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好きな男性のタイプはATMみたいな人とかいうアイドルはいないと思う

「そこまでにしてください」


「あ? なんだよ、お前。って!? いてててて!!」


 見知らぬ女性が、オレの腕をつかんでいた男を締め上げていた。


「2人とも、大丈夫ですか?」


 黒髪ロングヘアに眼鏡とスーツ姿の凛とした女性が、オレと佐山さんを交互に見る。


 美人だ。知的な雰囲気とスーツのジャケットがはちきれそうなほどの巨乳ちゃんであった。ていうか、この人誰? もしかして、株式会社妹の社員さんかな。


「て、てめえ! 何しやがる! 女だからって容赦しねーぞ!」


 危ない。そう思ったが時すでに遅し。もう1人の男が女性に殴り掛かっていた。


「お姉さん、よけて!」


 だがオレの心配などいらぬ世話で、チャラ男の拳が女性に当たりかけたとき、女性は目で追えない速さで回し蹴りを放ったのだ。早すぎて、スカートの下がまったく見えなかったのが残念だが。


「うげ!?」


 女性のヒールがチャラ男の顔面に見事にクリティカルヒットし、チャラ男は放物線を描いてゴミ箱に尻からホールインワンする。


「お、お前! マジ殺してやる!!」


 相方がやられたのにキレたのか、もう一人のチャラ男がポケットから折り畳み式のナイフを取り出して構えた。


 いきなりナイフなんて。それも、真昼間で人がたくさんいる中で。こいつら、初めからマトモな人種じゃなかったのかもしれない。


「素人がそんな物を出して……やめてください」


「ああ!? 今更謝たって、許してやるかよ!!」


 男は興奮しているのか、それとも恐怖でおびえているのか……ナイフを持つ手をわなわなと震えさせ、顔を引きつらせていた。


 それに対して女性のほうは、ハアとため息をついて腕を組んでいる。


「そんな物を出されては、容赦や手加減など遠慮一切ができなくなってしまいます。過剰防衛で内臓が破裂するか、首の骨を折るか……どちらにせよ。あなた、死にますよ?」


「は?」


 男は何を言われたのかわからずに、ぽっかりと口を開けて女性を見た。


「今すぐ私の前から消えなさい。そうすれば、彼女たちにちょっかいを出したこと、見逃してあげます」


「きえええええええええええ!!」


 悲鳴なのか気合いなのか、男はナイフを腰だめに構えて女性へと突っ込んでいった。怒りが頭を支配し、すでに正気ではないのかもしれない。


「今度からは、ケンカを売る相手を選びなさい」


 男のナイフを女性のヒールが蹴りあげると、ナイフは道路の端へ転がっていった。間髪入れず女性は右足を思い切り振りあげ、チャラ男の頭にカカト落としを繰り出す。


「が……うが」


 今のは……そうか、この人は。


 チャラ男は口から泡を吹いて気絶していた。死んではいないようだ。


「2人とも。会社へ戻りますよ。これ以上は騒ぎになります」


「え、あ。はい!」


 女性に手を引かれ、オレは結局コンビニへ行けずそのまま会社に戻ってしまった。


「とりあえず、ここなら大丈夫でしょう」


 妹子さんと面接をした休憩スペースで一息つくと、女性は眼鏡を外した。


「まーったく。男の子もはるかも、もうちょっと気を付けろよなー。美少女が男の前で乳揺らしゃあ、群がってくるって相場が決まってんだからよ。おかげであたしが出る羽目になっちゃったじゃないかよー」


 眼鏡を外した女性は、ロングヘアをポニーテールにしてテーブルの上に足を乗せそう言う。


「ごめんなさい、私がついていながら……」


 佐山さんはがっくりとうなだれていた。責任を感じているようだ。気にする必要はないと思うけれど……いや、それよりもこの女性だ。


「やっぱり。理奈さんだったんですね」


 女性は普段の態度から想像がつかないが、理奈さんだった。


「お? なんだよ男の子~。勘がいいじゃんかよ。そ、これがあたしの本来の仕事着だよ」


 理奈さんは胸の谷間に指を突っ込むと、テーブルの上に名刺を一枚乗せた。そこには、『株式会社妹妹部セキュリティー対策係 立山理奈』と書かれている。てか、どこに名刺入れてんだよ。何気にエロいなあんた。


「いつ気付いたの?」


「さっき理奈さんがカカト落としを決めたとき、見えたんです。あなたの黒いセクシーなパンツが」


 理奈さんはお茶を飲もうとして、ごふっと噴出した。


 そうだ。散々見せつけられたあのセクシーな下着は今も脳裏に焼き付いている。だからこそ、正体を早々に見破れた。


「ちょ! どこ見てんのさ! そりゃあ、男の子なら興味津々だろうけどさ」


 珍しく恥じらっている。研究所では下着姿であぐらかいてたのに、よくわからん人だな。


「まあいいや。今は男の子も女の子……って、紛らわしいな。とにかくさ、あたしはもともと派遣妹のセキュリティー係だったんだ。お客さんの中には、やっぱ勘違いする人も多くてさ。もめ事が起こったときの対処を主にやってたんだけど、妹子に誘われてアイドルの中の人やってるわけ。ま、あたしならこのままでもアイドルいけると思うんだけどねー。酒豪アイドル、みたいな?」


「そんなアイドル嫌ですよ。てか理奈さんは酒豪アイドルどころか、酒乱アイドルじゃないですか」


 自分で言っといてあれだが、酒乱アイドルはさらに嫌だな。


「あー、やっぱお茶じゃやる気でねーな。栄養ドリンク栄養ドリンクっと」


 そういって理奈さんが取り出したのは、アルコール度数40のウォッカの瓶だった。それが栄養ドリンクなのかよ。


「やっぱこの人、理奈さんだ」


「かー。いいねえ五臓六腑に染み渡る~ときたもんだ! わはは!」


 酒乱アイドルはミニパックの柿ピーの袋を破ると、空中に放り投げて器用にそれを全部口の中にゴールさせる。


「あの。理奈さん。ここ居酒屋じゃないんですから……そろそろ戻らないと妹子さん、怒っちゃいますし」


 佐山さんがおそるおそるそう言うと、理奈さんは酒臭い息を吐いて立ち上がった。


「はるかの言うとおーり! よ、大統領! そんじゃ男の子。そろそろ研究所に戻るか。妹子がミーティングするってよ」


 完全に酔っぱらっている。てか、『よ、大統領!』って今日び酔っぱらったおっさんでも、そうそう言わないだろ。


「はい。そうでしたね。そろそろ時間だ」


 なんかいろいろあって、結局もうすぐ1時間になろうとしている。この妹ロイドの体ともお別れか。


 オレ達3人は、妹研究所へ戻ることにした。


「お帰りなさい。感想は後で聞くとして、さっそくプラグアウト……元の体に戻りましょうか」


「はい」


 戻ってすぐ妹子さんが近づいてきて、タブレット端末を見ながらそう言った。オレの本体や、エレナの体の状態をモニタリングでもしてるのかもしれない。


 カプセルの中に入ると、体中にたくさんケーブルが接続されていく。うわ、なんかこれヘンにエロいな。


「元に戻るのも、入るときと感覚は同じだから。リラックスして。今から君は、元の体。小田兄助へと戻るの。目を覚ませば元通りの自分。いい?」


「はい。大丈夫、です」


「それじゃ、プラグアウト。スタート」


「うわ!?」


 体中に電撃が走ったかと思うと、目の前が急に真っ暗になった。視界だけじゃない。音も聞こえない。すべての感覚がなくなって、自分がどこにいるのか……自分という存在が本当にここに在るのかすら、疑わしくなってくる。


 プラグインした時と同じだ。なら、大丈夫。じきに感覚が元に戻ってくるはずだ。


「……」


 うっすらと目の前に光が差し、ゆっくりと闇のカーテンが引いていく。


 指先から少しづつ感覚がよみがえってくる。視界が完全に開けると、オレは体を起こした。


「う。……もとに、戻った?」


「おかえり、兄助くん」


 妹子さんが笑顔でオレの手を握る。


「体に何か異常はない? もしあれば、すぐに言ってね」


「いえ……とくには」


 まあ、強いて言うなら股間と胸だろうか。そんなん真顔で言えるわけねーし。


「股間と胸に違和感ある?」


「聞かないで下さいよ!!」


 ところが平然と聞かれてしまって、めっちゃ焦ったオレ。


「ごめんごめん。へんな意味じゃなくて、大事なところなの。男性が女性の体に入った場合の違和感や、感覚の違いもテスト項目に入っているから」


「は、はあ」


「さっきも話したけれど、いずれは妹ロイドを量産してシフト化するのが目的なのよね。当然ながら、女性だけでなく、男性も運用する場面も出てくるわ。逆に男性アンドロイドに女性がプラグインするケースもあるでしょう。そうなったときのデータをなるべくとっておきたいのよね」


「えっと……まあ。最初違和感はすごかったんですけど。じょじょに慣れていったっていうか。胸はやっぱ邪魔な気はしますけど」


「ふむふむ。胸は邪魔、かあ。うーん。でも、兄助くん。よく考えてほしいの」


「はい?」


「ロリ巨乳は正義だと思わない?」


「正義に決まっているじゃないですか!! 誰ですか、ロリ巨乳を悪と罵る愚か者は!? オレが成敗してやりますよ!!」


 妹子さんが真面目な顔で聞いてくるので、オレも真面目に即答していた。てか、何聞いてるんだよ! そして何力説してるんだよ、オレ!!


「じゃあ、この問題はOKね」


「あ」


「それじゃ、兄助くんの体のほうも特に問題なさそうだし。ミーティングをするね。3階の第二会議室でいろいろと説明しておきたいから、先に移動して待っててくれる?」


「わかりました」


 妹子さんはタブレット端末を研究者に手渡すと、先に行ってしまった。


 とりあえずオレも移動しようとして、ベッドから起き上がると全身を違和感が襲う。


「う。今度は胸じゃなくて……股間のアレが、邪魔だ……」


「小田くん、大丈夫? もしかして、どこかに異常でもあるの!? たいへん! 見せて! 応急処置なら、私がやってあげるから!」


 佐山さんはマジで天然なのか、オレが押さえてる股間を凝視して、マジで心配そうな顔をしていた。


「いや! 異常っていうより、違和感かな。大丈夫だよ。すぐになれるって」


「ダメだよ! その油断が命取になるの! ほら、その手をどけて!!」


 佐山さんがオレのズボンを脱がそうと必死になっている!!


「本当にオレ、なんともないから! それじゃお先に!!」


 佐山さんを振りほどいて、オレは妹研究所から逃げ出した。天然も度を超しすぎだ、佐山さん!!


「えーと。取りあえず何から始めようかな」


 会議室に移動して数分後。オレと妹子さん、理奈さんと佐山さんが集まって、すぐにミーティングが始まった。


「あ、そうそう。そうだった。エレナの設定。まだ深く掘り下げてなかったね。オペレーターの意見も聞いてみんなで決めるんだった」


 妹子さんがホワイトボードを背に、タブレット端末を見ながらそう言った。


「設定?」


「そ。エレナは妹ロイド。架空の存在だからね。男子受けするプロフィールをみんなで考えてるのよ。アンリははるかちゃんが、リフィルは私が考えたのよ」


「へえ。でも、佐山さんがアンリのプロフィールを考えるのは解りますけれど、なんでリフィルを妹子さんが?」


「理奈。リフィルのプロフィール暗唱してみて」


 オレの質問に答えず、妹子さんは会議室の机の『上』で寝転がっていた理奈さんに視線を向ける。


「あ? えーと。なんだっけ。あのむずがゆいやつ」


「好きな食べ物と出身地。あと、趣味と好きな男性のタイプだけでいいわ」


「んーと。好きな食べ物はいちごパフェ。出身地はりふぃる星。趣味はお菓子作り。好きな人はお兄ちゃんみたいな人☆……だっけ」


 ああ、確かそんな感じだったな。リフィルはちょっと不思議な女の子だけど、乙女らしい趣味の可愛らしい子だ。


「じゃあ今度は理奈の好きな食べ物と出身地と趣味と、好きな男のタイプ」


「んーと。好きな食べ物は芋焼酎お湯割りと、ラーメン三郎。出身地は東京の下町。趣味はケンカ。好きな人はATMみたいな人……かな」


 これは……ダメだろ!


「ね? この子。女子力が壊滅的なのよ。こんな子にアイドルのプロフィールなんか任せられないわ」


「なーんだよー。確かにあたしは女子力低いかもしんねーけどさ。戦闘力は高いんだぞ!」


「いや、戦闘力高いのアイドル活動に活かせないでしょ……」


 理奈さんはスネるとふて寝してしまった。間髪入れず盛大ないびきが会議室全体にこだまして、女子力の低さが身をもって証明されたわけだ。


「ふう。そういうわけ。理解してくれた?」


「はい」


「まあ、理奈も寝てしまったし、今日は兄助くんに宿題を出して終わりにするわ。初日だしね。それじゃあ、エレナのプロフィールを1週間後まで考えておいて」


「プロフィール、ですか」


「エレナを演じる上で、大事な指標ともなるべきデータよ。エレナをどんな女の子にしたいのか。それはあなたの理想とする女の子像でもいいけれど、無個性やありふれた物は駄目よ」


 むう。個性的なアイドルか。お、閃いたぞ! さっそくメモっておこう。


「もちろん、突拍子もないものは駄目よ。例えば、前世は異世界の勇者だったとか。暗黒光魔拳の伝承者、とか。ブラックフレイムマスターみたいな」

 

「はは、まさか。今どき中二病ははやらないですよ」


「解ってるならいいの。それじゃあお願いね」


 オレは妹子さんに悟られないように、自分のメモ帳に書かれた前世は異世界の勇者。暗黒光魔拳の伝承者。ブラックフレイムマスター。の単語を素早く消した。なんで妹子さんはオレの考えを読めるのだろうか……。

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