始まり、或いは終わりへの一方通行【Ⅰ】
世界暦九百九十九年・桜都国。
戦争なんてやつは今も世界中で続いている。何度文明が滅びかけたことか、どれほど星の形が変わったことか。惑星の隅々にまで開発の手を伸ばし、空に浮かぶ二つの月にまでも生活圏を拡大し、それでなおも足りないと場所を、資源を奪い合う。
変化はあった。
兵器の無人化。AI任せの自動戦闘や遠隔操作による攻撃。それでも結局の所、人は人同士で争うことをやめられなかった。機械による代理戦争、そうなることもなく今もなおくだらない戦争は続く。
自国の戦力を民間委託で補う桜都。
生活圏を仮想空間にまで拡大し、科学力を持ってして戦争を続けるセントラ。
魔法の力を使い長きに亘ってセントラと戦争を続けるブルグント。
そしていずれにも該当しないはみ出し者たち。
当然ながら、戦争が続くほどに資源は足りなくなっていく。それは〝人〟もだ。
では、その場合はどうなるか?
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「桜吹雪に冴えない二人とかさー……どうよこれ、絵にならない状況」
「イチゴ、そりゃ禁句だ」
一月の初め頃。まだ雪が降る時季外れにも思えるこの頃に、満開の桜並木の中を歩む。
「お前がそれ言っちゃダメと思うが」
モブ。そんな評価が似合う、背景に溶け込んでしまいそうな二人。片や竹刀袋を肩に掛けた無愛想、片や特徴という特徴が無い青年。
スマホについさっき終えたばかりの〝評価試験〟の結果が早くも届いて、バイブレーションの振動がポケットの中で暴れる。
「……どうよ」
「そっちこそ」
「俺は五十点だ。狙い通り、これで次年度も上がらなくて済む!」
試験で百点満点取れる、なのに敢えて配点を計算してわざと五十点分を捨てる。その理由は最前線に送られることを避ける為だ。
「筆記も実技もか」
「そうだよ? 筆記でわざと解答用紙の半分を白紙に、実技でわざと失敗して、ほんと狙い通りだ。で、レイジは」
「ほれ」
と、見せられた結果は零点。
「真面目にやってそれか」
「筆記満点実技マイナス百点、結果零点……つー訳だ、さすがにここまで悪い点数出せば、採用する理由を潰せるはず……少しくらい遊ばせろ」
「遊ばせろって、お前昨日までどこにいた?」
「北極」
「……観測隊?」
「そんなもんだな。調査隊と一緒に船に乗って退屈な毎日と書くことのない日報……」
「ずっとか」
「ずっとだな、外出りゃ寒いし船から降りようにも海だし暇だし個人端末持ち込み禁止だし」
思い出したくもない、やることがなさすぎて時間が経つのが永遠にも感じられる毎日だった。あれならまだ忙しくて毎日疲れるほうがマシだ。とは言え銃弾飛び交う戦場を駆け抜けるとか言うのも嫌だが。
「レイジ、お前希望はどこで出した」
イチゴがプリント片手に聞いてくる。〝評価試験〟の結果次第で〝配属先〟が決まると形式上は書かれているが、実際希望を聞かれるがそのほとんどは〝評価試験〟の結果とは関係なく〝配属先〟の偉い人たちが決める。
「独立機動分隊か工作兵科」
「どこの?」
「狼谷少佐のとこだ、取りあえず形だけ下につくようにして貰って、すぐにフリーにでもして貰えれば当分の間は遊べる」
「仮想化戦闘部隊……実力的に考えたら却下されるだろ。そもそもお前適性がなかったよな」
「ない、下から数えた方が早いくらいにない」
「なんで出した? それならまだ如月隊の方が良かったんじゃねえのか」
「……分かってて言ってるか?」
「もち」
如月隊、名の通り二番目の部隊で主に女性で構成される。配下に麗月などの部隊があるがそのほとんどは十代で二十代も若干混じるがほぼ少女たちで構成される。
「あんなところに志願しても居心地悪いし荷物持ちにされるの分かるよな、イチゴ」
「男子禁制だし、あそこは混成部隊だから最前線に送られる」
「死んでこいってか」
「死ぬ前に美少女と一発――」
続きが口から出る前に、ゲンコツを顔面に叩き込んだ。
「――って! おまっ、いきなり殴るとか……うぁ鼻血でた」
「そのネタ出すなら真冬の海に沈めるぞ」
「いつまで引きずってんだ、いいじゃねえか、月姫のお誘い受けて断ったら殺されそうになったとか言う伝説的なぁ……分かった、刀を出すのはやめよう? 捕まったら後が面倒くさい」
出しかけた刀をしまうと同時に、二人の端末からメールの着信音がなる。画面を見れば嫌なところからだった。
「どした?」
「……どういうことかな、これは」
文面に目を通しながら、レイジの震えが大きくなっていく。
「あ……俺とお前、揃って如月隊に編入か」
スクロールしていけばイチゴの顔が青くなっていく。
「なんで俺が兵長に昇格なんだよ! ……あれ、おかしくない? なんで兵長なのに指揮下に戦隊が? 嫌だぞ年上の部下とか階級が上の部下とか……うわぁどうすんだこれ」
普通ならあり得ないが、そんなこと上が勝手に決めるのだから無茶が通ってしまう。何のための階級制度だ。
「よかったなイチゴ、こっちは蒼月とバディ組んで北極送りだ」
「エレメントじゃなくてバディか」
「そうだ、珍しい」
「それにしても蒼月? 確かいまは誰も割り当てられてないはず」
「月姫も再編かかってるよ、全員十代で実力判定は前衛が戦略級、後衛と補助は戦術級も混じってる」
「で、なんでそんな怪物揃いの月姫に一般兵に負けたお前が引っ張られる?」
常識的に考えれば足を引っ張るだけのお荷物にしかならない。とくに〝魔法〟が絡んでくると女性の方が圧倒的に強い。男性が弱いのではなく、抑止力となるほどの魔法を扱える人数で女性が圧倒的に多い。いくら強かろうが数が居なければ意味が無い。
どれほど弾道ミサイルを揃えようが、それを撃墜できる設備の方が多ければ撃ったところで脅威にならない、保有したところで威嚇にならないと軽視される。そんなものだ。
「あれか……北極で暇すぎたからちょっと脅かしたのがいけなかったか」
「……なにやらかした?」
「零下五十度で水ぶっかけた」
「誰に!?」
「そりゃあまあ……うん、うん、知らなかったで済まされない相手だな」
「なるほど、つまりだ。お前は北極の初任務で海に落とされて事故死させられるシナリオだ。そういうことだろう?」
「十分にあり得るかもなー」
ビュウと風が吹き抜け、桜吹雪に顔を背ける。
この桜都は年中様々な桜が花を咲かせ散らす、次々と戦場に投入され散っていく兵士たちのように。
海の向こう、セントラではエレメンタリーを卒業する前の兵士ですら見受けられる。それを考えれば、まだここはマシかも知れない。
「桜吹雪ってよ、綺麗だけど後が汚えし雨でも降ったら掃除が大変で……って、おい」
「砂が目に入った」
「何やってんだよ……ん? この音、戦闘機か」
空を見上げれば二機編成で続々と飛んでいく赤い戦闘機が見えた。数機混じっている大型機は管制機か、それとも給油機か。そして少し遅れてさらに大きな機影が光を遮る。
「武装竜機か」
レイジが呟いて視線で空を行く機影を追いかける。深紅の竜を象ったモデリングで、主翼には四発のエンジン、胴体後方に二発のエンジンがある。あの巨体をそれだけのエンジンが生み出す推力で動かせるのか怪しいところだが、ただの下っ端如きに機密事項など分かるわけもない。
「ついに正式配備ってか、あれは結構脅威だな」
「まさか。百メートル級の空中空母じゃ話にならんだろ」
「試作機の暁があったろ、二キロメートル級の大型空中空母。あれが近いうちに試験飛行だって話だから、出るまでのつなぎじゃないか」
「かもな……どのみち航空部隊に配属じゃないから、あっちのことはあまり気にする所じゃない」
「そんなこと言うとあとで転属あるかも……」
「ねえよ、パイロットの訓練とかいちいちさせるか? 無駄に金がかかるだけだろ」
「そういう考えが通用しないのが、俺らの行き先だろうがレイジ」
「そうだな……数年前のセオリーが今じゃガラッと変わってるし」
武装竜機が哨戒に出て行くのと入れ替わりで別の部隊が帰ってくる。
戦闘機よりも遥かに小さいが機動力では劣らない兵器、外殻を装備した兵士たちだ。
ドッグファイトに持ち込む前にミサイルを撃って終わらせる、侵犯機に接近し警告などしないが当たり前だったのに、今では空を飛ぶのがかつて主役だった航空機だけではない。そうなってくると戦闘方式も変わるというもの。
「あれは……外縁の守護者?」
イチゴがカラーリングから判断したのか、そう呟く。
「アウトサイドガーディアンのお姫様の部隊だな」
スマホのカメラを向けながら、レイジが表示された情報に目を通す。
「お姫様ねえ」
桜並木の道から海沿いに抜け出して、空が広く見渡せる場所に出ると出て行く部隊と帰ってくる部隊がよく見えた。基地が近くなのか、どんどんと高度を下げて近づいてくる。エンブレイス部隊が五機編成で三つ、その後ろに〝お姫様〟らしき姿が見える。エンブレイスも何も装備していない、戦闘服だけの人だ。
「あの赤いライン……どんだけ数がある」
「お姫様の曳航力は一人で十人引っ張っても余裕らしいが、曳航してるってことは戦闘後か」
お姫様を中心として数本のラインが伸び、そのラインを受け取った者から更に伸びてざっと数えても五十人ほどだろうか。
高度を落としながらラインを解除して数人ごとにまとまって着陸態勢に移りながら、桜の向こう側に姿を消していく。
「生身で飛行って、今じゃ常識なんだよなぁ」
「戦闘機飛ばすより、ああやって爆弾持たせて戦場に放り込む方が安上がりだから、だろ」
「やっぱそれか」
イチゴ自身、爆兵として地上戦に参加させられたことがあるからこそ、その点はよく知っている。
「最小の労力で最大の成果を。使えなくなったらなったで後も酷いがな」
裏側を少しばかり知っているレイジはそんなことを言うと、雲が流れる空を見る。風に攫われた花びらが舞い戻ることなく空に消え、どこか遠くで海に沈んでいく。
ここから飛び立って行った少女たちも同じように、帰ってくることなく記録としてしか残らないことは多い。
「飛ぶって、どんな感じなんだろうな」
「晴れた日なら、隠れる場所もなく全方向警戒しながら。雲があれば敵が居るかもと警戒しながら。空襲に怯える地上より酷いぞ」
「経験ありか」
「ありだよ」
自由に飛べない空。自由に飛ぶための翼もない彼らには、そもそも関係など無いのかも知れない。
それでも。
青くどこまでも続く空は、広いようで鳥籠でしかない。そんな空で戦っている者たちが居る。これから配属されるのは、戦争に関わる所だ。いつかは……。