エピローグ
東雲さんとの決闘が終わってから、三年の月日が流れた。
決闘の翌日、俺は誇らしさを胸に秘めて、威風堂々と余語へ告白したのだが、その結果が割と酷かった。いや、断られてないよ、断られてはいないけどさぁ。
「ありがとうございます、先輩……私も、芦葉先輩の事が大好きですぅ……さぁ、セックスだ!」
「おいこら」
「うえぇへへへへ♪」
恋人同士になった瞬間から、俺を押し倒すのはやめてほしかったです、余語後輩。胸に秘めた誇らしい気持ちが吹き飛ぶほど、一気に現実に引き戻されたからな、あれで。
そんな余語との付き合いも、俺が成人して、収入が安定……まぁ、最低ラインが月給三十万で安定してきたことから、そろそろ結婚の話が持ち上がってきている。俺の収入の件に関しては後述するが、余語との関係は特に拗れることなく、三年間順調に想いを積み上げて、互いの好感度が天元突破しているという始末だ。
最近は俺が仕事に出る時も、俺の存在を身近に感じたいとかほざき、俺の分身みたいな守護存在を背後に付けている有様である。なお、一般人には見えないが、その手の異能者や専門家には、余語の背後に恐ろしい形相の狼男が見える仕様にしておいた。狼男なのは、能力の指導者である隼人先輩の影響である。
ちなみに、この守護者は突然武装した集団に囲まれても一瞬で皆殺しにすることが可能で、例え核が降ってきても傷一つ通さない防御力を持つ。
我ながら過保護だと笑いたくなるが、こんな馬鹿げ力を持っているのに使うのを渋って、大切な人を失う方が馬鹿馬鹿しい。余語と大切な人達は、世界が滅んでも俺が守り抜く所存である。今なら世界を敵に回しても善戦できるしな、俺。
…………まぁ、俺の大切な人達はそんなことをまるで望んでいないようだけれど。
「まさか芦葉君に先を越されるとはなぁ。うーん、成長した弟子に追い抜かれた師匠の気分だぜ」
「誰が弟子だよ、誰が」
健治の奴は、特に問題なく目標としていた大学へと入学した。どうやら、民俗学に携われるような仕事をしたいらしく、現在は必死でコネを作っているらしい。
健治の通っている大学は県外であるが、会おうと思えば一瞬で瞬間移動できるので、今でも健治とはよく遊んでいたりする。最近では、人外が集う麻雀の卓に招待して、人外相手にもそつなくコミュニケーション能力を発揮していた。
「んじゃ、また会う日まで」
「次会う時は、敵同士でないことを祈りますよー、先輩」
「おう、またな、バカップルども」
高橋と姫路の二人には、奴らが高校を卒業してから会っていない。どうにも、家業を継ぐために修業の旅に出たという噂が濃厚であるが、その家業については何も知らされていない。
だが、きっといつかはまた出会えるだろう。
高橋の野郎に貸したエロゲ―が、まだ返ってきていないからな。
「美味い飯が食いたくなったら、俺を呼べ。気が向けば作ってやる」
「アンタの料理を食うと、ガチで他の料理が食えなくなりそうだから困る」
東雲さんの眷属である春尾さんは、役目は終わったとばかりに姿を消した。姿を消したのだが、たまに、ふらりと俺の前に現れて料理を作ってくれるので、寂しさは皆無だ。
料理を作ってくれるのは嬉しいのだが、深夜に飯テロを敢行するのはやめて欲しい。
「御奉公に参りました」
「はははは、帰ってください、お願いします」
秋名さんに関しては何も言えねぇ。
ロリ姿より、若干成長した姿になったと思いきや、訳のわからないことをほざいて俺の元へやってくるのだから意味が分からない。
しかも、俺の説得よりも余語の説得に力を入れて、今やなし崩しの同居状態に持ち込んでいる所が恐ろしい。現在の生活における明確な敵対者でもあるのだ。愛人は要りません、勘弁してください。
「よし、芦葉。次は暗闇の森に棲む魔女から、原稿取って来い」
「社員のほぼ全てが人外ェ!」
高校卒業後、俺は隼人先輩が立ち上げた会社へ所属することに。隼人先輩の補助というか、主に気まぐれな社員たちとのコミュニケーションが仕事内容だ。
ただし、気まぐれな社員たちのほとんどが人外であり、下手をすれば締め切り前に未開の秘境へ逃げ込むことも可能なので、割とハードワークである。だが、仕事の内容に応じて、基本給からガンガン給料が増えていく歩合制なのでやりがいはある。
どうにも、隼人先輩との縁は末永く続いていきそうだ。
「君が書く小説を楽しみにしているよ、芦葉君」
そして、東雲さんは――――
●●●
都会の空気は肌に合わない。
昔はそういうことを気にしない人間だったのだが、田舎から離れ、実家から出て、都会と呼んでも差支えの無い街で暮らし始めると、そういうことを気にするようになる。
学生の頃は都会なんて夢のまた夢で、バイトと小遣いを溜めて交通費を捻出。わざわざ、ネット通販でも買える物を買いあさって、その非効率さに楽しみを見出していた。
「便利だけど、少し騒がしいんだよな、都会は」
俺はため息交じりに、雑踏をすり抜けて、目的地へ足を進める。
今日は仕事の休みで、余語――悠月とのデートの予定も無い。休日になったら、構え構えと迫ってくる俺の彼女は最近、同居人である秋名さんと悪だくみをしている。大体、俺をどうやって押し倒して3Pを認めさせるか? というくっそ下らない議論をしているので、スルーしておく。
俺が愛しているのは悠月だけなので、今の所悠月以外を抱く気にはならない。
「なのに、彼女の方が浮気を打診してくるのはどうなんだ、まったく」
悠月は性に寛容というか、ちょっと頭の螺子が外れているので、『ハーレム許容派だよ!』とかほざいている。そのくせ、今日みたいに俺が友達に会いに行こうとすると物凄く拗ねるので、よくわからない。女心は複雑というが、悠月に関しては難解すぎる。
とりあえず、愛されている事だけは確かなので、それでよしとしよう。
望めば人の心すらも読み取れる能力があったとしても、きっと男には完全に女心を理解できる日は来ないのだから。
まぁ、女から言わせれば、男心の方も面倒臭いということになるのだろうけど。
「さて、と。相変わらずこういう演出が好きだなぁ、彼女は」
目的地である市立図書館へと向かうと、平日の午前中という条件を考えても、人気が妙に少なかった。そして、俺が待ち合わせしている彼女の元へ近づいていくにつれて、人の気配どころか、物音すらも密やかになっていくのだから、あからさまだ。
「やぁ、久しぶりだね」
待ち合わせをしていた館内の席に、スーツ姿の女性が佇んでいた。
黄昏よりもなお美しい金髪のショートカット。
蒼穹を閉じ込めたかのような、碧眼。
初雪のように純白な肌。
吸い寄せられるほど瑞々しく、形の良い朱色の唇。
おおよそ、人間の完全な肉体美を実現した肢体を包む、黒のウーマンスーツ。
「元気だったかな、芦葉君?」
成長した姿の、東雲彩花がそこに居た。
「いや、元気だったも何も、先週も普通に遊びに行っただろうが」
「はっはっは、そうだったね、一緒に浮気を」
「浮気はしていません」
「いやだって、芦葉君。考えても見なよ、こんな美人と二人きりで遊びに出かけるんだよ? 浮気じゃん」
「悠月を連れていくと、アンタが悠月を誘惑しようとするからだろうが!」
「君は鉄壁だからねぇ」
などと改めて描写すれば、数年以来の再会と勘違いされるかもしれないが、俺と東雲さんは割とよく遊んでいる。互いに時間さえ合えば、距離の概念は無視して都合が付きやすいという利点を持っているからだ。
「まー、長い人生になりそうだし、君のことはゆっくり攻略していくさ」
「攻略不可能キャラです、諦めろ」
「ファンディスクに期待だね」
ちなみに、あの日以来、何故か東雲さんからの好感度が上がり続けている俺が居る。いや、何となく理由は察することが出来るのだが、俺の嫁は悠月だけですので。
「何故、恋人が出来てからモテ始めるんだ、俺は……」
「スナック感覚で食べちゃいなよー」
「断る」
「やれ、身持ちが固い男だねぇ、まったく。けれど、うん、今日の所はこの辺で勘弁してあげようかなー?」
いつもならば、チクチクと地味に誘惑を続ける東雲さんであるが、今日だけはその視線は俺に向いていない。いや、正確に言うならば、俺の手元に――――携えた原稿が入った、封筒へと向けられている。
「それで、出来たんだろう?」
「当たり前だろ。あの日から随分苦労したが、最高傑作更新だ、とくと読みやがれ」
俺が不敵な笑みと共に、その封筒を差し出すと、東雲さんは満面の笑みで受け取った。
「う、うふふふふ」
にまぁ、と喜びで緩んだ頬は可愛らしく、碧眼は幼子のように輝きに満ちている。
これは決して浮気では無いのだが、どうやら俺は、こういう東雲さんの顔が結構好きらしい。何度も何度も、試行錯誤を重ねて最高傑作を更新しようと思う程度には。
「んじゃあまぁ」
「うん、そうだね」
俺と東雲さんは互いに笑みを交わして、言葉を紡ぐ。
あの日と同じように。
「「さぁ、勝負だ」」
俺たちはきっと、これからも勝負を繰り返す。
飽きもせずに、世界が終わるまで。
いや、世界が終わったとしても、俺たちは自分たちの物語を続けていく。
誰もがきっと、そうなんだ。
誰もがきっと、『自分だけの物語』を求めて足掻いている。
たった一つだけの、物語を。
これはそんな――――『どこにでもいるような男』の物語だ。
【S.F.O】 Happy End!!
これにて【Story for oneself】は終幕となります。
拙い物語でしたが、ここまでお付き合いいただいた読者の方へ、最大級の感謝を。




