水着回というものに期待したオレがバカでした
水着回というものに期待したオレがバカでした、はい。だって……。
「――水着着てるのオレだけじゃん! スク水美少女、カモン!!」
オレは屋内プールの中心で哀を叫んだ。
「エレナちゃん。スク水美少女様ならちゃんとそこにいるでしょ。何を叫んでいるの」
妹子さんがプールサイドで事務仕事をしながら、手を振ってくる。
水面には確かに、スク水を装備した巨乳の美少女様が、不機嫌そうな顔をして映っている。オレ、エレナ自身である。
このプールは株式会社妹が保有する施設の1つらしく、オレと妹子さんの他に人はいない。てっきりどこかのプールにでも連れていかれると思ったのに。だってそうすりゃ、女の子が水着に着替えるとこがもろに見れるじゃんか。
「あー……、一気にやる気なくした……」
ほかに水着の女の子がいないだけなら、まだよかったかもしれない。最大のやる気半減要素は、このスク水だ。
体にぴっちりとフィットして、胸が圧迫されてる。なんていうか、束縛されている感じがして窮屈だ。股に食い込んでくるのが妙な気分である。なによりも……超恥ずかしいんだぞこれ!! 誰にも見られていないのに、着るだけでなんだか恥ずかしい。これで男の視線にさらされたらと思うと……うん、スク水は着るもんじゃない。見るものだ。
「せめて、他のシスターズの子がいればあ。アンリちゃんのスク水とか、りふぃるのスク水とか……」
いや、むしろ他に人がいなくてよかったな。いくら体が美少女でも、中身が男のオレがスク水なんて着たまま大衆の視線にさらされるのは、どんな罰ゲームだよって感じだし。
「エレナちゃん。あと5分ほど泳いでね。水中での妹ロイドの体の感覚をつかむのと、女性用水着の感覚に慣れてもらうためのレッスンなんだから」
「あ、はい」
だよなあ。これ、レッスンなんだよなあ。こうやって水に浮いてるだけで時給発生してんだから、文句言うと罰が当たるか。
「5分後、少し休憩をはさんで今度はこっちの水着に着替えてもらうから、よろしくね」
「え」
そういって妹子さんは右手にパレオの付いた緑色の水着と、左手にヒラヒラしたピンク色のかわいいビキニを持っていた。
「グラビア撮影の訓練もしておかないとね。いずれはアンリ、りふぃるの2人と一緒に週刊少年誌の表紙、飾ってもらうから」
グラビア……オレが? まあ、アイドルなんだからそういう仕事も入るよな。にしても、少年誌の表紙かあ。
「アイドルっていうのは、人に見られる仕事だからね。あなたはこれから色んな人の視線にさらされることになる。男性からは憧れや欲情を。女性からは嫉妬や敵意を。ただスク水を着ただけで恥ずかしがっているようでは、ダメだよ」
妹子さんは、ノートパソコンの画面を見ながらそう言った。
「あ……はい」
見透かされていたか。このスク水水中レッスンは、オレにそれを教えるためというのが本当の目的なのかもしれない。やはりこの人、ただ者ではない。まあ、まだ20代で部長職についてるんだもんなあ。
「うーん。やっぱ、スク水はいいわねえ。じゃあ今度は、こっちに着替えてもらおうかしら」
「へ?」
その後、水着をいろいろと着せ替えさせられて、いろいろと妹子さんにポーズをとらされたりして1時間が経過した。
「OK。とっても可愛くてセクシーだった! 食べちゃいたいくらいよ!」
「そ、それはどうも……オレはめっちゃ疲れましたが……」
慣れない物を着るのは新鮮さとドキドキがあるものの、思った以上に疲れるものだ。いくらが体が美少女になっていても、パンツやブラジャーとそう変わりない水着を着てポーズをとるのは、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。まあ、その花も恥じらう乙女な感じがイイのだと、妹子さんは喜んでいたが。
「さて、お待ちかね! 今日は仕上げにライブモードを起動して、終わりましょう」
「ライブモード! あの、通常の3倍の運動能力になるっていう!」
「それじゃあ、起動方法を説明するわね」
妹子さんはコホンと咳払いすると、タブレット端末を取り出した。
「ライブモードは、妹ロイドの運動能力を飛躍的に向上させるモードです。普段のアイドリングモードに比べて扱いは非常に難しいので、扱いには厳重な注意が必要ね。動きやすい服装として、水着を。暴れても大丈夫なようにプライベートプールを用意しました。スク水水中レッスンは、実はこっちが本命だったのね。で、肝心の起動方法なんだけど……」
「はい」
「右の乳首を2回。左の乳首を3回押すの」
「は?」
「復唱するわね。右の乳首を2回。左の乳首を3回押すの。乳首はスイッチにもなっているのよ」
「いや、意味がわからないんですが」
「考えてみて、兄助くん。可愛い女の子が簡単に通常の3倍の速さで動いたら、どうなると思う?」
女の子が3倍の速さで動く図を想像してみる。この場合、モデルはスカートをはいたエレナとしよう。エレナが3倍の速さで動いたら……胸は激しく揺れ、スカートはめくれる……これだ!
「まあ……見えますかね」
「そう! 見えるのよ! 見えてしまうのよ! 乙女の聖域が。女の子の秘密が、暴かれてしまうの! 恐ろしいでしょう?」
「確かに恐ろしく……エロいっすね」
なんで単にスカートめくれるって言わないんだよ。へんにエロく聞こえるんだが。
「だから、厳重なセキュリティーが必要なわけ。まさか、起動に乳首を押すだなんて誰が思いつくと思う!?」
「いや、なんか論点がおかしいと思うのは、オレの気のせいですか?」
「おいおい妹子ー。男の子にへんな冗談言うなよ。マジになってんじゃねーか」
プールサイドに女の子の声がしたので振りむくと、スク水を装着したりふぃるが、あぐらをかきながらあくびをしていた。
「理奈さん? どうしてここに」
「こっちの宣材写真の撮影が終わったからさー。様子見にきたワケ。てか、ライブモードの起動に乳首を押すだなんて、ウソに決まってんだろー」
「え、ウソ?」
ジト目で妹子さんを見ると、明後日のほうを向いてヘタな口笛を吹いていた。
「あ、はは。えっとね? 今のは冗談。妹子さんのナイスジョーダン。兄助くん、初めてだから緊張してると思って」
「それ、プラグインするときにも言ってましたよね。もう……」
「えっとね。このタブレット端末でエレナのステータスを変更するか、ライブモード起動! って言えばそれでオーケーだからさ」
「はじめっからそう言ってくださいよ」
「ごめんごめん~。だって、普通に説明したんじゃつまんないでしょ? 楽しくいこうよ。私たちはエンターテイナーなんだから、さ」
妹子さんはごめんなさいと、両手を合わせて頭を下げてきた。何気にそのしぐさが可愛かったので、オレは何も言えなくなる。美人ってのは、得だなあ。
「まあ。一理あるといえば、ある気もしますが……」
なかなかうまい逃げ方だし、まあいいか。
「とにかく、言えばいいんですね。ライブモード起動! って」
瞬間、オレの中で何かがはじけ飛んだ。視界が広がり、景色がスローモーションになる。なにより、体が熱い。
「もしかして、今ので発動しちゃいました?」
「ええ。それがライブモード。少し、ジャンプしてみて」
「はい」
何だろう。何故だかわからないけれど、どこまでも高く飛べる気がした。今なら、プールの天井くらいにまで飛べるんじゃないか。
「よし!」
オレは右足に力を込めると、思い切りジャンプした。
すると、床があっという間に離れて行って地上になった。オレは今、3メートルは飛んでいる。ていうか、まだまだ上昇している。
「バカ! 少しって言ったのに!」
あっという間に天井がオレに迫ってきて……オレは気付くと空を仰いでいた。
「あれ? お空が見えるよ。なんでだろう」
周りを見ると、夕方の街並みを一望できる。なんというか、そこは屋根の上だった。
「兄助くん! 大丈夫!?」
「は、はい。なんとか」
足元が妹子さんの声がした。どうもオレは、天井を突き抜けてしまったようだ。ドでかい穴を空けて。
妹子さんはかなり怒っている様子だったが、対照的にりふぃるは大笑いして腹を抱えていた。
「降りてこれそう?」
「え、っと。なんとかやってみます」
下を見るとけっこう高い。たぶん5メートル以上はあるな、こりゃ。普通の人間が落ちたら大けがだけど、ライブモードを発動した妹ロイドの体ならいけるか?
思いきって飛び降りてみると、プールの水面がこちらにむかってぐんぐんと迫ってきた。やがて水中に落ちると、オレは立ち上がり水面に顔を出す。
「もう! ダメでしょ! いきなりフルスロットルでスーパージャンプだなんて!」
「いえ、まさかここまでとは思わなくて、すみません」
「やるじゃん、男の子~。面白かったぜ! 今夜はうまい酒が飲めそうだ」
「とにかく、そのまま水中で少し歩いてみて」
「はい」
水中で少し歩いてみると、足かせどころかまったく意に介さない様子で、オレの体はすいすいと水中を移動し始める。
「水中でそれだけの力があるの。だからこそ、地上で動くときにはより一層力のセーブが必要になるの。しっかりとコツをつかんでね」
「はい!」
ゆっくり、ゆっくりと歩き出す。しかし……なんかつまらんな。もっとこう、スーパーパワーを実感したいところだが……まあ、天井に大穴空けたところだしなあ。
「おい男の子。ちょいちょい」
「なんです?」
りふぃるがこっちへこいと手招きしてくる。
「ちょっと水鉄砲やってみ? 面白いからよ」
「え? ああ、あれですか」
水中で祈るように両手を合わせ、手の中の水を握り潰すことによって発射される遊びだ。
「ほら、妹子のやつにちょろっと。な?」
なんとなく、イタズラ心が芽生えてきた。そうだな、水鉄砲くらいいいかな? オレは水を両手ですくい、それを妹子さんに向けて……発射した。
瞬間、消防ホースよりも強力な水圧が轟音と共にプールサイドを横断し、ノートPCを操作する妹子さんの目の前を通り過ぎて行った。
「……マジすっか?」
見れば、ノートPCは完全に一刀両断されている。完全に今のは兵器の域だ。ライブモードとはここまでか!?
「エ・レ・ナ・ちゃ・ん~?」
「ひい!?」
妹子さんが、恐ろしい形相でこちらを見ている。
「ライブモード強制終了! 天井の穴とノートPCの修理代! あなたのお給料から天引きさせてもらいますからね?」
妹子さんは笑顔になると、さっきの恐ろしい形相よりも恐ろしいことを言った。
「げ。そ、そんなあ」
「大丈夫よー、エレナちゃん。レッスンを頑張って、ライブを成功させればたいした額じゃないから。これでもう、あなたは逃げられないわよ~。ふ、うふふふふふふ!!」