空を舞う戦姫たち【Ⅰ】
だだっ広い海原に島が一つ。島と言っても、砂浜があってヤシの木が生えているなんていう島ではない。人工の浮島、いくつかの組織が合同で管理する海洋の拠点だ。滑走路や埠頭を備え、簡易的な修理整備も行える軍事拠点のような島だ。しかし、管理するのは民間、国はここの管理に一切手を出していない。むしろ、進んで破壊しに来る。
魔法国ブルグントが。機巧国セントラが。
桜都国の傭兵どもが勝手に運営している、そう言う形なのだ。だから、桜都を中心に回遊してブルグント側に近づけば魔法士どもが、セントラ側に近づけば戦闘機が、そして双方の中間ともなれば、双方の主戦力とかち合うことがある。いや、かち合うと言うよりは戦闘に巻き込まれると言った方が正しい。
「早く戦闘機を上げろ!」
怒号が飛び交う。空に向けて放たれる砲火をかいくぐって、落ちてくる爆弾が離陸中の戦闘機を吹き飛ばし、タキシングしていた機体の進路を破壊する。
「空に上がれ! 狙い撃ちにされるぞ!」
空に、黒煙の尾を引きながら帰ってくる大型機が見える。管制塔からは無慈悲に、こちらに来るな、海に飛び込めと指示が飛ばされる。当然のことだ、大型機は空中給油機、敵に狙われながら何故ここまで帰って来たのか。ここの真上で撃ち落とすために、わざと直撃を避ける敵のせいだ。
『リジル隊、滑走路手前で待機』
やられる前に飛び立とうとしていた彼らに、管制塔から指示が飛ぶ。
「隊長、上空に何かが……輸送機ですかね」
「緊急着陸だろう」
『全機そのまま待機、進路上の機は退避。消火班は滑走路へ移動、タンカーが降りる、タンカーが降りる』
「撃ち落とされるぞありゃあ」
「ここを塞がれたら、俺たちは上に上がれなくなるが」
ふらふらしながらアプローチしてきたタンカーに向け、敵からも味方からも対空ミサイルの照準が向けられる。
「間に合わん!」
「このコースでは……全機ベイルアウト」
地上で、まず行うことのない緊急脱出をした。空に投げ出されたその数秒後、空中で爆散したタンカーが滑走路とその周辺を薙ぎ払う。さっきまで乗り込んでいた機体も、黒煙と残骸の波に呑まれて破壊されてしまう。
「…………たかが一人相手に」
ぼそりと、逃げ帰ってきたリジル隊に青年が呟いた。隣には青い髪の女の子を従え、背には刀を背負って滑走路へと歩いて行く。女の子は体に不釣り合いな巨大な銃を抱え、背中に青い妖精ノ翅を広げてついて行く。
「なんだあいつらは」
「所属は知らんが、最近ここに寄ったやつらしい。確か、コールサインはスコールとか言ったな」
見ている間にも、二人は滑走路に移動して、腰に下げた端末を操作するとゆっくりと、滑るようにして加速。空に飛び上がって交戦に入る。魔法士たちの空戦に、戦闘機なんてものは要らない。認識外からの長距離ミサイル、そんなものでは撃破できない。魔法士同士の戦闘では、接近して相手の干渉する領域を奪い取って、銃撃を叩き込むのが、一般兵の基本。
「ボサッとするな、お前らも空に上がれ!」
空を飛ぶための翼を失ったリジル隊に、スマートフォンのような端末が投げ渡される。魔法を使うための補助具だ。別になくても使えるが、あれば楽に使える。とくに戦闘など、詠唱に集中できないようなときには重宝する。
「死ねってのか」
「魔法士一人に比べたら、お前ら戦闘機乗りなんざいくらあっても捨て駒でしかねえんだよ。行った行った」
舌打ちしながら運ばれてきた装備を身につけ、滑走路へと走る。滑走路の下に埋め込まれた加速器で十分に加速して飛び上がらないと、そのまま飛び上がったのではいい的だ。
「リジル2は4とエレメントを組め、3行くぞ」
「了解」
編隊離陸で飛び上がる。隊長たちが空に上がったのを確認して、残る二人も離陸体勢を取る。
「飛ぶのは初めてか、新入り」
「初めてじゃないが苦手だ」
端末に触れ、飛行魔法を起動して加速する。リジル2がなめらかに加速して、前傾姿勢になりながら浮かび上がるが、リジル4はカクカクした動きで加速して、体勢を変えないままに空中に浮かび上がり、ふらふらして妙な方向へ飛んでいく。
「リジル4、バカ! そっちは――」
急降下してきた女性が、撃ってきた。音は機関砲のそれと同じ、持っているのも本来であれば戦闘車両に取り付けられる重機関銃にドラムマガジンを二つ装着したものを、二丁。いい獲物だった、注意したことで一瞬動きの止まったリジル2が消し飛ぶ。
「だぁくそっ、これだから汎用品は」
使ってもいない装備を投げ、脱ぎ捨て、端末も放り投げたリジル4……配属されたばかりの新人は、札を指に挟み、それに魔力を通す。途端にぎこちない飛行がなめらかになり、急加速して高高度まで逃げる。
『リジル4、何の真似だ』
「呼ばれたから来てやったが、気に食わんな、この状況」
ブルグントの飛行魔法士部隊一つに、たった一つ相手にこのざまだ。奇襲で周辺に展開するレーダー機を潰され、長距離ミサイルは部隊を曳航するお姫様に弾かれ、慌てている間に接近されて、曳航されてきたまるで疲弊していない魔法士部隊に爆弾を落とされ。
魔法を使える人間に爆弾持たせて突っ込ませた方が安上がりとは言え、ここまでやられると戦闘機を一部隊飛ばすよりも安くすんでいるかも知れない。敵軍にそんなことをやられると、なんでメガフロートにこれだけ部隊を詰め込んでいるのか分かったもんじゃない。今回みたいに、いきなり飛んでくる敵に対応するためのこの海洋の拠点なのに、まるで意味がない。
「なんだ、編隊飛行要請?」
バイザーに表示があった。
『スコールよりリジル1、そちらのリジル4を借り受けたい』
『許可できない』
『スコールよりリジル4、こちらの指揮下に入れ』
「嫌だね」
さっと見回して、位置を確認すると急降下。真横を通り過ぎて、風圧で脅かしてやる。
『このっ』
『やめろスペア!』
来るかな、と、思って回避機動を取ると背後から砲弾が飛んできた。離れた場所で炸裂。回避機動を続けながら、近場を飛んでいた味方からライフルを奪い取る。姿勢を反転させて、撃ってくる女の子ではなく、その向こう側を飛ぶ敵魔法士を狙って撃つ。そこらの魔法士なら障壁は気にしないでいい、バースト射撃、撃ちながら照準を修正して、四人を撃ち落とした。で、それでもお構いなしに女の子は撃ってくる。避けて、リジル4を狙って飛んで来た敵兵が巻き添えで撃ち落とされる、敵魔法士が可哀想だ。掠っただけで体が千切れ飛んでいる、地獄の痛みを味わいながら、海面に叩き付けられるまでの余生を苦しむのだから。
『スペア、言うこと聞け、撃つな! 撃・つ・な!』
『……了解』
通信越しに止めているのは分かるが、後ろからしっかりとロックされたままなのは変わらない。
『こちらスコール、お姫様はこっちで相手してやる。リジル、お前は周りの雑魚落としてスコア稼げ』
「命令するな」
傭兵といえど階級があるが、それが通用するのは同系統の斡旋所や組織に所属している場合だけだ。例え大佐だろうが、完全に縁のない側からすれば従う理由がない。通信を遮断して、この場でもっとも脅威度が高い敵、ブルグントの魔法士部隊の中へ視線を向け、一人戦場に似つかわしくない、可憐な少女を見つける。彼女を墜としさえすれば、後は通常戦力同士のつぶし合いになる。
『リジル4、隊列に戻れ』
「戻ってどうしろと、このままだとここの無能共はすぐに叩き落とされる」
そんなことは隊長も分かっている。ただ、部下一人が勝手に行動して、その挙げ句に死んだともなると良い気分ではない。それで降格処分になろうがどうでもいいが、隊長である以上下につく者の入れ替わりを良く経験する、撃墜されて帰ってこないことも。嫌なのだ、同じ空で仲間が死んでいくのが。
『まとまっていた方が支援しやすい、戻れ』
「敵の空対空魔法は範囲攻撃型みたいだが……」
ヒュッ、と。飛んで来た魔法弾を躱すと、後方を飛んでいた味方編隊の近くで炸裂、吹き飛んだ。固まればまとめて撃ち落とされ、かといって散れば各個撃破されるだけ。ならば、自分よりも弱い連中に合わせて一緒に撃ち落とされるのはごめんだ。命令違反で懲罰房行きだろうが、生き残る方が優先だ。
急旋回し、お姫様を正面に捉えるとバースト射撃。有効射程ではないが、射程距離の範囲内、当たる可能性はある。撃ち尽くす前にマガジンを捨て、リロード。目障りだと思われたか、取り巻き共を先頭にして向かってくる。緩く旋回しながら、バイザーに表示されるターゲットボックスと、視界外の敵方向を示すマークを頼りに、首を曲げてぐるりと周囲を確認する。他はそれぞれが交戦中、向かってくるのは正面のみ。
「敵姫正面、撃墜する」
『やめろ、お前じゃ無理だ下がれリジル4』
隊長の声を無視して、ズーム上昇。人の身で飛んでいい限界高度からほぼ真下、敵群とヘッドオン。弾の落差は考えなくていい、敵へ向けて撃つ。撃たれる。回避機動、どちらも命中しない。リアタック、嫌な音がして、ジャムった。使えないライフルを捨て、予備のマガジンもパージ。回避機動を取りながら敵群に飛び込んで、くるっと回転、当てやすい顔面に蹴りをぶち込んで、首を折る。死体を盾に、奪ったライフルをフルオート射撃。さすがに近距離と言うこともあってか、命中して数人落ちていった。
装備を見る限りはあちらの方が格上だ。強敵、互角ではない、装備がいい、動きもいい、数で勝っていても意味がない。
「もらうぞ」
遊んでいるうちに、すぐ横を飛んでいったスコールがお姫様に襲いかかる。二丁の重機関銃による弾幕は見えない壁に、障壁魔法に弾かれ意味をなさず、逃げようとしたお姫様を別方向から青い弾丸が襲う。重機関銃を叩き落とし、その衝撃で手首が折れ、動きが鈍った所に追い付いたスコールが一閃、刀で肩から腰まで。通り抜けた刃は、青白い光を放ちながらこびり付いた血と油を弾いて、納刀される。
「敵姫撃破。なんだ、文句でもあるのか」
「別に」
落ちていく死体を見て、思うことは敵が一人減った。それだけだ、戦場を飛ぶ以上は年齢も性別も、放り込まれた理由もどうでもいい。ただ、もしも、その場合を考えると惜しいと思う。出会い方が違えば、貴重で強力な戦力として鹵獲出来たのではないかと。でも、これで良かったのだろうとも思う。女性は強力な戦力であると同時に、戦場で捕まれば女に飢えた狼たちの中へ放り込まれる。任務失敗でも、扱いが酷い。だったら、これは、ある意味では、良かったのかも知れない。捕まえても、上の連中が拷問だのなんだのと言って、奪えるだけ奪って殺してしまうだろう。
「リジル4よりスカイリーク、敵姫が落ちた」
『こちらスカイリーク、敵姫の撃破を確認。敵軍も後退を始めた』
遥か高空、戦闘機でも飛ぶことが出来なくはないが、空気が薄くて飛ぶのが厳しい高度に管制機がいる。見上げたところで見えないが、あちらの高性能カメラやセンサー群は下で飛ぶ存在をしっかりと捉えていることだろう。
「追撃コースをくれ」
『了解した』
バイザーに飛行コースがいくつか表示される。敵魔法士の飛行経路予測で割り出した、最適な追撃コースだ。
「競争するか、リジル」
「勝手にしろ」
「なら、やろう。スペア、レーダー更新、連続してやれるコース」
スコールの視界に空中投影されるデータが切り替わる。どうも、装備が違うところの物のようだ。見た感じ、セントラ製だがあちらの飛行兵は魔法士ではなく、外殻を装備した人間だ。セントラ人には魔法適性がない、だから空で戦うためには違う方法を取る。こいつは魔法で飛んでいるようだし、セントラ製の装備を使うあたりフリーランサーだろうか。
「勝手にしてくれ」
ここでなるべく片付けてしまった方が、後々少しは楽になるだろうと、行動を始めた。