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りふぃる星からやってきた天使は、焼酎がお好き

 結論から述べると、地獄だ。


「どうした、小田! 最初のステップが遅い! あんたアイドルになるんでしょ! そんなんでファンの人から金もらえると思ってんの!?」


「す、すみません!」


「なにやってるの、小田! ワンテンポどころかテンテンポくらい遅れてる! 盆踊りなら家に帰ってやりな!」


「す、すみません!」


「ふざけんじゃないよ、小田! 幼稚園のお遊戯じゃないんだ! パパとママは拍手くれるだろうけど、お客さんはそんなオママゴトじゃ納得しねーんだよ!」


「す、すみません!」


 ダンストレーニングの先生、明智涼香さん(28)は超がつく体育会系だった。熱血の二文字を背中に背負って生まれてきた、ナチュラルボーン熱血漢である。


 まあ、オレも中学時代はサッカーやってたし、体力にはそれなりに自信があったのだが……30分もしないうちに体が悲鳴を上げてしまった。いや、正直なところナメていた。レッスンっても、佐山さんも理奈さんも女だから、男のオレよりも体力がないだろうと思っていた。


「おいおい、男の子ー。二日酔い明けでレッスンしにきたのかよー。あたしも昨日飲み過ぎてよー。あんま足があがんないんだー」


 理奈さんは汗ひとつかかずに、涼しい顔をしている。マジかよ、同じ人間かよ。あんたの動力源アルコールなのかよ。


「小田くん。大丈夫? 休憩もらえるよう先生に言おうか?」


 佐山さんはうっすらと額に汗が流れていたが、息は切れていない。


 くそ。カッコ悪いじゃないかよ、オレ。女の子に体力で負けてるなんて。もっと運動しておくべきだった。


「大丈夫。こんなに激しい運動したの、久しぶりだからさ。まだまだいけるよ」


 このままダウンしたら、いい笑いものだ。本当はすぐにでも水を目いっぱい飲んで倒れたい。けれど、ここで倒れるなんてダサすぎる。


「明智さん! もう一本お願いします!」


「よくいった! 小田! ではさっきまでの流れをもう一度! ……と、言いたいところだが、無理はするな」


「え?」


 明智さんはショートカットの髪を揺らし、オレを優しい目で見る。


「私は鬼だが悪魔じゃない。お前の顔を見れば無理をしているのは解るぞ。初日にしては体をよく動かせている方だ。だが無理はするな! 20分休憩!」


 鬼と悪魔ってそんな違いがないと思うんだが……まあ、ここは素直に言葉に甘えておくか。見栄なんかで倒れたら、なおさらカッコつかないしな。


「言っておくが、全力で休憩すること! 手を抜くことは許さんぞ!」


 明智さんはそういうと、レッスン場を出て行った。


「ふう」


「おう、男の子。スポーツドリンクだ。これ飲んで体力回復しな」


 レッスン場の床にへたりこむと、理奈さんがバカでかいペットボトルをオレの目の前に持ってきた。


「いやそれ、もろに焼酎甲類とか書いてあるんですけど」


「あれ!? おっかしいなー。スポーツドリンク買ったはずなのにー。まあいいや、飲んじゃえ」


 どんな間違いだよ! 見た目でわかるだろ! しかもそれ飲むのかよ……。


 理奈さんはレッスン中にも関わらず、あろうことかビッグウーマンとかいう4000ミリリットルの焼酎をラッパ飲みし始めた。


「はー。勇気百倍パワー千倍。やる気0ってなあ! 魔法の水だねー、こいつは!」


「やる気0はダメでしょ、理奈さん」


「まあまあ、かたいこというなよー男の子。ほれ、お前もいってみ?」


 理奈さんは自分が口を付けたペットボトルの飲み口を、オレの顔面に突き出してきた。


「い、いきませんよ。なに未成年に酒すすめてんですか! しかもまだ午前中なのに」


「ち。あとで間接キス代請求してやろうと思ったのに」


 やはり、好きな異性のタイプはATMみたいな人というだけはある。


「小田くん。はい」


 今度は佐山さんが、本物のスポーツドリンクをオレに手渡してくる。


「ありがとう、佐山さん」


「ううん。初めてのレッスンだもの。思い通りにはいかないよ。明智さん、すごく厳しいけれどすごく優しい人だから。嫌いにならないであげて」


「わかってる。それだけ真剣にオレのこと見てくれてるんだ。今日一日、這ってでもレッスンを耐えるよ」


「うん。いいこいいこ」


 優しい手つきとあたたかい体温がオレの頭に広がる。見れば、佐山さんがオレの頭をなでていた。さっき言っていた、小田くんは可愛い妹同然という、あれか。


 オレは女の子じゃないんだから、もうちょっと扱いを考えてもらいたいとこだが……。


「お!? なんだよー楽しそうじゃんかよ! あたしもやってやるよ! ほれいいこいいこ!!」


「ぐわ! 何すんです!」


 理奈さんはオレの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜてきた。


「おー! 男の子の髪の毛、サラサラじゃーん! これやっべー、ずっとこうしてたい!」


「やめてください! お金取りますよ!」


 お金の単語が出たとたん、理奈さんの動きがピタリと止んだ。マジでこの人、金とアルコールで動いてんだな。超絶ダメ人間じゃないか。


 そして休憩はあっという間に終わり、初日のダンスレッスンをなんとか乗り切ったオレ。


「お疲れさま、小田くん!」


「うん。本当に疲れたよ……」


 昼飯の時間だが第二会義室の床に寝転がり、オレは一歩も動く気にならなかった。正直このままここで寝ていたい。


「あ、そうだ。私ね。お弁当作ってきたの。小田くんの分も作ってきたから、一緒に食べよ?」


「え、本当?!」


 おおー。すげえよ佐山さん。女子力の塊だよ! オレの分まで作ってくれたってだけで、あなたの女子力は53万ですよ!


「たくさん作ってきたから、いっぱい食べてね」


「うん! うん!」


 佐山さんはバッグから五段もある重箱を取り出し、それを机の上に広げる。


 一段目は白米だった。うん、ごはんは大事。


 二段目も白米。ああ、ごはんが足りないと思ったんだな、佐山さんは優しいなあ。


 三段目も白米。あれ? ああ、そうか。うっかりしてたんだな、佐山さんは可愛いなあ。


 四段目も白米……だと? いや、きっとこれは白米に似せたおかずに違いない。佐山さんはお茶目だなあ。


 五段目こそ! 白米……ですと?


「あの、ごはんばっかりなんだけど。おかずは?」


「え? 急にどうしたの、小田くん。ごはんでごはんを食べるの。ごはんさえあれば人は生きていけるんだよ?」


 やだ何この子、ごはんでごはんを食べるなんてあったりまえじゃなーい。はるか、しんじらんなーい。みたいな目でこっちを見る女子に対して、オレはどういう対応を取ればいいんだろうか。


「ほら、とってもおいしいよ」


 佐山さんは重箱の一段目からごはんをMY茶碗によそった。


「うん。そうだね。ごはんはおいしいよね。正義だよね」


 オレは佐山さんから借りたピンク色の茶碗(なんか趣味が悪い)を借りてごはんをよそう。


「一段目は玄米で、二段目は麦飯。三段目は……ふふ。実はタイ米なの。ジャスミンライスって知ってるかな? とってもおいしいんだよ。タイ米は1993年に起きた平成の米騒動のときに大量に輸入されたらしいんだけど、私たちまだ生まれてないよね。あ、それより四段目はね――」 


 佐山さんは次々と炭水化物軍団を壊滅させてゆく。このムダな米知識とか一体何なの。米マニアなの。


「やっぱり、ごはんっていいよね。日本人に生まれてよかったって思う。私、来世も日本人がいいな。もちろん来世でも、私たちは仲良し姉妹だよ」


 佐山さんはごはんをほっぺたにくっつけて幸せそうに笑った。


 そして、昼休みが終わって午後。


 妹研究所に移動したオレは、再びプラグインをすることになった。ヘルメットをかぶってベッドへ横になると、準備完了。


「プラグイン、スタート!」


 妹子さんの掛け声と同時、オレの意識はシャットアウトされ妹ロイドの体へと転送される。


「……ん」


 さすがに二度目ともなれば、体の感覚もつかめてきた。すぐに歩けるし、走ることも可能だ。けど、その前にやらなきゃいけないことがある。それはパンツをはくこと、だ。


「やっぱり、マッパなんですね……」


 毎度毎度、なぜ全裸なのだ。


「まあね。プラグインしていない間は肉体のメンテがあるからね。アンリやリフィルは特に、世間一般にその存在が知られているから、成長期の少女らしく、体に少しづつ変化をもたせているの。この作業、たいへんなんだから」


 メンテナンスか、なるほど。ていうか、人工皮膚のお腹の下とかマジで機械なのかな。オレには本物の女の子のお腹にしか見えないんだけれど。


「えっと、とりあえず服に着替えてきます」


 更衣室へ移動して鏡に自分の姿を映すと、そこには裸の美少女がいた。


「ひさしぶり、エレナ」


 鏡の中のエレナに向かってそういうと、エレナのロッカーを開く。そこには着替え一式が一通り用意されていている。まずはパンツだな。お、昨日は白だったけど、今日は縞パンか。妹子さん、わかってらっしゃる。


「ブラジャー……も、しなきゃなんないのか。これ、面倒くさいよなあ。窮屈な感じがするし……まいっか、次いこう次」


 ブラジャーをあえて無視して、スカートに手をかける。


「さて、と。お次はスカートか……ん?」


 スカートとは少し違う。これは、ワンピースか。たぶんこれも妹子さんのセレクトなんだろうな。


「よっと」


 なんだか、女物の服を着るのは新鮮だな。このバイト始めなかったら、たぶん一生手に取ることもなかったろうし。


「よし、着替え完了」


 鏡には完璧な美少女。水色のワンピースからのぞく白い太ももがまぶしい。


「おう。もう着替え終わったんか」


「結芝……リフィルちゃん!?」


 着替え終わって、自分の美少女姿を堪能していると、背後に結芝リフィルが立っていた。いや、そうだ。この子の中身はあの理奈さんなんだ。


「うん! リフィルだよ☆ リフィルはりふぃる星からやってきた、お兄ちゃんの可愛い妹なのです! リフィルねー。大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの!」


 リフィルはウインクすると、きゃぴっと上目づかいでオレの腕に抱き付いてきた。お、おおおお!? ほ、本物だ! 本物のアイドルだ! 中身が理奈さんとかどうでもいい! やばい! マジかわいい!! りふぃる星からやってきた天使だ!


「ま、こんな感じで営業かけてるわけよ。肩こってしゃーないわ。つーか、こんな女いるかっつーの。どこにあんだよ、りふぃる星」


 がははは! とリフィルは豪快に笑うと、お腹をぽりぽりとかいた。おお……このガッカリ感は一体……。見た目はこんなに愛らしいのに。


「見たか弟よ。これが悲しい現実だ」


「うん? それより男の子。じゃなかった、エレナ。お前、けっこう胸あんな」


「へ? え、ええ。エレナはロリ巨乳って設定らしいですもんね」


「どれどれ」


 リフィルは悪ガキのような笑みを浮かべると、両手をオレの胸に乗せた。


「へ!?」


「ほうほう。中二のガキんちょにしちゃ、生意気なお胸ですこと!」


 リフィルは調子にのって胸をももうとしたので、オレは一歩後退して彼女の魔の手から逃げる。


「や、やめてください!」


「いいだろー。減るもんじゃないし。女同士ならオッケーだろ? これくらい女同士なら普通だぞ~」


「だ、ダメですよ! 妹ロイドの体でこんなこと! それにオレ、中身は男なんですから!」


「ちぇ。真面目だなー。ま、いいや。あとでもできるし。てゆかお前、ブラしてないだろ。ちゃんとブラ付けとかないと、妹子が怒るぞ」


「あ、やっぱりわかりますか……しようがないな」


 昨日教わったことを思い出し、四苦八苦しながらブラジャーを装着すると、リフィルがオレの手を引いた。


「それじゃま、慣らし運転といきますか」


「ちょっと、どこへ行くんです!」


 リフィルは更衣室の端に置いてあった2つの袋のうち一つをオレに投げてよこすと、悪ガキのように笑った。


「プールだよ」


 袋の中に入っていたのは、スク水だった。

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