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第12話 ポイント・オブ・ノーリターン

 東雲さんは人類かどうか怪しいので、女子にカウントしないことにすると――家族以外の女子の部屋に入ったのは、実は人生で三度目だったりする。


 確か、一度目は小学生の頃。まだ、穢れを知らぬ純粋無垢だった頃の俺は、冬花姉さんの後ばかり追いかけていて。何か、そう、何かのきっかけで姉と一緒に、姉の友達の部屋へと招待されたことがあったと思う。

 その部屋は妙に良い匂いがして、可愛らしいぬいぐるみや、綺麗な花が飾ってあったりしていて、同級生の男子の部屋とはまるで違うことに困惑した記憶がある。

 …………その後、人生で二度目の女子部屋への訪問では、中学時代の色々と重苦しい思い出があるから語るに及ばず。


 だが、人生で三度目の女子部屋訪問は、前の二つとは明らかに意味が違う。

 女子側から招待され、しかも、その招待が俺個人に限られている。

 おまけに、これは招待してきた女子が、後輩の余語が玄関先で俺へ告げた言葉がこれだ。


「先輩、今日は両親も仕事で遅いし、妹は後二時間経たないと返ってこないので、安心してください」


 その時の余語は、薄らと頬を赤く染めて、恥ずかしそうに目を伏せていた。

 さすがの俺でも、いくら鈍い俺でも分かる――――女子に免疫が無い俺に対して、余語が気を利かせた冗談だろう。ははは、まったく、余語という後輩は男子でも女子でも変わらず、愉快な奴だなぁ。


「あ、すみません、先輩。ちょっと準備……というか、シャワー浴びて来ますので、三十分ぐらいお待ちください。その……汚いのは、先輩も嫌ですよね?」


 もっとも、その後の言動によって、俺の現実逃避は否応が無しに強制停止させられてしまったのだが。おい、マジかよ。

 シャワーって、シャワーってお前。あかんだろう、それは。絶対にアウトだろ、それ。もう駄目じゃん。大人の階段を駆け上がっていくような未来しか見えない感じじゃん。え? マジで? 今日俺、童貞卒業するの?


「落ち着け、落ち着け、落ち着け芦葉昭樹ぃ! まだそうと決まったわけではないっ!」


 余語の私室の床へ跪き、頭を抱える俺。

 大丈夫だ、大丈夫だって。出会って一週間ちょいの後輩と先輩が、そんな行為をするわけないじゃないか。これはアレだ、よくあるラブコメの振りみたいな奴だよ。全年齢で健全な少年漫画の、そういうアレだよ。実は違う奴でしたー、とか、そういう前振りだ。


「大丈夫、大丈夫……深呼吸して、心を落ち着かせて…………」


 よく考えると、女子の部屋で深呼吸する男子とか、マジでキモイな。うん、俺が女子だったら敬遠するレベルの童貞臭さだ。

 よし、己の醜態を客観的に見つめることで、少しは落ち着いてきた。さぁ、今のうちに状況を再確認するとしよう。


「しかし、本当に余語の奴は女の子だったんだなぁ」


 俺が現在、待たされている余語の私室は、年相応の女子の部屋という感じだった。

 勉強机とベッドと、本棚。それと、所々にゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったようなぬいぐるみが幾つか置いてある。

勉強机の上には、ノートPCが一つ。どうやらネットサーフィンや、自宅での執筆に使っていた奴だと思うのだが、可愛らしい兎のマスコットのシールが貼られていて、なんだか微笑ましい。こういう所に女子らしさを感じる。

 本棚はほとんど漫画だけ。少女漫画の方が多いけれど、少年漫画の有名どころは抑えている感じだ。けれど、やはりオタクというほどサブカルチャーにのめり込んではいない様である。


「年頃の女子の部屋に、一つ上の男子が待たされている、か」


 これだけならば、まぁ、遊びに来た仲の良い男女という関係もありうる。個人的には、それなりに余語とは打ち解けた先輩後輩という関係であると思うので、まぁ、ありうる。

 ただ、その先輩を私室で待たせて、これからシャワーを浴びて来ます。これは、客観的に見ればグレーだ。限りなく黒に近いグレーだ。これが青年誌や、ちょっと大人の小説であれば、描写するかはさておき、この後二人は大人の階段を昇ることになるだろう。

 しかし、現実的に考えて、余語が俺とそういう関係になりたいと望んでいる様には見えなかった。観察力の足りない俺であるが……女子だと確信を持てなかった俺だが、それだけは自信を持って言える。


「でも、でもなぁ……うーん」


 少なくとも、性行為ではない。それだけは確かであるが、だがしかし、完全にそういうエロ関係の事を絶対にやるわけがないだろう、と言い切るのは難しい。

 だってあれだ、『誠意を見せてください』と言われた後に、こういう展開になったのである。そりゃ、それなりに何かあるだろうと勘ぐるのも仕方ないはずだ。


「一体、俺は何をやらされるのだろうか?」


 態々私室まで俺を呼んだということは、誰にも見られたくないことをさせるということだろうし。一応、どんな命令をされても何とかやり遂げようという誠意はあるものの、こうも焦らされると、真綿で首を絞められているかのような息苦しさと緊張感を覚えてくる。

 はっ、まさかそれも含めての、誠意を見せるということだろうか?


「お、お待たせしました……」


 などと悶々と考えていると、シャワーを終えた余語が帰って来た。

 余語が恥ずかしそうに俺の近く……ベッドの上に乗ると、ほのかに甘いシャンプーの匂いが俺の鼻をくすぐる。見ると、余語の髪の先はまだ少しだけ濡れていて、肌も薄ら赤く染まっていた。

 そんな湯上り状態の余語が、学校の制服姿で、ベッドの上に座っているのだ。

 なにこれ、エロいぞ。


「その、一応訊くが、余語。お前、なんでシャワーを浴びて来たのに、態々制服をまた着ているの? 私服じゃだめなのか?」

「ふふん、己惚れないでくださいね、芦葉先輩! 私の私服を見せるには、まだちょっと好感度が足りませんよぅ!」

「……そ、そうか」


 何故か得意げに言う余語であるが、この場面においては逆効果なんじゃないかな、と思う。

 だって、制服姿で湯上りって、かなり背徳感があるんだもの。いや、ガチで。だって、髪が僅かに濡れて、体温が上がっている女子が、制服姿で俺の目の前に居るのだ。

 素足で、ぶらぶらとスカートを揺らしながら足を動かしているのだ。

 ふわりと、シャンプーとかボディソープ以外の柔らかな良い匂いがしてくるのだ。これは、これは駄目だと思う。

 少なくとも、俺が体育会系の性欲を持て余している系の男子だったら、うっかり押し倒していたかもしれないほどに、今の余語の姿はエロスだった。


「くっ、俺が絶食系インドア男子であったことに感謝するんだな、後輩!」

「何を言っているのか、わかりませんよぅ、先輩」


 こてん、と余語は可愛らしく小首を傾げて微笑む。

 おち、落ち着け、俺、理性を保て。大丈夫だ、俺は東雲さんの誘惑を振り切った男。いや、振り切ったのか? 結局、流されたような……いや、でも手を出していないから、最低限は紳士だったはずだ、うん。


「と、ともあれです、先輩。その……あの……」


 俺が絶対に性欲に負けたりしない決意を固めていた所、早速、余語がそれを揺らしに来た。

 余語は、何故か上目遣いで俺の学生服の腕の裾を掴み、恥ずかしそうに言うのだ。


「妹が帰ってこない内に、早く、や、やりましょう?」

「………………具体的には、何を?」

「あ、そうですね、そうでした。ちゃんとは言っていませんでした…………それじゃ、まずはちょっと失礼します」


 恥ずかしそうに言った後、余語は右足をぶらりと俺の目の前に上げて見せた。というより、俺の腕へ乗っけるように動かしたので、俺は思わずそれを掴む。優しく、その白い肌に指を這わせて、添えるようにして抱える。


「どうした?」

「……て、ください」

「はい?」


 真っ赤な顔で、潤んだ瞳を俺に向けて、まるで懇願するかのように何かを言う余語。

 だが、それはあまりにも小さく、か細い声なので聞き取れない。だから、俺は上げられた足を抱えながら、訊ね返した。


「すまない、はっきりと言ってくれ」

「…………その、私の、えっと」


 俺は耳を澄ませて、真剣に聞き取る準備をする。

 もしかしたら、人には言えない悩みを抱えていて、それを俺に打ち明けるために、ここに読んだのかもしれない。シャワーを浴びたり、意味深な発言をしていたのも、全てその伏線だった可能性もある。伏線がどんな意味を持っているかはまだ分からないが、とにかくその可能性があるのだ、きっと。

 だとしたら、俺は恥じなければならない、己の無様さを。

 余語はエロスなんて、きっと俺に求めていなかったんだ。俺に求めていたのは、助けだ。誰にも言えないような悩みを俺に打ち明けて、これから助けを求めようとしていたのだ。

 そうだ、そうに違いない。

 だとしたら、何も心配なんかいらないぜ、余語。さぁ、お前の悩みを打ち明けてくれ。誠意を見せてくれ、なんて保証のような貸し借りなんて要らないんだ。

 例え、何の借りがお前に無くとも、俺はお前という後輩が悩んでいるのなら、喜んで手を貸そう。助けてみせよう。

 だから、どうかお前の言葉を、心からの言葉を聞かせてくれ。


「――――私の足を、舐めて欲しいんです……芦葉、先輩」


 …………やっぱり、エロスじゃねーか!



●●●



 悲報、後輩が変態だった件について。

 待て待て待て、待つんだ、その悲報を打つのはまだ早い。まだ、確信を持つのは早い。駄目だ、後輩と自分勝手な偏見で変態と決めつけては駄目だ。

 何か、何かこう……理由があるのかもしれない。


「すまない、余語。お前が言うのならば、俺はお前の足を舐めよう。だが、一つだけ。そう、舐める前に一つだけ教えて欲しい――――俺にお前の足を舐めさせる意味は?」


 思いは言葉にしなければ伝わらない物だ。

 だから、俺は戸惑いながらも、はっきりと余語の目を見つめて、問いかける。余語の右足を抱えたまま、しっかりと尋ねる。足を舐めることを要求する、その意味を! それはきっと、俺が知らないだけで、余語にとって重大な意味を持つに違いない――


「せ、性癖ですっ! もう、言わせないでください、先輩……意地悪ぅ」

「………………そうか」


 ふるふると、唇を震えながら真っ赤な顔で目を伏せる余語。

 この瞬間、俺は完全に理解した。ああ、これは駄目な奴だ、と。下手をしたら、このまま大人の階段を昇るようなピンクな空気の中に、俺は放り込まれてしまったのだと。

 嫌なら断れよ、と客観的にこの状況を観察する者が居たら、俺に忠告するかもしれないな。

 だが、残念ながらもうすでに撤退の選択肢は俺には選べなくなっている。それは今まで余語に対して積み重ねてきた罪悪感やら、借りやら、好感度によって雁字搦めになって、しかも、俺の方から『なんでもする』と約束したという事実が、俺を縛りあげているのだ。


 そしてなにより、ここまで事態が進行した後、俺が逃げてしまえば余語が物凄い恥をかくことになってしまう。いや、もうすでに恥の上限を超えているかもしれないが、それでも、余語だけに恥を被せるわけにはいかない。


「…………わかった」


 覚悟を決めるんだ、俺。

 既にポイント・オブ・ノーリターンは過ぎ去ってしまったんだ。だから、せめて、鋼の意思を以て余語の足を舐めるのだ。決して、性欲に負けて後輩を押し倒してしまわぬように。


「俺はお前の足をこれから、舐め――」

「あ、ストップ、先輩。ちょいまち、です」


 覚悟を決めて進もうとしたとき、肝心の余語からストップが入った。

 俺は言われた通りに、余語の右足を離して、待機する。

右足の自由を取り戻した余語は、そのまま部屋の衣装棚の所を漁り、選択済みと思わしき紺のハイソックスを取り出す。それも、右足の分だけ。そう、余語は右足だけ学校指定のハイソックスを履くと、そのまま俺に右足を差し出して来た。


「脱がすところから、お願いします」

「お、おう」


 マニアックな要求だった。既に、余語の顔は真っ赤に染まり、大きな目をさらに見開いて、猛烈な興奮状態にあった。もう、なんか、もう、な状態である。

 俺は、考えることを止めて、余語の言われた通りに行動をするだけの機械へと成り下がることにした。この時、この瞬間だけは、俺は感情を捨て去ろう。


「ん、ふっ」


 言われた通り、俺は右足から紺のハイソックスを脱がす。脱がして、そのまま、ゆっくりと唇を足元へと近づけていく。


「さ、最初は足の甲にちゅーしてください」


 震えた声で告げられる、後輩からのいきなりな追加オーダー。

 だが、感情を捨て去った俺に、躊躇いなど存在しない。言われるがまま、『隷属』を意味するとされるキスを、口づけを余語の足の甲へと添える。


「うへ、へ、えへへへ」


 キスをした後、余語の様子を伺うと、ご満悦だった。顔が蕩けて、口元から涎が垂れそうな表情である。何がお前をそこまでさせるのだろうか?


「じゃあ、とりあえずお前が良いって言うまで舐めるから」


 内心の疑問を殺して、俺は作業を再開する。

 余語の足を持って、舌先を伸ばして、犬の如くその足裏を舐める。己の唾液に塗れた粘膜を、その皮膚へと触れさせた。


「あ、ん……」


 しゃぶりつくように、口を動かして。駄犬のように舌を動かして、余語の足裏を舐める、舌を這わせる。ざらりとした感触が舌先から伝わって、ボディソープの匂いと、汗の味が口の中で混ざっていく。人生で味わったことのない、奇妙な味だ。恐らくこれを屈辱の味とでも、呼ぶのだろうか? いや、今の俺にとっては贖罪の味か。


「んっ、先輩、くすぐったい……ですぅ……んふふふ」


 ちゅば、ぴちゃり、くちゅ、などという水音を鳴らす度に、後輩からの呼びかけが蕩けていくような錯覚を受ける……錯覚であってくれ。

 しかし、余語を満足させなければこのプレイは終わらない。

 本来であれば、その場でちょっと足を舐めて、『はい、終わりぃー』みたいな予想だったのだが、予想以上にガチだぞ、これ。だって、既に舐め始めてから五分ぐらい経過しているのに、全然終わる気配が無いんだぞ、おい。


「ちゅ、んちゅ……は、あ」


 一旦、舌を離して、呼吸を整えて――――趣向を、変える。余語の変態性を満足させるために、俺は、思考を回して、最善の行動を起こした。


「あんむ」

「ひうっ!?」


 俺は小指から丁寧に、余語の足の指を舐めて、しゃぶっていく。

 先輩である俺が、後輩である余語の足の指をしゃぶっていく、という行動で、余語の変態性を満たすための策だ。なお、この策を実行する上で、俺が負うであろう心のダメージは無視することにする。


「あは、すごぉい……先輩が、芦葉先輩が、私の指を、一生懸命、しゃぶってるぅ……」


 甘く、蕩けた声と共に、後輩が太ももとをもじもじとこすり合わせるが、俺は何も考えない、思考しない。俺という人格を殺して、奉仕する。

 そして、それから、長い、長い十分が経過した。


「す、ごかったです、せんぱぁい……もう、そこはいいですよぅ、堪能しましたぁ」

「そうか」


 やっと余語からのオッケーが出て、俺はようやく心を殺す作業から解放された。

 見ると、後輩はベッドに仰向けに倒れていた。その表情は恍惚に染まっており、口元からだらしなく涎が垂れている。制服は乱れに乱れて、なんかもう、事後って感じだ。いや、大丈夫、大丈夫、一線は超えていないから、多分。


「それじゃあ、最後に……ここを、舐めたり、吸ったり、して、ください」

「え?」


 だが、苦行はさらに苛烈さを増して続くらしい。

 余語からの呼びかけに視線を戻して見れば、なんか、余語が制服のスカートをたくし上げて、右足の太ももを露出していた。眩しいくらいに白くて、カモシカのように美しい、そんな足である。そういうフェチを持っている人間ならば、この状況は感涙ものだろうが、生憎俺はノーマルだ。どちらかと言えば、ストレートにおっぱいを――――へい、俺の思考ストップ! アーンド、死ね、死に絶えろ、俺の感情ぅ!


「よ、余語後輩……さすがに、それは、その……」

「大丈夫です、芦葉先輩……ちゃんと、ほら、スカートの下は短パンですから、だから、恥ずかしくないのです」


 大丈夫じゃねーよ、全然大丈夫じゃねーよ。

 だって、片手でスカートをたくし上げて、もう片方の手で短パンの裾を限界まで上げているから、隙間からピンク色のショーツが見えてるもん、それ。『あ、下着は変えたんだ』とか、思っちゃったもん、俺……くそう、何だこの状況はっ!


「はっきり言うぞ、余語……俺だって、絶食系の俺だって、性欲はあるし、理性の限界はあるんだ……既に、色々とやばいんだぞ、もう……」


 震える声で、懇願するように俺は余語に告げる。これ以上は、ガチでやばい、と。

 それに対する余語の返答はシンプルだった。


「えへへへー、だったら、一緒に気持ちよくなりましょうよ、芦葉せんぱぁい」


 そう、蕩けた笑みでの、カモンベイベー! だった。既に、余語は己の性欲に飲み込まれて、完全に敗北していたのである。駄目じゃん、もう。


「いや、今の俺はアレだから……贖罪者だから……いいやもう、舐めます、はい」


 理性が高所からビルの側面で紅葉卸にされるようなダメージを受けているが、問題ない。何とか致命傷で済んだ。後は完全に理性が死ぬまでの間に、蕩け切った余語を満足させるだけだ。

 なお、精神力判定に失敗するとこのまま、大人の階段どころかエスカレーターに乗ることになるので、色々と綱渡りである、現状。


「ん、ちゅ……ちゅ、んん」


 俺は意を決して、余語の太ももへ舌を這わせた。

 足裏とはまるで違う、きめ細かで滑らかな肌。吸えば、唇にくっつく柔らかい肉。それも俺の理性を殺すには充分は代物だったが、理性を殺すよりも先に俺は己の感情を殺して、機械に成り果てていた。

 何も問題ない。

 今の俺は、女子の太ももを舐めたり吸ったりするだけの、ただの肉人形だ。


「んあ、あああっ、ふ、ふぅー……んあっ」


 甘ったるい声と共に、余語は左足を肩から背中に回す。そして、ぐい、と引き寄せるように、ぎゅうと、下半身を押し付けるように、強く締め付ける。

 ――――深く、考えない、これが、今の俺の、精一杯。


「先輩、せんぱいっ、せんぱいっ!」


 何度も、何度も、俺を呼ぶ後輩の声に意図的に応えず、俺は奉仕者に徹する。

 舐めて、吸って、汚して、最後に犬がじゃれるように、甘噛みをして――


「あ、ん…………ふー、はぁ……はぁ、ふぅ」


 くたぁ、と余語が俺を締め付ける力が抜けたところで、全てが終わったのだと確信した。


「え、えへへ、あふへぁ」


 口元を拭い、蕩けた笑みで仰向けに倒れる余語を見て、俺が為すべきことは全て為したのだと、奇妙な達成感が胸を満たしていた。


「いや、アウトだろ、これ」


 もっとも、それ以上に胸に渦巻く自己嫌悪と罪悪感で、死にそうになっているんですがね。



●●●



「死にたいです、先輩」

「俺も似たような気持ちだから、落ち着け後輩」


 正気に戻ったというか、賢者モードというか、とにかく、余語は何とか性欲を発散させて理性を取り戻してくれたらしい。

 ただ、エロスイベントの後遺症として余語の腰が抜けてしまっているので、俺が従者の如く、甲斐甲斐しく、諸々の片づけを行っている所だ。


「余語、余語後輩。足を拭くから、ウエットティッシュかタオルの位置はどこだ?」

「あ、あの箪笥の一段目の所にありますのでー」

「わかった…………おいこら、下着も入ってんだけど?」

「その隣にハンドタオルもあるのでー」

「少しは動揺しろ」

「はははは、私と先輩の仲で、今更、今更何を……」


 虚ろな瞳で、余語は乾いた笑い声を響かせる。いや、被害者っぽい面をされても、主にそっちの要求だからね? さっきのイベントは。

 ともあれ、これ以上ピンクの空気が蔓延していた部屋に居るのは御免だ。

 さっさと後片付けを済ませて、帰らせてもらうとしよう。


「…………先輩」

「何だよ」


 そんな風に、俺が無心で余語の右足を拭いたりしていると、余語から声をかけられる。見ると、後輩は仰向けに倒れたまま、静かにその両目から涙を流していた。

 なにこれ、めちゃくちゃ焦るんですが。


「なんで泣いているんだよ? え、何? また俺、知らない内にお前を傷つけていた? 御免、今から謝るから、出来ればどこが悪かったか教えてくれる?」

「違います、違うんです……」

「んー?」


 ぼろぼろと涙をこぼして、くしゃくしゃに顔を歪めたまま、余語は言う。


「私、私が情けなくて……自分の性欲に負けて、先輩に、芦葉先輩になんてひどいことを……」


 ひどい後悔を吐露するように、ぐしゃぐしゃと、己の髪をかき乱して。震えて、涙に塗れた声で、俺へ贖罪の言葉を重ねていく。


「先輩が、先輩が何でもしてくれるっていうから! つい、自分の欲望に負けて! 一生有り得ないと思っていたシュチエーションを体験できると思って……私は、なんてことを……」

「だ、大丈夫だぞ、余語? そ、そんな大変なことにはなっていない――」

「なっているんですよぉ!」

「おおう!?」


 さめざめと、顔面を両手で覆い、嘆く余語。

 いや、御免、そんなリアクションされても、こう、俺の感覚と随分ギャップがあるんだが?


「芦葉先輩は天然だから! 騙されやすい人だから、気付いていないんです! 良いですか? 先ほど私が先輩の弱みに付け込んでやった行為は……セックスをするよりも変態行為です!」

「…………いやいや、お前そんな、俺は頑張って一線を守ったぞ?」

「では聞きますが、先輩。常識的に考えて、彼氏に自分の足を舐めさせて、己の性欲を満たす女子高生が居たら、どう思いますか?」

「成人するまで我慢して、後はSMクラブとかの風俗に行けよ、って思う」

「風俗だと! こう、許されないことをしている背徳感が無くなると思いますよ、私は! ではなくて! 常識的に考えると、私たちの先ほどのプレイは、下手なセックスよりもよほど変態的であるということです!」

「まぁ、それは、納得かもしれん」


 確かに、余語の言うことは正しい。

 普通に愛し合ってセックスするカップルよりも、性欲に負けて先輩に己の足を舐めさせている後輩の方が、確実に不健全だ。

 間違いなく、不純の部類に入る異性交遊かもしれない……なので、この件は絶対に学校にばれないように厳重な心構えで秘めておくことにしよう。


「つまり、今日から私たち二人は変態さんということになります」

「いや待て、後輩。余語後輩、それはおかしい。何故、俺もカウントされる? お前ひとりだけならともかく」

「……ぐすっ、ええ、だから、私、先輩に酷いことしちゃったんです……だって、先輩を変態にしてしまったのだから……」

「待て待て、俺は変態ではないぞ、おい」


 今にも壊れそうな笑みで、涙を流しているんじゃない。

 きちんと説明してくれ、余語。


「だって、そうじゃないですか、先輩。先輩は天然だから気付いてないかもしれませんが、普通の人間は、いくら贖罪をするためとはいえ、後輩女子の足を舐めたりしません。ええ、仮に先輩が私にやらかしたことを踏まえても、絶対にしません」

「う、嘘だ、お前。いやだって、女子が泣いていたんだぞ? 可愛い後輩が、俺の所為で泣いてしまっていたんだぞ? おまけに、出会って初日にお前に馬乗りして首を絞めてしまったし。それを踏まえたら、あれくらい――」

「先輩は身内に優しくて、意外なところで度胸がありますからね。きっと、責任感から私の変態的な要求を総て受け入れてしまったのでしょう。でもね? 普通の男子高校生は、そんなことしませんよ? 嘘だと思うのなら、後で友達に――――相談したら駄目ですね、はい。そんなことになったら、心中案件ですねぇ」

「真顔で言うなよ、普通にこえーよ」


 虚ろな瞳で、淡々と説明していく余語の姿は普段と乖離していて、だからこそ今は余語の言葉が恐ろしかった。だって、常にガチで本音なんだぜ?


「そんなわけで、先輩は内心はどうあれ、事実として女子高生の足を舐めて、しかも、その舐めるだけの動作で相手を気持ちよくさせてしまったのです」

「…………気持ちよくなったのか」

「なりました、はい。とても。だから、既に先輩は『後輩の女子高生を足舐めだけで気持ちよくさせた男子高校生』という実績持ちになります」

「変態じゃねーか!」

「はい、そういうことなのですよぉ」


 つまり事実としてそうなってしまったのだから、もうどうしようもないということらしい。いくら弁解しようとしても、己の意思で俺が余語の足を舐めた事実には変わりないのだから。

 しかし、まぁ、うん、あれだな。


「はぁ、でもいいよ、別に。変態でも」

「いいのですか?」

「どうせ、俺とお前の二人だけしか知らない秘密だし。俺も墓まで持っていくつもりの秘密だし、二人だけの間で互いに変態認識だったとしても、別に構わないさ」

「…………でも、変態行為をさせたのは事実ですしぃ」


 この妙な律義さは海木の奴を思い出すな。

 そっちから仕掛けて来たくせに、いざ終わってみると己の非になる事でも筋が通っていれば認めてしまう。

なるほど、確かに海木と幼いころから交流があったのは本当の様だ。あいつから良い影響を受けて、育ってきたのだろうな。その結果が、あれかと思うと、少しだけ釈然としないが。


「俺は気にしていない、だからお前も気にするな」

「しかし、胸に募る罪悪感と自己嫌悪が」

「面倒な奴だな、お前も。けど、そうだな、そういう所は…………多分、嫌いじゃない。だから、だ」


 もじもじと涙目でしおらしくしている余語へ、俺はため息交じりに告げる。


「だったら、お前が『やり過ぎた』と思った分だけ、俺へ好きに贖罪するがいいさ。ああ、期限は決めてないから、適当で」

「芦葉先輩が、決めてはくれないんですね?」

「俺としてはさっきの行動で貸し借りなしって感じだ」

「ふ、ふふふっ、やっぱり、芦葉先輩は変な人ですねー」


 俺が肩を竦めておどけてみせると、ようやく余語の表情に笑みが戻った。

 ああ、やっぱり、そっちの方が良い。余語悠月という後輩は、何時も、能天気な顔をして嗤っていればいいのだ。少なくとも、俺の隣ではそうであって欲しい。


「んー、そうですね、それじゃー。こっちに来てください、先輩。ベッドに乗っかってきていいですから」

「はいはい、何だよ、後輩」


 仰向けになったまま手招きされたので、仕方なく余語の隣の位置で座ることに。まさか、この俺が女子のベッドの上に座ることになろうとは。


「先輩、先輩、おーこーしーてー」

「なんなの、お前?」


 妙な感慨に浸る暇もなく、俺は子供の様に両手を広げて強請る後輩を抱き起す。うん? 抱き起すって俺よ、随分とスキンシップへのハードルが低くなってるなぁ、おい。

 これは、いけない。

 先ほどの足舐めで大分、俺の中の余語に対する距離感が狂ってしまったらしい。駄目だろう、これは。通常状態であれば、普通にセクハラ案件だ。

 だから俺は、余語を抱き起した後に、『悪い』と一言を添えて、離れようとしたのだが、


「お返しですので、とっておいてください、芦葉先輩」


 その前にぎゅうと、余語に抱き付かれて。

 俺の首元に、やわらかく、ぬめっとした感触が。


 ――――ちゅっ。


「えへへー」


 生々しくも、可愛らしい音が俺の首元から聞こえたかと思うと、いつの間にか、目と鼻の先には余語の微笑みが。頬を薄ら赤く染めた、はにかんだ笑みがあった。


「今度、私の部屋に来る時は、ちゃんと私服を見せてあげますよぅ」

「…………そりゃ、楽しみだな、まったく」


 女子というのは本当にずるい存在だ。

 たった一つの口づけと、微笑みで、何もかもを覆してしまうのだから。

 ただそれだけのことで、俺は顔を赤くしてそっぽを向くしか出来なくなったのだから。

 本当に、ずるくて、変態で、泣き虫で――――可愛い後輩だよ、お前は。

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