク刺すような感触がして照準波を受けていると判断。殺人クラスとは言えないが、体表面の水分子を熱して痛みを与える兵器だってある。ある程度の出力があれば人を殺せるし、電波はある程度は人体を加熱出来る。出力が高ければ焼き殺せる。
「支援要請、近場に誰か居るか」
術札から物質生成用の魔法を発動、金属片を創り出しチャフとして散らして電波を遮る壁を作る。周波数が分からない以上はすべてに対応する必要がある。こういうときに補助具を使う魔法は変数入力を自動でやってくれるから便利だが、使えない側には意味がないこと。
『五百キロ地点にギアテクス隊の実験機がいる。操作は奪った、八分持ちこたえろ』
「八分持てばいいがな」
振り向けばデコイが次々と墜とされ、転移用の大規模魔法陣が展開され白き乙女の空戦部隊が続々と飛来する。戦争ふっかけに行くわけでもないのにこの規模は、本気なのだろう。桜都上空でこの規模、BFFの迎撃のためとでも言えば言い訳は出来るだろうが、これだけの人員動かす金はどこから出ているのやら。
他のPMCが空に上がっていくのを眺めつつ、低空から海上へ離脱。空襲警報が聞こえない所まで来ると追っ手が見えた。桜都の防衛部隊を突破した黒妖精だ。被弾して煙を吐きながらも向かってくる。
「狙いはこっちか」
追い付かれる前に高度を上げようと、飛行魔法を変更する。さすがに複数機相手の空戦は無理だ。そもそも機銃もミサイルも防げるほどの障壁は持ち合わせていない、弾くので精一杯だ。それでも中型以上のミサイルが至近で炸裂すれば弾き切る自信がない。
『気を付けろ、やつらお前を捕まえる気だ』
「判断理由は」
『勘』
高機動タイプが四機、密集編隊で接近してくる。
「散開しない? ……ジャマーかあれ」
『分かってんなら反転! 迎撃しろ!』
「無茶言うなよ」
とは言え逃げ切れる気がしない。飛行魔法をそのままに姿勢を変えて後ろを向く。敵機四、その後ろから外縁の守護者所属の戦闘機が飛んでくる。挟み撃ちにしてやるかと、誘導魔法弾の術札を指に挟んで詠唱しようとした刹那、黒い影が横切って戦闘機が爆散。目で追うと、やけに小さい。それがターンしてこちらに向かってくる。黒妖精と接近、爆発が起こって識別出来ないほどの速さで隣を突き抜けた。
「なんだ」
『こっちじゃ捉え切れてない』
大きさ的には人間サイズだが、音はジェットエンジン。人がそんなもの背負って飛べるわけない。飛行ユニットを纏っていれば別だが、それなら人間サイズはあり得ない。
「あぁまったく、次から次に厄介な!」
苛立ちもあってか、正面から突っ込んでくるアンノウンを叩き落としてやろうと手持ちの中で一番リーチの長い槍を召喚。目測でタイミングを合わせ、振るう。
躱され、景色が流れた。
掴まれたと分かったときにはそいつの姿がよく見えた。小柄ながら輪郭すら分からない黒、人の姿で腰の位置から翼が二対。前側の翼にはエンジンのようなものがついている。
『イリーガルどこ行った!』
「捕まった、高速飛行中」
『周辺、イリーガルは探知できるか。こっちの認識から消えた』
『魔法反応があった。異空間転移だ、瞬間的に発動してイリーガルを呑み込んだ』
「イリーガルから総員、聞こえるなら返答」
たぶん返事はないだろうと思い、実際なかった。通信が切れる。
拿捕だと? 捕虜? まさかこんな単純な方法で?
下手に暴れても速度的には死ねる。今はこのアンノウンの障壁と魔法で平気でいられるだけであって、放り出されたらレイジの魔法では制御しきれない。海に叩き付けられて潰れるのが落ちだ。