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第5話 姉来たる、後にデート

 デート。

 女の子……しかも、美少女とデートである。

 生まれてこのかたデートの経験が無い俺に、いきなり美少女のエスコートはきつい物があるんじゃないかと思う。


 つーか、滅多に地元の田舎町から外に出ないから、遊びに行くスポットとかも知らないし。そういうことを知っていそうな友達は一人居るのだが、その友人曰く。


「あははは、ダメダメ、あの東雲さんって人とデートするんでしょ? しかも、芦葉君にエスコートを任されたわけだ。だったら、俺のありきたりなデートプランなんか参考にしたら、間違いなく失敗するぜー?」


 このように、今回に限ってはアドバイスできないとのことだった。

 ちなみに、唯一の友達である健治に断られた時点で俺はかなり追い詰められていた。何せ、少ない見栄の所為で後輩に頼ることも出来ず、クラスメイトに至ってはそんな会話ができるような仲では無い。好感度は皆無だ。そもそも、「東雲さんとデートする予定だけど」なんて言ったら、どんな目で見られるか分からない。いや、露骨に嫉妬されるぐらいならまだいいが、逆に「東雲さんに相応しい様にしないと」なんて言われて、徹底的にデートプランに食い込んでくる可能性すらある。

 つまり、これで他人を頼る道は完全に断たれたわけだ。

 かといって、俺が独自でデートプランを組むのは論外だ。繰り返そう……論外だ! 大事な事だから二回言った。なにせ、俺は後輩たちの前では常識人を装っているが、結構常識が日本人の基準から外れた人間なのだから。


 ああ、別に自分が特別な人間だとか、そんな主張はするつもりはない。ただ、小学四年生の時まで鶴は千年、亀は万年の寿命を持つレジェンド的な生き物だと信じていた過去があると言えば、ご理解いただけるだろうか?

 そう、今まで必死に常識ぶっていたことであるが、俺は割と馬鹿というか、阿呆の類である。あまり人と関わらないのも、馬鹿が露見しないためにだ。だらだらと思考が長いのも、考えずに行動すると色々やらかすからなのだ。


 そんなわけで、俺が独自にデートプランを考えるとえらいことになってしまう。

 だから、最悪の結末を避けるために、俺は禁じられた手段を取ることにした。自ら禁じて、これに頼る時はよっぽど追い詰められた時に限ると決めていた、最後の手段。

 それは、ある意味シンプルで、傍から聞いたら『最初からそうしておけよ』と言われる手段である。つまり、


「姉さん、今度女の子と一緒にデートをする予定なので助けてください」

『ヒャア! なんだそれ、滅茶苦茶面白だなぁ、おい! よしきた、全ては私に任せておけよ、弟ぉ!』


 身内(姉)を頼るということだ。



●●●



 俺の姉、芦葉あしば 冬花とうかを一言で説明するのなら『破天荒』である。


 それ以外にしっくりくる言葉は中々見つからない。何せ、幼い頃から弟である俺を連れまわして、色々と無茶なことをやらかしていたからだ。

 野山は走り回り、喰えそうな野草をそのまま齧りつく『自然を丸ごといただくツアー』で、食中毒を起こしたのを始めとして。

 小学生の時には、校長のヅラを輪ゴムの銃で弾き飛ばしてガチ説教を受けて。

 中学生の時には、陰湿ないじめを行おうとしていた女子グループの頭上から、先手を打って牛糞をぶちまけて。

 高校生の時には、文化祭の打ち上げではしゃいで飲酒した挙句、クラスで一番可愛い女の子と朝まで自宅で同衾。気づいたら処女を卒業する前に、同級生の処女をぶち破っていた、という責任案件をやらかすという有様だ。


 控えめに評しても頭がおかしいとしか言えない姉であるが、そんな姉でも、いや、そんな姉だからこそコミュ力は高い。何せ、小中高のほぼクラス全員と友達になっているレベルだ。恐ろしいことに、牛糞をぶちまけた女子グループとも和解の後に友達になったらしく、処女をぶち破った女子には素敵な男子との出会いをプレゼントして事なきを得たという。


 まとめると、俺の姉である冬花は、俺の姉とは思えないほど社交的で破天荒なのである。

 だが、だがしかし、そんな姉も大学生。しかも、きっちりと成人している大人だ。さすがに少しは落ち着いているはずであるし、迷える男子高校生である俺ときっちりと導いてくれるはず…………そう、そんな風に考えていた時期もありました。


「ふははははははーっ! 昭樹ぃ! マイブラザーッ!! 姉だぞ! お前の、姉だぞぉ! お前のお姉ちゃんが、はるばるやって来たぞー! さぁ、デートの準備だ! 何? 学校!? オッケェ! 後でお姉ちゃんが『ごめんなさい、拉致してました』って一緒に謝ってやるぜぇ! 一人で謝れ? ははは、つれないなぁ、マイブラザーは!」


 我が姉は成長していました。

 朝、俺が登校中のところを真っ赤な軽自動車で拉致して、そのまま連れまわす程度には。

つか、真っ赤な軽自動車ってなんだよ、びびるわ。それ以上に髪から眉毛まで真っ赤に染めやがって、怖いわ、普通に。全然に合ってない癖に、無駄に服装はきっちりと流行らしきものを掴んでいる所が、アンバランスで意味不明だ。


「ふはははは! 愉快じゃ、愉快! ついに昭樹も童貞卒業かぁー」

「姉さん、冬花姉さん。大学の講義はどうしましたか?」

「そんなもん、普段からきちっと通っていれば、こういう時サボっても問題ないぜ!」

「姉さん、大学はそれでもいいかもしれないけど、高校は割と欠席に関しては――」

「お前はそこら辺きっちりしているから、こういう時、サボっても大丈夫だろ?」

「…………日数は足りてるけどさぁ」

「んなら、もーまんたーい! ふははははは!」


 くそう、相変わらずギリギリ取り返しのつくレベルの行動しかしやがらねぇ。だから、こんなことをされても断り切れないのだ。そもそも、弟である俺が、冬花姉さんの決定に口出しすることはできないのである。後で父さんに密告して、叱ってもらおう。


「そもそも姉さん、姉さん。まだろくな店も開いていない時間帯なんだけど? こんな時間帯で何するのさ?」

「ふふふ、私が高校時代によく遊びに行っていたスポットまで、連れてってやるから、そこまでの移動距離+ブレイクファーストが入るから、時間はそこまで問題ねーぜ!」

「衝動的な行動をしている癖に、後付けでいかにも計算してましたみたいな理由を考えやがって……」


 しかも、人を拉致した癖に軽自動車の運転は非常に丁寧だ。少なくとも、家族の中では父に次ぐほどに丁寧な運転かもしれない。停車から発車まで、柔らかく流れるように行っているので、車内は非常に快適である。

 ちなみに、母の運転は家族条例に於いて禁じられているので、その事実から察して欲しい。


「ふははははは! 伊達に貴様より長生きしてないわ! これでも大学内では色々頼りにされているんだぜぃ?」

「どうせ、飲み会とかコンパ限定で、だろ?」

「現役巫女さんを集めたコンパを開催した私の実力よ」


 なにそのよくわかんないコンパ。大学生ってそんな頭悪そうなことしてんのかぁ。なんだか、大学に対する憧れのような物が消えていくんだけど。

「姉さん、なんかもっと……こう、大学での素晴らしい出来事とか語ってくれないかな? このままだと俺、進学校なのに就職を目指しちゃいそうで」

「今の時期で高卒は厳しいぞー、ははははは! んで、大学での素晴らしい出来事かぁ? そうだなぁ、大学だと男どもが率先して飲み会に混ざってくれるから、オンリー路上でゲロを吐くという寂しい行為をしなくて済む――」

「朝っぱらから集団ゲロの詳細なんて聞きたくねぇよ!?」


 何やってんだよ、姉さん。大学に行って、元々壊滅的だった女子力が皆無になったじゃないか。というか、いっそのこと男子に生まれれば……いや、その場合、物凄い遊び人になりそうで怖い。平気で六人ぐらいの女性と付き合いそうだ、しかも女性側に許可を取ってそうだ。


「ふはははは、だが、姉さんの話なんて、大体こんなもんだぜー?」

「やめて! 姉さんに対する尊敬が畏れに変わっていくの!」

「んじゃ、今度はお前の事を訊かせてくれよ、昭樹。今度デートに行くっていう、彼女さんの事をさ」

「…………うん、まぁ、いいけどさ。一応言っておくけど、彼女とかじゃないからな?」

「はいはい、そう言っておいてなんだかんだ恋人になるパターンね」

「きしゃあ!」


 にやにやと下品な笑みで笑う姉さん。

 この人にだけは、真面目に恋愛の相談をしたくないと思える笑みだ。絶対に面白がって、掻き回した挙句、最終的には幸せな結末を用意されて有無を言わせず結婚させるような人間だからな、姉さんは。


「ただの競争相手! というか、相手が王者で俺が挑戦者って感じなの! 今回のデートは小説の取材ですぅ!」

「でも知っているぜ、私。ラノベでは取材とか言いつつ、ヒロインの好感度を上げるイベントになるんだ」

「現実はラノベじゃねーよ!」


 ラノベに出てくるような、おっそろしい完璧超人な美少女は存在しているが。生憎、主人公を名乗るにはあまりにも俺では役者不足である。


「ええい、姉さんにも分かるように一から説明するとだな……」


 俺は目的地に着くまで、姉さんに東雲さんとの出会いから現在までを話した。

 初めての出会いから、東雲さんに身の丈に合わない宣戦布告をしたことまで。東雲さんが俺の短編小説のファンで、同時に、俺の作品を俺以上に昇華させた漫画を描いた天才であることも。転校してから数週間で、一学年の中心的存在になってしまうほどのカリスマを携えた存在であることも、逃さず。

 あくまでも俺の主観を中心とした話であるが、俺なりに東雲彩花についての考察を交えて、姉さんに話した。


「…………ふぅん」


 俺の話を聞き終える頃には、目的地付近の喫茶店まで着いていた。姉さんは喫茶店の駐車場へ車を停めると、無言で車から降りる。


「どうしたんだよ、姉さん。いつもならめっちゃ、食いつく話だろうに」

「そーさねぇ」


 車から降りた姉さんは珍しく真顔だった。

 リモコン操作で車のカギを閉めると、姉さんは何も言わずに喫茶店の店内へと入っていく。俺は姉さんの様子に首を傾げながらも、その後を追う。


 喫茶店の店内はアンティークな雰囲気で統一されており、椅子や机の他にも、カレンダーや天井の様子までお洒落な感じがした。男の俺でも、テンションが上がる。

 だというのに、姉さんは変わらず黙ったままである。普段の姉さんなら、したり顔でうざったらしく勝手に店の宣伝混じりの解説を始めると言うのに。

 何が、姉さんをここまで『真剣』にさせてしまったのだろうか?


「あ、あの、姉さん?」


 普段はハイテンションで、道化の如く振舞う姉さんではあるが、ふざけるのを止めて真顔になることがある。真剣になる時がある。それは総じて、『ふざけている場合じゃない』時だ。誰かの命が掛かっていたり、誰かの人生が左右されるような時、姉さんはこんな顔をする。

 ただし、俺が姉さんのこんな顔を見たのは――――今回も合わせて、今までの人生の中でたった三回きりだ。

 それほどまでの事態が、さっきの話の中であったのだろうか?


「昭樹、よく聞きなさい」


 結局、姉さんが口を開いたのはウエイターの人がお冷とメニューを置いて言った後だった。俺がメニューを開いて何を注文しようか迷っていると、唐突に、姉さんが言葉を発したのである。


「最悪の場合、貴方はこのままだと死ぬかもしれないわ」


 寝ぼけた俺の頭でも、否応が無しに理解してしまう様な。

そんな、冷たくも鋭い、警告の言葉を。



●●●



 姉さんは普段と真面目な時のギャップが酷い。

 普段は道化のように騒ぎ立てて、愚者を装うのに、真面目になると途端に雰囲気が変わるのだ。ふざけたコミカルな物から、冷たく凍てついた物へと。


「その東雲彩花って子は恐らく、『本物』ね。ええ、きっと掛け値なしの本物だわ。まったく、そんな化物がどうしてこんな田舎に来ているんだか」

「……姉さん、その、あまり会ってもいない人の事を化物だとか――」

「あら、昭樹。貴方はひょっとして、その彩花って子が人間だとでも思っているの? それとも、そう思い込みたいだけ?」


 あまりにもあっさりと、姉さんは東雲さんへ人外判定を下した。

 いや、確かに人間かどうかを疑うような美貌と性能だけどさ。それでも、いくらか交流していく内に人間らしい感情があってですね。


「ちなみに、人間じゃなくても感情って存在するのよ? 知ってる?」

「…………や、うーん、でも、なぁ?」

「ま、貴方がどう思おうとも勝手だけれど、少なくとも『私たちとは格が違う生物』だとでも思っておきなさい。それでようやく、最低限の危険認識よ」

「それで最低限なのかよ」

「ええ、本当に最低限なの」


 やさぐれたような笑みを浮かべて、姉さんは言葉を続ける。


「コミュ障で狭い人間関係の中で育ってきた昭樹は知らないと思うけど」

「すみません、事実ですがやめてください」

「我が弟の癖に繊細ね……ふぅ、貴方みたいに人間関係を積極的に広げない人間だと、気付けないことなのだけれどね? この世界の人間は二つに分けられるのよ?」

「男と女……なーんて、簡単な話じゃないよな?」

「無意味な質問はマイナス点よ、馬鹿」


 ずびしぃ、と人差し指のデコピンを姉からくらう俺。

 昔から姉さんのデコピンはえぐいほど痛い。随分昔にくらったっきりだったから、余計に痛く感じてしまう。


「演者とエキストラ。それが、私の考える人の区分よ」

「……まさか、世界は何らかの物語のように進んでいて、それこそ、世界には『登場人物』が本当に存在していて、それに関われないような奴らは全てエキストラとか言わないよな?」

「あら、鈍い癖にこういう所は大体正解するのね、昭樹って」

「…………いや、いやいやいや」


 いきなり何をとち狂ったようなことを言いだすのだろうか、この姉は。しかも、道化モードの時では無くて、真剣に話し合っているこの時に、だ。真顔で荒唐無稽な事を言われたら、ついうっかり、信じてしまいそうになるではないか。


「いくらなんでも、そんなのは後味の悪い三文小説みたいだぜ、姉さん。この世界全てが何者かによる脚本で動かされていると?」

「んー、ちょっと違うのよね。いい? これはあくまでも私の考えだけど、この『世界』とは即ち、『舞台』なのよ。演者が物語を紡ぐために用意された、舞台。そして、私たちはその舞台袖をうろちょろしているだけのエキストラ。演者に招かれない限りは、舞台の上で物語を紡ぐことなんて出来やしない」

「…………えっと」


 姉さんの言っていることを分かりやすくまとめよう。

 この世界自体は物語を紡ぐために用意された舞台である。つまり、ライトノベルやアニメで言う所の『世界観』みたいな物か。んでもって、キャラクターに当たるのが演者。それ以外の大多数のエキストラが俺たち。


「仮に、姉さんの言うことが全て本当だとして、演者たちを動かすための脚本は何なんだよ? 神様みたいな存在が居て、運命という名の脚本を書いているのだ! とでも言うのか?」

「違うわ。脚本なんてこの世界には存在しない。全て、演者たちがその場で即興劇を紡いでいるだけ。そして、周囲のエキストラがそれに巻き込まれるだけなのよ」


 姉さんは珍しく、忌々しげな声で言う。


「私の知り合いにも、そういう人間が、本物が一人居るから知っているの。世界の主人公を気取っている偽物じゃなくて、世界から否応が無しに『そうであれ』と役柄を押し付けられてしまった、憐れな演者をね」

「周囲がそいつの役柄に合わせたように、動いてしまうってか? 例えば、名探偵という役柄なら、殺人事件に良く巻き込まれたり?」

「その通りよ」

「馬鹿馬鹿しい…………なんて、否定出来れば楽なんだろうけどなぁ」


 否定できない要素が多すぎる。

 姉さんの考察が全て正しいと信じたわけじゃない。つーか、現実世界において、そんなセカイ系みたいな話を真っ当な人間が信じられるわけが無い。


 だが、それでも認めざるを得ない部分が多いのは確かなのだ。

 東雲さんが俺の短編小説のファンで、超大手サークルの絵師として、俺の作品をコミカライズして。それが人気を博して。当人である俺が打ちのめされている時に、運命のように現れて見せる。しかも――――東雲さんは、初対面だというのに、俺のフルネームを言い当てて見せた。そう、まるで物語のワンシーンの様に。


 何より、俺は東雲さんと最初に出会った時、直感していたではないか。

 この美しい美少女は、まるで物語のヒロインの様であると。

 物語のアクターとして、物語を生み出すための存在の様であると。

 そもそも存在自体が、現実から乖離しているのだと、直感していたのだ。


「確かに、東雲さんにはそういう要因があると思う。周囲を動かすようなカリスマとか。現実離れした雰囲気とか。けれど、それがどうして俺の死に繋がるんだよ?」

「あくまで最悪の場合よ。話を聞いた限り、死ぬような配役をされているような感じじゃない。けれど、紡ぐ物語によっては死者が出ることがあるわ。そう、例えば昭樹が言っていた名探偵の物語のように」

「犠牲者か、犯人に仕立てられるってか? そんなの――」


 ただの被害妄想じゃないのか? と姉さんに問う前に、姉さんは答えた。


「二人、死んだわ」

「……は?」


 髪も眉毛も赤い姉さんの黒い瞳。その両眼が、俺の心を射抜く。


「私の知る限り、『私が巻き込まれた物語』では、私の知り合いが二人ほど死んだわ。恐らく、演者が紡いでしまった物語の影響で」


 唐突に、あまりにも唐突に姉さんは俺へ告げる。

 冷たく、恐ろしい事実を。

 冗談にもならない、現実離れした事実を。


「クローズドサークルっていうのかしらね? 昭樹にはあえて言ってないけど、私はその演者とそういう状況に巻き込まれたことがあるの。そうね、さながら名探偵の助手ってところかしら? いい配役で、妥当な物語でよかったわ。結局、彼女が犯人を見つけるまでに、二人ほど死んでしまった人が居たもの」

「え? いや、マジ? でも、そんな」

「昭樹。貴方の姉はこんな悪趣味な冗談を好むかしら?」

「…………うへぇ」


 淡々とした姉さんの口調が有無を言わせず、俺へ『それ』が事実であると認識させられた。こんなにも身近にいた人が、非日常に巻き込まれていたことを、知ってしまった。

 こんなことがあり得るのだと、知ってしまった。

 揺るがないはずの、俺の現実が、世界観がひび割れていく。


「もちろん、知人二人に殺される理由もあったし、知人二人を殺した犯人にも理由があった。だけど、それでも彼女は言うのよ。『私の因果が周囲に死を呼び寄せるのだ』ってね。ふふふ、さすがにあれから五回ほど同じようなことに巻き込まれれば、私の世界観も変わるっての」


 姉さんはやさぐれたように呟いた。

 コミュ力抜群の姉さんが、何度も事件を共にしたらしい人を、未だに知人と言っていることから、その人との相性は非常によろしくないのだろう。姉さんはたった一度会っただけの相手でも、友達になってしまう人だというのに。


「昭樹、私が奇妙奇天烈な死に方をしたら、多分、その知人が貴方に私の遺言を伝えに行くと思うから、両親によろしくね」

「普通に嫌だよ、死ぬなよ」

「死なないつもりだけれど、彼女と縁を切るつもりは毛頭ないわ。なんか、負けた気になるもの。というか、話は戻すけれど――『死ぬなよ』は私の台詞よ?」


 ぐい、とテーブル越しに俺の胸倉を掴み、姉さんは言う。


「東雲彩花。彼女の相手は貴方には荷が重いわ、昭樹。手を引いて、関係を可能な限り断ちなさい。それが不可能なら、出来る限り関係を遠ざけなさい。それが、今の貴方に出来る“たった一つの冴えたやり方”という奴よ」


 脅すように、けれど今日の中で一番優しさに満ちた言葉を、姉さんは俺に言う。

 ああ、分かっているよ、姉さん。

 俺は己惚れてなんかいない。最初から理解している。俺では到底、東雲彩花に釣り合わないということを。例え、彼女から手を引かれたとしても、彼女の隣に相応しくないし、そんな眩しい場所ではあっという間に身が焼かれてしまうと。

 俺という人間は、自身の人生の中でも主人公に成れない人間だと、ずっと前から分かっているのだ、そんなことは。

 だから、俺の答えは最初から決まっている。


「――――嫌だ」


 最初から、決まっているんだよ、そんなことは!


「荷が重い? 冴えたやり方? ああ、そんなものは最初から知ってんだよ、姉さん。俺は貴方以上に、あいつの恐ろしさも、異常さも、美しさも知っているんだ。だから、俺なんかが敵う訳がないことも知っている。知っている、けどさぁ!」


 姉さんの胸倉を掴み返して、俺は声を張り上げる。ここが店内であることも忘れて、頭の中が訳の分からない感情と衝動で埋まってしまう。


「怖いからって、死ぬかもしれないからって、戦わずに逃げるような負け犬以下にはなりたくないんだ。冴えなくても、格好悪くても、挑むことすらしなかった事実を胸に抱えたまま、負け犬以下で生きるのは御免だ。それだけは、御免なんだ」

「…………そうか」


 姉さんは俺の言葉を聞き届けると、ゆっくりと胸倉から手を離して腰を落とす。俺も、それに合わせて胸倉を離した。


「馬鹿弟め」

「うるせぇよ、キ〇ガイ姉め」


 そして、姉弟で顔を見合わせて、合わせるまでもなく同時に苦笑した。

 まったく、俺たちは朝から、喫茶店で何をやっているんだか。


「だったら昭樹。貴方は好き勝手に生きて、好き勝手に死になさい」

「は、言われなくても。つか、姉さんの方が人の事言えねーじゃんか」

「私はいいのよ、私は。姉特権」

「うわ、最悪だぜ、こいつ」


 どうやら、俺と姉さんの頑固さだけは似た物姉弟らしい。

 賢いやり方を理解していても、愚直なまでに意地を張ってしまう所とか、そっくりではないか。ああ、最悪なことこの上ない。


「くはははは! 姉を敬うがいい、弟ぉ! 死にゆく愚かなお前に、デートに着て行っても恥ずかしくない服を選んでやろう!」

「色々脱線したけど、そういえば今日の目的はそうだったなぁ」

「お前のデートの相手が予想外過ぎるのが悪いんじゃい」

「だが、美少女」

「それな!」


 俺と姉さんは二人で、げらげら笑いながらウエイトレスさんを呼ぶ。

 いやぁ本当、平日の昼間から姉弟二人で何をやっているんだろうな、俺たちは。



●●●



 そんなこんなで準備を重ねて、決戦デート当日である。

 待ち合わせは二海市の駅前。待ち合わせ時間は、午前十時。ここら辺は良くリア充というか、カップルどもが待ち合わせに使って直ぐに人が群れるので、地元でもない東雲さんでも分かりやすい目印になるだろう。

 ちなみに、俺は三十分前から待ち合わせ場所でスタンバイしている。胃が痛い。姉さんがコーディネートしてくれたデート用の服が無ければ、周囲のリア充圧で押しつぶされていたかもしれない。


「…………くそが、世界なんて滅びればいい」


 待ち合わせの最中、青い空を仰ぐと思わず世界を呪う言葉を吐き出してしまった。

 いけない、いけない。落ち着け、俺。周囲の幸せそうなカップルどもの破滅を願うんじゃない。落ち着け、俺だって三十分も経たずにあっちの仲間入りだ……少なくとも、表面上は。むしろ、傍から見たら美少女とデートする男って凄いと思わないか? うん、俺だったら美少女の隣に冴えない男が居たら、物凄い不可解な気持ちで凝視するな! うへぇあ。


「やっべぇ、帰りたくなってきた」

「待ち合わせの最中に、何一人でネガティブになっているんだい、君は?」

「うおぉっ!?」


 東雲さんの声が耳元で聞こえて、俺は初めてその存在に気付く。

有り得ない。普段からカリスマと威圧感をいかんなく発揮している東雲さんの接近に、いくら気を抜いていたからと言って、この俺が気づけないなんて。


「ふふふふ、驚いたかな?」


 だが、東雲さんの姿を視認して、俺は気づけなかった理由に納得した。

 つばがある帽子で輝くような金髪を隠して。赤ぶちの眼鏡で完全な美貌を邪魔して。ちょっとダボついたシャツで美しい体のラインを人の領域に貶める。そして、藍色のジーンズは美しく艶やかな足を隠して、足元はどこにでもあるようなスニーカーを。

 東雲さんはあえて、野暮ったいようなボーイッシュな服装にして、己の魅力を可能な限り打ち消す格好にしたのである。

 まぁ、それでもカリスマや威圧感が抑えられているというだけで、めちゃくちゃ可愛い美少女であるという事実は不変なのだが。


「今日は君に楽しんでもらうためのデートだからね。あまり人の目を集めるのは好きじゃないだろう?」

「お心遣い感謝します、東雲さん」

「まー、こうなると返ってナンパが面倒になるわけなのだがね? そこら辺はほら、彼氏役として何とかしてくれたまえ」

「えっ?」


 いやいや、可愛らしくウインクされても困るのですが? 俺に出来ることと言ったら、君がナンパされるよりも前に回避行動を取る事しか出来ない。なお、回避できなかった場合、最悪、俺は通報すら躊躇わないだろう……健治以外のヤンキーは怖いしぃ。


「前向きに善処させていただきますが、駄目な時は共闘をお願いします。インドア派の男子高校生ですが、二人ぐらいまでは不意打ちで対応できますので」

「ここの治安はそんなに悪くないだろうに。ちゃんと断れば大丈夫だよ……いや、そうだね。最初からこうしておけばいいかもしれない」

「おう?」


 悪戯っ子みたいな笑みを浮かべると、東雲さんはさらっと俺の腕に抱き付く。

 柔らかな体の感触と、ふわりと鼻腔を擽る美少女特有の良い匂い。うん、デート開始前から俺の精神力がごりっと削れたわけですが、どうしよう?


「これなら、最初から付け入る隙が無いバカップルだと思われるだろう?」

「ははははは、東雲さんったら、ははははは――――勘弁していただけませんか?」

「ふふ、前向きに善処させてもらうよ」


 全然離してくれないのですが? むしろ、前よりもがっちり抱き付かれている気がする。

 やれ、さすが東雲さんである。デート開始前から、俺の心が折れてしまいそうだ。だが、それでもデートを受けたのは俺だから。そして、挑戦したのも俺だから。


「ところで、今日のエスコートについてちゃんと考えてきているかい? 芦葉君」

「あ、ああ。とりあえず、地元の資料館に行こうと思っているよ」

「デートの最初で!?」


 せめて、途中で逃げ出すことはない様に気張っていこう。

 東雲さんが何者であったとしても、可愛い女子とのデートには変わりないのだから。

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